第16話 れちご魔王領
『鋼鉄の王女』エリザが、俺の森林地帯での果物採取に同行することになった。
……だが、もちろんエリザ王女が一人で来るわけがない。
軍事国家ヴァルフラム国の、屈強な軍勢がセットでついてきているのだ。
我がヴァレンシア国の兵士たちも護衛として同行しているが、ヴァレンシア兵が完全に萎縮してしまっているのが痛いほど見て取れる。
並んで歩くのが可哀想になるほど、装備の重厚さ、体格の厚み、果ては乗っている馬の毛並みから質までが全然違うのだ。
兵士たちの気持ちが痛いほどよく分かる。なぜなら、俺も例にもれず萎縮しまくりだからだ。
で、俺は今どこにいるかというと、あの巨大なエリザ王女の専用馬車に同席させてもらっている。
いや……これ馬車っていうか、動く高級ホテルじゃないか!?
ふかふかのソファに、磨き上げられたテーブル。
壁には豪奢な飾りがしつらえられ、馬車だというのに揺れが非常に少ない。
さらには侍女まで控えており、俺の前に豊かな香りを漂わせる紅茶まで淹れてくれているくらいだ。
なんだこの空間は。
我が城のボロボロな応接室より、よっぽど豪華じゃないか。
あまりの場違い感に落ち着かず、俺は紅茶のカップを両手で包み込むように持ち、キョロキョロと周囲を観察していた。
だが、そんな夢見心地の時間は束の間だった。
突如として、俺にとっての地獄の尋問タイムが幕を開けたのだ。
「カスティエ陛下! この『辺境の勇者』に登場する魔獣たちの生態というのは——」
「カスティエ陛下! やはり、巨大な魔獣との戦い方は——」
「カスティエ陛下! 今回向かう魔王領というのは、あの舞台——」
「カスティエ陛下! ——」
「は、ははは……ええ、そうですね……」
俺は引きつった笑顔で、滝のように流れる冷や汗を拭うこともできず、ただただ曖昧に相槌を打つしかなかった。
俺が引きこもり部屋で書き溜めた黒歴史小説『辺境の勇者』。
その設定や展開について、エリザ王女から矢継ぎ早に質問と熱烈な感想をぶつけられているのだ。
エリザはまるで、自分自身が本当に『辺境の勇者』の世界に入り込んだかのように深い感情移入と共に語ってくる。
あまりの熱量と興奮して語るエリザにちょっと引きつつ、ひたすら「ええ」とか「そうですね」とロボットのように繰り返す。
だが……興奮して一生懸命に話すエリザの顔を見ていると、不思議と悪い気はしなかった。
頬を薄紅色に染め、瞳をキラキラと輝かせながら語るその表情は、年相応の少女らしく、驚くほど表情豊かで可愛いのだ。
一時期、俺は勝手な妄想を膨らませていた。
『鋼鉄の王女』という物騒な二つ名から、エリザは身長三メートルを超え、全身が鋼のような筋肉に包まれ、巨大な斧でオークを真っ二つにするような人物かと思っていた。
それが、どうだ。
目の前にいるのは華奢で美しく、小説の感想を楽しげに語る可憐な美少女なのだ。
羞恥心も忘れてついつい表情をほころばせてしまっていた。
エリザの感想トーク地獄に耐え忍んでいると、馬車がゆっくりと停止した。
どうやら目的の森林地帯——『魔王領』へと到着したようだ。
重厚な扉が開き、巨大な馬車を降りる。
するとそこには、ヴァルフラム国の黒衣の騎士たちが、すでに陣形を張って物々しく周囲を警護していた。
その異様な気迫と殺気に、魔王領で狩りをしていた冒険者たちも、何事だという表情でこちらを遠巻きに観察している。
冒険者ギルドで普段イキり散らしているような血の気の多い連中も、今は蛇に睨まれた蛙のように完全に沈黙していた。
それもそのはずだ。
ヴァルフラム国の黒騎士たちは、そこらへんの荒くれ者とは面構えが違う。
何せ、軍事大国の王女様を直接護衛する超エリート部隊なのだから。
俺ですら目を合わせるのが怖いよ。
「陛下! エリザ王女殿下!」
背後から声が掛かり振り向くと、我が国の宰相クローニ、その息子であり冒険者ギルド長のルシアンテが小走りで駆け寄って来た。
「ここからは、このルシアンテが道案内を務めさせていただきます。どうか、宜しくお願い申し上げます」
「ああ、ルシアンテ。頼りにしているぞ」
俺が威厳を装って頷くと、黒衣の騎士達がザッザッと揃った足音を立てて森林地帯の奥へと先行していく。
俺たちは、その安全な輪の中に守られながら、スタスタと薄暗い森の中へと足を踏み入れた。
『魔王領』と恐ろしげな名で呼ばれる森林地帯だが、周囲を見渡せば思いのほか大量の冒険者たちがいた。
ふと視線を向けると、近くでウサギと激しい死闘を繰り広げている冒険者の姿がいる。
……いや、待て。
あれはただのウサギじゃないぞ。
額から鋭く長い一本の角が突き出ている、正真正銘の魔獣だ。
しかも、あの白くてフワフワした愛らしい小動物の面影など微塵もない。
血走った鋭い目つきで、殺意剥き出しで好戦的に冒険者の喉笛めがけて飛びかかっているのだ。
冒険者が必死の形相で盾を使って角をいなし、なんとか剣で仕留めていた。
こ、こわ~……!
あんなに小さい生き物なのに、なんて獰猛で凶悪なんだ。
こんな森に引きこもりの俺が一人で放り出されたら、三分で肉片にされる自信がある。
そんな恐ろしい光景から目を逸らすように、ふと頭上の木々に視線を移した。
すると、緑の葉の間に、見覚えのある真っ赤な果実がコロンと実っている。
あれは……リンゴか!?
よくよく周囲の木々を観察してみると、あちらこちらに丸々とした美味しそうなリンゴが鈴なりに実っているではないか。
しかも、誰の手にも触れられず、手付かずのまま放置されている。
冒険者たちは魔獣を狩って金を稼ぐことばかりに夢中で、こんな恵みに目もくれないのだろう。
これは……大発見じゃないか!?
魔獣だらけの物騒な森だと思っていたが、探せばこんなにも美味しそうな自然の甘味が眠っているのだ。
引きこもり生活で甘いものに飢えていた俺の心が、期待と食欲でワクワクと胸躍る。
ついつい頬が緩み、口角が上がってしまう。
「カスティエ陛下。随分と嬉しそうなお顔をされていらっしゃいますね。やはり、お好きなのですか?」
横を歩いていたエリザ王女が、俺の緩みきった顔を見てクスリと微笑みながら問いかけてきた。
「ええ、お恥ずかしながら。目がないんですよ」
俺は照れ隠しに頭をポリポリと掻きながら、タハハと苦笑いで答えた。
いや、誰だって甘くて新鮮な果物は好きでしょ?
でも、男が「甘いものが大好きです!」と公言するのは、どうにも気恥ずかしさが伴うのだ。
男一人で入ったおしゃれな喫茶店で、本当はイチゴパフェが食べたいのに、周りの目が恥ずかしくて結局ブラックコーヒーを頼んでしまう……あの切ない感覚と同じだ。
「いえいえ、そんな恥じるなど事などございません。ヴァルフラム国では、王族であっても好んで嗜みますので」
エリザが優しい声でフォローを入れてくれる。
おお! あの脳筋……いや、軍事国家のヴァルフラム国は、意外にも甘党の国だったのか!
ということは、エリザも果物が好きだということだろうか。
であれば、あの木になっているリンゴ、エリザも一緒に食べるかな?
いや、待てよ。女の子だからといって無条件に甘いものが好きとは限らない。
甘い物が苦手な女子だって一定数存在するのだ。
勝手に押し付けて機嫌を損ねてはまずい。
ここは王として、スマートに確認を取っておくべきだ。
「良ければ、エリザ王女もいかがですか?」
俺が気遣うように声をかけると、エリザはハッとして目を丸く見開いた。
「……よろしいのですか?」
「ええ、もちろんですとも。せっかくですから」
俺は安心させるように、出来る限りの爽やかな笑顔を作って答えた。
すると、エリザの顔がパァッと明るく華やいだ。
「ありがとうございます! ヴァレンシア国まで参りまして、まさかこのような誉れある事ができるとは夢にも思っておりませんでした! では……お言葉に甘えまして、早速失礼いたします!」
感極まったような声で、深々と頭を下げるエリザ。
……ん?
誉れある事?
ただ一緒にリンゴを食べるだけなのに、ずいぶんと大げさな反応じゃないか?




