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第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


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第3話 『鋼鉄の王女』



 城の門前。


 俺は照りつける太陽の下で、早くも「帰りたい」という本能と戦っていた。

 いや、ここはすでに俺の家でもあるんだが。

 

 しかし、一体どれくらいぶりだろうか。

 門前とはいえ城から出て、こうして外の空気を吸うのは。

 

 俺が待っているのは、軍事国家ヴォルフラムの第三王女。

 そして、あろうことか俺の縁談相手でもあるエリザ・ヴォルフラムだ。

 

 やがて、地響きと共に黒衣の騎士団が現れた。

 それらに守られるようにして、数台の装甲車……いや、装甲馬車が列をなしている。

 その中央で止まった一台を見て、俺は思わず目を剥いた。

 

 この馬車、デカすぎる。

 八頭立ての馬が鼻息荒く牽引するその馬車は、もはや家が動いているようなものだ。

 前世の感覚で言えば、大型バスか、あるいはちょっとした装甲車か。

 

 一人の騎士がテキパキと階段を設置していく。

 その馬車の扉一つとっても俺を丸呑みにできそうなほど巨大だった。


 ――怖い。怖すぎる。

 

 俺はこれまで、エリザ王女からの縁談を全力でスルーし続けてきた。

 あの巨大な扉から身長三メートルの巨人が現れ、「よくも無視してくれたわね!」と巨大な斧で俺を真っ二つにするんじゃないだろうか。

 想像しただけで脚がガクガクと震え、俺は情けなくも自分の膝を拳で押さえつける。

 後悔先に立たず、とは言ったものだ。


 ガッチャン。

 重厚な金属音が響き、ゆっくりと扉が開く。


 まず姿を現したのは、黒衣に身を包んだ女性だった。

 侍女だろうか。

 顔には透けないほどの黒いベール。服装も夜の闇を切り取ったような真黒。

 ストン、ストンと、一点の乱れもない足取りで階段を降りてくる。


 なるほど、侍女は普通の人間サイズらしい。

 ということは、この後に本打ちの『鋼鉄の王女』が、ドスンドスンと地響きを立てて降りてくるわけだ。


 俺は死を覚悟し、喉の奥がカラカラに乾くのを感じながらゴクリと唾を呑み込んだ。

 心臓の鼓動が耳元でうるさい。冷や汗が背中を伝い、じっとりとした不快感が広がる。

 

 自分の呼吸が乱れている。こんな時は深呼吸だ。

 周りにビビっていると悟られないよう、極めて静かに肺へ空気を送り込む。

 

 すー……はー……

 深呼吸すれど我が緊張、楽にならざり、ぢっと扉を見る。


 ……だが『鋼鉄の王女』が、なかなか降りてこない。

 はて? 馬車の中で斧でも砥いで、俺を仕留めるタイミングを測っているのか?


 困惑する俺の前に、いつの間にか先ほどの黒衣の侍女が立っていた。

 そして彼女は静かに、澄んだ声で口を開いた。


「この度は、先王陛下ならびに王太子殿下の急逝、誠に心中お察し申し上げます。本来であれば、我が祖父たる国王が自ら弔問に訪れるべきところではございますが、あいにく陣中より身を動かすことが叶わず、孫娘である私が名代として参じました」


 黒衣の侍女は一歩、吸い込まれるような滑らかな動作で歩み寄ってきた。

 そして優雅に、しかし一片の隙もない完璧なカーテシーを披露する。


「改めて、お初にお目にかかります。ヴォルフラム国第三王女、エリザ・ヴォルフラムにございます。本来であれば事前に使いを出し、お許しを得てから参じるべきところを、このように不意の訪問となりましたこと深くお詫び申し上げます」

 

 ……え?

 今、なんて? エリザ・ヴォルフラムって言った?

 この目の前にいる小柄な女性が、あの『鋼鉄の王女』?

 

 俺はあまりの衝撃に、目をパチクリとさせた。

 

 三メートル超えの巨人でもなければ、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)でもない。

 ベールのせいで顔は見えないが、俺より少し背が低いくらいの、むしろ華奢(きゃしゃ)で引き締まった体つきの少女だ。

 

 俺は安堵のあまり膝から崩れ落ちそうになったが、なんとか理性を総動員して踏み止まった。


「……ご丁寧に、ありがとうございます。お詫びなど、どうか気にしないでください。突然のことで驚きはしましたが、こうして弔問に訪れていただいたこと、心より感謝いたします」


 我ながら、よく噛まずに言えたものだ。

 エリザ王女はベールの向こうから、値踏みするように俺を見つめている気がする。


「このような形で第二王子の私カスティエが国を継ぐこととなりました。至らぬ身ではございますが、私が皆様をお迎えいたします。……立ち話も何ですから。どうぞ、こちらへ。中へご案内いたします」


 王女がコクリと頷くのを確認し、俺は彼女を城内へと導いた。

 

 

 ――――――

 

 

 案内した応接室は、お世辞にも豪華(ごうか)とは言えなかった。

 一言で言えば、格式が高い『古い会議室』だ。


 何せ、この国に来客なんて滅多にない。

 遊び人の父も女好きの兄も自分から他国へ行くことはあっても、要人を招いて、もてなすなんて事はしなかったのだろう。

 

 俺はエリザ王女の対面に座りながら、自分の顔が引き攣っていないか気が気ではなかった。

 「国を乗っ取られる!」という最悪の恐怖からは解放されたが、依然として胃の痛みは消えない。


 なぜなら、俺はこの『鋼鉄の王女』からの縁談を長年シカトし続けてきた前科がある。

 怒っていないはずがない。ベールの下で何を考えているのか、想像するだけで手汗が止まらなかった。

 

 今、この会議室……じゃなくて、応接室にいる者たち。

 我がヴァレンシア国からは俺、宰相と補佐ルシアンテ、それと近衛騎士。

 対してヴォルフラムは、エリザ王女、侍従、二人の近衛騎士。

 

 全員が着席し、静寂が部屋を包む。

 まず最初に口を開いたのは、エリザだった。


「改めて、ご挨拶申し上げます。急なことではありましたが、こうして直接お目にかかり、弔意をお伝えすることができて安堵いたしました」

「ご丁寧な挨拶、痛み入ります。遠路はるばる、感謝の言葉もございません」

「王である祖父も父も、それに兄たちも皆、今は陣中に詰めておりまして。どうしても手が離せない状況ですので、今回は縁のある私が名代として参りました。不慣れな点もあるかと思いますが、よろしくお願いいたします」


 陣中。つまり戦場のことだ。

 あちらさんは今も現役バリバリで戦争中というわけか。怖っ。

 俺は薄っぺらな愛想笑いを張り付けながら、心の中ではブルブルと震えていた。


「陛下、重ねて伺わせていただきます。先王閣下の国葬は、すでに執り行われたのでしょうか?」

 

 ギクリ、と心臓が跳ねた。

 いきなり痛いところを突いてきやがった。

 

 王が死ねば、国を挙げて盛大な葬儀を行うのがこの世界の常識だ。

 我がヴァレンシア国においても、そういうしきたりは存在する。

 もちろん宰相からも口を酸っぱくして言われていた。

 

 だが、俺は断固として国葬を拒否した。

 なぜなら大勢の前に出るのが嫌だし、部屋から出たくないからだ。

 

 父上と兄上の葬儀をしたくない、というわけじゃない。

 一応、城に隣接された地下墓地への埋葬は、城内の身内だけでちゃんとやったよ。

 

 その時、両手を合わせて拝んでいた俺を、皆が奇異な目で見ていたっけな……


 俺は喉のつかえを飲み込み、さも『高潔な志があります』という風な表情を作って答えた。


「……いいえ。国葬は執り行っておりません。今の我が国には、亡き父や兄を盛大に送るよりも先に成すべきことが山積しております。まずは国を立て直し、民の暮らしを安んずること……それこそが、先王の遺志を継ぐ道だと信じております」


 よし、完璧な建前だ。どうかね、このそれっぽい理由は。

 横で聞いていた宰相クローニも、「おお、陛下……」と感動したように目を潤ませている。

 

 だが、エリザ王女の空気感が一変した。

 ベールの向こうで、彼女の瞳が鋭く光ったのを俺は見逃さなかった。


「……左様でございましたか。正直に申し上げまして、驚きを隠せません。我がヴォルフラム国では、いかなる危急の折であっても、先王を送るしきたりを欠かすことはございませんので。陛下は……しきたりを曲げてでも優先すべきことがあると、そう判断されたのですね」


 部屋の温度が数度、下がった気がした。

 エリザ王女の言葉に、横にいる宰相たちが凍り付いていたように固まっている。

 

 『国葬もやらないとか、常識は無いのか?』とか『お前、縁談相手なのに私の国のしきたりも知らないのか?』とか思われているのだろう。

 俺の心臓はドラムの乱打よりも早くドクンドクンと脈打ち、呼吸が浅くなるのを必死に堪えた。

 

 その後、何について話したのか、俺の記憶は曖昧だ。

 緊張の限界に達した俺は、宰相たちが会話を回している横で「ははは……」「ええ、まあ……」と、壊れた玩具のように相槌を打つのが精一杯だった。

 

 そして、事態はさらに予想外の方向へ転がる。


「……陛下。よろしいですか?」


 宰相クローニが、優しげな笑顔で俺に問いかけた。

 

 ――やばい。思考停止してて、話の流れを完全に聞き逃した。

 とりあえず、適当に頷いておけば、この場は収まるだろう。


「ああ。構わない」


 その一言が、運命の引き金だった。


「承知いたしました。それでは、ご案内いたしましょう」


 全員がスッと立ち上がったので、俺も慌てて席を立った。

 ……え、どこへ? 父上と兄上の墓参りか?

 

 上機嫌な宰相が、エリザ王女を先導していく。

 俺は冷や汗を拭いながら、最後尾にいたルシアンテの袖を掴んで小声で尋ねた。


「ルシアンテ、我々はどこへ向かっているんだ?」

 

 ルシアンテは「何を今さら」と言いたげなキョトンとした顔で、俺に振り返った。


「どこへとは……陛下のお部屋ですが?」

「……は?」


 思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声が出た。

 

 俺の部屋?

 俺の唯一の安息の地である、あの引きこもり部屋か?

 

「エリザ王女殿下が、陛下の描かれた絵画や楽器の演奏にいたく興味を示されまして。先ほど父……宰相が『ぜひ陛下のお部屋でご覧になってください』と提案した際、陛下も快諾されたではありませんか」

 

 終わった。


 先ほど俺が言った「構わない」というのは、俺の部屋へ入るという確認だったのか。 

 今さら「やっぱりダメ」なんて言える雰囲気じゃない。

 俺は絶望に打ちひしがれ、足を引きずるようにして自分の部屋の前までやってきた。


「こちらでございます」


 宰相クローニが勝手に扉を開け、エリザ王女を中に招き入れる。


「それでは陛下、あとはお二人でごゆっくり」

 

 ルシアンテが「頑張ってくださいね」と言わんばかりの輝かしいくらいの笑顔を残し、パタンと扉を閉めた。

 

 ……ちょ、待てよ。

 何だこの状況は。密室で、男女二人きり。何も起きないはずもなく?

 しかし相手は、軍事大国の『鋼鉄の王女』だぞ?


 俺は心臓が口から飛び出しそうなほど緊張し、部屋の隅で所在なげに指を弄んだ。


「本当に絵をご自分で絵を描かれているのですね。素晴らしい……」

「いえ、その……ただの、趣味程度のものですから……」


 エリザ王女は、壁に立てかけられた俺の落書き……もとい、絵画の数々を熱心に見つめている。

 誰に習ったわけでもない、前世の記憶を頼りに描いた自己流の絵だ。


「あの、カスティエ陛下。不躾なお願いとは存じますが、絵をより詳しく拝見するために、ベールを取ってもよろしいでしょうか?」

「え、ええ。もちろん。どうぞ」


 エリザがゆっくりと、帽子ごと黒いベールを脱ぎ去った。

 

 ――その瞬間、俺の思考は停止した。

 

 超美人。

 なんて言葉じゃ足りない。

 

 まるで精巧な彫刻のように整った顔立ち。

 絹のような銀色の髪がさらりと肩に流れ、高貴な香りが鼻腔をくすぐる。

 

 だが、何よりも俺の目を釘付けにしたのは、エリザの左目だった。


 眉の上から頬にかけて、一本の鋭い傷跡が縦に走っている。

 刃物で付けられたような、生々しい戦いの記憶。


 普通なら『痛々しい』とか『可哀想』とか思うのかもしれない。

 だが、前世でサブカルチャーにどっぷり浸かっていた俺の感性は、全く別の反応を示した。


 ――カッコよすぎる。


 美少女×傷跡。

 この属性の暴力に、俺の引きこもりオタク脳が歓喜の悲鳴を上げた。


 俺は緊張でガチガチだったことも忘れ、呆然とエリザを見つめたまま、心の声がそのまま口から滑り落ちる。


「……美しい」


 エリザの大きな瞳が、驚いたように見開かれた。

 


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