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メニュー4 クリームシチュー 下拵え

前編です。

1万字超えてきたのでさすがに分けることにしました。

 家の隙間から入ってくる太陽の光で目を覚ます。


 この世界は電気などないから夜、太陽が沈むと真っ暗になる。なので、基本的に住人たちは日が出ている時のみ活動し、沈むと家に帰り寝る。

そして夜明けと同時に動き出す。

日本にいたころの俺はそんな健康的な生活ではなかったが、こっちの世界にすっかり順応してしまったらしい。というか、テレビもスマホもないこの世界では暗闇の中起きていてもすることがない。寝るのみだ。


寝藁から起き上がり、ぐっと体を伸ばす。

これで寝るのも慣れてきたが、いい加減布団で寝たいものだ……。

外に出て、太陽の光を浴びながら軽く体を動かす。

水魔法で水を出して顔を洗う。

ミリアーヌに魔法を教えてもらってから生活の質が少しだけ向上した。

水がいつでも出せるというのは本当に便利だ。


「おはよう、テン。こっちにも水をくれるか?」


声をかけてきたのは隣の家のようなものに住んでいる爺。

この前、俺が水魔法を使っているのを見てかなり驚いていた。

いまではなれたもので、こうして水を求められる。


「おはよう爺。今日も生きてたんだな」


爺に水をぶっかけながら言う。


「おめーより先に死ぬか」

「それは無理だろ」


こうして冗談も言いあえる関係になった。

爺が何歳なのかは知らないが、60歳ぐらいに見える。この世界の平均寿命はわからないが、環境的にもそんなに長生きすると思えない。

この爺は長生きしている方だろうと推測する。


「お前さんが魔法を覚えてくれて助かるよ」

「井戸までいくのがめんどくさいだけだろう」

「そういうな。この歳になると歩くのも億劫でな」

「よくいうぜ……」


背中が曲がっているわけでもなく、しゃんと立っている爺を見ると、まだ数年は生きるだろう。


「あ、そうだ爺。朝飯まだだろ。ちょっと待っててくれ」


一旦家に戻り、昨日作っておいたギゼの肉を取ってくる。


「この間やったジャーキーは硬くて食えんって文句言っていただろう。これなら爺の弱った歯でも食えると思うぞ」

「弱ったは余計じゃ、小僧」


葉で包まれた肉を受け取り、爺が中を見る。


「これはなんじゃ?」

「ギゼの肉を低温調理した。ローストチキン風だな」

「なにを言っているかわからんが、これはギゼの肉ってことか」

「そういうことだ。ついでに香草に包んで香りづけもしてある。そのままでも十分食えると思うぞ」


まじまじと肉を眺め、やがて一口かぶりつく。


「ほう……これは、なかなか……」

「食えるだろ?」

「ああ、ジャーキーに比べればかなり柔らかい。それに薬草の香りか?それが案外いい味になっておる」

「そいつはよかった」


自分用に作っていたもう一つを取り出して食べる。


「うん、いい感じだ。」

「お前さん、いつの間にこんなことができるようになったんじゃ?前まではウルフの肉をかじりつくだけだったろう。それに……わしなんかに食べものをくれるようなやつでもなかった」

「なに、ちょっとした心境の変化だ。気にするな」


爺はまだなにか言いたげだったが、やがて言葉を飲み込む。


「お主が詮索されたくないのならなにもいわんよ。肉を食ったのは久しぶりだ。ありがとよ、小僧」


歳の功か?なにか察したのか?なんにせよ、この世界の住人は勘のするどいやつが多くて怖いわ。


「あーテンとグーエンがなんか食ってる!」

「いいなーあたしも欲しい!」


近所の子供が目ざとく俺たちの食っているものを見つける。


「はいはい。お前らにはこれだ」


渡したのは爺が食えないウルフ肉のジャーキー。

たしかに硬いが、しっかりと噛む分満足感は得られるし味も良い。

子供らのおやつにしては上等だろう。


「ジャーキーだジャーキー!」

「ありがとうテン!」


ジャーキーを与えられて満足した子どもたちが走り去っていく。

遠くで母親が俺に頭を下げていた。


「ここらは貧乏人が集まっているからな。お前さんが与えるジャーキーだけでも十分なごちそうになる」


爺が少し悲しそうに目を伏せる。


「わしがお主ぐらい若かったらギゼでもなんでも狩ってきてあいつらに食わしてやるんだが」

「爺はまだまだ若いだろ」

「寄る年波にゃかなわんよ。いまじゃ剣一本振る事ができぬ。」

「よく言うぜ。剣の稽古をつけてやるっていって俺を叩きのめしたのはどこのどいつだよ」

「はて?覚えがないが……」

「この爺……」


ローストギゼを取り上げてやろうかと思うがそこは我慢する。

にしても、ジャーキーがごちそうか。

俺が非常食のために作ったこれがねぇ。


「だったら俺が作ってやるよ。」


なんとなく、俺はそう口にしていた。


「なにをじゃ?」

「この辺のやつら全員が腹いっぱいになるような、そんな料理を」

「はっは!それはいいな。楽しみにしているぞ」


全く信じていない爺は置いといて、俺は今日の目的を決める。

腹をすかしているやつがいるなら腹いっぱい食わせてやる。

それが料理人の仕事だ。

ましてやそれが子供だっていうならなおさら。


さて、とはいったもののどうしたものか。

肉を焼いて配っていくだけじゃ味気ない。

どれぐらいの人数がいるかわからないけど、そこそこ人数がいるだろう。

大人数で食べるってなったらやっぱり鍋か。

しかし、出汁がないしな。

露店をウロウロしていると、あるものが目に留まる。


「牛乳、か……」


バターと小麦粉があればホワイトソースが作れるが……。


「なあ、バターってあるか?」

「バター?」


バターっていう名前じゃないか。


「白っぽくて、牛乳を固めたようなやつだ」

「牛乳?」


めんどくせぇな。勝手に翻訳とかしてくれたらいいのに。


「それだよ、その白い水」

「なんだミルクのことか」


だからなんで英語なんだよ。異世界言語マジで意味わかんねぇ。地球の標準語は異世界の標準語でもあるのか?

ていうかいまさらだけど日常会話とかは普通にできているのにちょいちょい物の名前が違うのは一体どういう原理なんだ?

そんなことは考えてもしょうがないから気にしないに限るか。


「そう、そのミルクをぎゅっと固めたような。パンに塗ったりする」

「ああ、あるぞ。これだろ?」


木の箱が出てきて、蓋を開ける。

中には確かに白い固体が入っていた。

でもこれバターではないな。まぁ似たようなものならいいか。


「そうそう。それをひと箱とミルクを一つくれ」

「はいよ」


当然紙パックなんてないので、革袋に入ったミルクを一つとバターもどきひと箱をゲットする。

後は小麦粉か。


「ついでに聞きたいんだが、パンを作るための粉ってどこかに売っているか?」

「それなら4つ先の婆さんがやっている店にいきな。パンも売っているぞ」

「ありがとう、行ってみる」


言われるがままに4つ先の、おばあさんが一人でやっているパン屋に行き、小麦粉をゲットする。


「よしよし。これで材料はそろった。あとは中に入れる具材だな」


露店をめぐり、めぼしい野菜を買って意気揚々と帰っている時にふと気づく。


シチューを作る鍋がない。


材料ばかりに気を取られていた。道具もないんだ、この世界は。

これは失敗したか……?

とりあえず材料が重いので一旦家に帰り、材料をすべておいてから再び町を散策する。

ホームセンターのような店は当然なく、どこにいったら買えるのか全くわからない。

鍋やフライパンのような道具はさすがに売ってると思うんだが……。

当てもなく彷徨っていると、ふと武器屋が目に入る。

武器屋か……。鉄とか扱っているし、ワンチャンないか?

他にあてがないしダメ元で入ってみるか。


「いらっしゃい。お、なんだあんたか。どうだ?調子は」


覚えてくれていたらしい。

厳つい熊のような風貌をした店主がにこりともせずに話かけてくれた。


「ぼちぼちだな。ギゼを倒すのも多少慣れてきた」

「そうか。だが慣れてきたときが一番危ないからな。油断はするなよ」

「ああ、ありがとう」


顔は厳ついがこの店主はずいぶんと優しい。


「で、どうしたんだ今日は。新しい剣を買うのか?」

「いや、武器じゃなくて少し相談したいことがあってな。大きな鍋がほしいんだがどこにいったら手に入る?」

「大きな鍋?どのくらいの大きさだ?」

「そうだな……」


両手をめいっぱい広げる。


「これぐらいのサイズはほしい」

「いやでかすぎるだろう。なにを作る気なんだ?」

「シチューを作りたくてな」

「シチュー?」

「ああ、大勢で食べる料理だ」


違うけど。


「大勢……?まぁよくわからんがそんなでかい鍋はみたことがないな」

「作れないか?」

「おいおい……ここは武器屋だぞ。それにここにある武器は別に俺が作ったわけじゃない。そうだな……鍛冶屋にいったらもしかしたら作ってくれるかもしれん」

「鍛冶屋か。わかった。行ってみる」

「待て待て。いきなりお前みたいなやつがいっても話も聞いてもらえねぇよ。紹介状を書いてやるからちょっと待ってろ」

「悪いな」


店主がカウンターに戻り、紙を取り出して書いてくれる。


「鍛冶屋の場所はわかるか?わかるわけねぇわな」


紹介状ついでだ、と地図も描いて渡してくれる。

ほんと、顔は厳ついがいい人だな。


「お前なんか失礼なこと考えていないか?」

「気のせいだ。とにかく助かる。またそのうち剣を買いにくるよ」

「ああ、なにをする気かしらねーが頑張れよ」


武器屋の店主に応援されて店を出て、地図通りに町を歩く。

結構歩くな……。

地図が示していた場所は町のはずれ。

住宅街からも外れ、まばらにしか家の無い端の方。町を取り囲む壁にくっつくように鍛冶屋はあった。

近寄ると、鉄をうつガンガンという音が聞こえてくる。

この音のせいでこんな端っこに住んでいるのかもしれない。

店の前に立ち、ドアをノックする。多分聞こえないだろうなと思ったので返事を待つことなくドアを開けて中に入る。

案の定聞こえていないようで、鉄を打つ音が止むことはなく、誰も出てこない。


「すみません!」


声を張り上げるが誰からの返事もない。


「すーみーまーせーーーーん!!!!!!」


これでもかというぐらい声を張り上げると、音が止んだ。

いまだ!


「すみませーん!!!」

「誰かわからんがちょっと待ってろ!」


ついに返事が返ってきた。

若干、不機嫌そうにも聞こえるが、待てと言われたので待つことにする。

再び鳴り出した鉄を打つ音。

規則的に、たまに止まり、また規則的に。

そんな音を聞きながら、しばらく待っているとやがて音が鳴り止み、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえる。

やがて奥の部屋から現れたのは、身長が少し低めの、立派な髭を携えた男性。


「なんだなんだ。てっきりガトムの野郎が来たのかと思ったが見ない顔だな。誰だ?」

「俺はテン。少し相談事があってここにきた。紹介状もある。」


武器屋の店主が書いてくれた紹介状を渡す。


「ガトムの紹介状?珍しいことをするもんだな」


どうやらガトムというのは武器屋の店主のことらしい。


「大きな鍋?」


男性が首をかしげて俺を見る。


「あんた、貴族の屋敷で料理でもするのか?」

「いや、そういうわけじゃない。そういうわけじゃないが、料理はできる。俺が住んでいるところにいるやつらに食わせてやりたくてな」

「なるほど。あんた、変わったことを考えるな」

「そうか?」

「ああ、見たところ冒険者だろ?冒険者がなんだって料理を?」

「まぁ趣味みたいなもんだ。それに、腹を空かせているやつらを放っておくことなんかできない」


俺が真面目に言うと、話を聞いていた男性が目を丸くして、次の瞬間には大笑いしはじめた。


「がっはっは!!なるほどな、理由はよくわかった!そういうことなら作ってやらんこともない!」

「本当か?」

「ああ、その代わり作った料理を俺にも食わせろよ」

「いいぞ。持ってくる」

「で、サイズはどのくらいだ?」

「そうだな……」


俺は両手を少し大きめに広げる。


「このぐらいはほしいな」

「深さは?」

「そこまで深くなくていい。50センチぐらいか」

「鍋でそのサイズは十分深いと思うが、そのぐらいなら一日もあればできるだろう。適当に取りに来てくれ」

「ああ、ありがとう。代金はその時でいいか?」

「かまわんぞ」


改めて礼を言って鍛冶屋を後にする。

時間が空いたな……。

少し肉を足すか。

そのままの足で冒険者ギルドへ向かい、ギゼ討伐の依頼を受ける。


「またギゼを狩るんですか?」

「ああ、こいつの肉はうまいからな」

「はぁ……そんな理由で依頼を受けるなんて、変わってますね。いえ、変わりましたね」


呆れられてしまった。

まぁそうだろうな。でも、ギゼを食ったときのあのなんとも言えない旨味みたいなやつ。

あれがなんか癖になるんだよな。


「ギゼ、狩りにいくの?」


すーっとまるで気配もなく、後ろから声をかけてきたのは魔法の師匠であるミリアーヌ。


「おう、ミリーか」


振り返り、普通に返すとミリアーヌの頬が少しだけ膨れる。

白い頬がぷっくりと膨れて、そういう仕草はなんとも子供らしい。


「つまらない……」

「はっはっは!そう何回も何回も驚かされるか!」


はじめこそは幽霊のようにひっそりと現れるミリアーヌに驚いていたが、何回もやられるうちに慣れた。


「ギゼ狩りにいくんだが、ミリーも来るか?」

「今日は、別の依頼を受けるから、また今度」

「そっか。じゃあ、ミリーも頑張れよ!」

「あなたも。死なないように、ね」


ミリアーヌと別れ、ギルドを出た。


ギルド内では、テンとミリアーヌのやり取りをみていた冒険者たちがざわついている。


「テンのやつ、ミリアーヌのことを愛称で呼んでいたぞ……」

「一体、どうなってんだ……?」

「二人ともソロだが、最近では一緒に狩りにいくこともあるらしい」

「ほんと、一体どうなってんだ?」

「最近のテン、本当に変わったよな」

「カイル、なにか知らないか?」


ひそひそと話す冒険者たちグループとは別の席にいたカイルが、呼びかけに応じて振り返る。


「なんでも、一回死んで生まれ変わったらしいぞ」


一拍間を置き、


冒険者たちが一斉に笑った。


「そんなのいつものことだろう?」

「一回どころか、俺が知るだけで何回も死んでるぞあいつは」


騒ぎだす冒険者たちに、カイルはそっと笑う。


「俺が知るかぎりでも、何回も死んではいるがな」


だが今回は。

本当になにかが違う。


死んで生まれ変わったとテンは冗談交じりに言っていたが、案外冗談じゃないのかもしれないな。


「ミリアーヌも、そう思ったからあいつに手を貸したんじゃないか?」


カイルの横を通りすぎようとしたミリアーヌに声をかける。


「そう、ね。いまのあの人は、とても、よいから」


それだけいうと、ミリアーヌもギルドを出ていってしまう。


あのミリアーヌがねぇ。

俺も、なにか狩りにいくか。


二人に感化されたからか。

カイルも手ごろな依頼を受けると、二人を追うようにギルドを後にした。




 カイルに剣を、ミリアーヌに魔法を教わって以降、一人で何回もギゼは倒しているが、それでも油断はできない。


油断=死につながるからだ。


鍋も材料も買ったのに死ぬとか勘弁してほしいからな。

すっかり顔なじみになった門番に挨拶してから森へと向かう。


 まず向かったのは一番はじめにみつけたブドウの木がある場所。

グレーの実というらしいが、別にもうブドウでいいだろ。

いつものように一房もぎってアイテム袋に入れる。

最近稼ぎが少しよくなってきたのでようやく買えたアイテム袋。ランクは一番低いやつなのでそこまで容量は大きくないが、十分に便利な代物だ。

ゆくゆくは調理器具をすべて入れられるような、そんなアイテム袋が欲しいな。

香りづけに香草も採取し、さらに奥へ進む。

途中でウルフに遭遇したので倒して、肉をゲットする。水魔法を取得したことにより、血などを洗い流す作業がずいぶんと楽になった。

あのあと知ったことだが、俺が一番はじめに放った炎はやはり生活魔法ではなかったらしい。

目覚めたばかりの魔力回路が暴走したとかなんとか説明をうけた。

そりゃそうだろうな。あんな大火力の炎が生活魔法なわけがない。

その後、改めて生活魔法なるものを教えてもらい、生活は劇的に楽になった。

水をだせだせとうるさい爺がいるが、確かに毎日毎日井戸までいって重い水を運ぶのは大変だろうからな。


数十分ほど森の中をさまよっていると、やがて目的のものが現れた。

鋭い鎌のような腕を振り上げ、こちらを威嚇してくる姿には自然と身構えてしまう。

こちとら争いなんかない平和な国で暮らしていたんだ。

魔獣からの殺気なんて慣れる気がしないな。


油断せず、相手を見据えて剣を抜く。

ギゼは跳ぶように接近してきて、鎌を振り下ろしてくる。殺気は慣れないが、行動は慣れた。

最小限の動きで鎌を避け、すれ違いざまに柔らかい脇腹に剣を突き刺す。

皮を、肉を裂いて内臓を切り裂く。

内蔵は食えないし、どうせ腹は裂くんだ。この方が効率がいい。

素早く剣を引き抜き、これでもう放っておいても死ぬが、暴れられると不意に怪我をする恐れがあるので首をはねる。

なにより、血が回ってしまうからな。


「ふぅ……」


はじめはあんなに手こずったのに、ずいぶんと慣れたものだと自分でも思う。

その後、1時間ほど歩き、目標数である5体を倒しきり依頼達成だ。

肉も大量にゲットできたし、このぐらいにして戻るか。

ふと周囲を見渡すと、かなり森の奥の方まできてしまったらしい。

木々が深まり、入ってくる太陽の光が弱くなっていた。

少し奥まで来すぎたか?

冒険者たちにより定期的に数を減らされているギゼなので、森の奥に行かないと出てこない時もある。

だが、これまでも多少奥まできたことはあったが、ここまで深くまで来たのははじめてた。

森の奥はすごく強いのが潜んでいる時もあるっていうからな。

はやく戻ろう。

カイルのいうすごく強いの、に自分が遭遇したら死ぬ未来しかないだろう。

少し早足で来た道を戻っている時、不意に立ち止まる。


「いまなにか……?」


森のさざめきと獣の声に混じって、なにか人の声が聞こえたような気がしたのだ。

立ち止まり、耳を澄ますこと数分。

気のせいか……?

歩き出そうとしたその時、


「助けて……!」


今度こそ聞こえた。

辺りを見渡すと、大きな木に隠れた奥、そこにギゼの紅い体表が見えた。

誰かがギゼに襲われているのか?

こちらに注意を向けるためにわざと音をならしながら走る。

木の踏む音、幹を叩く音。

やがて、ギゼがこちらに向かってくる音に気が付く。

なんだ、普通のギゼよりでかくないか?

近づくにつれて、ギゼの大きさがさきほど自分が倒したものより大きいことに気が付く。

通常のギゼは自分と同じぐらい、身長180センチというところだが、いま目の前にいるのはそれよりも遥かに大きい。体長3メートルはありそうだ。


「ギゼのリーダーってところか?カイルが言っていたすごく強いやつではなさそうだが……」


多少慣れてきたとはいえ戦闘は不慣れな自分だ。

勝てるか……?

と、ギゼが見ていた先を見ると、少女が木の根元に座り込んでいた。

恐怖のあまり立ち上がれないらしい。

勝つしかない、か。

俺のやる気を感じたのか、ギゼが雄たけびを上げる。

鳴き声も通常のギゼとは段違いだった。

雄たけびの大きさに少し体が震える。

その隙に、ギゼが大きく跳躍して一歩で自分との距離を詰める。

咄嗟に体を前に転がして、振り下ろされた巨大な鎌を避ける。

そして、何度も倒して身に着いた動き。

剣をギゼの脇腹に突き刺さそうとした。だが、通常のギゼよりも皮が硬いのか、肉が硬いのかはわからないが、内臓まで突き刺すことはできなかった。

脇腹に少し穴が空いた程度。

僅かに血が流れる。

ダメージなどほぼないものだろうに、傷つけられたことに怒ったのか、ギゼが激しく鎌を振るう。

鎌のサイズだけでも自分と同じぐらいある。

下手に受け止めたら剣ごと腕を持って行かれるだろう。

少女から距離を取りつつ、必死に攻撃をかわす。

できればこの隙に逃げてほしかったが、震えるばかりで動く気配がない。

それはそうだろうな。

みたところ、6,7歳ぐらいの少女だ。

そもそもなんでこんなところに一人でいるのかっていう問題もあるが、それは助かってからでいいだろう。

鎌を避け、なんとか切りつけるということを数度繰り返す。

ギゼの傷も徐々に増えてきたが、一向に倒れる気配がない。

HPゲージなんかがあればいいんだけどな。

ゲームみたいな世界のくせにゲームじゃないからな。


「ふむ……これは困ったな」


 このままだとジリ貧で俺が負けるだろう。

集中しているとはいえ、だいぶ疲れてきた。

対してギゼの方は怒っているがかなり元気そうだ。

跳躍してきたギゼをかわし、一撃で仕留めるために首を狙う。

下から切り上げるように振り上げた剣は、首に少しだけ刺さって止まってしまう。

よく見ると、黄色の光をギゼは纏っている。

なにかの魔法をつかっているのか?大型ともなれば使えるんだな。

なんて冷静に分析している場合ではない。

首を狙われ、怒ったのかギゼが無茶苦茶に腕を振り回してくる。


これは、ちょっと本気でまずいか……?


無茶苦茶に振るわれるギゼの腕を必死で躱す、躱す、躱す。

反撃する隙間もない。


慢心はしていないつもりだったが、何体もギゼを倒してきたことで緩んでいたんだろうな。


勝てないかもしれない。

逃げるか?


そんな考えが頭をよぎる。


だが、あの子だけは助けないと。


いまだ、震えて動けなくなっている少女をちらりと見る。

俺に気を取られて、あの子のことなんか忘れているか。

なら、このまま少しずつあの子から離れたところに誘導していけば……!


自分よりもはるか巨体なギゼから繰り出される必殺の攻撃。

相手からしたらただ自分の武器である腕をふりおろしているだけだが、テンからしたら当たれば死ぬ必殺の攻撃だ。


それを何度も何度も躱す命のやり取り。

一撃躱すごとに神経は削られ、大幅に体力を失う。


当然、長くは続かない。


「やべ……!」


足元の確認が疎かになってしまっていた。

地中からせりだしていた木の根に足を取られ、転倒してしまう。


好機、と言わんばかりにギゼの表情が歪む。


両足に力を込め、地面を蹴り高く跳躍する。


「これは、終わったか?」


せめて自分を喰うだけで満足してくれよ……!


ぎゅっと目を閉じ、あの子が無事に逃げられることを願う。


だが、覚悟していた痛みは襲ってこず、代わりになにかが弾けるような爆音が響く。

同時に聞こえるギゼの悲鳴。


何事かと目を開けると、宙に爆炎の華が開いており、焼けたギゼが吹っ飛ばされて離れた場所に落ちるところだった。


「これは……?」


唖然としている俺の横に、ふわりと人の降り立つ気配がした。


「間一髪、だった、ね」


隣に立ったのは、紺紫のローブを羽織った魔法使い、ミリアーヌだった。


「ミリー!なんでここに?」

「言った、でしょう?私も、別の討伐依頼を受ける、って」

「ああ、確かに言ってたな……それがこいつってことか?」

「そう。こいつは、キングギゼ。ギゼの、親玉。普通のギゼとは、強さが段違い」


キング、ギゼ……ギゼの王様ってことか。

でかくて強いと思ったんだよな。


「とにかく助かったぜ……さすがに俺一人では持て余していたところだったんだ」

「あなたでは、勝ち目が、ない。逃げた方が、良い」

「俺もそうしたかったんだがな。あの子、見えるか?」


視線だけでミリアーヌに少女がいる木の方を示す。


「どうもあいつに追われていたようでな。さすがに見捨てるわけにはいかねぇだろ」


子供を見捨てて逃げて助かるぐらいなら死んだ方がましだ。

そういうと、ミリアーヌは眠たげな瞳を少しだけ見開き、そして笑った。


「いい、ね。いまの、あなたは、本当に良いと思う、よ」

「そりゃどうも。だが、俺だって別にあいつの餌になりたいと思っていたわけじゃねぇ」


キングギゼとやらはミリアーヌの魔法を受けてなお立ち上がり、両腕を構えている。


「ミリーが来てくれたなら心強い。あの子を守ってやってくれるか?」

「良い、よ」


ミリアーヌが杖を少女のいる方へとかざす。

杖の先端に魔法陣が展開され、ミリアーヌが魔法を発動させる。


「そこには、入ったら、ダメ、だよ―――障壁(プロテクション)


少女を守るように、光の障壁が展開される。

これであの子の安全は確保された。


「次は、どうする、の?」


なぜか楽しそうに、わくわくした様子のミリアーヌが俺の顔を覗き込んでくる。


「あいつの牽制をしてほしい。俺は、この前ミリーに教えてもらった魔法を試す」

「あれ、ね。いい、よ。わかった」

「頼んだ」

「頼まれ、ちゃ、った」


ミリーから教わった魔法。

それはなにも生活魔法だけではない。

攻撃に使える魔法も習った。

だが俺には魔法の才はあまりないらしく、一般的な攻撃魔法しか使えない上に、数発放ったらすぐ魔力切れになってしまう。


そんな俺に、ミリーが教えてくれた魔法。


深く息を吸い、乱れていた呼吸を整える。

毎日練習しているものの、やはり実践で使うとなると別だ。

なにより、発動に慣れていないから時間がかかる。

こんな、ギゼの猛攻を受けながら発動するなんて不可能だ。


俺がなにかしようとしているのを察してか、キングギゼが跳びかかってくる。

だが、大丈夫だ。

ミリーが必ず、抑えてくれる。


殺気の籠ったギゼの目を、正面からとらえる。

不思議だ。さっきまであんなに必死だったのに、いまはとても落ち着いている。


自分に、鎌が振り下ろされる前に、ギゼは地面から突如生えてきた蔦によって雁字搦めにされてしまう。


「いま、だよ。やっちゃ、え!」


ぐっと、両手に力を籠める。

そして、一瞬だけ魔法を発動させた。


―――「身体強化(ブースト)


自分の身体能力を一時的に引き上げる身体強化魔法。

一瞬で筋力が跳ね上がり、俺が思いきり振るった剣が、ギゼの硬化を打ち破り、皮と骨を力任せに切り裂いて首を切り落とした。


そしてすぐに魔法を解除する。


身体能力を引き上げられるので便利な魔法なのだが、維持するのがとんでもなく大変な魔法でもある。

はじめて発動させたときは、ほんの数歩歩いただけで魔力が切れてぶっ倒れてしまった。

あれから何度もひまを見つけては練習して、なんとか実践で使えるように考えたのがこれだ。


「練習しといてよかった……」


首をはねられ、地面に倒れるギゼを見て呟く。

反動として少し腕が痛むが、全身筋肉痛になった時よりはだいぶマシだ。


「できた、ね」

「ああ、ミリーのおかげだ。ありがとな!」


素直に礼をいうと、ミリーは照れたように顔を背ける。


さて、と改めて少女の方へ歩み寄る。

障壁が解除され、少女の怯えた瞳と目が合う。


「大丈夫か?」


努めて優しい声色を発したつもりだったが、少女は怯えたような視線を残したまま、自分とミリアーヌ、そしてギゼに向けて…………そのまま横に倒れた。


「え!?」


受け止めることなどできるわけもなく、少女はそのまま地面に倒れる。


「多分、極度の緊張から、解放されて、気が抜けた、だけ」


慌てて抱き上げてみると、ミリアーヌが言う通り特に外傷はなく、血が流れている様子もない。

ただ、服がえらくボロボロなのが気になった。

あちこち穴が空いた服の隙間から、もう塞がってはいるが傷跡が見える。

長いこと森の中をさまよっていたのか?しかし、この子の両親は?まさか、家族で森林浴にきてギゼに襲われたわけではないだろう。

疲労からか、気絶するように眠った少女を見て頭をかく。

まいったな。


「とりあえず、帰ろう」

「そうだな。このままこうしててもしょうがねぇし。はやくこの子を安全な場所まで連れていってやらないとな」

「キングギゼ、も、忘れないように、ね」

「おっとそうだった」


せっかく倒したキングギゼを手早く解体し、少し大きめの魔石に驚き、少女を背負って今度こそ帰路へとついた。

読んでくださりありがとうございます。

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