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スラム少女と人形騎士 スラムの少女は人形騎士の溺愛に翻弄される  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿
スラムの少女は人形騎士の溺愛に翻弄される

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14/16

居酒屋にて

 木製の分厚い扉には「営業中」のプレートが掛けられている。


 少し重い扉を開けば、中からブワッとした熱気とやガヤガヤとした騒がしい声、グラスを弄る高いガチャガチャ音が飛び出した。


 厨房から溢れる煙やぼやけた照明の影響もあって、店内は明るいのに景色はどこか不明瞭だ。


 香辛料や焼けた肉の匂いが充満して、客の腹を鳴かせる。


 視覚、聴覚、嗅覚、触覚、どれをとっても非常に騒がしい。


 おまけに、なんだか蒸し暑い。


 だが、店内は町よりも随分と活気があって、ライムは気に入った。


「皆、楽しそう」


 まだ、夜は始まったばかり。


 怒鳴り声をあげる者も、泣き上戸になって愚痴ばかりをもらす者も少ない。


 多くの客は摂取し始めたばかりのアルコールで上手く舌を回し、陽気にお喋りをしていた。


 その姿がライムには輝いて見え、彼女は嬉しそうに辺りを見回した。


「ライム、こっちの方に座ろう」


 ユニは団長として多くの人間に顔が知れ渡っている。


 おそらく店内には数名ほど知り合いがいるし、一般市民に存在を知られて彼らを委縮させるのも申し訳ない。


 何より、ライムと二人きりの食事を静かに楽しみたかったから、ユニは端の方に目立たない席を見つけて、そこへ彼女を誘導した。


「ここ、お酒の種類も豊富だけれど料理が美味しい事でも有名らしい。特に煮込みハンバーグが絶品だって」


「煮込みハンバーグ!」


「あと、ポテトサラダと各種串焼きも」


「各種!? 何が各種なの!?」


「具材と味付け。鶏肉、豚肉、牛肉、トマトとかレンコンとかの野菜、あとはタレか塩かとか」


 ユニの話を聞きながら次々とメニュー表を捲っていく。


 瞳を輝かせ、楽しそうに写真を眺めるライムにユニは優しく微笑んだ。


「ねえ、ライム、お酒は良いの?」


 つい食べ物に気をとられがちになるライムに、ユニがアルコール専用のメニュー表を手渡す。


 ライムはハッとした表情になると、「そうだった!」とユニからメニュー表を受け取り、中を開いた。


 食事用のメニュー表にも様々な料理の写真が載っていて、かなり凝っていたがアルコールのメニュー表も同等かそれ以上だ。


 ビールにウィスキー、ウォッカ、焼酎、それに色とりどりの様々なカクテル。


 オシャレに並べられた写真や飾り文字は美しかったが、いかんせん種類が多すぎる。


 とても初心者のライムは選べない。


「ねえ、ユニ、初めてでも飲みやすいお酒ってどれか分かる?」


 ライムはしばしメニュー表とにらみ合ったあげく、助けを求めるようにユニを見た。


 しかし、あいにくユニも酒には詳しくないようで首を横に振った。


「俺は渡されたお酒を全部飲むだけだったから、よく分からない。渡されることが多かったのはビールで、たまにハイボールもあった。どっちも苦い。ライムは多分、好きじゃない」


「え、お酒って苦いの? マリーもアル中共も、あんなに美味しそうに飲んでるのに?」


「うん。俺が飲んだのは全部苦かった。あと、炭酸が強くてシュワシュワしてた」


「シュワシュワ? そもそもユニ、お酒飲んだことあったんだ。てっきりユニはお酒なんか触れたことも無いんだと思ってた」


「別に、禁止はされてないから。注がれたら飲む」


 ユニが個人的に飲みに誘われることはない。


 だが、騎士団では新米騎士の歓迎会や慰労会、年末年始など様々なタイミングで食事会が開催されており、そこにはユニも付き合いで参加していた。


 名目は食事会でも、参加者のほとんどが飲酒し、むしろそれをメインに捉えているとなれば実質的には飲み会となる。


 ユニは国の命令や規則に非常に忠実だ。


 しかし、だからといって愛国心を募らせ、理想を胸に国に従っているのかと問われれば、そうではない。


 操り人形という蔑称の通り、国に従うユニは自分の意志や願いをほとんど持っていなかった。


 だからこそ、ユニは決められていないことには干渉しない。


 飲み会へと転じた食事会にも何ら思う所はない。


 伝統で認められている範囲なら受け入れ、酒だって禁止事項の酩酊に至る危険がなければ注がれた分だけ飲み込む。


 他人の酒どころか自分の飲んでいるものにさえ無関心だ。


 そんな彼が酒に対する一般的な知識など持ち合わせているわけもなかった。


「う~、何が美味しいんだろう。ユニが言ってた苦いのに当たったら嫌だなぁ」


「ふふ、お酒なんて大なり小なり苦いのが当たり前。そこが美味しいというのに、ライム君は子どもだねぇ」


 クスクスと笑う、妙に色っぽい揶揄い声。


 聞き慣れた声が自分のすぐ後ろから聞こえてライムは反射的に振り返った。


 そこにいた人物は女性だ。


 パリっとアイロンがけされた白衣を少し崩して着こなして、唇はニヤニヤと嫌らしく笑う三日月形に開かれている。


 丸眼鏡の後ろに控える真っ黒な瞳はインクを垂らしたようで光がない。


 目元と口元では一つずつ色っぽいホクロがついていて、暴力的な大きさの胸を筆頭にくびれた腰やスラリと長い手脚など抜群のスタイルを誇っている。


「マリー!」


 ライムは思わぬ人物の登場に目を丸くし、ユニは彼女を認識するなりスンと無表情になった。


「ふふ、ビックリしたかい? ライム君、ユニ君」


「うん! ここで何してるの?」


「それはボクのセリフだよ。ボクはただ、ようやくユニ君が休暇という概念を知ってくれたおかげで手に入れることができた休日を謳歌していただけだよ。行きつけの店で食事をとりながら一杯飲もうと思ってね、この店に入ったのさ。そうしたら君たちを見かけてね。ついつい、声をかけてしまったのさ」


 元々マリーは完全週休二日制で働いていた。


 土、日、祝に盆暮れ正月が休日として用意されているのは当然として、そこに有給休暇が十日ほど与えられるホワイトな働き方だ。


 職務中もサボっているくらいなので当然に残業は発生せず、いつも定時で帰宅していた。


 しかし、今回は特別任務としてユニへの同行を命じられていたため、原則、彼が勤務している間はマリーも仕事を行わなければならなくなっていた。


 それでも上司に交渉し、一日の労働を朝八時から夕方五時まで、休憩一時間の実質労働時間八時間勤務に定めることはできたのだが、休暇までは上手くいかなかった。


 そのため、マリーはユニが休みを取ったことでようやく自分も休暇を得ることができ、久々に自由な時間を楽しんでいたのだ。


 無休の苦しさを語るマリーだが、スラムでのサバイバル生活で常に働いているとも休んでいるともいえる日々を送るライムにはピンとこない。


 ライムはマリーの熱弁を「へぇ」で流した。


「私はね、お酒を飲んでみたくて、それでユニに居酒屋に連れてきてもらったの」


「おや、そうだったのかい? 意外だね。君はお酒には興味が無いんだと思っていたよ」


「ううん。マリーや皆が美味しそうに飲んでるから、興味はあったの。でも、スラムのお酒は多分危ないから、安全で美味しいのを飲んでみたかったんだ」


「なるほどね。それなら、このお店を選んだのは正解だ。ここには君みたいなお子様でも飲めるお酒がたくさんあるからね」


 クスクスと笑ってチョコンとライムの額をつつく。


 ライムは小突かれた所を押さえると、ムッとした様子でマリーを睨んだ。


「お子様って、私、自分の正確な年齢は知らないけれど確実に十六は越えてるよ。ちゃんと大人なんだから」


「そりゃあ、そうだろうさ。そうでなければ、大人としてボクは君の飲酒を止めているよ。そうじゃなくて、酒を飲むと言っているのに、やれ苦いのは嫌だとか、ジュースみたいな物を探す君の幼い味覚を揶揄っているのさ」


 にんまりと口角を上げて揶揄い続けるマリーに苛立ちが止まない。


 ライムが「ふん!」とそっぽを向くと、膨れた彼女の頬をマリーがつついて萎ませた。


「そんなにむくれないの。ほら、ボクが見てあげるから」


 マリーはライムの手元にあるメニュー表を取ると、サッと内容に目を通していく。


「まあ、ライム君にはこの辺りのカクテルがオススメかな。アルコールの度数も低いし、見た目もかわいくておしゃれだし、何より甘くて飲みやすいのに悪酔いしないんだ」


 マリーが指差すのは桃色と白のコントラストが愛らしい店の看板メニューだ。


 イチゴとヨーグルトが使われているらしく、ジュースのような甘さを保ちながらも苦みは最小限で、スッキリと美味しくいただけるらしい。


 酒だから結局は体に毒なのだが、乳酸菌のお陰で少しだけ健康そうにも見える。


「わぁっ! ほんとだ、かわいい! ユニ、私これ飲む! ユニは?」


「別に、何でも」


「じゃあ、おんなじの飲もうよ! お揃い!!」


「いいよ」


 ユニの返事にライムは嬉しそうに頷いて、それから店員を呼ぶといくつかの品を注文した。


 この時、マリーもちゃっかり店員に自分の分を頼んでおり、注文が終わるとライムの隣に腰を下ろした。


 食事がやってくるとその場で飲み食いをし、ライムと雑談で盛り上がる。


 マリーは完全に二人の席に居座っていた。


 ライムは人懐っこい性格をしており、マリーとお喋りをするのも好きだから彼女が勝手に食事の場に入り込んできても気にしない。


 だが、ライムと二人きりのデートを楽しみにして、彼女を独占したがっていたユニは違う。


 マリーがライムの隣にいて、彼女と楽しげに交流しているのが不愉快で堪らなかった。


 魔法の性質もあって他人の視線や感情の機微に敏感なマリーがユニの刺すような冷たい目に気が付かないわけがない。


 マリーは面白そうに唇を歪めた。


「ふふ、ユニ君、不機嫌だねぇ」


「別に」


「別に、ということはないだろう? 君が腐の魔力を出している所なんて初めて見たよ。混ざる色は汚く濁って、紫が多い。嫉妬だね、今の君の大部分を占めているのはさ。けれど、嫉妬は嫉妬でも腐った嫉妬だ。ライム君に遠慮してか、ボクを追い返したりはできないから、ただくすぶって停滞して腐の魔力になっている。そうだろう?」


「知らない。俺は、俺自身にも魔力にも詳しくない。興味も無い」


「そうかい。君は相変わらずだね。でも、少なくとも自分のことはきちんと見ておかないと、いつか痛い目を見るよ」


「別に」


 ユニはフイッとそっぽを向く。


 無表情ながらも分かりやすくなった彼にマリーは嬉しそうに笑みを溢した。


 ユニは不機嫌なまま、チラリとライムを見る。


 今の彼女は唐揚げに夢中になっていて、ユニにも、あるいはマリーにも意識を向けていなかった。


 ユニは小さくマリーの名を呼ぶ。


「なんだい? ユニ君」


 マリーも彼の意図を組んで、静かに返事をした。


 ユニがマリーの耳元へ口を近づける。


「俺はマリーの本当の任務がどういうもので、どんな企みがあるのかは知らない。どうでもいい。だから、仕事の邪魔をする気はない。監視も好きなだけしたらいい。でも、ライムのことだけは報告しないで」


「ん? ユニ君は何の話をしているのかな? そんなミステリー小説の主人公みたいなお願いをされても、ボクには理解できないよ」


「そう。本当に分からないなら、いい」


 ユニは突き放すように、あるいは諦めるように言い放つ。


 だが、それはマリーの性格を知った上の言葉で、そこにはある種の暗号じみた信頼があった。


 とぼけていたマリーの目が、柔和に笑んだままスッと細まる。


「分かってるよ。大丈夫。だって、二人はボクの楽しいおもちゃなんだ。壊すような真似しないさ」


 パチンとウィンクをするマリーは普段通り胡散臭い。


 だが、ユニは「そう」と返事をすると静かに杯を煽った。


 顔立ちの整った青年がシリアスな雰囲気でイチゴヨーグルトの酒を飲む姿は妙に滑稽で愉快だ。


 変に真面目になった彼の空気をどのように茶化してやろうか。


 悪い笑みを浮かべるマリーの横顔を、ヒュッと何かが通った。


 バリンと後ろで固いものが弾ける音がする。


「ひゃっ! な、なんだい、なんだい、ユニ君! もしかして、ボクの考えていることがバレたのかい? 嫌だなぁ、そんなに怒らなくてもいいじゃないか」


 マリーに投げつけられたのは、ワインがなみなみと注がれたデカンタだ。


 それがギリギリのところで彼女にはぶつからないまま、壁に衝突して粉々に砕けていた。


 壁や床に飛び散る赤紫の液体が血液のようで不穏だ。


 デカンタの総重量からしても、あるいはデカンタがガラス製であることを考えても、少しでもマリーに当たっていれば怪我では済まなかっただろう。


 唐突に訪れた死の気配に鳥肌が立つ。


 少々パニックになって犯人をユニと決めつけたが、あいにくデカンタはマリーの後ろから飛んできた。


 ユニは彼女の正面に座っている。


「マリー、違う。魔物だ」


 応戦するため、ユニは静かに席を立つ。


 彼の言葉に、まずマリーが正気を取り戻して後ろを振り返り、次いでライムも二人と同じ方角を見る。


 そこにいたのは、濁った色彩の浮かぶタールのような体をギラつかせた醜い魔物だった。

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