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第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


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第4話 辺境の勇者



 しまった、完全に口が滑った。

 あまりの美しさに毒気を抜かれ、つい本音が漏れてしまった。

 気まずさに心臓がバクバクと早鐘を打ち、俺は額から流れる嫌な汗を袖で拭う。


 対するエリザは、ぱちくりと大きく目を見開いた直後、コホンと淑女らしい咳払いを一つ。

 彼女はスッと背筋を伸ばし、俺から視線を逸らすと、部屋の隅に乱雑に積み上げられた俺の描き殴りの絵を凝視し始めた。


「……過分なお言葉、恐縮に存じます。ですが陛下、私は弔問の名代として参った身。容姿の美醜など、語るに及びません。それよりも……この絵について伺ってもよろしいでしょうか」


 うっ、冷たい。

 エリザの突き放すような物言いに、俺の心はガラス細工のように粉々に砕け散っていく。

 ショックのあまり、拳をぎゅっと握りしめてつつ震えてしまうくらいだ。

 

 これって遠回しに「お前のナンパな話はいいから、さっさと絵の説明しろ」ってことだよな。

 やっぱり、今まで縁談を無視し続けたという不義理のツケは想像以上に重いらしい。


 だが、ここで凹んでいても引きこもり部屋の平和は守れない。

 今は少しでもエリザの機嫌を取り、この針のむしろのような空間を浄化しなければ。


「ええ、もちろん。私に分かることであれば、なんなりと」

「こちらの……この絵は、一体何を表現されたものなのでしょうか?」

 

 エリザが白く細い指先で示したのは、俺が前世の記憶を頼りに描き散らした絵の一つ。

 それは、俺が密かに書き溜めている自作小説の挿絵代わりに描いたものだ。

 巨大なドラゴンと対峙する少年という、これ以上ないほどベタな構図。

 とはいえ、絵の未熟さを誤魔化すために、全体的にぼかしを加えた抽象的なタッチになっているのだが。

 

「そ、そちらは、なんといいますか……魔獣と戦う勇気ある少年の姿でございます……」


 俺の自信なさげな説明に、エリザ王女は俺をチラリと一瞥し、再びキャンバスへと視線を戻した。

 

 沈黙が痛い。

 そもそも、この世界にドラゴンなんて実在するのか?

 見当違いな空想画に、軽蔑の眼差しを向けられているのではないかと不安で胃がよじれそうだ。


 俺は居心地の悪さに耐えかね、痒くもないのにポリポリと頭をかいた。


「不思議な絵を描かれるのですね」

「そう、でしょうか……?」

「ええ。まるで実際にその場に居合わせたかのような、凄まじい躍動感を感じます」


 ギクリ。

 実際に見た事はないけど、アニメや漫画でたくさん見たんだよなぁ……

 だが、絵を見つめるエリザの表情は、先ほどまでの鉄面皮が嘘のように和らいでいた。

 まるで宝箱を見つけた子供のように目を輝かせ、まじまじと絵を覗き込んでいる。

 

「……非常に興味深いです」

「き、気に入って頂けたのなら、嬉しい限りです」


 彼女がここまで熱心に食いつくとは予想外だ。

 だが、ここでさらなる称賛の言葉が俺を襲う。


「本当に、素晴らしい感性です。このような美しいものに囲まれて過ごせたら、どんなに心が安らぐことでしょうか」


 うう、そこまで褒められると逆に心が痛む。

 ただの引きこもりの暇つぶしなのに。

 

 ……いや、待てよ?

 これは王族同士の社交辞令というやつか? それとも皮肉か?

 疑心暗鬼に陥りつつも、俺は体面を保つため、精一杯の『気前の良さ』を演出することにした。

 

「ありがとうございます。もしお気に召したものがあれば、どれでも持っていってください」


 これぞ、俺なりの高度な外交的反撃。

 まさか本気で、この得体の知れない素人の落書きを持って帰るなんて言わないだろう。


 だが、エリザ王女の返答は俺の反撃を上回るものだった。


「まあっ! 本当によろしいのですか? ありがとうございます!」


 エリザがパッと顔を輝かせ、弾んだ声を上げた。


 えっ、マジで?

 本気で喜ばれてしまい、俺は口を半開きにしたまま固まった。

 

 大失態だ。

 あんな恥ずかしい絵が他国の王宮に飾られでもしたら、嘲笑の的になる未来が視える。

 後悔の念が押し寄せ、俺は自分の軽率な口を縫い合わせてやりたい衝動に駆られた。

 

「……陛下は、楽器も嗜まれるのですね」


 エリザの視線は、部屋のあちこちに立てかけられた多種多様な楽器へと移った。


 この世界は弦楽器が主流で、俺は暇に任せて片っ端から楽器を取り寄せさせていたのだ。

 といっても、正規の教育や指南を受けたわけではない。


 前世の記憶を頼りに「なんかそれっぽく弾けたらカッコいいな」という不純な動機で集めただけの、単なるコレクションである。

 実際、どれもまともに一曲すら弾けやしない。

 

「お恥ずかしながら、集めること自体が趣味のようなものでして。私自身は、これらを自在に操る才には恵まれなかったのです」


 どれか弾いてくださる? なんて余計な無茶振りをされる前に、先手を打って『無能』をアピールする。

 できないことは、毅然とした態度で「できない」と言い切るのが重要なのだ。


「あら、まあ」


 エリザがポツリと漏らした。

 

 ……その言葉の真意が全く読み取れず、俺は疑心暗鬼の極致に達した。

 

 今のは、「弾けないのに集めるなんて、なんて滑稽な無駄遣いかしら」という嘲笑か?

 それとも、「王としての教養も欠けていらっしゃるのね」という侮蔑か?


 だめだ。全部、否定の意味にしか感じない。

 想像がネガティブな方向へ加速し、胃がキリキリと悲鳴を上げる。

 俺は無意識に腹部を押さえ、うつむいた。

 

「あの……少し、楽器に触れてもよろしいでしょうか?」


 エリザがおずおずとした様子で、伺いを立ててくる。


「え、ええ! もちろんです。特に貴重な物というわけではありませんから、ご自由にお使いください」

「ありがとうございますっ! それでは、失礼して……」


 エリザが手に取ったのは、弦が6本張られた、アコースティックギターによく似た中空の弦楽器だった。

 彼女は椅子に腰を下ろすと、慈しむように楽器を抱え、ポロンと軽く弦を弾いた。


 エリザは初めて楽器に触るのだろうか。

 そして、ペグをクイクイと回しだした。

 

 うんうん、そうだよな。

 新しいおもちゃは、色々と触ってみたくなるものだ。

 

 微笑ましい光景に少しだけ肩の力が抜けた、その瞬間だった。


 エリザの指先が、突如として猛烈な勢いで動き出した。

 六本の弦が激しく、時に繊細に弾かれる。

 彼女の細く白い腕が、太いネックの上を流れるような滑らかさで舞い、複雑な旋律を紡ぎ出していく。

 

 素人目に見ても、それが達人の域にあることは明白だった。

 部屋の空気が一変し、荘厳な音楽が壁を震わせる。

 俺はその凄まじい迫力に圧倒され、ただ口を閉ざして聴き入ることしかできなかった。


 ……完敗だ。

 見た目も美しく、教養も技術も超一流。

 彼女は大国の王女という『本物』であり、俺のようなハリボテの王とは、立っているステージが根本から違うのだ。

 その事実を突きつけられたようで、俺の心には形容しがたい敗北感が広がる。


 やがて、鮮やかな余韻を残して演奏が幕を閉じた。

 俺は感動と、そして自身の至らなさへの苦笑いを混ぜ合わせながら、パチパチパチと精一杯の拍手を送る。

 

「素晴らしい演奏でした、エリザ王女殿下。しばし、時を忘れて聴き惚れてしまいました」

「もったいないお言葉です。陛下にそのように仰っていただけると、身に余る光栄に存じます」


 その時、エリザの口角がわずかに上がり、ふにゃりと柔らかな笑みが漏れた気がした。

 鉄の仮面が剥がれ落ちたような、年相応の少女の顔。

 だが彼女はすぐに「はっ」としたように真顔に戻り、コホンと小さく咳をした。

 

 ん……? また咳払い?

 さっきも咳をしてたよね?

 

 俺の引きこもり脳が、瞬時にフル回転を始める。


 これは……まさか!?

 『喉が渇いた』という意味なのか?!

 

 いや待て……直接「喉が渇いた」なんて要求をするだろうか。

 ということは、この控えめな咳払いこそが「もてなしの茶を寄越せ」という無言の圧力……!


 察しが悪くて機嫌を損ねては大変だ。

 だが、この引きこもり部屋には茶器の用意なんてない。

 

「エリザ王女殿下、少々喉を潤すものを用意させてまいります。その間はこの部屋にあるものを、どうぞ遠慮なくご覧になってください」

「まあ、わざわざ。ありがとうございます。お言葉に甘えて、拝見させていただきますね」


 俺は扉を開き、逃げるように外に出る。

 外には、宰相クローニを筆頭とした両国の側近たちがズラリと控えていた。


 彼らの視線が一斉に突き刺さり、俺の心臓が飛び出しそうになる。

 宰相が慌てた様子で歩み寄ってきた。

 

「陛下、いかがなさいましたか? ……まさか、何か不手際でも!?」

「ああ、いや……エリザ王女にお飲み物を用意しようと思ってな」

「はっ! すでに準備は整っております」


 宰相の合図とともに、廊下の向こうからカラカラカラと音を立てて台車が運ばれてきた。

 そこには香り高い紅茶と、この国では珍しい高級なお茶菓子が並んでいる。


「……これは私が持っていく。皆はここで待機していろ」

「承知いたしました。何かあればすぐにお呼びください」


 俺は紅茶の乗った台車を受け取ると、再び部屋の中へと戻る。

 後ろ姿のエリザ王女は、今も熱心に絵画の鑑賞をしているようだ。


 邪魔をしないよう、紅茶の用意を始める。

 自分で紅茶を淹れるのは、引きこもり生活で身につけた数少ない特技の一つだ。

 本来なら使用人の仕事なのだろう。

 だが我が国にそんな余裕はないし、何より他人に部屋をかき乱されるのが嫌で昔から自分で行なっていた。

 

「お待たせいたしました、エリザ王女殿下。紅茶の用意ができましたよ」


 俺の声に、エリザが肩をビクンと跳ねさせて振り向いた。

 どうやら、絵画に没頭しすぎて俺に気づかなかったらしい。


 だが、彼女が手にしていたのは絵画ではなかった。

 エリザの手元にあるのは、一冊の本。

 彼女はそれを、まさに魂を吸い込まれるような真剣な眼差しで読み(ふけ)っていたのだ。

 

 ……あ、あの本。


 瞬間、俺の脳内に警報が鳴り響いた。


 あれは、俺が誰にも見せないつもりで書き溜めていた自作小説。

 魔物を倒して英雄となる、自分の理想を詰め込んだ恥ずかしすぎる英雄譚。

 表紙には、殴り書きのような文字でタイトルが刻まれている。


 ――『辺境の勇者』。


 隠していた黒歴史を、あろうことか大国の王女に読まれていた。

 今すぐ消えたい。このまま床の中に潜り込んで、二度と出てきたくない。

 人として尊厳が、今、音を立てて崩れ去った。

 

 ……いや、待てよ。

 そもそも自作小説だなんて、自分から言わなければいいだけでは?


 よし! その線で行こう!

 ちらりとエリザ王女へ見やる。


 ……げっ。

 俺の小説。

 その裏表紙に『カスティエ・ヴァレンシア』と、俺の名前が堂々と書かれていた。

 

 そうだったわ。

 俺の名前、ちゃんと書いてたわ。

 完全に終わったわ。

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