いじけ虫とデート
ベルアッテ騒動から三日後。
ライムはユニが近くにいない昼下がりを自宅で不機嫌に過ごしていた。
『ユニの馬鹿。魔物だっていつ現れるか分からないのに。ずっと私のこと守るって言ってたのに』
ここ数日のユニは二、三時間ほど、午前中によく姿を消す。
幼少期に母親を亡くして以来、ライムはずっと独りぼっちだ。
ベルアッテやトレイラなど、多少の親しい友人はいたが、それでも彼らと一緒に生活しているわけではない。
ボロ小屋の中を一人で過ごすのは退屈で、特に夜は寂しくて怖くて堪らなかった。
最初こそ戸惑ったものの、ユニとの生活は意外と楽しくてライムは彼と過ごす日々を気に入っていた。
口ではユニに早く出ていってほしいというものの、彼がいないとつまらなくて不安で、おまけに悲しくなってしまう。
ライムは小屋の端っこを見つめてため息をついた。
『さっき出た芋虫の魔物、もしも大きくて危ない奴だったら、私、ただじゃすまなかったのよ』
既に魔物は駆除されて室内から消え去ったが、数分前には確かに部屋の隅いて、モゾモゾと蠢いていた。
ライムは右手に持っていたナイフの刀身に炎をまとわせると、それをクルクルッと回す。
プゥッと不満そうに頬を膨らまし、溜め込んだ空気を溜息と共に外へもらした。
ナイフを鎮火し、土間に置く。
『だいたい、魔物のことだってあんなに一生懸命調べたのに、マリー、もう知ってるっていうんだもの』
ベルアッテ騒動の翌日、ライムは興奮して魔物の性質をマリーに語ったのだが、彼女は「そうだよ」と頷くばかりで全く驚いた様子をみせない。
不審がったライムが問いただせば、マリーは既に魔物の発生条件と消滅条件を知っているのだと言った。
『何が、ボクは一言だって魔物の性質を知らないとは言ってない、よ! あの嘘つき! 人のことを散々おちょくって!!』
おまけに、マリーは魔物が根絶することのできない存在である以上、国がせん滅を諦めユニや自分をスラムから撤退させる可能性があることすら話していた。
これには怒りを通り越してショックを覚える。
なにせ、ライムの仕事はユニと共にスラムの魔物を全て排除することだ。
それを果たすことで褒美として城下町への居住権が得られる。
その道が断たれてしまい、近頃のライムはかなり落ち込んでいた。
「城下町、住んでみたかったのにな」
ライムはノストリア王国が嫌いだ。
理由は自分たちを虐げる諸悪の根源であり、スラムの人間ばかりが辛い思いをしているのが気に食わないからだ。
しかし、それでもやっぱり豊かな生活への憧れと城下町への好奇心があった。
いつか夢みた生活が具現化したと思ったらあっさり崩れ落ちる。
幻はしょせん幻だったのだと思い知らされる。
手紙の主を探せないのも、美味しいものを食べて、可愛い服を着て、安全な場所で眠る素敵な生活が泡と消えたのも悲しい。
だが、ライムにとって一番の痛手はユニに会えなくなってしまうことだった。
「ユニ……」
この場にいないはずの人間を呼ぶ。
たった四時間会っていないだけなのに、声は酷く寂しげでユニを恋しがっていた。
ちょうど今、ユニが帰宅したらしい。
「何? ライム」
ヒョコッと玄関から体を覗かせるユニはキョトンとした表情を浮かべている。
「うわっ! あれ!? ユニ、帰ってたの?」
ライムは驚きで目を丸くすると、慌てて目尻に浮いた小さな涙の粒を拭った。
ユニは呑気に頷いている。
「うん。ちょうど今。ライムは泣いてたの?」
急いで隠した寂しさはぬぐい切れず、ユニは躊躇なく指摘する。
彼女は頬を真っ赤に染めてブンブンと首を横に振った。
「今のは欠伸をして涙が出ただけだから」
「そう、なら良かった。俺、ライムが悲しんでいるのは嫌だから」
「うん、ありがとう。それより、ユニはどこに行ってたの?」
「城下町」
「それは知ってるけどさ、城下町のどこにいたの? マリーだってこっちに来てないし、寂し、ううん、暇だったのよ」
「いなかったのは少しの間なのに、ライムは寂しがりだ。でも、俺もライムに会えない時間、寂しかった」
ユニの素直な言葉が嬉しい。
それなのに、ライムは意地を張ってそっぽを向いた。
「それなら、勝手にどこか行かないでよね。朝起きてもユニがいないと悲し、じゃなくて魔物から守ってくれる人がいなくて不安になるんだから」
「ごめん。でも、もうどこにも行かないから」
「本当?」
「本当。俺、ライムと城下町でデートしたくて、準備してたんだ」
「準備?」
訝しげな表情をするライムにユニはコクリと頷いた。
「俺、今までは連勤にも無休に不満が無かった。俺の体は国のためにあるから。でも、普通はもっとたくさん休みの日があって、その日は仕事をせずに好きなことをするんだ。好きな人がいる人はデートするんだって、マリーが教えてくれた。羨ましいと思った」
「だから、ユニは休みの日がほしくなったってこと?」
「うん。でも、休むには俺の代わりに仕事をする人が必要になるらしい。だから何人かの部下に仕事を引き継いでた。任務、ちゃんとやってもらえなかったら大変だし、スラムが滅茶苦茶になったらライムが困るから、絶対に仕事を全うするように指示した。それで、ここ最近は城下町に戻ってた」
「そうだったんだ」
「うん。ねえ、ライム、怒ってる?」
ユニがおずおずと不安そうに問いかける。
ライムは理由が分からなくて不思議そうに首を傾げた。
「怒る? 何に?」
「俺が毎日城下町に行ってたこと。さっきだって怒ってたし、昨日も一昨日も俺が帰ったばかりの時は不機嫌になって口をきいてくれなかった。ライムに冷たくされると胸がキュッと縮む。苦しい」
ユニが服の上からギュッと心臓を掴んで辛そうに顔を歪める。
ベルアッテ騒動以降、ユニは自分の感情を言葉や表情に出すことが増えた。
彼のアドバイスを元に、意図的にそうするよう努めている。
内面を理解して表に出す行為は不得意で、まだ慣れないらしい。
そのため、動きはかなりぎこちなかったが、それでもユニは不器用に自分の中身をライムへ示していた。
ユニの姿を見て、ライムはバツが悪そうにうつむく。
「ユニ、その、ごめん。だって、ユニがいないの嫌だったんだもの。ユニがいると楽しいから、どこで何をしてるんだろうって、もしかして、マリーと遊んでるのかなとか、スラム嫌になっちゃったのかなって思って、帰ってこなかったらって思うと怖かったんだもの」
恥ずかしそうに視線をそらして素直に言葉を出す。
ユニの苦しそうな表情がパッと明るくなった。
「ライム! 俺も、ライムと一緒が好きだ。ライムも俺と同じ気持ちなのが嬉しい」
「う、うん」
「ライム、俺、今日と明日は休みをもらったんだ。だから、これから城下町に行こう。ちゃんとデートスポットも調べた。ライムの生きたいところ、どこへでも連れて行ってあげられる」
声は淡々と、しかし重ねる言葉には熱がこもっていて瞳の奥は嬉しそうに輝く。
着替えなど軽く準備を整えてから、二人は手を取り合って小屋を後にした。
可愛いデートの始まりを、享楽的な笑みを浮かべた白衣の女性がジッと監視していた。
ゴミ山を過ぎ去って乾いた道を歩く。
スラムから城下町に近づくにしたがって、荒れ果てた原っぱが綺麗に整地されていく。
適切に管理された道は美しかったが、同時にどこか物足りなく、寂しく感じた。
ライムがごちゃごちゃとしたスラムに慣れきってしまっているからだろうか。
それとも、他に何か引っ掛かることがあるんだろうか。
『本当に、あっさり入れちゃうんだ』
決して自分では越えられぬと思っていた城下町の高く分厚い壁。
それを簡単な検問のみで容易にくぐりぬける。
原因は間違いなくユニだろう。
ユニがライムの保証人となり彼女の監視を約束することで、城下町に入ることを許可させたのだ。
『ユニって、本当にすごい人だったんだな』
門を出るまでの長い通路内でも、すれ違う騎士の全てがユニに敬礼を送り、彼が見えなくなるまでその場にとどまり続ける。
ライムはユニの地位の高さを実感した。
だが、それと同時に耳入り込んだ悪意がライムにこの国の陰湿さを教えた。
「おい、あれ、無欲の騎士団、団長のユニ様だろ。相変わらず無表情で何考えてんのか分かんねえ。気味わりぃな」
「ああ、しかもスラムのちんちくりんを連れて城下町に入るってんだ。アイツも国も正気じゃねえよな」
「ほんとだよ。スラムに左遷されたまま、適当に野垂れ死んじまえばよかったのに」
「おい、滅多なこと言うなよ。あんまり反抗的な態度をとってると、操り人形様に処刑されるぞ」
「そんなのデタラメだろ。だいたい、アイツには感情なんてねーんだ。気分を害するなんてありえねーよ」
「そういや、そうだったな。ハハ、馬鹿みてー」
敬礼したまま、騎士の二人がねちゃねちゃと喋って気色悪く笑う。
他の騎士も賛同するように肩を震わせ、全員でユニを笑いものにした。
『何アイツら、気持ち悪い。ほんと最悪。だいたい、ユニは操り人形でも馬鹿でも無感情な人でもないのに。ユニ、こんな所にいたら頭おかしくなっちゃうよ』
ライムは少しだけユニの人間としての部分を知っている。
ユニの表情は眉一つ動かされぬ美しいものだったが、実際の所、内面はどのようになっているのだろうか。
ライムは彼を想うと胸が痛くなり、キュッと繋いだ手に力を込めた。




