第12話 ぱちのくり、ぱちくり。
『高濃度の酒を盗み飲む』という酒への異常な執念に、俺は呆れ果てていた。
宰相が手元の報告書に目を落としながら、さらに報告を続ける。
「その抽出された高濃度の酒は……普段は街の外れの森……魔王領に廃棄しているようです。強烈な匂いが、どうやら魔獣避けとして機能しているらしく」
魔獣すら避けて通る酒って、どんだけ劇物なんだよ!
工業用アルコールのようなものを、連中は喉に流し込んでいるということか。
そりゃあ倒れるに決まっている。
「であれば、単なる廃棄物と侮るな。その廃棄酒を厳重に管理し、盗まれないように処分を徹底させろ。また、廃棄は速やかに行なえ」
「はっ。承知いたしました。廃棄物といえど、兵を巡回させ、即座に廃棄するように管理を徹底させます」
しかし酒か。
俺は前世からアルコールを受け付けない体質であり、酒の席特有の騒がしい空気も嫌いなので、正直酒そのものには一ミリも興味が湧かない。
だが領民たちにとって、それが娯楽であり人気の品だというのは理解できる。
酒盛りをして現実を忘れられたら、さぞ楽しいことだろう。
だが、俺の心を満たすものは酒ではない。
それは『美味い飯』だ。
この世界の食事は、塩茹でや硬いパンばかりで味気ないものが多い。
贅沢を言える立場ではないと自分を戒めつつも、前世の豊かな食文化への郷愁で、俺は空腹感に似た切なさに胸を締め付けられていた。
美味しいもの。海の幸、山の幸。想像するだけで口の中にヨダレが湧いてくる。
だが、このヴァレンシア国で、特産品や名物料理なんてものを一度も聞いたことがない。
というか、そもそも無い。
俺は湧き上がる食欲という本能に従い、宰相に尋ねた。
「クローニ、我がヴァレンシア国の領内、もしくは近くに『海』はあるのか?」
「海、でございますか? 残念ながら、我が国は内陸に位置しておりますので、海は遠く離れておりますが」
「……そうか」
残念だ。
新鮮な魚介類への期待が打ち砕かれ、落胆のあまり机に突っ伏しそうになる。
海鮮丼……焼き魚……夢が消え去っていく。
だが、転んでもただでは起きないのが引きこもりの執念である。
海の幸が絶望的ならば、山の幸を狙えばいいだけだ!
俺は再び顔を上げて宰相に尋ねた。
「ならば、我が国に山はあるか?」
「山ですか……そうですね、西方に広がる魔王領の森林の奥深くに、ひときわ巨大な山がそびえておりますが」
おおっ! 山があるなら話は別だ。
松茸や山菜、甘い果物などが自生している宝の山かもしれない。
「その山に、何か食せる植物や珍しい果物などが生えていたりはしないか!?」
美味い飯への渇望で声が大きくなり、胸を膨らませ身を乗り出す。
「魔王領の山にですか? いえ、恐らく何も無いかと存じます。直接足を運んだ事はありませんが、あの山は火山であり、草木一本生えない不毛の岩肌だとか」
「え~……」
……残念だ。見事にフラグを折られた。
深い絶望とともに背もたれに体重を預け、天を仰ぐ。
「ですが、陛下」
クローニが思い出したように言葉を続ける。
「山そのものではなく、その手前に広がる魔王領の『森林地帯』であれば、色々と奇妙な果物や植物が群生しているとの報告がございます。以前は魔獣が蔓延る危険地帯ゆえ誰も近づきませんでしたが、現在は冒険者たちが頻繁に足を踏み入れております。冒険者に依頼すれば、もしかすると珍しい食材が収穫できるかもしれません」
おお、なんと! 捨てる神あれば拾う神ありだ。
歓喜で顔が綻びそうになる。
冒険者ギルドが設立された今、ギルドを通して『未知の食材の採取依頼』を出せば、俺は椅子に座ったまま美味しい果物を手に入れられるのではないか?
……いや、待てよ。
国家の資金を使って、王個人の腹を満たすための依頼を出す。これって完全に『権力の私物化』じゃないか?
結局のところ、俺が美味いものを食べたいという身勝手な欲望でしかないのだ。
俺は腕を組み、うんうんと唸りながら何回かチラチラと宰相クローニの顔をうかがった。
血の気の多い冒険者たちを、王の道楽のために魔獣の巣窟へ送り込む。そんなことがバレたら……
『あの無能な王は、俺たち冒険者を私物化してやがる! 殺せ!』とか、『てめえが美味い飯を食うために、俺たちの命を天秤にかけやがったな! 殺せ!』などと暴動が起きるかもしれない。
群衆に断頭台へ引きずられる己の姿を想像して、俺はブルブルと身震いした。
……やっぱ怖いな、冒険者に頼むのは。
はあ、と重い溜め息を吐き出す。
……決めた。
他人に頼めないなら、自分で動くしかない。これは国家の事業ではなく、俺個人の究極の趣味であり、食への飽くなき執念なのだ。
引きこもりの俺にとって外に出ることは死に等しい苦痛だが、未知の美味い飯のためならば、一肌脱ぐ価値がある。
己の胃袋を満たすという強い決意を胸に、バンッと机を叩いて立ち上がった。
「クローニ、俺は決めたぞ。その魔王領とやらに向かうことにする!」
「な、なんですとっ!? へ、陛下、魔獣が跋扈する危険地帯に直接赴くなど、それはさすがに――」
クローニが目玉が飛び出そうなほど驚愕し、血相を変えて制止しようと手を伸ばした。
その時だ。
バタンッ! と乱暴な音を立てて、執務室のドアが弾け飛ぶように開かれた。
転がり込むように入ってきたのは、宰相の息子であり、現在は冒険者ギルドのギルド長として奔走しているルシアンテだ。
ルシアンテが顔を青ざめさせ、悲壮な面持ちで父クローニの側へと駆け寄り、ヒソヒソと耳打ちをする。
「な、なんだと……!?」
報告を聞いたクローニが、絶叫を部屋中に響かせた。
おいおいおい。
この展開、この空気感。
ちょっと前にも全く同じことを経験した記憶があるぞ。
まさか、いや、そんなはずは……
「陛下! す、すぐに来客のご準備を! エリザ・ヴォルフラム様が、再び我が国に向かっているとのことです!」
「な、なにっ!?」
展開を予想していたとはいえ、いざその事実を叩きつけられると人間の思考は停止してしまうものらしい。
俺はただ目をぱちくりとさせる事しか出来なかった。




