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第二王子は引きこもりたい ~引きこもり王子、うっかり英雄になる~  作者: 水乃ろか


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第14話 ま、まずい……



 応接室に立ち込める重苦しい雰囲気の中。

 俺はエリザ王女が口にした謝罪の真相を問うていた。


「エリザ王女。一体、何があったのですか?」と。


 エリザ王女は両目を深く瞑り、再びゆっくりと瞼を開ける。

 一瞬だけ視線を下に落としたものの、決心したように俺へと真っ直ぐに視線を合わせた。

 

 緊張のあまり、俺の心臓がドクドクと打つ音が自分の耳にまで響いてくる。

 思わず、机の下でギュッと拳を握りしめていた。


 いったい、どんな厄介な事態が起きているというのだろうか……

 

 やがて、エリザ王女が静かに口を開いた。

 

「……カスティエ陛下。ヴァルフラム国より、大量の民がヴァレンシア国へと移動した件ですが、私どもの不始末が原因にございます。重ねて、謝罪申し上げます」


 ……ん?

 大量の民が、うちの国に来た?

 

 ……なんのことだ?

 あ……ああ! あの冒険者たちの事か!

 

 確かに、大量の民が国境を越えて移動する事なんて滅多にない異常事態だ。

 その大量の移民によって、我がヴァレンシア国が一時的に混乱に陥ったのも確かだった。

 

 エリザは、自国の民が大量にここヴァレンシアに移動したことについて、迷惑をかけたと思い悩んでいるのか。

 たしかに自国民を他国に大量に流出させるというのは、国家として褒められたことではない。

 

 治安の悪化、経済の混乱、文化の衝突。

 下手をすれば、民を扇動して敵国を内部から崩壊させる狙いがあると疑われてもおかしくない。

 

 だが、俺はエリザがそんな策略を企てるとは微塵も思っていない。

 しかも、移民が明確に悪だという線引きが曖昧なのも事実だ。

 というよりも、ヴァレンシアへ押し寄せてきた彼らのおかげで『冒険者ギルド』を作り、魔獣討伐の問題を解決できたと言っても過言ではないのだ。


 だから……エリザの謝罪は、いくらなんでも過剰すぎじゃないだろうか。

 そんなに焦って謝るような事じゃない。

 っていうか、そんな事のためにわざわざ急いで大軍を率いて来たのか?

 

 正直、気にして欲しくはない。

 ここは、「全く問題無い」という事を告げて安心させるべきだろう。

 

 だが、王族同士の会話だ。

 言い方次第では、逆に責めていると受け取られかねないため細心の注意が必要だ。

 

 あれだ。前世の記憶にある、京都の『はんなり』とした嫌味みたいなやつだ。

 隣の家のピアノの音がうるさい時に、「お嬢さん、ピアノが上手になりましたねぇ」と遠回しに苦言を呈する、あの恐ろしい文化。

 俺の言葉が皮肉に受け取られないよう、再三の注意を払って言葉を選ぶ必要がある。

 

「エリザ王女。その件でしたら些細な事ですから、どうか気になさらないでください」


 俺は問題がないことを示すため、出来るだけ穏やかな声色でエリザ王女に告げた。

 

 俺の言葉を聞いたエリザ王女は、綺麗な八の字眉にして(うつむ)いた。

 

 美少女の困り顔。

 うーん、好き!

 ……いやいやいや! 今はそんな呑気な事を思っている場合じゃない。


 俺の言葉を受けたエリザは、未だに俺の真意を量りかねているのだ。

 怒っているのか、それとも本音なのか。


 不安を取り除くため、俺はさらにエリザへと畳みかける。

 

「本当に大丈夫ですよ。確かにヴァレンシアには魔獣を狩る者たちが増えましたが、我々の民と見事に共存しておりますので、何も問題はありませんので」


 にこり、と精一杯の作り笑いを浮かべ、出来るだけエリザを安心させるように努める。

 顔の筋肉が引きつって、変な笑顔になっていないだろうか。

 俺は冷や汗を流しながら、そんな余計な心配をしてしまう。

 

「そう仰っていただけると……お気遣いいただき、ありがとうございます。カスティエ陛下」


 うーん、エリザの表情はまだ晴れない。

 どうやら、俺が無理をして怒りを隠していると思っているような感じだな。

 ならば、我が国の現状の一端を見せて、完全に安心させよう。


「エリザ王女。実は、彼らが来てくれて大変助かっているのです。最近、魔獣が領内に出没するようになり、我が国の兵だけでは手いっぱいになっていましてね。お恥ずかしながら、彼ら魔獣を狩る者たちを統括する『冒険者ギルド』というものを設立したのです。その冒険者ギル——」

「あ、あの『冒険者ギルド』ですか!?」


 俺の言葉を遮り、エリザの大声が応接室に響き渡った。

 突然の叫びに、エリザ以外の者がギョッとして肩を震わせる。

 エリザの護衛の騎士たちも、我が国の宰相クローニたちも、驚きのあまり目を丸くしている。


 自分が思わず大声を上げてしまった事にハッと気がつき、エリザ王女は慌てて口元を押さえた。


「も、申し訳ございません。いきなり大声を出してしまって……しかし、カスティエ陛下! その冒険者ギルドというのは、あの『冒険者ギルド』なのですか!?」


 ……あの冒険者ギルド?

 エリザが発した言葉の意味を理解しようと、思案を巡らせる。


 俺の視線が、無意識に左から右へと泳いだ。


 ……あっ!?

 まさか、俺が前世の記憶を頼りに書いた自作小説『辺境の勇者』の中に登場する、あの冒険者ギルドの事か?!

 

 エリザがヴァルフラム国に持ち帰り、いつの間にか広めてしまったという、俺の恥ずかしすぎる黒歴史……!

 だが、あの『辺境の勇者』が大流行したからこそ、命知らずの連中が集まり結果的に魔獣問題が片付いたという悲しき因果。

 

 しかし、待てよ。

 エリザは冒険者ギルドという名前を知っていても、それが具体的にどんな組織なのかは知らないはずだ。

 

 なぜなら、俺の書いた小説の中には冒険者ギルドという名前は出てくるものの、そのシステムや役割についての説明は一切書いていないからだ。

 自分が楽しむためだけに書き、自分だけが読者として想定していたから、わざわざ面倒な設定の説明なんて省いていたのだ。


「ええと……はい。その冒険者ギルドのことです。よろしければ、実際にご覧になりますか? 冒険者たちも、街の平和のために尽力してくれていますし」

「ぼ、冒険者まで!? ぜひとも拝見させていただきたいです! 陛下から頂いたあの素晴らしい本ですが……申し訳ございません。私にはどうしても分からない言葉がいくつかありまして、表現を改変して広めてしまいまして……」


 エリザの口から飛び出した『陛下から頂いた本』という言葉に、俺の心臓がグキリと嫌な音を立てた。

 何せ、このヴァレンシア国の中で、あの痛々しい『辺境の勇者』を俺が書いたと知っている人間は誰一人としていないのだから。

 

 「い、いえいえ、全然いいですよ! どうかお気になさらないでください!」


 俺は黒歴史の話題を強制終了させるため、食い気味に即座に返答した。

 だが、俺の隣に控えていた宰相クローニが、「陛下から頂いた本……?」と不思議そうに小声で呟いている。


 ま、まずい……! 話題を変えきれていない!

 このままでは、俺の恥部が宰相たちにまでバレてしまう!


「さ、さあ! エリザ王女! それでは、さっそく冒険者ギルドへご案内いたしましょう! さあクローニ、出立の準備をするぞ!」

「は、はい! 承知いたしました!」

 

 黒歴史の発覚を恐れて冷や汗を滝のように流す俺。

 突然の冒険者ギルド視察に慌てふためくクローニ。

 冒険者ギルドを見られると歓喜の表情を浮かべるエリザ。


 三者三様、全く違う感情を抱えながら、致命的な話題を誤魔化すように、俺たちは冒険者ギルドへと向かうことになったのだった。

 

 

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