第11話 90パーセント超え
「やあっ! はぁっ!」
重い剣を両手で握りしめ、必死の思いで右から左へと斬りこむ。
「ふんっ!」
バギィン!
「うわっ!」
俺が上から振りかぶった渾身の一撃は、下から跳ね上げられた剣に呆気なく弾かれた。
凄まじい衝撃に手首が弾け飛びそうになり、激痛と驚愕で情けなく尻もちをつく。
ビリビリと痺れる両手を見つめながら、俺は己の圧倒的な非力さに打ちひしがれるしか出来なかった。
俺は今、剣の稽古をしている。
引きこもり至上主義の俺が、なぜ今、こんな泥臭い剣の稽古で汗を流しているのか。
理由は単純。念願の『冒険者』になったからだ。
前世から夢見たファンタジー世界。冒険者ギルドを作り冒険者となったからには、俺だって自分の手で魔獣を倒してみたい。
男のロマンに胸を躍らせ、期待に胸を躍らせるのも自然なことだろう。
だが、俺の胸に抱いた壮大な夢を打ち砕く、残酷な現実がひとつあった。
俺は武器の扱いが下手で、その辺の犬にすら負けそうなほどひ弱なのだ。
幼少期には剣術の指南を受けていたが、引きこもり生活を謳歌するにつれてそんな習慣は綺麗さっぱり消え失せていた。
だからこそ、己の無力さに対する焦燥感に急き立てられ、俺は元兵士長である老兵リヴァルドに剣の指導を頼み込んだのだ。
リヴァルドは桁違いに強い。先ほどだって、俺の全力の剣を軽々と吹き飛ばしたのだ。
白髪を後ろで無造作に結び、立派な白髭を蓄えた快活なリヴァルド爺さんが、威風堂々と俺の前に立っている。
俺は己の不甲斐なさへの誤魔化しを混ぜ合わせながら、リヴァルドに声をかけた。
「やるなぁ、リヴァルド。本当に退役したのか? まだまだ現役にしか見えないんだが」
「ワッハッハ! 何を言いなさる! これでも全盛期の十分の一も出ておりませんぞ!」
化け物かよ……
かなりの高齢のはずなのに背筋はピンと伸びており、現在も現役の兵士たちを木剣一本で叩きのめして訓練をつけているほどなのだ。
さすがはヴァレンシア国が誇る元兵士長である。
退役してからのリヴァルドは、先王である父や兄上、そして俺への武術指南に加え、新兵の育成も担っていた。
かつての俺も、リヴァルドから剣術や乗馬といった戦いの教養を学んでいたのだ。
だけど、途中で辞めちゃったんだよね。戦う事なんて無いと思ってたから……
だからかもしれないけど、俺が再び剣を教えてくれってリヴァルドに頼み込んだ時に、リヴァルドは凄い嬉しそうだった。
リヴァルドが分厚く温かい手を俺の前に差し出す。
俺はその手を借りて、土埃を払いながらすっくと立ち上がった。
「坊ちゃん。出来れば毎日、剣の鍛錬を行なってくだされ」
そう言って、太陽のようにニッカリと笑うリヴァルド。
『坊ちゃん』とは、言うまでもなく俺のことだ。リヴァルドは俺が幼い頃から、ずっとこの呼び方を変えない。
一国の王となった今、そんなふうに呼ばれるのは正直かなり恥ずかしい。
恥ずかしいからやめてくれと言っても全く直る気配がないのは、そもそも直そうとしていないのだろうか。
「リヴァルド、だからその『坊ちゃん』というのは止めてくれと何度も言っているだろう」
「ワッハッハ! そうですな、坊ちゃん! 坊ちゃんは剣の筋がよろしいですからな、鍛錬を積めば必ず大成いたしますぞ!」
俺のモチベーションを上げるための優しい激励なのだろうが、最後に出た『坊ちゃん』のせいで台無しだ。
だが、歴戦の猛者から『大成する』と褒めてもらえるのは、くすぐったくなるほど嬉しい。
単純に喜んでしまう自分のチョロさを自嘲してしまう。
「ああ。毎日やるさ。到底リヴァルドの足元にも及ばないだろうけどな」
「何を言いなさる! 坊ちゃんはワシなんぞを軽々と飛び越え、いずれはこの大陸をも制覇しましょうぞ! ワッハッハ!」
あまりに飛躍した大陸制覇という単語に、呆れて苦笑いを浮かべる事しかできない。
どこまでが本気でどこからが冗談か全く分からないが、リヴァルドが腹の底から豪快に笑う姿を見るのは好きだ。
俺にとって、そしてこのヴァレンシア国にとって、リヴァルドは強き戦士の象徴。
裏表のないさっぱりとした性格で、誰よりも優しく、そして途方もなく強い。
こんな弱小国家に縛られていなければ、今頃どこかの大国で歴史に名を刻む英雄になっていたのではないか。
そう思わせるほどの威風がリヴァルドにはあった。
その後、疲労で全身が悲鳴を上げるのを堪えながらリヴァルドとの稽古を終え、俺は重い足取りでいつもの執務室へと入った。
埃っぽい匂いが染み付いたこの部屋で、毎日毎日、胃を痛めながら国の問題に頭を抱えるのが俺の仕事だ。
引きこもりたいという切実な願いとは裏腹に、悲しいかな、俺はこの国の『王』なのだ。
「陛下、金鉱の街ゴルトアに関する報告にございます」
さっそく、宰相クローニが報告書の束を手に淡々と報告を開始する。
もう見慣れたものだ。
「ゴルトアにて、麦の酒による事件が頻発しております。あの一帯は麦の栽培が盛んですから、領民は余剰分で麦酒を醸造しております。それが現在、一攫千金を夢見て集まった他国からの採掘者たちに飛ぶように売れている様でして」
「ふむ。街が潤うのは喜ばしいことだが、それのどこに事件性があるというのだ?」
怪訝に思い、眉間にしわを寄せて尋ねた。
「はい。ゴルトアの領民たちは、麦酒を蒸留して酒を飛ばし、残った栄養豊富な液体をスープにして食すのが一般的なのです。これが滋養強壮に良いと、現在は観光客や冒険者にも大人気となっております。……しかし、その蒸留する過程で抽出された『高濃度の酒』を飲んで、昏倒する者たちが続出しているらしいのです」
蒸留して抽出した酒……それって、前世で言うところのスピリッツとか、下手したら度数90パーセント超えのヤバい代物なんじゃないか?
だとすると、飲んで倒れた者たちは急性アルコール中毒だったりするのだろうか。
飲ませるのは、かなり危険な気がする……
「クローニ。であれば、その高濃度の酒を販売することを一切禁止する。利益が出ようとも、人の命が失われては元も子もないからな」
「いえいえ、陛下。元々領民たちは、そんな危険なものを商品として販売などはしておりません。どうやら、無頼の徒どもが『廃棄されるはずの酒』を勝手に盗んで飲んでいるらしいのです」
盗み飲み? タダ酒のために廃棄物に手を出しているのか?
廃棄する酒を勝手に飲んでるって、相当だな……




