第9話 陛下、街へ行くってよ
「陛下。まず金鉱の街の報告でございます」
いつもの執務室で、宰相クローニが上機嫌に日例報告を始めた。
人が上機嫌だと、こっちも嬉しくなる。
クローニが笑顔で報告するなら、間違いなく良い報告だろう。
頬が緩みそうになるのを堪え、俺は静かに頷いた。
「ええとまず、先日、金鉱にて大当たりを引いた者がおりまして。どごぞの商家の倅らしく、金を掘り当てた事を誇らしげに酒場で語り、さらには他の客に奢るなどして、大層目立っていたということです。それが呼び水として、さらに多くの者たちが金鉱の街へと集まってきております」
うんうん、想定通りだ。
そもそも採掘の場所料金や宿代は、単体で莫大な富を生むわけではない。
細々とした利益を生んでいるというのが現状。
だが、こうやって人が集まり消費行動が起きれば、チリも積もって確実な利益となるのだ。
宰相クローニがコホンと咳払いし、さらに熱を帯びた声で報告を続ける。
「また、金鉱の街の人口の増加に伴い、各地から行商人も集まってきております。商人から市場の場所代を徴収することで、そこからも手堅く収益を上げております。そこで、陛下。ひとつ提案があるのですが」
宰相クローニが、期待に満ちたキラキラとした目で俺を見つめてくる。
「金鉱の街の人口も増え、且つての繁栄を取り戻しつつあります。そろそろ、街に正式な名前があると良いかと存じますが、いかがでしょうか?」
「街の名前か。今まで、なんと呼んでいたのだ?」
「『金鉱の街』と、そのままに呼んでおりました」
さも当然、という表情でクローニが答える。
確かに、いつまでも『金鉱の街』じゃ味気ない。
街なら名前が欲しい、そっちの方が管理しやすそうだし。
それに、ファンタジーの街にはカッコイイ名前がないとテンションが上がらない。
「そうだな。では、街に名を与えよう」
「おお! では陛下、ぜひとも命名をお願いいたします!」
「……俺がか?」
思わず素っ頓狂な声が出そうになるのを、ギリギリ押し殺した。
「ええ、陛下がぜひとも! ……陛下の国なのですから」
え、王様が直々にいちいち街の名前を考えるものなのか?
「ふむ……そうだな……」
そうだな、とか言っちゃったけど、どうしよう。
威厳を取り繕って思案の表情を作ってみたものの、頭の中は空っぽだ。
この世界の命名規則とか、正直よく分からないんだよな。
なにせ、俺はヴァレンシア国から出たことない引きこもりなのだから。
……ま、前世の知識から考えればいいか!
じゃあ、うーん……『ゴルトア』なんてどうだろうか。
金鉱の街、ということで金を意味するゴールド。店や蓄えを意味する『ストア』。
合わせて『ゴルトア』だ。
安直すぎる気もするが、この世界の人間に語源がバレる心配はないだろう。
「クローニ。金鉱の街の名は『ゴルトア』だ」
「おお! 力強く、実に良い響きですな! では早速、新たな街の名としてお触れを出すといたしましょう! ……して、陛下。次は『冒険者ギルド』の報告になります」
途端に、クローニの表情がどんよりと暗く曇った。
クローニは表情が豊かだなあ。表情が曇った時は、必ず悪い報告だ。
分かりやすいので、どういった心持ちで聞けばいいのかが分かるのが助かる。
でも出来れば、クローニにはずっと笑顔でいてほしいものだ。
「陛下にご考案いただいた『冒険者ギルド』ですが、現在見事に機能し始めております。『冒険者』という名称も、魔獣狩りを生業とする者たちの総称として完全に定着いたしました。……ですが、深刻な問題が起きております。怪我人が急増し、街の治療院が手いっぱいの状態になってきているのです」
やはり、か。
野生の獣を超える『魔獣』という生物が、そう簡単に狩れるわけがない。
「怪我の原因は魔獣との戦いだろうが、なぜそこまで怪我人が頻出しているのか、理由は分かっているのか?」
「はい。どうやら血の気の多い冒険者たちの間で、誰がより強い魔獣を狩れるかと競い合っているようでして。実力に見合わぬ獰猛な魔獣に無謀な戦いを挑み、返り討ちに遭う者が後を絶たないのです」
うーん、なるほど。
ヒロイックな英雄譚に憧れて集まってきた命知らず達らしい理由だ。
死人が出る前にどうにかしなければ。
治療院も足りなくなってきているのであれば、なおさら危機だ。
正直、怪我や死というものは避けたい。
貴重な労働力と収入源が消え失せてしまう、というのもある。
だが、これは単純に怪我や死で不幸な人間を増やしたくないという単純な俺の思いだ。
どうすればこの無謀な連中を安全に管理できるのか……
うーん、と、しばし顎に手を当て思案する。
やがて俺の頭に、前世での創作物で当たり前のように存在したシステムが閃き、パチリと目を開いてクローニを見た。
「要は、冒険者の腕前と挑む魔獣の強さが釣り合っていないことが原因だな?」
「はい。仰る通りです」
うん、なるほど。
ならば、やる事は決まった。
「では、冒険者に『階級』の制度を設けろ」
「冒険者の階級……でございますか。それは、具体的にどのようなものでしょうか?」
「うむ。冒険者の実力に応じて、下位から『銅級』『銀級』『金級』と階級分けをする。そして、本人にもギルドにもその階級が一目で分かるように身分証を発行するのだ。その上で、階級ごとに『討伐してよい魔獣のレベル』を制限する。実力不相応な討伐依頼はギルドの権限で受けさせないようにするのだ。手始めに、全員を一番下の銅級から始めさせろ」
俺の言葉を受け、クローニは空を仰ぎ見ながら、新しい概念を理解しようと必死に頭を回転させていた。
やがて、「おお!」と閃いたように両手をポンと叩く。
「素晴らしい案です! であれば、一部の者には冒険者登録の際に試験を設けてもよろしいでしょうか。現在、英雄譚に憧れただけの子供や、戦えない老人までもが討伐に向かおうとしておりますゆえ」
「ああ、構わない。だが、試験に落ちた者も門前払いにはするな。憧れを無理にへし折れば、反発してこっそり森に入る者が出るからな。不合格者は『見習い』としてギルドに登録させ、街中の雑用や安全な仕事だけを斡旋してやれ。そうだな……見習いの階級は『鉄級』と名付けよう」
「なるほど! 称号を与えて管理下に置くことで、無軌道な行動を防ぐのですね。さすが陛下、恐れ入りました!」
クローニが大仰に頭を下げる。
ふう、またしても前世の知識が役に立ってしまった。
……ふふふ。これで怪我人の問題はひとまず解決だ。
それに、個人的にワクワクするような出来事もある。
この『階級制度』を導入したのには、俺の個人的な欲望も多分に含まれているのだから。
――――――
あれから数日。
冒険者の階級制度が、無事に稼働し始めたと報告を受けた。
ならば、俺がやるべきことはただひとつ。
俺も、冒険者ギルドに登録したい!
剣と魔法のファンタジー世界で『冒険者』になる。それは前世からの憧れでもある。
転生して冒険者が存在しないことに絶望していたが、俺自身の手で作ってやったのだ。
ふふふ……ならば、冒険者に登録しない手はないだろう!
「陛下、今日は随分と上機嫌ですね。何か良い事でもあったのですか?」
ワクワクが顔に出ていたのか、宰相クローニが俺に尋ねてくる。
傍らには、ギルド長として奔走しているクローニの息子のルシアンテもいた。
「ああ、そうだ。クローニ、ルシアンテ。今から冒険者ギルドに行くぞ」
「ええっ!? い、今からでございますか!?」
突然、引きこもりの俺が自ら外出を宣言。
城内は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなってしまった。
なぜか周囲の認識は『国王陛下による冒険者ギルドの公式視察』になっているようだったのだ。
俺の中では、ちょっとそこまで冒険者の登録しに行くだけのつもりだったのに……




