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第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


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第17話 血と肉片



 誉れある事?

 ただ一緒にリンゴを食べるだけなのに、ずいぶんと大げさな反応じゃないか?

 俺が不思議に思い、小首を傾げたその時だった。

 

 エリザはクルリと振り返り、背後に控える黒衣の騎士たちに向かって鋭い視線を向けた。

 

「アレを持てッ!!」


 ビリビリと空気を震わせるような、エリザのすさまじい一喝。

 突然の咆哮に、俺の肩がビクっと跳ね上がった。


 エリザの命令を受け、二人の屈強な黒衣の騎士が仰々しく『何か』を運んできた。

 それは豪華な装飾が施された分厚い鞘に収められた、身の丈ほどもある巨大な大剣だった。


 ……え、大剣?

 それでリンゴを採るんですかね?

 それとも皮でも剥くおつもりですか、エリザさん?


 俺の頭の中に、無数の疑問符が浮かび上がる。


 黒衣の騎士たちが大剣を水平に捧げ持ち、柄の部分をうやうやしくエリザの目前へと差し出した。

 エリザがその太い柄をガシッと握りしめると、騎士たちが重厚な音を立てて巨大な鞘を抜き取る。


 現れたその刃を見て、俺は息を呑んだ。

 

 大剣、だと思っていた。

 だが、むき出しになったその刀身は、およそ『剣』と呼べる代物ではなかったのだ。

 

 どう控えめに表現しても、あれは『ノコギリ』だ。

 分厚く無骨な鉄の塊に、凶悪なギザギザの刃が無数に並んだ、巨大な片刃のノコギリ。


「ふうっ……!」


 エリザが短く息を吐きながら、その質量兵器を片手で軽々と持ち上げる。

 ブンッ!ブンッ!と風を切り裂きながら準備運動のように振り回し始めた。


 何? 何なの?

 リンゴ狩りに来たんだよね?

 いったい、何が始まるんです?


 だが、俺がツッコミを入れる暇もなかった。

 突如、森の奥深くから冒険者の絶叫が響き渡ったのだ。

 

「グレートボアだ! グレートボアが出たぞォォー! みんな逃げろォォ!!」

 

 その悲鳴と同時に、ドドドドドッ!!と大地を揺るがす重低音が森全体に響き渡った。

 バキバキィッ!メシャァッ!と、太い木々を紙くずのように薙ぎ倒し、土煙を巻き上げながら、『そいつ』は俺たちの目の前に姿を現した。

 

 そこにいたのは身の丈2メートルは優に超えるであろう、大木をへし折るほど巨大なイノシシの魔獣だった。

 鋭く巨大な二本の牙を生やした猪が、戦車のように猛スピードでこちらへ一直線に突進してきているのだ。


 ……死ぬ! あんなのに轢かれたら絶対に死ぬ!!

 に、逃げないと……!

 

 俺と同じく恐怖に顔を青ざめさせた宰相クローニが、必死に声を振り絞って叫ぶ。

 

「た、直ちに避難を……!」

 

 だが、そんなパニック状態の俺たちに対して、エリザは至極冷静だった。

 

「問題ございません」

 

 静かに、だが絶対の自信に満ちた声が響く。

 そしてエリザは、主君を守ろうと前に出かけた黒衣の騎士たちに向かって、短く言い放った。

 

「お前たち、手出しは無用だ」


 そのたった一言で、騎士たちはピタリと動きを止めた。


 あろうことか抜いていた剣をチャキッと鞘に収め、巨大な盾をズンッと地面に突き刺し整列してしまったのだ。

 直立不動。

 一切の防御姿勢なし。

 主君であるエリザを命懸けで守ろうという気配は、微塵も感じられない。


 そんな狂気の沙汰の騎士たちを背に、エリザはあの恐ろしい巨大ノコギリ剣を片手で引きずりながら、猛進してくるグレートボアの正面へと歩みを進めていく。


 え、ちょっと……エリザさん? 何やってるの!?

 相手は戦車だよ!? 死んじゃうって!!

 

 そう声を掛ける暇も無かった。


 グレートボアが地響きを立てながら、エリザの眼前へと迫り来る。

 激突まで、あとわずか数メートル。


 ——その瞬間、エリザが羽のように軽く跳ねた。

 まるで重力など存在しないかのように、可憐に、そして美しく空中を舞い上がる。

 エリザの銀糸の髪が、空中で円を描いた。


 ガァァンッ!!


 エリザが全体重を乗せて振り下ろした巨大なノコギリ剣が、迫り来るグレートボアの分厚い頭蓋骨に深く食い込んだ。

 しかし、グレートボアの巨体が持つ凄まじい突進の慣性は、それだけでは止まらない。


 エリザは空中に留まったまま、その突進の勢いを逆手に取り、ノコギリの刃をボアの背面へと一気に押し切った。


 ギリギリギリギリィィッ!!


 肉を削ぎ、硬い骨を容赦なく粉砕する、身の毛もよだつような破壊音が森に響き渡る。

 凄まじい血飛沫を上げながら、グレートボアの巨体が脳天から尻尾の先まで、まるで柔らかいバターを切るかのように真っ二つに切り裂かれていく。


 ドッシャァァァンッ!!

 

 左右に分かたれた肉塊が、エリザの両脇を通り抜け、地面に激突して地響きを立てた。

 

 一刀両断。

 まさにその四文字の言葉だけが、目の前の信じがたい光景を完璧に表していた。


 ……思い返せば。

 エリザに会う前、俺はエリザの事を、身長三メートルを超え、全身が鋼のような筋肉に包まれ、巨大な斧でオークを真っ二つにするような人物かと思っていた。

 

 だが、どうだ。

 実際のエリザは、折れそうなほどか細い腕と、絹のような銀髪を持つ、これ以上なく可憐な美少女だった。

 

 しかし、その可憐な美少女は今、俺の想像を遥かに超える巨大で歪なノコギリ剣で巨大な魔獣を本当に真っ二つにしてしまったのだ。

 俺の想像は、ある意味で正解であり、ある意味で完全に間違っていた。


 エリザは着地すると、フッと息を吐き、手首の返しだけで巨大なノコギリ剣をブンッ!と鋭く振り抜いた。

 刃にこびりついていたグレートボアの血と肉片が、見事な弧を描いて地面に振り払われる。

 

 あまりの出来事に腰を抜かしそうになりながら、俺はただ呆然とエリザの姿を見つめることしかできなかった。

 すると、エリザはゆっくりとこちらを振り返り、あの可憐な顔で……そう、本当に年相応の少女のように、俺に向かってにこりと微笑みかけたのだ。

 

 狂暴な破壊の後に咲いた、その純真無垢な笑顔。

 オタクとしての嗜好と純粋な畏怖がごちゃまぜになった感情で、胸が激しく高鳴り俺は無意識のうちに息を呑んでいた。


 あきれるほどに凶悪で、恐ろしい。

 だが……その姿は、あまりにも美しかった。

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