第7話 冒険者ギルドの設立
「陛下。その『冒険者ギルド』とは、一体どのようなものでしょうか?」
ルシアンテが、全く未知の単語を聞いたかのように小首を傾げて尋ねてきた。
無理もない。というか、『冒険者ギルド』なんて聞いたことがないだろう。
俺の知る限り、この世界には『冒険者』という職業も、それを統括する『冒険者ギルド』という概念すら存在しないのだから。
「ふむ、ルシアンテ。お前は『冒険者』を知らんか」
「はい、申し訳ございません……その名の通り、見知らぬ土地へ冒険をする者、という意味でしょうか?」
「そういう意味もあるが、俺が意図するものは少し違う。いわば『危険を伴う便利屋』であり、『契約ごとの請負人』といったところだ」
「なるほど……では、その『冒険者ギルド』というのは、具体的に何をするのでしょうか?」
ルシアンテが好奇心を隠しきれない様子で、身を乗り出して聞いてくる。
俺は一度、椅子に深く座って目を瞑り天井を見上げた。
……勢いで冒険者ギルドを作ると言ってしまったものの、『冒険者ギルド』なんてどう説明すればいいんだ?
前世のゲームや小説によって細かい設定は違うし……いや、今は直面している魔獣問題をごっそり丸投げできる仕組みであればそれでいい。ひとまずは。
「まずは今回急務となっている人員の確保だ。『魔獣狩り』や『素材の解体』、そして『臨時的な治安維持』。そうした危険な業務を請け負いたい余所者たちを集め、仕事として斡旋し、彼らを統括する組織のことだ」
「……なるほど! 魔獣狩りのために集まった者たちを、そのまま臨時的な労働力として組み込むというわけですね」
「余所者だけではない。我が国の民たちにも、臨時的な収入源として参加を呼びかけよ。民が望むなら『魔獣素材の国による買取業務』の窓口などを手伝わせてもいい。この新組織を統括するのは、城の文官たちに任せろ。そして何より、この組織の頂点に立つ『冒険者ギルド長』を早急に決める必要がある」
『冒険者ギルド』の統括は、大変であろうことは明白だ。であれば、ちゃんとした人選が必要になる。
誰かをギルド長に据えなければならないが、そんな得体の知れない新組織のトップなんて、まともな人材がいきなり見つかるはずがない。
何せ、そもそも『冒険者ギルド』なんてものが無いのだから。
……いや、俺の目の前にはこれ以上ない適任者がいるな。
「して、ルシアンテよ。お前が今から『ギルド長』だ」
「えっ!? わ、私がですか!?」
「ああ。臨時で構わないから、お前が統括してくれ。ここは我が国の正念場であり、今後の財政を左右する重要な起点でもある。帝国の知識を学んだ優秀なお前なら、必ずやれると信じている」
頼む、このままだと言い出しっぺの俺が兼務することになる! 俺の代わりに全部やってくれ!
……という切実な願いを込めて、俺はルシアンテを強い眼差しで見つめた。
ルシアンテは驚きに大きく目を見開いていたが、やがてキッと力強い目つきに変わった。
「わ、わかりました! このルシアンテ、国のために粉骨砕身し、その『ギルド長』の大役を務めさせていただきます!」
「ああ、よろしく頼む。クローニ、お前もそれで異存はないな?」
「はいっ! 我が愚息でよければ、いくらでも使ってやってください! よかったな、ルシアンテ! 陛下直々のご指名だぞ!」
宰相もルシアンテも、やる気に満ち溢れた顔で強く頷き合っている。
俺の拙い説明でどこまで理解したのかは不安だが、この優秀な親子のことだ。
丸投げしても、きっとうまいこと形にしてくれるだろう。
俺は心底ホッとして、小さく安堵の息を吐き出した。
「そうだ。ルシアンテ、ギルド長として直ちに着手してほしいことが未だある」
「はい。どのような事でしょうか?」
「冒険者ギルドの設立と並行して、『治療院の増設』と、『冒険者向けの宿屋、武器防具屋、道具屋への設備投資』を検討せよ。魔獣狩りが事業として軌道に乗り、今後も他国から人が流入し続けるのであれば、それらの施設は絶対に必要になるだろうからな」
ゲームの街なら、回復するための宿屋、武器防具屋、道具屋の三点セットは基本中の基本。
怪我をした冒険者から治療費を取り、稼いだ金でより良い装備を買わせる。
冒険者たちの落とす金を国庫に還流させるための必須システムだ。
「たしかに仰る通りですね……! 命あっての物種ですし、冒険者が街で消費する仕組みを整えればさらなる利益を生むでしょう。さっそく手配いたします!」
うんうん、さすがルシアンテ。呑み込みが早い。
俺の思いつきを完璧に補完し、力強く同意してくれたことに歓喜し、自然と笑みがこぼれる。
だが、この魔獣狩りの特需も、いつまで続くか分からないのが懸念点だ。
そもそも、なぜ突然これほど大量の余所者たちが、命の危険を冒してまで魔獣狩りにやって来たのだろうか。
全くもって謎すぎる。
「……そういえばルシアンテよ。この冒険者たちが我が国に押し寄せている理由について、何か分かったか?」
「はい、その情報もちょうど先ほど報告が上がってきたところです。何やら、あの軍事国家ヴォルフラムで大流行している『詩』があるらしく、それが彼らを惹きつけているようなのです」
詩、だと?
酒場などで吟遊詩人がリュートを弾きながら歌っている、あれのことか?
たかが詩を聞いただけで、「よし、他国へ出向いて命懸けで魔獣を狩ろう!」なんて思考になるものだろうか。
「それはいったい、どのような詩なのだ?」
「ええと、元々は最近ヴォルフラム国で出版された小説らしいのです。大量に刷られているにもかかわらず、どこに行っても売り切れが続出するほどの社会現象になっているとか。さらに、その物語を吟遊詩人たちが歌にして広めたことで、爆発的に人気に火がついたそうです。私も一節だけ耳にしましたが、これがまた血湧き肉躍る素晴らしい英雄譚でして。ぜひ一度、陛下にもお聞きいただきたいと思っております」
ルシアンテが、新しい玩具を与えられた子供のように目をキラキラさせて熱弁する。
娯楽の少ないこの世界にも、そこまで人を熱狂させる面白い物語が存在するのか。
前世でサブカルチャーにどっぷり浸かっていた俺の心にも、純粋な好奇心が湧き上がってくるのを感じた。
「そうか。そこまで言うのなら、俺もいつか聞いてみるとしよう」
「ええ! しかも驚くべきことに、その物語の舞台が、このヴァレンシア国なのです! だからこそ、腕に覚えのある命知らずの冒険者たちが、『あの伝説の魔獣を自分も狩ってみたい』と夢見て、こぞって集まってきたのでしょう」
「……ヴァレンシア国が舞台だと? いったいどういうことだ。この国には、そんな伝承など無いだろう?」
「たしかに仰る通りなのです……なぜヴァレンシア国が舞台に選ばれたのかは、私も疑問でした」
俺が読んだこの国の歴史書には、そんな胸が熱くなるような英雄譚なんて一行も書かれていなかったぞ。
飢饉だの、つまらない領土争いだの、泥臭い記録ばかりだったはずだ。
……ん?
待てよ。
『ヴォルフラム国』で大流行している『小説』……?
嫌な汗が、どっと全身から噴き出した。
心臓が嫌な音を立てて早鐘を打ち始める。
まさか、いや、そんなはずはない。
「ル、ルシアンテ……その詩の、名前は分かるか?」
声が震えないように必死に抑え込みながら、俺は恐る恐る尋ねた。
「はい! その名も『辺境の勇者』という物語でございます!」
心臓が止まりそうになった。
強烈な絶望で目の前が真っ暗になり、顔から一気に血の気が引いていくのが自分でも分かる。
俺が引きこもり部屋で密かに書き溜めていた、中二病全開の痛々しい小説。
そのタイトルこそが、『辺境の勇者』だ。
依然、あのヴォルフラム国の『鋼鉄の王女』エリザに「気に入ったなら持っていっていい」と言ってしまい、満面の笑みで持ち帰られた俺の黒歴史。
それがなぜか他国で大量印刷され、大ベストセラーになっているらしい。
……なんてことだ。
俺の恥部が、世界中にばら撒かれているじゃないか……!




