メニュー4 クリームシチュー つまみ食い
クリームシチュー完成させるつもりでしたが、つまみ食いしすぎましたね。
また一万文字超えてしまったので、完成は次話です。
冒険者ギルドに戻ると、当然注目を浴びた。
奇異な視線に晒されたまま見慣れた受付嬢アインがいる受付にいく。
「あの、テンさんその子は?」
「いや、事情はまったくわからないが、森の中にいてギゼに襲われていたんだ。ギゼ自体は倒したんだが、そのまま意識を失ったから連れてきた」
「あ、なるほど。驚きました。テンさん、そういう子が好みなのかと……」
「いやいや、歳の差」
この世界が何歳から結婚OKなのかは知らないが6,7歳の子はさすがにアウトだろう。
「だいぶ弱っているみたいですね。どうするつもりですか?」
「ポーション与えて、怪我の手当をして、とりあえずは休ませようかと」
「はぁ……」
アインが気の無い返事をする。
「なにか問題があるか?」
「あ、いえ、そういうわけではありませんが……テンさん、ほんと一回死んで生き返ったのかっていうぐらい性格変わりましたよね」
相変わらず勘がするどい。
「さすがに放っておけないだろ。ほら、ギゼの討伐はしてきたから受理してくれ」
はやく帰って休ませてやりたいので、討伐の証である魔石をカウンターに置く。
ごとりと置かれた魔石に、アインが大きくてくりっとした目をますます丸くする。
「なんか……ずいぶん大きいですね」
「ああ、一際大きなギゼがいてな。この少女を襲っていたやつだが、そいつのものだ。」
「え、大きいギゼ?それ、いまアイテム袋に入ってますか?」
「なんだ、肉が欲しいのか?別に売ってもいいが……」
シチューに入れたいんだよな。
あいつらジャーキー以外の肉なんて碌に食ってないだろうし。
「違います違います。そんなのいりませんよ。鎌、あります?」
そんなのって……。
肉目当ての俺としては少しショックだな。
ギゼの肉、うまいのに。
「俺のアイテム袋には肉しか入ってないな。鎌は、ミリーの方か?」
「そう、だね。私がもってる、よ」
ミリーが袋からギゼの鎌を取り出す。
通常の、よく見るギゼの鎌よりも二回り以上は大きい鎌。
改めて見ても、よくこんなのかわして倒せたな、俺。
「あれ?ミリアーヌさんと一緒に討伐したんですか?」
ミリーがいるのは、別の依頼の話だと思っていたのだろう。
「たまたま、森の奥で、会ったの」
「森の奥って、テンさんどこまで行ってたんですか?」
「いや、ちょっと夢中になりすぎてな……まぁいいだろそこは」
「ダメですよ。奥の方はランクBやAの魔獣が出る可能性もあるんですから。行動範囲はちゃんと守ってください」
依頼を斡旋している自分の責任と、単純に俺のことを心配しての言葉だろう。
「……すまん。今後はちゃんと守るように気をつける」
それがわかったので俺は素直に謝るしかなかった。
そんな俺の様子をみて、目を吊り上げていたアインは緩く笑う。
「いいですよ。それより、えーっとこれはやっぱりキングギゼですね。ミリアーヌさんの討伐依頼がキングギゼなのでそれはいいんですけど、テンさんと共闘したということですか?」
「そうなる、ね」
「なら……成功報酬はどうしますか?」
「私は、いい。キングギゼを、倒したのは、この人」
といってミリーは俺を指さしてくれるが……。
「いや確かにとどめを刺したのは俺だが、ミリーがいなかったら殺されていたのは俺の方だった。だから俺が受け取るのは違う。そもそも、ミリーが受けていた依頼だろう」
「あなたが、受け取って」
「いやだから……」
「あの……だったら、とりあえず成功報酬はミリアーヌさんにお渡ししますので、その後のことはそちらでお願いします」
笑顔だが有無を言わさぬ圧がある。
これはあれだな。
邪魔だからとっととどっかいけ、ということだな。
「でもテンさん、とどめを刺したっていいましたけどよくとどめさせましたね。キングギゼを倒すのと、ギゼを倒すのとではわけが違います」
「確かに、なんか硬かったな。ミリーに身体強化を教わってなかったら無理だった。だから報酬はミリーが受け取るべきだ」
「私は、火炎魔法と、防御魔法を使った、だけ。報酬は、あなた」
「だから~」
「それはあとでお願いします」
アインも話を広げてきたくせに……。
まぁいい加減、俺も背負っている少女をちゃんと寝かしてやりたいしな。
「なら、俺はもう行っていいか?」
「そうですね。解体した部位はミリアーヌさんが持っているんですよね?」
「持たされ、た」
「人聞きの悪い言い方をするな。俺のアイテム袋だと小さすぎて入りきらなかったから仕方がないだろう」
ミリアーヌはやはりすごい魔法使いなのだろう。
俺のもっている安物のアイテム袋とは比べ物にならないほど大きいなアイテム袋を持っていた。あれならきっと、調理道具一式すべて入る。
俺もいつかあれぐらい大きい袋もちたいものだ。
いい加減家に戻ろうと、ミリーたちに背をむけてギルドの出入り口へ向かう。
「あ、テンさん!キングギゼの部位はいらないんですか?」
「ああ、俺は肉さえもらえればそれでいい。あとはミリーに任せている」
背中にかけられた声に、少しだけ振り返り応えて今後こそ俺はギルドを出た。
残ったアインとミリアーヌは少しだけ彼を見送って。
「肉だけでいい、ってテンさんそんなに飢えているんでしょうか?それとも餓死しそうになって肉の大切さを知った、とか?」
昔の彼なら、他の冒険者たちが追い詰めた魔獣を横取りして報酬を全部寄越せ、ぐらい言ったはずだ。
それなのに、報酬はすべてミリアーヌのものだと言い張り、自分は解体した部位すらいらないという。
「好き、なんでしょう、肉が。ふふ、彼が作るものは、美味しい、よ」
「ミリアーヌさん、いつからそんなにテンさんと仲良くなったんですか?」
テンとミリアーヌが会話をしているところなんて、これまで見たこともなかった。
そもそも、ミリアーヌはソロの冒険者で、これまで誰に誘われてもパーティーにはいることなどなかった。他人を遠ざけてはいないが近寄ることもない。そんなミリアーヌが自らテンに魔法を教え、偶然とはいえ共に討伐までしているのだ。
テンの変わりようもそうだが、ミリアーヌが他人にここまで関わるのも驚きだ。
「いまの彼は、すごく、良い、から」
「確かに。テンさんすごく変わりましたもんね。できればずっとこのままでいてほしいぐらいです」
「そう、ね」
ふふ、と妖艶に笑うミリアーヌに、同性であるアインまで少しドキッとしてしまう。
大人の女性であるミリアーヌと比べて私は……と自分のことを思い少しだけ落ち込む。
「あなたは、それがいいの、よ」
つん、と鼻の頭をつつかれて。
カァっと顔が熱を持つ。
「……ミリアーヌさんも、変わりましたね」
紅くなった顔を隠すようにアインは仕事を進める。
その様子を、ミリアーヌが微笑ましく見守っていた。
ギルドからでて、途中でポーションを購入してから帰路につく。
家につくとすぐに寝藁の上に寝かせ、体を、特に傷がある箇所を丁寧に拭いてやる。
まだ少女とはいえ、脱がすのは抵抗があったのであくまで服の上から。とはいえ、服もボロボロなので隙間から白い肌が見えているのだが。
傷もそうだが、やけに細いな。背負っている時もほぼ重みを感じなかった。
目が覚めたらなにか食わしてやらないとな。
だが結局その日は目覚めることなく、翌日を迎える。
毎日の習慣となっているので、日の出と共に起きる。
寝藁は少女に譲っていたので座ったまま寝たせいか若干腰が痛い。
ぐっと伸びをすると、骨が折れたのではないかと思うほどバキバキなった。
「ふぅ……」
顔を洗い、眠気を取り改めて少女を見る。
死んだように眠っているが、ちゃんと呼吸しているので生きてはいるようだ。
「とりあえず鍋を取りにいきたいが、俺がいない間に起きたらきっと混乱するだろうな」
かといって背負っていくのも違うし。
と、考えているとドアがそっと開き、子どもが顔をのぞかせる。
「ああ、ノアか。いいところにきた」
「おはよう、テン。いいところ?なにかご飯くれるの?」
近所に住んでいる少女、ノア。
歳はおそらく俺が拾った少女と同じぐらい。
うん、うってつけだ。
俺は昨日作ったギゼのハムをノアに渡す。
「これ食っていいから、こいつのこと見といてくれないか?」
「ん?」
俺が指さした先をノアが見ると、不思議そうな顔をする。
「誰、この子。テンの子供?」
「ちげーよ。相手もいないのに子供ができるか。昨日森で拾ったんだ」
「ふ~ん。あたしと似たような子?」
「まぁそうだな」
ノアも元々は捨て子だ。
いや、ノアだけでなくここにいる子供たちのほとんどが捨て子。親がいる子供なんて極一部。
捨てられた子供や、仕事や家を失った大人たちが最終的に集まる場所。
世捨て町。
町の人たちはこの一角のことをそう呼んでいた。
前の俺も、色々やらかしてここでしか住めなくなったんだろうな。
「ここにいる子たちはみんな家族だからね。いいよ、ノアに任せて」
「ああ、頼んだ」
ノアの頭を撫でて、家をでて鍛冶屋へと向かう。
まだ日が昇ってすぐだというのに、大通りを歩く人は多い。
人波の隙間を縫って、軽く身体強化の魔法を使って走る。
昨日みたいにいつ強力な魔獣と遭遇するかわからないからな。
日頃から鍛えておくに限る。
ほぼ町の端から端まで移動することになるが、身体強化のおかげでさほど時間がかからずに辿りついた。
鍛冶屋では昨日来た時と同じように槌を打つ音が聞こえている。
「すみませーん!!!」
工房へと入り、入口から声を張る。
「その声は昨日のやつだな。ちょっと待ってろ。」
奥から野太い声が返ってきて、昨日よりも短い時間で髭もじゃな鍛冶師が姿を見せる。
「できてるぜ。というか昨日あの後すぐにできちまったけどな。たまにはこういうのを作るのも気晴らしになっていい」
両手に持っているのは俺が注文した通りの大きな鍋。
「それは悪かったな。もっと早く取りにきたらよかった」
「いいってことだ。俺の気まぐれだからな。で、それでいいか?」
「ああ、十分だ。値段はいくらぐらいになる?」
「銀貨10枚ってところだな」
「そうか」
この世界の価値がいまいちわからないので言われた金額をそのままカウンターに置く。
「おお、ちょっと吹っ掛けたんだが、まさかポンを払うとは。半分でいい。5枚は返す」
どうやらふっかけられていたらしい。
なんとも正直な人だ。
しかし、改めて手に取ると鍋としての出来の良さが伺える。
これは本当に鉄だけでできているのか?
「武器作りが専門の鍛冶師にこんなこというのはどうかと思うが、いい鍋だ。この鍋になら銀貨10枚でも惜しくはない」
正直にそういうと、鍛冶師が目を丸くする。
鍋を褒められてもうれしくはないか。
「はは、あんたほんとにおもしろいやつだな」
「それはどうも」
そういうわけではなかったようだ。
「ま、金額はさっきも言った通り銀貨5枚で構わない。自分で作ったもんだ。それが武器でも鍋でも価値のわかってくれるやつに使われるのは、職人冥利に尽きるってもんだぜ」
どうやらこの鍋はやはり普通の大鍋ではないらしい。
詳しく聞いたら銀貨10枚でも安いかもしれない。
「その代わり、お前さんがその鍋で作った料理をぜひ食わせてくれよ」
「ああ、任せろ。うまいもん持ってきてやる」
「楽しみにしてるぜ」
鍛冶屋を後にして、来た道を帰る。
さきほどより人通りが増えていて、さすがに走るわけにもいかないので大人しく歩いて帰る。
大きい鍋を抱えているやつなんてそういないのだろう。
道行く人が奇異な視線を向けてくるが全く気にならない。
いまの俺は、この鍋でどういう感じでシチューを作るかということしか頭にないのだ。
「ただいまーっと。ノア、様子見はどうだ?」
家に入り、中にいるはずのノアに声をかける。
「あ、お帰りテン。この子、ずっと寝ているよ?たまにうなされていたけど」
「そうか」
俺たちの会話に反応して、少女が身じろぎして、目がうっすらと開かれる。
「テンがうるさいから起きちゃった。」
「めっちゃ静かだったろ。お前が寝ているやつの目のまえでハム食ってるから匂いで起きたんじゃないか?」
「むぅ……それはこのハムが美味しいから悪い。だから結局テンのせい」
「どういう理屈だ」
幼女と言い争いをしていても無駄なので適当に話を区切って未だ意識がはっきりしていない少女を見る。
「調子はどうだ?」
「…………!?」
ようやく頭が覚めてきたのか、驚きで目を見開き上半身を起こ……そうとして結局叶わずにぽてっと倒れる。
「それだけ疲労している状態でいきなり動くのは無理だ」
少女がぐるぐると目線だけで辺りを見渡し、俺とノアを交互に見る。
「こ、ここは……?」
か細い声が、なんとか耳に届く。
「ここは俺の家だ。覚えているか?森で大きなギゼに襲われていただろう?」
「大きな、ギゼ……?そうだ、私、森で……」
倒れる前の事を思い出したのだろう。
視線がせわしく動き回る。
「あなたが、助けてくれたのですか?」
「まぁ、そうなるな」
「ありがとう、ございます……」
ありがとうございます、というものの、そこに感情はあまり感じられない。
助かってよかったというような感情は、ないように思えた。
「ところで君の名前は?あたしはノアだよ。この人はテン。そしてこれはテンが作ったハム」
全く空気を読まないノアが自分の紹介、俺の紹介、そしてなぜかハムの紹介までした。
「わ、わたしはエルミナ・ル―…………エルミナです」
「エルミナちゃん!じゃあエルちゃんだね。よろしくね」
少女がおずおずと自己紹介をする横で、ノアはハムをぱくつき美味しそうに食べている。
ぐぅ~……。
微妙な静寂の中に、お腹の音が鳴り響く。
「エルちゃんもお腹空いてるの?」
「あ、え、っとこれは……」
恥じらいもなにもないノアが笑いながらエルミナのお腹を指さす。
エルミナは恥ずかしかったのか、白い肌が紅く染まっていく。
「ハム美味しいよ?食べる?」
そういってノアは自分が食べていたハムを半分にちぎり、エルミナに渡す。
「いいのですか?」
「いいよ。お腹空いてると悲しくなってくるからね」
ノアも飢餓状態を経験したことがある。
だからこそ、お腹のすく辛さはわかるのだろう。
分け与えるやさしさがあるのはいいことだと思う。
おずおずとノアの手からハムを受け取り、小さな口で一口食べる。
数口噛み締めて、驚いたように少しだけ目を見開き、もう一口と食べ続ける。
それを見て、なぜかノアが満足気にうなづき自分がもつ残り半分を食べる。
「う……ひっく……」
やがて、エルミナの目から涙がこぼれる。
「どうしたの?もしかしてまずかった?」
ノアの疑問にエルミナは激しく首を振る。
「ち、違う……こんな美味しいもの、久しぶりに食べたから……」
「そっか。そうだよね。美味しいもの食べたら安心して、なんだか泣けてきちゃうよね」
わかる、わかる、とノアがエルミナの頭を撫でる。
そういえば、はじめてこいつにウルフ肉のジャーキーを食わせた時も泣いたことを思い出す。
自分が子供の時は当たり前のようにでてくるご飯を食べるだけだったな。
この世界では、平気で餓死する子供たちがいる。
食べ物を入手するだけでも一苦労だ。
俺のように自分で狩ってくることができたらいいが、それができない子供、老人が多い。全員分を毎日狩ってくるのは無理だしな。
なんとかしてやりたいが……。
こればっかりは自分ができる範疇を超えている。
せめて、俺に余裕がある時ぐらいは腹いっぱい食わせてやるか。
幸い、今日はシチューを作るつもりだ。
全員分行きわたればいいが。
「ちょっと待っててね」
俺が考えごとしている間に、幼女二人の話が終わり、ノアが家から飛び出していく。
「なんだあいつ?」
エルミナの方を見ると、すでにハムはなくなっていて、涙をぬぐうことなくぼんやりとノアが出ていった方向を見ている。
どうしたらものか、と考えているとすぐにノアが戻ってきた。
「はい、これ」
持ってきたのはノアの服。
二枚しかないうちの一枚をリーンに渡そうとしている。
「服もボロボロだからね。あたしのあげるよ。ほら、着替えて着替えて」
ほぼ無理やりエルミナの服を脱がせ、その辺に放り投げて自分が持ってきた服を着せている。
エルミナは急展開についていけず、されるがままだ。
「あ、ちょっとまてノア。それだったらついでに全身拭いてやってくれ」
「いいよ」
火と水の魔法を同時に発動させて温水を作りだし、布と共に渡す。
「頼んだ」
さすがに幼女とはいえ、真っ裸を見るのは躊躇いがある。
ノアが拭いている間、俺は背を向けて待つ。
「傷だらけだけど、綺麗な体だね」
「発言がおっさん臭いぞお前」
「だってほんとだもん。テンもみたら?」
「みない」
別になにがっていうわけではないが、ほぼ初対面の相手の裸を見るのは抵抗しかない。
「あたしの裸はみたのに」
「誤解を生むような言い方をするな」
たしかに見たことはあるが、見たくて見たわけではない。
体を洗う時などに躊躇いなく裸になり、かつそのままウロウロするものだから見ないようにしていても視界に入ってしまう。
そんなことを繰り返していたらなんとも思わなくなってしまった。
ここが日本だったら間違いなく事案だな。
「はい終わりー。綺麗になったね」
布がすれる音がして、もういいよと声がかかる。
振り返ると、可愛く変身……はしていないが、ぼろきれを纏っている時よりは遥かにマシになったエルミナがいた。
「あ、ありがとうございます、ノアさん」
「ノアさんだって!はじめて言われた!でもノアでいいよ」
妙なテンションで飛び跳ね、にっこりと笑って手を差し出す。
「わ、わかりました……ノ、ノア」
おずおずとその手を取り、エルミナも少しはにかむ。
やれやれ、なにか妙な拾い物をしてしまったけど、そろそろメインに取り掛かるか。
この部屋のキッチンでは狭すぎるので、外にでて広場に向かう。
「どこいくの?」
当然ながらノアとエルミナもついてくる。
「お前ら碌なもん食ってねぇんだろ。だから今日は俺が飯をふるまってやろうと思ってな」
「今日もハムもらったよ?」
「そんな非常食じゃなくて、もっとちゃんとしたやつだ。まぁみとけ。ハムよりよほどうまいもん食わせてやるよ」
袋から木材を取り出し、火魔法で火を起こす。
その上にできたばかりの大きな鍋を置く。
露店で買ってきたバター、牛乳、小麦粉を取り出す。
まぁ日本にあるものと同じではないだろうけど、似たようなもんだろう。
ミルクっていっていたけどなんの乳なのかわからんし、粉も小麦粉ではないだろうけどな。
「ま、そこは調整しつつだな」
バターを溶かし、粉を入れて混ぜる。
そこに牛乳を入れて伸ばし、ダマにならないように溶かしていく。
その様子を幼女二人がじっと見ている。
「次は具材を、っと」
ジャガイモ、ニンジン、タマネギを取り出し、ナイフで刻み、鉄板で軽く炒める。
名前は別の名前だったが憶えていない。見た目がそっくりだからもうそれでいいだろうと思っている。
どこの世界でも、できる野菜っていうのは同じようなものになるのかねぇ。
「ミルクヴェールですか?」
見ていたエルミナがぽつりとつぶやく。
「ミルクヴェール?」
「違いましたか?見た目が似ているなと思ったのですが」
「それって料理なのか?」
「ええ、いまテンさんがしているように、ミルクを温めて、その中にジャガル、タマネル、ニンネルなどの野菜を入れるスープです」
あ、そうだそうだ。ジャガイモとかの名前はそれだ。どことなく似ている名前だなとも思ったんだよな。
というかこの世界にちゃんと料理という概念があるとわかったことを喜ぼう。
そうだよな。
いくら異世界でも料理はちゃんとあるよな。
「まぁ似たようなもんだな。これはシチューだ」
「シチュー」
はじめて聞いたからどういうものか想像できないのだろう。
頭に疑問符が出ている。
「まぁ完成したらわかる。どうせまだ時間かかるし、二人で遊んで来いよ」
「ううん。ここで見てる」
「私も見ていたいです。それに、動き回れるほど回復していませんので……」
「それもそうか」
たしかに、ノアはともかくエルミナはいま起きたばかりだ。
遊んでこいと言われても体力も、体も回復していないだろう。
それにしてもエルミナの言葉が敬語なのが気になる。
子供は当然として、敬語で話すやつなんてほとんど聞いたことがない。
受付嬢のアインぐらいか?それでもここまでちゃんとした敬語を話しているわけではないし。
鍋をかき混ぜながらちらりとエルミナを見る。
ノアと共に、興味津々といった様子で鍋をのぞいている。
ま、エルミナが何者であれ、俺がやることに変わりはない、か。
具材にある程度火が通ってきたので、作っておいたホワイトソースの中にすべてぶち込む。
「あ!しまった、肉を入れるの忘れていた!」
慌ててアイテム袋からキングギゼの肉を取り出し、板の上に置く。
「すっご~い、お肉の塊!」
ノアの興味が一瞬で肉に奪われた。
「これは……キングギゼの肉、ですね……」
対して、エルミナは若干複雑そうな顔をする。
そりゃ自分を襲ってきた魔獣の肉なんて食いたくないか?
だが今日の肉はこれと決めているんだ!
ずしり、と音がしそうなほどの重量感。
霜降りとはまた違う。霜降りは、脂が肉に溶け込んでいる。
だがこれは……脂が、肉を守っている。
分厚い筋組織の束を、脂の層がしっかりと包んでいる。
生きていた頃の強さが、そのまま肉に残っているようだった。
ナイフを当てる前に、少しだけ手のひらで押してみた。弾力がある。死んでなお、戦うことをあきらめていないかのように。
「……手ごわいな」
呟いたのは魔獣に対してか。自分でもわからない。
だが自然と笑みが浮かんでいた。
刃を入れる。
最初の一切れ。
断面から、ほのかに獣の香りが立ち上がった。
臭みではない。
これは……旨味の予告だ。
長年の勘が、そう告げていた。
こういう肉は急いてはいけない。
丁寧に、丁寧に切っていく。
強い命を持っていた分だけ、扱いにも礼儀がいる。
命に感謝する。
日本にいた頃も、その気持ちはもっているつもりだった。
だが、こうして命懸けで狩ってきた肉を前にすると、気持ちが全然違う。
生き延びたことに対しての感謝。
そして、糧になってくれることに対しての感謝。
俺の、食材に対する礼儀が伝わったのかはわからないが、騒がしく見ていたノアも静かになっている。
エルミナは変わらず複雑そうな表情で肉を見ていた。
「さて」
次の工程だ。
切った肉を、焼く。
正直、少しばかり不安だった。
ただ切っただけでもここまで食欲を掻き立ててくる肉だ。
これを焼いたら果たしてどうなってしまうのか。
南無三!
熱されていた鉄板に、肉を落とす。
じゅわ、と音がした瞬間、思わず目を細めた。
ノアも、エルミナさえも「わぁ」と歓声をあげる。
香りが、違う。
普通の肉なら、焼き色がついてから旨味の匂いが立ち上がる。
だが、キングギゼの肉は違った。
火が入った瞬間からもう匂いが来る。
脂が溶けるよりも先に、肉の芯からなにかが滲みでてくるような……そんな香りだった。
このなんとも言えない、俺が今まで味わってきたことのない香り。
これが、魔獣がもっている魔素ってやつなのか?
表面が色づいてくる。
褐色というより、琥珀に近い。
「……なんだこれは」
思わず声が出た。
料理人として長年やってきて、こんな反応をしたのはいつぶりだろうか。
焼いているだけだ。
ただ焼いているだけなのに、腹が鳴る。
気持ちが昂り、心が躍る。
同じように、滲みでた脂が鉄板の上で小さく踊っている。
その脂すら、捨てたくなかった。
後でシチューにいれてやろうと即座に思った。
肉の一片、脂の一滴すら無駄にしたくない。
ひっくり返す。
反対面も同じ、いやもっとひどい。
しっかり焼かれた面が上にきたことで、香りが倍になった気がした。
腹が鳴きつづけている。
それは横で見ているノアとエルミナも同じ。
これはただの下拵えだ。
本番はこの後のシチューだ。わかっている。わかってはいるが……。
食欲にだけは抗えない。
一切れを、板の上にあげてナイフで三等分に切り分ける。
「料理しているものの特権。―――味見だ」
にやりと笑い、ノアとエルミナに一切れずつ渡す。
ノアは「わーい!」と歓声をあげてぽいっと口の中へ。
エルミナも戸惑いながら「ありがとうございます」とおっかなびっくりという様子で口の中へ。
そして俺も、つまんで口へ入れる。
噛んだ瞬間、全員が目を閉じて静かになった。
最初に来たのは脂だった。
重くない。むしろ軽い。霜降りの脂が舌の上でとろけるような甘さだとすれば、これは……風だ。
さっと広がって、さっと引く。
だが確かに旨味の道筋を作っていく。
その後から肉がきた。
噛むたびに繊維がほどけていく。
強い魔獣だったはずなのに、歯への抵抗が心地よい。
固くない。だが、柔らかすぎない。
ずっと噛み続けたくなる硬さだ。
奥歯でぐっと噛んでみると、また香りが変わった。
魔獣の野性味が、ほんの少しだけ顔をだす。
臭みではない。これは個性だ。この肉がどこを駆けまわっていたか、なにを食べて育ったか。
そういうものが舌に乗ってくる気がした。
飲み込んでも余韻が消えない。
しばらく、口の中に残る味を確かめるように舌を動かしていた。
「……もったいないな」
シチューに入れるのが一瞬だけ惜しくなった。
このまま、焼いた肉を食べ続けていたい。
やけに静かなノアとエルミナを見ると、そろって静かに涙を流していた。
「ど、どうしたお前ら……!」
「こんなにおいしいもの、はじめてたべたよ……」
「私も、です。なんだか元気が湧いてくるような……そんな味ですね」
その言葉を聞いて、俺は一瞬でももったいないと思ったことを振り払う。
「まだだ。これはいわばただ焼いただけの肉。これは料理ではない。もう少し待ってろ。ここからさらに、こいつの旨味を120%引き出す『料理』に変えてやる」
力強く断言すると、ノアとエルミナの瞳が輝く。
「ここからさらにおいしくなるの!?」
「楽しみです。どうしてでしょう……私はあんなにも、死んでしまいたいと願っていたはずなのに……」
しれっとエルミナが重い告白をしてくれる。が、
「そうだろう?美味い飯ってのはな、それだけで元気がでるんだよ。どれだけ辛く、絶望的な状況にあってもな。美味い飯を食ったらよし!やるか!っていう気持ちになるんだよ」
エルミナがなぜあんなところに一人でいて、死にたいと願ったのか。
それはいま聞くべきことではない。
俺がいますべきことは、この極上の肉でクリームシチューを完成させることだ。
読んでくださりありがとうございます。
次話、実食!




