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第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


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第18話 リンゴ



 

「美味しいですっ!」


 俺たちは夕食のデザートとして、魔王領で収穫したリンゴを食べていた。

 

 シャクシャクとした軽快な歯触りと、口いっぱいに広がる充分な甘味。

 

 大国ヴァルフラムの王女であるエリザが、その素朴な味に目を丸くして驚き、花が咲いたように微笑みながら食している。

 

 ヴァルフラムではリンゴを食べないのだろうか?

 そんな疑問を思いつつも、エリザの満足そうな顔を見て俺はホッと安堵の息を吐き出していた。

 わざわざ足を運んでリンゴの収穫が出来たのは、本当に良かった。

 

 ちなみに、本日の夕飯のメインは魔獣のウサギ、それとグレートボアの肉だった。

 魔王領で狩った魔獣を、エリザの護衛の黒騎士が淀みない手つきでキレイに(さば)いてくれたのだ。

 「記念に」ということで持ち帰り、食べられると聞いて夕飯にしてみたのだが……


 魔獣のウサギに、グレートボア……

 その旨味とは裏腹に、ありありと今日の恐ろしい思い出が蘇ってきた。


 俺はただ、魔王領へのんびりとリンゴを収穫しに行っただけだったのに。

 同行したエリザ王女が、控えめに言ってめっちゃ強かった。

 それどころか、その後に迫り来る凶悪な魔獣たちを、護衛の黒騎士達がまるで赤子の手をひねるかのように次々と倒していったのだ。

 ヴァルフラムという大国の強さを、まじまじとこの目に焼き付けることになった。

 

 もし俺一人であれば、グレードボアどころか、あのウサギの魔獣にすら瞬殺されていたと断言できる。

 あんなヤバい魔獣がうろついているなら、気軽に魔王領へなんて行けるものではないな……

 

 エリザ王女やヴァルフラム国の黒騎士達がいない状態で、あのグレートボアに遭遇していたかもしれないと思うとゾッとする。

 虚ろな目になって固まっていた俺に、エリザが静かに声を掛けてきた。

 

「本日は私に魔獣を譲っていただいて、ありがとうございます。陛下も、魔獣と戦うために森林へと出向いたというのに」


 ……なるほど?

 それを聞いて、俺の頭の中でようやく点と点が繋がり、ストンと合点がいった。

 

 リンゴ狩りをしようとした時に、俺が「エリザ王女もいかがですか?」と尋ねた後、エリザが「いいのですか?」と遠慮がちに言っていた言葉の真意。

 俺はただ純粋に、「エリザ王女もリンゴをいかがですか?」と勧めたつもりだった。

 だがエリザは、「陛下が倒すはずの魔獣を、私が狩っていいのですか?」と解釈していたのか!


 致命的なすれ違いを感じつつ、俺は瞬時に意識を切り替えた。

 

 俺に魔獣を倒すほどの実力なんて、ミジンコほども無いのだ。

 できないことは、毅然とした態度で「できない」と言い切るのが重要。


 見栄を張って中途半端な返答をすれば、後で絶対に命に関わる事態に巻き込まれる。

 こういった状況では、正確な返答が求められるのだ。

 

「いえ、私は魔獣とは戦いませんよ。そもそも、戦った事さえありませんので」

 

 苦笑いしながら、そう返すのがやっとだった。

 

 俺の正直すぎる言葉に、エリザはキョトンと目を丸くして固まっていた。

 だが次の瞬間、エリザは口元を手で覆い、控えめにクスクスと笑い出した。

 

「カスティエ陛下は、冗談もお上手なのですね」

 

 冗談じゃないんだよなぁ。

 なんで俺の必死の真実が、冗談として処理されちゃうのかなぁ。

 

 俺はどうやって訂正したものかと迷った挙句、「ハハハ……」と空虚な笑い声を合わせる事しかできなかった。

 ……はぁ、(つら)い。


 だが、胃が痛くなるような困った事は、これだけじゃなかった。

 なんとエリザ王女から、ここヴァレンシアに泊まりたいという急な申し出があったのだ。

 

 しかも、あの大人数のヴァルフラムの軍勢が、街の近くで野営をするのだという。

 実際の所、我が弱小国家の小さなヴァレンシア城の中に、大国から来た大人数をすべて泊めるスペースなど無い。


 だが、一国の王女であるエリザに外で野営をさせるなんてとんでもない、という常識的な意識は俺にもある。

 もし俺だったら、野営と城のふかふかなベッド、どっちに泊まりたいかと訊かれたら、迷わず秒で『城』だと答えるだろう。

 

 だが、俺の懸念に対するエリザの返答は、「野営には慣れておりますので」という、(たくま)しすぎる言葉だけだった。


 ……いやいや、そればっかりは、外交なんてしたことがない引きこもりの俺でも承認できない。

 俺は強引に提案をねじ込み、エリザ王女や侍女、そして護衛の数人の騎士たちだけでもヴァレンシア城へと宿泊してもらうことにした。


 俺だけぬくぬくと安全な城のベッドで寝ているのに、年下の女の子であるエリザが外のテントで寝ているなんて、心が痛んで絶対に寝付けない。

 単純に、それが最大の理由だった。


 そんなわけで城に泊まることになったのだが、夕飯の時も、夕飯の後も、エリザからは俺の書いた痛い自作小説『辺境の勇者』についての質問攻めだった。

 黒歴史をえぐられるような羞恥心で顔から火が出そうになり、俺はその場を誤魔化すためにエリザへ提案した。


「エリザ王女、夜風にでもあたりに行きませんか?」

「まぁ! そうですね。参ります」


 俺はエリザをエスコートするようにそっと手を取り、逃げるように城のバルコニーへと移動した。

 

「まあ、街が一望できるのですね」


 バルコニーの手すりに寄りかかり、エリザが感嘆の声を漏らす。

 その通り、ここからはヴァレンシアの街の夜景が見下ろせる。

 

「はい。大きな城ではないので高さも無いですし、そして、大きな街でもないので大した夜景でもありません。ですが、私はこの景色が好きなのです」

 

 自分を良く見せようと、洒落たつもりで言ったわけではない。

 これは紛れもない俺の本音だ。

 

 城から街への距離が近いため、街の人々の生活の様子がよく見える。

 華やかな活気があるわけではないが、領民たちがささやかに楽しそうにしているのを、こうして遠くから眺めるのが好きなのだ。


 だが、その平穏な時間に突如として異変が起きた。

 足元が、わずかに揺れている感覚。


 眩暈(めまい)ではない。すぐに窓や城の壁が、ガタガタと不気味な音を立てて揺れ始めた。


「きゃあ!」


 エリザが悲鳴を上げ、パニックを起こして慌てふためいている。

 だが、俺はこの現象をよく知っている。


「大丈夫ですよ、エリザ王女」

「で、ですが! 全てが揺れておりますよ!?」

「地震ですので、すぐに収まるはずです」

 

 そう、これは地震なのだ。

 俺が前世で生きていた国は、年がら年中に地震が起きる地震大国だった。

 だから、俺はこの程度の揺れには完全に慣れきっていたのだ。


 体感的に、このくらいの揺れだったら……おそらく震度2か3あたりだろうか。

 前世の感覚で言えば「あ、揺れてるな」で終わる日常風景であり、もはや恐怖など微塵も感じない。


 だが、この世界に転生してから、俺は一度も地震を経験したことがない。

 エリザがここまで激しくビビっているということは、おそらくエリザの人生で初めて地震を体験したのだろう。


 あの巨大なグレートボアを顔色一つ変えずに一刀両断した『鋼鉄の王女』エリザが、子犬のように震え、慌てふためいている。

 俺の腕の中で。


 ……ん? 俺の腕の中で?

 状況を整理しきれず、俺は自分の腕へまじまじと視線を落とした。

 

 エリザが先ほど「きゃあ!」と驚いた拍子に、無意識に俺にギュッと抱き着いていたのだ。

 どうやら俺も、地震そのものに気を取られていて、すぐには気づかなかったらしい。


 もはや、地震どころの騒ぎではない。

 俺の腕の中に、美少女であるエリザがぴったりと抱き着いている。

 

 なんか……めちゃくちゃ良い匂いがするんだが!?

 突然のラッキーベースケ的状況に、俺の心臓は地震以上のマグニチュードでバクバクと激しく揺れ始めた。

 顔が熱くなり、俺はどうしていいか分からず直立不動で固まってしまう。


 やがて、ガタガタという音は消え、地震が完全に収まった。


「……収まったようですね」


 エリザが俺の腕に掴まったまま、周囲の安全を確かめるように、あちらこちらをキョロキョロと見回している。

 

「……ふう、驚きました。あれは地震というのですね。陛下は本当に、何でもご存知なので……す……ね……」

 

 エリザは感心したように言葉を紡ぎながら、ふと自分がしがみついている俺へと視線を落とした。

 エリザがぱちくりと(まばた)きをして数秒の沈黙の後、エリザの身体がビクッと跳ねる。


「も、申し訳ございません! 私としたことが、陛下に気軽に触れてしまい……ッ!」


 エリザがバネのように飛び退き、慌てて頭を深く下げた。

 

「大丈夫ですよ、エリザ王女。それより、怪我などはありませんか?」

「は、はい……」


 エリザが、蚊の鳴くような声で答えた。

 顔を上げないエリザを覗き込むと、その端正な顔は、先ほど食べたリンゴのように真っ赤に染まっていた。


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