魔物の正体
さて、魔物の調査をすると言っても何から手をつけるべきか。
単純な観察ではいけない。
マリーは心眼を持っている。
魔力からその性質や魔法の中身だけでなく使用者の感情や思考まで読み取れるほど強力な彼女の魔法。
既にマリーはこれを使って隅から隅まで魔物を観察、分析しているはずだ。
そうだというのになにも話さないのだから、マリーも魔物については一切の情報を持っていないのだろう。
少なくともライムはそのように判断した。
まずは魔物の発生条件を探る。
どのような場所に、どういったタイミングで現れるのか。
それが、魔物という存在の根幹を知るのに重要な手掛かりとなるはずだ。
そのため、三人はこれまでにスラム内で発生した魔物事件の情報を整理し、分析することとなった。
しかし、これがなかなかうまくいかない。
発生場所は民家に林、貯水槽の中、下水の濁流、あるいは墓地と実に様々だ。
時間も朝、昼、晩の全てで発生しており決まりがない。
天候にも、あるいは気温や湿度にだって関連性が見られない。
ライム宅で床に地図を広げ、議論を始めたのも束の間、早々に調査は行き詰っていた。
「いや~、なかなか難しいねぇ」
マリーがニヤニヤと笑って地図の端をコツコツと叩く。
言葉では困った風だが、その実、彼女は少しも苦しんでおらず一生懸命に思考を巡らせるライムにちょっかいをかけている。
しかし、ライムはマリーの不真面目な態度に気分を害した様子もない。
「そうだね」と生返事をして、地図とにらめっこを続けた。
それだけ、ライムは魔物の駆逐を真剣に考えている。
「真面目だねぇ、ライム君。いいことだ。けれどね、どんなに地図を見つめても答えは飛び出してきたりしないよ。そもそも何かを知るには情報が足りないし、前しか見えぬ視野の狭いライム君と思考力を極限まで衰えさせたユニ君では無理さ。もっと豊富な知識が、そして、柔軟な発想力が必要になる」
マリーは一気に水筒の中身を煽ると、それから小馬鹿にするように自分の頭を指でコツコツと叩いてライムやユニに見せつけた。
ライムがムッとした表情でマリーを睨む。
「うるさいな、無理なのは私だって分かってるよ。私、頭よくないもん。でも、だからって考えることをやめちゃ駄目でしょう。だいたい、そんなに言うならマリーも手伝ってよ! 自分のお仕事の癖に!」
「そんなこと、サボリ魔の僕に言われてもねぇ。あまり興味もないし」
「あっそ!」
ふん! と怒ってそっぽを向く。
おちょくられ、苛立つライムだが、同時に彼女はマリーの言葉が正しいことを理解していた。
魔物の調査に必要な知識、スキル。
それを考えていたら、ふと、とある人物の姿が頭をよぎった。
その人物の名はベルアッテ。
四十代後半の男性でスラムの人間にしてはかなり教養があり、知能も高いらしい。
幼少期ライムが世話になった人物で、今でもたまに家を訪ねるのだという。
彼の自宅は遠くない。
ライムの提案で、三人はベルアッテに助力を求めることとなった。
「ベルアッテさんの家はこっちだよ。あそこのあばら家。ベルアッテさんの家には色んな物があって面白いんだ」
久しぶりに会うのが楽しみなのだろう。
ライムはベルアッテの自宅を指差すと、小走りになって玄関へ向かう。
トントンと軽やかにドアを叩けば、すぐに中から返事があった。
ベルアッテは客が誰であるのか一切確認することないまま、素早くドアを開ける。
室内から現れたのは痩身の好青年だった。
右腕と左眼が無いようで、どちらにも清潔な包帯が巻かれている。
髪は極限まで刈り上げられており、衣服は遠国を参考にした特殊な物を身に付けている。
本人曰く、一枚の綺麗な布を何度も折り返すことで服の体裁をとっているのだという。
当然デザインも特殊となり、ベルアッテは見た目からしてスラムから浮いていた。
「おや、誰かと思えばライムか。久しぶりじゃのう」
ベルアッテはライムを見るなり目を丸くして、それから嬉しそうに顔をほころばせた。
年にも見た目にも不相応なしゃがれ声に老人のような話し方は違和感を禁じ得ないが、ライムはすっかり慣れているらしく特に気にした様子もない。
「うん! 久しぶり、ベルアッテさん!」
穏やかに微笑むベルアッテに、ライムは元気よく挨拶をする。
ヨシヨシと頭を撫でられ、少し幼い表情に戻るライムの様子はまるで娘か姪だ。
マリーはニヤニヤと三人を交互に見回し、ユニは無表情ながらも少し羨ましそうにライムとベルアッテを眺めていた。
「ねえ、ベルアッテさん、今日はお願いしたいことがあって来たんだ」
「そうかい。ライムはいつも無邪気にお願いを持ってきてくれる。わしを求めてくれる。嬉しいことじゃ。わしはライムのそういう所が心底好きでなぁ。おいで、話を聞いてあげよう」
ベルアッテは、やはりライムの連れについても何かを訪ねることはしない。
客人はいつでも、誰でも歓迎だ。
いっそ、人間である必要すらない。
ベルアッテにとって重要であるのは、とある条件を満たすかどうかだけだった。
ライムに続き、ユニとマリーがベルアッテ宅に足を踏み入れる。
室内を一望して、マリーは大きく目を見開いた。
「すごい! ライム君の言う通り中は物だらけだ。床一面、壁一面、全てが物で埋め尽くされている! だというのに美しく陳列されていて、まるで博物館、いや、宝物庫のようだよ」
興奮で鼻息の荒くなるマリーにベルアッテは眉を上げて驚いた表情を浮かべる。
それからクシャリと皺を深めて嬉しそうに笑った。
「これは珍しい。わしのコレクションをそんな風に褒めてくれたのはライム以来じゃよ。大抵の者は皆、わしの家をガラクタ小屋と呼ぶからのう」
「ガラクタ小屋なんて滅相も無い。例えばアレは百年ほど前にメリティール家の壁に刺さっていたとされる画鋲だ。それに、あっちはモリテール家で使われていたレモン絞りだね。他にも、ボクが知っているだけでもたくさんの名品が転がっている。ここまで集めているとなると偶然ではなく、意図的なのだろう。貴方は相当な目利きだね」
何故、こんなにもガラクタちっくな名品を集めているのか、また、どのようなルートでこれらを入手したのか。
マリーはベルアッテという不思議な人物に興味が湧いた。
彼女の口角はウズウズと持ち上がっている。
ベルアッテも自身の趣味に興味を持たれたことが嬉しいらしい。
コレクションの中でも特に気に入っている品を次々に見せ、解説まで始めていた。
二人で楽しそうに会話を弾ませる姿は見ていて微笑ましいが、内容は無知なライムにはもちろんのこと多少教養のある一般人にも理解しがたい。
ライムは二人に苦笑いを浮かべた。
「ベルアッテさんの高級品みたいなガラクタ、本当に価値があったんだ。というか、マリーはどうしてその話についていけるの? マニアックすぎるよ」
「ボクは勤務中、暇で、暇で、よく水酒を飲みながら書庫を漁っていたからね。その時に色んなものを見たのさ。一時期、ノストリア王国のどうでもいいお宝図鑑にハマっていたことがある。これは、その頃の知識を活かしているのだよ」
「しょうもないというか、お仕事サボるなというか」
「いやいやいや、しょうもないとは言い切れないよ。ここにある物はほとんどの人間にとってはガラクタだが、誰かにとってはかけがえのない宝となる特別な品ばかりだ。それをここまで集め、守り続けるとは、本当に素晴らしい事だよ」
マリーが珍しく素直に他人を褒めている。
だが、何を言われてもライムには今一つピンとこなかった。
偶然にも、収集活動の核心に触れられたベルアッテがますます上機嫌に目を輝かせる。
「そう! そうなのじゃよ、マリーさん! それなのじゃ! わしが宝を集めているのは! わしは、誰かにこの宝を渡してやりたいのじゃよ、求められたいのじゃ! そのために収集している。もっとも、本当に宝を持ち帰ってくれるのはライムばかりで、他の客は滅多に来ないのじゃけれどね」
「へえ、それは意外だ。スラムで宝のバーゲンセールを開けば、誰もかれもが意味も無く持ち帰りそうなのに。現にゴミ山はいつでも大人気じゃないか」
「そうなのじゃよ。ここの品だって、わしが直々にゴミ山で目利きして手に入れた物だというのに、わしが手にすると途端に人が逃げてしまう。全く、困ったものじゃ」
ベルアッテはヤレヤレとため息をつく。
だが、ベルアッテが望むのにもかかわらず、誰も彼の宝を受け取ってくれないのにはきちんとした訳があった。
それは、単純にベルアッテが怪しすぎるのだ。
食うか食われるか、誰もが殺伐としている世界に貰われたがりが現れれば、それは十中八九、罠だ。
ライムのような明らかなお人好しならばともかく、ベルアッテのそれは動機も行動も異常で警戒を禁じ得ない。
善からぬ考えの元、愚か者を貶めるために奇行に走っているようにしか思えない。
君子危うきに近寄らずというが、スラムの住人という最底辺の人間であっても彼ほどの不審者には誰も近寄らない。
ベルアッテと関りを持ったのは蛮勇を抱える幼き日のライムだけだった。
そこに今日、「好奇心、猫をも殺す」なマリーが加わることで理解者が二人に増える。
喜びが限界を超えて、ベルアッテはイソイソと宝の山を漁る。
慎重に取り出したのは、一本の瓶だ。
遮光性を高めるためか瓶は茶色く、ラベルにはおどろおどろしいデザインの大蛇が描かれている。
瓶を目にした途端、享楽的だったマリーの瞳がカッと見開かれる。
「こ、これは!!」
「やはり、マリーさんなら分かるか。これはベスペールの悪魔と呼ばれる蒸留酒じゃよ。度数が高すぎるだけで味は平均以下だから人気が出ず、ひっそりとこの世から姿を消してしまった珍酒じゃ。こんなアルコールだけの酒、通常ならば誰も欲しがることはない。だが、水酒の器を持つ貴方なら、話は別じゃろう?」
「ボクの魔道具の正体まで知っていたのか」
「ああ。わしは物質を求めることはないが承認欲求と知識への欲求は高いからのう。ついつい、スラムで噂が立つと大きなものも小さなものも収集してしまうのじゃ。わしの推測する限り、貴方は見せかけの姿に寄らず相当に聡明で思慮深い。この酒をわしがどうするか、とっくに分かっているのじゃろう?」
ベルアッテが試すような口調で無邪気に笑う。
すると、マリーはすかさず酒瓶に飛びついて分厚い硝子越しに中の液体へ頬ずりをした。
「もらう! もらうとも!! これは正しくボクのための宝! 家宝だ。中身も一滴残らず、内側を舐めてまで飲ませていただくよ!! 」
突如生まれた家宝は最低でも三日以内には綺麗さっぱり消えてなくなるだろう。
マリーに酒を味わう心はないし、ベスペールの悪魔はそういう酒ではない。
だが、ベスペールの悪魔を飲むことができたという記憶は、珍しくマリーの誇らしくも楽しい思い出として残るのかもしれない。
早速、瓶の蓋を開けて中身を飲み下す酔いどれにライムは侮蔑の眼差しを送った。
「この酒カスが。ベルアッテさんも、いい加減私の話を聞いてよ。お願いがあって来たんだってば!」
「ん? おお、そうだった、そうじゃった。マリーさんが僕にとって極上のお客様じゃったから、つい、忘れてしまっていた。すまなかったのう」
「しっかりしてよ、もう! それでね、私のお願いはね」
ライムは自分自身の置かれた状況を説明し、丁寧に願いを口にする。
とはいえ、ベルアッテが魔物の正体を知っているはずもない。
そのため、ライムはベルアッテから自分たちのまだ知らない事件やその詳細を教えてもらって、助言をもらうつもりだった。
しかし、ベルアッテはライムの予想を大きく超え、あっさりと彼女の欲しい情報を口にする。
「魔物というのは、人や動物など生き物の死骸に腐の魔力が憑りついたものじゃよ」
何故ベルアッテが魔物の正体を知っているのか。
そこにも疑問を禁じ得ないが、それ以上にライムには聞き慣れない単語があった。
「腐の魔力?」
「ああ、腐の魔力じゃよ。魔力は大きく二つに分類することができるのじゃが、ライムは、それは知っているかい?」
知らないと首を横に振れば、ベルアッテはまず魔力について説明を始めた。
魔力はざっくり二つに分類できる。
一つが聖の魔力で、もう一つが腐の魔力だ。
聖の魔力の多くは喜びや勇気など前向きな感情からできている。
では、怒りや悲しみなど一見マイナスに思える感情が腐の魔力を作り出すのかといえば、それは間違いだ。
怒りを覚え、復讐しようとすればその感情には目的が付与され、「向き」がつく。
そうなれば、腐の魔力にはならない。
聖の魔力とは方向性のある感情から生まれる魔力であり、腐の魔力とは諦めや絶望など、どこにも進むことができない停滞した感情から生まれる魔力だ。
方向性のない魔力は目的に従って動くことができず、ただ感情と共に腐り続けるのみ。
聖の魔力は生み出せば魔法として使うことができるが、腐の魔力は一切の使用ができない。
発生すれば当人の体を抜け出して大地や水、空気の中に溶け込み世界を漂い続ける。
永遠に消えることはない。
だが、たった一つの条件を満たせば腐の魔力の使用不可というルールと永久に消滅しないという性質を覆せる。
それが、屍の魔物化だ。
「生き物の死骸に腐の魔力が憑りつくことで魔力そのものが肉体に変換された時、魔物は命を持たぬ動く肉塊としてこの世に存在することとなる。魔物だけは腐の魔力を使用することができ、また、魔力の変換された姿である魔物を肉体ごと砕くことで容易に腐の魔力を消滅させられるのじゃよ」
話を聞いた上でこれまでの魔物事件を振り返れば、その発生についてライムにも心当たりがあった。
墓地はもちろんのこと、貯水槽や林は人間の死体の廃棄場所としてメジャーな場所であったし、池から出てきた魔物は魚の骨格を、民家からの魔物はネズミや蝙蝠の骨格を元とした魔物たちが出現していた。
ベルアッテは元々持っていた国家機密レベルの知識と、これまでに収集してきた多くの情報を元に魔物についての考察を重ね、ライムたちの求める答えに行きついていたのだ。
「ベルアッテさん、ありがとう。魔物の性質のこと、よく分かったよ。でも、そしたら魔物を駆逐する方法ってないのかな」
「ないのう。そもそも、この国では滅多に発生していないが、本来、魔物の発生はよくあることじゃ。この世の多くの人間が、愛しい人の死後に魔物にならないよう対策して、宗教にすら縋って、それでも防げずに嘆きの涙を流し続けるほどにはの。今まで魔物の出なかったこの国が異常なのじゃ。まあ、そこについてはマリーさんが詳しいじゃろう。わしも予測は立てられるが、のう」
ベルアッテがチラリとマリーの胸についたバッジを見る。
だが、それ以上は何も言及することが無かった。
彼は自分の知識を絶対視し、大切にしているからこそ、憶測の域を出ないことは口にしないのだろう。
目を閉じて黙り込む仕草は、深く思考する時のベルアッテの癖だ。
「いいよ、ベルアッテさん。魔物のことを知れただけでも十分。これからどうやってスラムを守っていくのかは自分たちで考えるよ」
ポンとベルアッテの肩を叩き、元気よく言えば彼は満足そうに頷いた。
「そうじゃのう、知を動かし策を練る機会は逃してはならない。よく考えなさい。ヒントが知りたくなったら、またわしを訪ねればいい。ライムは私の大切な教え子なのじゃから」
「うん! 本当にありがとうね、ベルアッテさん!」
すっかり飲んだくれて一人で壁に向かって爆笑し続けるマリーをユニに任せ、ライムは彼の家を出ようとする。
だが、その前にベルアッテは、
「ちょっと待ちなさい」
と、声をかけてユニを呼び止めた。
「何?」
「君は無欲の騎士団団長のユニさんじゃな。お初にお目にかかる。わしはスラムでしがないガラク宝収集をしているベルアッテじゃ」
「そう」
ガラクタに宝を足して、ガラク宝。
ダジャレのような造語を使って自己紹介を仕掛けてくるベルアッテをユニは一瞥すると、マリーを担ぎ上げ、さっさとその場から去ろうとした。
だが、やはり、ベルアッテはユニの帰宅を許さない。
「待ってくれと言うとるじゃろう。わしは、まだ君の願いを聞いていない。わしは家にあげた者の願い事を必ず聞いておる。それを果たせずに人を帰すなど、あってはならないことじゃ」
ベルアッテがユニに縋りつく。
これでは、どちらが頼む立場であるのか分からない。
ユニはキッパリ「なにも要らない」と返事をした。
遠慮やベルアッテを警戒してのことではない。
ユニはノストリア王国を体現する騎士。
心の底から欲しいものが何も無いのだ。
特に、ベルアッテが大切にしている宝の山の中には。
「何も、要らないじゃと? わしの宝を知った上で、わしを、見た上で、キッパリ、ハッキリと、無関心、無感情、何も無い瞳で?」
ベルアッテの表情がどんどんと曇っていく。
俯き、ブツブツと言葉を吐いて空気を淀ませる。
ベルアッテの異様なテンションの下がり方を見て、ライムは少々まずいことを思い出した。
彼は自分の中に在る「何かをもらってほしい、そして感謝してほしい」という要求を突っぱねられると発狂するのだ。




