表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/17

第5話 漆黒なる歴史



「……カスティエ陛下。この本は、陛下が書かれたのでしょうか?」


 エリザ王女が手に持っているのは、俺が暇つぶしと現実逃避のために書き殴った自作小説。

 中二病を拗らせたような、読んだだけで悶絶するような内容が詰まっている。

 

 さらにあろうことか、裏表紙には『カスティエ・ヴァレンシア』と、ご丁寧に名前まで書いてしまった始末。

 これではもう言い逃れは難しいだろう。


 ……ならば。


「エリザ王女、ちょうど紅茶が淹れ終わりました。温かいうちに、どうぞ」


 精一杯の営業スマイルを浮かべてカップを差し出した。

 イエスでも、ノーでもない。

 質問には答えない、という究極の誤魔化し。


 ……こんな誤魔化しでイケるか?


「あっ、そうでしたね。失礼いたしました。ありがとうございます、いただきますね」


 よしっ!

 意外となんとかなった!

 俺は心の中でガッツポーズを決め、額の冷や汗を拭う。


 椅子に座ったエリザ王女を見て、とりあえずの危機は去ったと判断し俺も向かいの椅子に腰を下ろした。

 

 エリザ王女は優雅な所作で紅茶を口に含み、にこりと微笑む。

 それを見て、俺もようやく一息つくことができた。

 

 ふう。俺もいつの間にか、喉が渇いていたようだ。

 そりゃそうか。

 思えばこの部屋にエリザが来てから今まで、喉が渇くような出来事しか起きていない。


 緊張でカラカラに乾いていた喉を潤そうと、カップを手に取る。

 ようやく人心地ついて紅茶を飲み込んだ、その時。


「それで陛下。……やはり、あの本は陛下がお書きになったのですか?」

「ヴッ!?」

 

 口に含んだ紅茶を噴き出しそうになった。

 全然、なんともなっていなかった。


「ゴホッ! ゴホッ! あ、あ~……ええ、まあ……趣味の、範疇、と言いますか……はは、ははは……」


 これ以上しらばっくれるのは不可能だと悟り、力なく笑うしかなかった。

 情けなくて消えてしまいたいという絶望感に包まれ、肩がこれ以上ないほどガックリと落ちる。

 

「陛下は本の執筆もされるのですね」


 エリザ王女はそう言って、また一口、紅茶を飲んだ。

 

 はあ~、終わった。

 よりによって、なんで一番見られたくないものを出しっぱなしにしていたんだ俺のバカ。

 ベッドの下にでも隠しておくんだったわ……

 

「この本に出てくる魔物は、やはりヴァレンシア国の話なのでしょうか?」


 エリザ王女がさらに踏み込んでくる。


 魔物の討伐……

 そういや色々書いたな。

 俺が書いたのは、勇者が魔物をなぎ倒す王道のファンタジーだ。

 だが、この世界に転生してから、俺は一度も本物の魔物なんて見たことがない。

 

 もし「いや想像です」なんて言うには具体的すぎる内容だ。

 なにせ、描写の元ネタは前世で浴びるほど見てきたアニメやゲームの知識なのだ。


 俺は必死に頭を回転させ、冷や汗をダラダラと流しながら、それっぽい理屈を捻り出す。


「ええ、そうです! 我が国には『魔王領』と呼ばれる険しい森林地帯がございまして。そこには、恐ろしい魔獣が蔓延(はびこ)っているのです。それを……その、参考に書いただけです」

「魔獣が……なるほど、だからこんなに描写が綿密だったのですね。納得いたしましたわ」


 食いつきが良すぎて怖い。

 でもまあ、宰相のクローニから『国境付近の魔獣被害』の件を聞いておいてよかったな……

 まさか「転生前の世界で見た作品のパクリです」なんて口が裂けても言えない。

 なんとかソレっぽい理由を言えたから、不審にも思われないだろ、これなら。

 

 それからの時間は、エリザ王女の質問攻めだった。

 エリザ王女は好奇心の塊と化し、小説の設定や展開について根掘り葉掘り聞いてくる。

 俺はそのたびに、ボロが出ないよう適当な嘘を並べ立て、精神と寿命をすり減らしていった。

 

 ――トントン。ガチャ。


 救いのノックと共に、扉が開いた。

 現れたのは宰相クローニと、エリザ王女の側近たちだ。

 

「お話し中に失礼いたします。エリザ様、そろそろお帰りの時間でございます」

「まあ、もうそんな時間でしたか。名残惜しいですが、仕方がありませんね」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中にパァッと明るい光が差し込んだ。


 やっと……やっとこの尋問から解放される!

 喜びのあまり、思わず椅子の肘掛けを強く握りしめた。

 

 とはいえ、エリザ王女の端正な顔立ちを眺めるのは悪くなかった。

 むしろ、これほどの間近で美人と話せたのは役得だったと言えるだろう。


 ……いや、このまま帰ってもらえれば縁談を無視した話もされずに済むってことだよな?

 よし、このまま帰ってもらおう!


 すっくと席を立つ。

 

「エリザ王女。お手を」

「ありがとうございます、カスティエ陛下」


 エリザ王女の手を取り、ゆっくりと部屋を出る。

 そのまま城の玄関まで向かうと、そこには威圧感を放つ漆黒の騎士団と、巨大な専用の馬車が待ち構えていた。

 

 馬車の手前で、エリザ王女がしとやかに振り返る。

 

「カスティエ陛下。本日は突然の訪問、失礼いたしました」

「いえ、お越しいただき感謝しております。エリザ王女とヴォルフラム国の陛下の健勝を祈っております」

「ありがたいお言葉です……カスティエ陛下も、ぜひ近いうちに我がヴォルフラム国へいらしてください」


 その誘いに、俺の笑顔がわずかに引きつった。

 

 え……

 いや、行ったら殺されそう。ずっと縁談断ってるし。

 何より、俺は家から一歩も出たくないんだけど。

 

「ええ、ぜひ……行けたら、行きます」


 前世からずっと使っている最強の回避魔法『行けたら行く』を唱えた。

 行くという言葉ではあるが、絶対に行かないという決意を込めた究極の言葉だ。

 

「ふふ、楽しみにしていますね。……あとこちらですが、ありがとうございます」


 エリザ王女が、愛おしそうに胸に抱えていたもの。

 それを見た瞬間、俺の全身の血の気が引いた。


 エリザ王女が持っていたのは――俺の自作小説『辺境の勇者』だった。


 ……は?

 え、なんでそれ持ってるの!?

 しかも今、ありがとうございますって言ったよな?


 あまりの驚愕に、俺は声も出せず、金魚のように口をパクパクと開閉させた。

 

 そこで俺は、自分の失態を思い出した。

 部屋でエリザ王女が俺が描いた絵画を見ていた時、「気に入ったものがあれば、どれでも持っていってください」と言ってしまった事を。

 俺はあくまで『絵』の話をしたつもりだったが、エリザ王女の中では『部屋の中にあるもの』に適用されてしまったらしい。

 

 いやいやいや! それだけはダメだ!

 自分の妄想を散りばめた恥ずかしい小説を、一国の王女がお土産に持って帰るってどういう状況だよ……!?

 さすがに……これは返してもらおう。


「カスティエ陛下。こちら、大切にいたしますね」


 エリザ王女は、小説をぎゅっと抱きしめ、天使のような微笑みを浮かべた。

 

「……気に入っていただけたのなら、これ以上の喜びはありません」


 エリザ王女のあまりの美しさと純粋な善意に当てられ、俺の喉元まで出かかった「返して」という言葉が虚しく散っていく。

 俺は心の中で血の涙を流しながら、引きつった笑みでそう答えるしかなかった。


 そのままエリザ王女の背中を見送り、王女が馬車の中へと入って行く。

 馬車の扉が閉まり、窓からヒョコっとエリザが顔を出す。


 うん、美人。

 つい、俺もつい笑顔になってしまう。

 エリザ王女が俺に手を振ったので、俺もつい手を小さく振り返してしまった。

 

 ガラガラ、ガラガラ……

 重厚な車輪の音と共に、ヴォルフラム国の軍勢が帰っていく。


 俺の『黒歴史』と共に。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ