第10話 冒険者カード
城内をバタバタと兵士や侍女が駆け回り、物々しい空気が漂う。
なぜなら突如として決まった『国王陛下による冒険者ギルドの公式視察』をするための準備に奔走していたのだ。
いや、そんな大袈裟にしてもらう事なんて別に無いんだけどな。
俺はただ冒険者の登録しに行きたいだけなんだけど……
申し訳なさと面倒くささに、俺はハアと、ため息をついて肩を落とした。
着替えさせられたのは、豪奢な装飾が施された軽鎧にマント。
どう見ても高位の貴族か王族のお出ましだ。
俺はこういう悪目立ちする服は嫌いなのだ。
これじゃあ「私が王様です」と吹聴して歩いているようなものじゃないか。
いや、実際王様なんだけどさ……
結局、冒険者ギルド長であるルシアンテの案内のもと、厳重な兵士の護衛に囲まれて城下町を練り歩くことになった。
距離としてはさほど遠くないため、徒歩での移動だ。
通りを歩けば領民たちが道を開け、俺を見て平伏したり歓声を上げたりしてくる。
注がれる視線の重さに冷や汗が滲み、ひきつりそうになる顔の筋肉を必死に固定して、ただひたすらに前だけを見て歩いた。
そうしてやっと、冒険者ギルドの建物へと到着。
ギルドは新築のため見た目は新しいが、荒くれ者を大量に捌いたせいか、既にあちこちの壁に生々しい傷が刻まれている。
護衛の兵士が、ギルドの両開きの扉を開けた。
「こちらでございます、陛下」
ギルド長であるルシアンテの先導で中へ足を踏み入れた、その瞬間だった。
「俺が銅級だと!? ふざけんな、てめえ!」
鼓膜を揺らすような怒声。
見れば、受付カウンターで大柄な男が激昂し暴れているではないか。
うおお! いきなりのテンプレな揉め事!
いかにも冒険者ギルドっぽくて、俺のオタク心が歓喜に震え思わず目が輝いてしまう。
だが、俺の内心のテンションとは裏腹に、護衛の兵士たちは殺気立ち武器に手をかけて一斉に動いた。
「貴様! 国王陛下の御前であるぞ! 控えい!」
「うるせえ、知るかよ!」
興奮しきった男は、兵士の制止など意に介さずカウンターをバンバンと叩いて喚き散らしている。
「俺の強さはどう見ても金級だろうが! なんで銅級からやらなきゃならねえんだ!」
「そ、それはギルドの決まりなんですぅ……! 皆様、最初は一律で銅級からという決まりで……!」
カウンターの奥で、受付の女の子が涙目で怯えながらも必死に説明していた。
ふんふん。なるほど。
あっちのカウンターに行けば、冒険者の登録ができるわけだな。
俺は怯えるどころか、憧れのシステムを目の当たりにして心が躍っていた。
揉め事を横目にぐるりとギルド内を見渡すと、周囲の冒険者たちは王である俺の登場に完全に萎縮し、息を呑んで硬直していた。
まあ、王様が完全武装の護衛を引き連れてやってきたら、誰だってビビるよな。
ちなみに、これだけの視線を一斉に浴びている俺自身も、緊張で胃が痛くなりそうだよ。
だが、引きこもりの俺がわざわざ外に出てきたのには確固たる目的があるからだ。
受付カウンターは三つあり、暴れている男がいる右端以外は空いているようだ。
つかつかと堂々とした足取りを意識しながら、真ん中のカウンターへと歩み寄った。
隣のカウンターに並んだことで、先ほどまで吠えていた男がすぐ右側に立つ形になる。
その男が俺の顔を見ると、ヒッと喉を鳴らし驚愕に目を見開いて完全に凍りついていた。
さすがに王様が真横に立つと、ビビるみたいだ。
そりゃあ、王様の真横に立つことなんて一生ないだろうし。
ちらりと視線を向けると、男は青ざめた顔で口を真一文字に結び、直立不動になっている。
この世界、王族の不興を買えばその場で首が飛んでもおかしくない。
さすがに頭が冷えたようだ。
俺はカウンターの受付の女の子へと向き直る。
目の前に立つ王様という威圧感のせいか、受付の女の子は先ほどとは別のベクトルでガクガクと震えていた。
「キミ、ちょっといいか」
「はっ、はひぃっ!」
あまりの恐縮ぶりに声が完全に裏返っている。
申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、目的は果たさねば。
俺は努めて穏やかな声を意識して告げた。
「冒険者の登録を頼みたいのだが」
その言葉が発せられた瞬間、ギルド内がさらに静まり返る。
「え……陛下が、冒険者に登録、でございますか……?」
「ああ、そうだ。名はカスティエだ」
「もももももももちろん、存じ上げておりますっ! た、ただいま、すぐに発行いたしますっ!」
受付の女の子は慌てふためいて奥へと引っ込み、すぐにバタバタと猛烈な勢いで戻ってきた。
「こ、こちらが陛下の『冒険者カード』でございます……!」
震える両手で差し出された、待ちに待った『冒険者カード』。
この『冒険者カード』という名称は俺が考えた。
だが、この世界にプラスチック製カードは無いので、木の板に鉄板でギルドのマークとヴァレンシア国の印。
それに『カスティエ』と名が刻まれ、そして中央にはしっかりと一番下のランクを示す『銅級』の焼き印が押されていた。
……ふふふ。
ついに念願の『冒険者カード』を手に入れたぞ!
「ありがとう。ご苦労だったな」
「も、もったいなきお言葉、光栄の極みに存じますっ!」
受付の女の子が、感極まったように背筋をピンと伸ばして深くお辞儀をした。
カードを懐にしまい、振り返る。
すると、ギルド内にいる全ての冒険者が、俺の一挙手一投足を瞬きすら忘れたように見つめていた。
な、なんだよ? そんな一斉にこっち見んなよ……
あらゆる方向から、視線が突き刺さっている。
だから街は苦手なんだよな……やっぱり、外に出るのは性に合わないようだ。
足早に、ルシアンテの側へと歩み寄る。
「ルシアンテ、用は済んだ。城へ戻るぞ」
「は、はい……!」
俺は逃げるようにマントを翻し、足早にギルドを後にした。
滞在時間、わずか5分も無い。
そもそも、最初から視察が目的ではないからね。
ふふこれで俺も晴れて念願の冒険者だ!
帰りの道中、俺の足取りは羽が生えたように軽かった。
城へ戻り、いつもの重厚な執務室でようやく一息つく。
帰りを待っていた宰相クローニが、不思議そうな顔で声をかけてきた。
「陛下、随分と視察が早かったのですね」
「ああ、俺の用事は済んだのでな」
「用事、ですか? ……そういえば、ギルドで何か騒ぎがあったと兵士から聞きましたが。ルシアンテよ、陛下に危険は及ばなかっただろうな?」
父に問われ、ルシアンテの表情が暗く沈んだ。
視察中に揉め事を見せてしまったことで、ギルド長として責任を感じているのだろう。
いやでも冒険者ギルドなんて荒くれ者の集まりなんだから、喧嘩くらい日常茶飯事だろうに。
全然、気にしなくていいのになあ。ルシアンテは頑張ってくれているのだから。
俺はちらりとルシアンテを見ると、穏やかな口調を意識して声を掛けた。
「ルシアンテ、気にしすぎるな」
「……陛下、申し訳ございません。自分が至らぬばかりに」
ああ、やっぱり気にしちゃってるよ。
あんな事故や災害みたいなのを気にしてもしょうがないのに。
むしろ、あんなテンプレな喧嘩、見られて嬉しかったくらいなんだけどな。
「ルシアンテよ、何があったのだ?」
クローニが厳しい声で、息子のルシアンテを問い詰める。
「冒険者の階級制度を導入したことで、新たな諍いが頻発しているのです。規定通り最初は全員が銅級から始まるのですが……己の腕に自信のある流れ者たちが、一番下の階級であることを屈辱だと感じ、ギルドで暴れる始末でして……」
うんうん、最初は絶対そういう不満が出るよな。
腕っぷし一つで生きてきた連中にとって、プライドは何より大事だろう。
だけどまあ、最初はやっぱり仕方がないんだよなぁ。
見た目や自己申告で「強そうな気がするから、君は金級ね!」なんてやっていたら、結局実力不相応の依頼を受けて死人が出る。
最初は不満があろうと、地道に実績を積ませるしかないのだ。
どうフォローしてやろうかと俺が考えていると、ルシアンテが急に顔を上げ、熱を帯びた瞳で俺をキリッと見つめてきた。
「……ですが、その暴動寸前の状況を、陛下御自らお鎮めになられたのです!」
……え? 俺が鎮めた? 何を?
「陛下が!? それはどういうことだ、ルシアンテ」
「陛下は暴れる男の横へ歩み寄り、堂々と『冒険者登録をしろ』と仰いました。そして、一番下である『銅級』のカードを受け取り、一切の不満を漏らさず、周囲の荒くれ者たちにその背中を示されたのです! 『例え一国の王であっても、掟に従い銅級から始めるのだ』と! その陛下の無言の教えに、暴れていた男も、ギルド中の者たちも深く恥じ入り、全員が承服いたしました!」
「おおお! なんと素晴らしい! 陛下自らの御身をもって、民へ示したのですね!?」
クローニまで感涙し、親子揃って俺を拝むような目で見つめてくる。
……ん? なんだなんだ?
何を勝手に感動しているんだ、この二人は。
俺はただ、冒険者カードが欲しくてウキウキで貰いに行っただけなんですけど……
熱狂する二人を前に、俺は訂正するタイミングを完全に失い、ただ引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。




