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開かれた時空路

「頂上の穴」から防護服を着た海兵隊員が這い出ようとしている。ラングレーはその手を引っ張り上げ、彼からサンプルケースを受取った。

 海兵隊員は酸素マスクを外し、ラングレーにデータシートの束を手渡した。

「放射線の数値によると未明にはピークに達します」

「よくやった、残りの連中を撤収させろ。中の様子は?」

「恐ろしく狭くて歪んだ迷路ですな。ジャップの野郎には丁度いい広さで・・・」

「言葉に気をつけろ、後ろに日本人がいるんだ」

 すぐそばの岩場の斜面で杉山たちが待機している。美河は老教授の体力が気掛かりだったが、山村は息切れもせず登り切った。むしろ生き生きとして景色を楽しんでいるようだった。

 逆に若い三村の方が息を切らしている。疲れた顔で彼は山村に尋ねた。

「頂上の穴も旧日本軍が掘ったものですね?」

「無数にある地下通路のひとつだ。見たまえ、屛風山に二段岩・・・この一帯が最大の激戦地だった。米軍は382高地と名付け、地下に潜む日本軍から十字砲火を浴びせられた」

 その眺めよりも、頂上の穴と立坑の関係性が三村にとって重要だった。

「あれは裏道だと教授は言われました。ふもとの謎の立坑がメイン通りで、相対時間の歪が裏道に干渉すると・・・しかし全ては『謎の立坑』から始まっています」

 その謎はまだ解けていない。誰が、何の目的で、どうやって掘ったのかという最大の謎が・・・。

「ラングレー少佐が言ってましたね。山村中佐は硫黄島のある秘密作戦に関わっていたと・・・その秘密作戦とは一体何でしょう?」

「彼は理学博士以前に生粋の帝国軍人だった。その作戦も硫黄島で勝利する為の作戦だ」

 聞き耳を立てていた杉山が口をはさんだ。

「勝利などあり得ないでしょう?硫黄島は東京都の一部ですよ?ここまで米軍が迫った時点で敗北したのも同然です」

「では君に尋ねるが、もし1945年に今の事態が起きたらどうなると思う?」

 今の事態とは無論、この大災厄でほとんど海に沈んだ世界を意味する。杉山は苦笑して首を振った。

「戦争どころではないですな。日米はおろか、世界中が壊滅状態になれば勝ち負けも何もあったもんじゃない・・・大本営も消滅したでしょう」

「その大本営は松代へ移転する計画だった。今水没を免れている長野県だ」

 杉山と三村は唖然として顔を見合せた。それが意図されたものとしたら、山村中佐と大本営の行動は、いかなる戦争犯罪をも凌駕するだろう・・・そもそもそんなことが可能であれば、の話だが。

「人類が掘り進んだ最深の距離をご存じですか?せいぜい12kmです。しかし、『謎の立坑』はその6倍以上の深さでしょう・・・密度崩壊を実現した訳ですから。現代の掘削技術をもってしても高温の壁は越えられないのです」

 300度を越えれば掘削ドリルは機能しなくなる・・・上部マントルに達すると千度以上だ。三村はその最大の矛盾点を指摘した。

「1945年の日本軍にそんな技術があったとは思えません。いや、現在でも不可能でしょう・・・」

「掘るのが無理なら溶かして撃ち抜けばいい、という発想だ」

 二人は唖然として言葉を失っている。山村は淡々と続けた。

「米軍が最初に発見したのは立坑ではなく異質な砲台でね・・・砲身は敵を狙わず、地中に向けられていた。砲弾の正式名称は36センチ融解弾といって、100発以上が海軍に納入された」

 杉山は冗談かと疑って苦笑した。

「面白いですな・・・足元に撃つとは自爆砲台ですか?」

「炸薬砲弾と違って爆発しない。砲弾自体が岩盤の融解と共に溶けて消失する化学物質だ。時間の一定間隔・・・融解点に達すると同時に次の砲弾を撃てば打撃力が増大する」

 三村にも想像できない原理だった。

「その化学物質とは?」

「賢者の石を知っているかね?この島に豊富で、地底深くマントルまで含まれている」

 三村は顔をしかめた。

「それは硫黄のことでしょう?」

「正に象徴的じゃないか。この反応性の高い元素は時に未知の化合物を生成し、いわゆる超強酸をも凌駕する」

 硫黄が硫酸や火薬の原料であることは知られている。しかし超強酸となると最強で硫酸の一兆倍以上だ。さすがの三村も否定的に首を振った。

「その化学結合を実現したとなれば、ノーベル賞に匹敵する快挙ですね・・・そんな化学界の神様が昔の日本にいたとは・・・」

 三村は山村の目を見てゾッとしたように気付いた。

「その融解弾も山村中佐の発明品ですか・・・」

 それは重力崩壊を人工的に発生させる第一段階にすぎない。その先にある遥かに重大なもの・・・現代のノアの大洪水を実行しうる理学博士にとって、化学式はお告げのように得られるのかもしれない・・・神に近い人物なのだから。

「神だか悪魔だか知らないが・・・」

 杉山には実現性への疑問が消えなかった。

「頭の固い大本営が真に受け、作戦を許可するとは思えませんな」

「君は知らないだろうが、大本営の命令で科学者たちは馬鹿げた研究に熱中していた。高圧電流砲、防空電気砲、中には殺人光線なんていうのもあった。起死回生という幻影を追ってね・・・ある時、悪魔の科学者が大本営にささやいた。硫黄島の火山で米軍もろとも吹き飛ばしてしまえと・・・それが事の発端だ」

「それであの立坑を掘った?あなたの表現を借りれば撃ち抜いたということでしょうが・・・火山を噴火させる為に?」

「表向きはね。悪魔の真意は別にあったが、誰も理解できなかっただろう」

 杉山は腑に落ちない顔で頷いた。

「その真意はともかく、1945年時点で何も起こらなかった訳だ・・・20年後の異変までは。悪魔の科学者も計算が狂ったようですな」

「融解弾には持続効果があり、20年間地中を溶かし続けた。水素爆弾が実用化され、投入可能な時代までにね・・・これが偶然だったら、私は悪魔の科学者などと言わない」

 黙って聞いている美河は山村教授の変化に気付いた。初めは神か悪魔と表現していた養父に対し、今は悪魔の科学者と決めつけている・・・自分の妹と共に消えた、彼への憎悪が蘇ったものと彼女は察した。

「その方はここで行方不明になったと言われましたが・・・」

 美河が初めて口をはさんだ。

「頂上の穴の中まで捜索されたのですか?」

「米軍が血眼になってね・・・私まで疑われて尋問を受けたが、残念ながら私は見ていない・・・立坑の封印に忙しく、岩山を見上げる余裕はなかった」

 三村は裏道の存在が謎を解く鍵だと考えた。

「相対時間の歪を、裏道と表現されましたね?ならば山村中佐もそこを目指したのでは?どこにも彼の死体がないのであれば・・・」

「何だ?その裏道とは」

 杉山が怪訝な顔で尋ねた。

「抜け道があって島から逃げ出したとでも言うのか?」

「そう、正に抜け道ですよ」

「米軍がくまなく探したそうじゃないか。何故発見されない?」

「立坑を封印した時点で抜け道は消えたのでしょう。教授の言葉を借りれば、粒子のバリケードで塞がっている状態です。1965年から現在まで・・・つまり水爆投入から封印までの僅かな間に開いたのだと思います」

 三村は正解かどうかを確かめるように山村の顔を窺った。

「抜け道とはあまりいい響きじゃない。裏道と言った私も無責任だが・・・」

 言葉だけの問題で、肯定されたものと三村は受け止めた。

「では何と呼びましょう?」

 山村は少し考えて答えた。

「まだ仮説の段階であるが故、それを再現して言うつもりだった。自分の中では時空路と呼んでいる」

 いつの間にかラングレーが目の前に立って話を聞いていた。

「その再現まで、時間は多くありません。私は下へ降りて連中に気合を入れます」

 

 周囲は陸自施設隊員と海兵隊員でごった返し、午前3時を回っても作業は続けられている。「謎の立坑」を隠す、コンクリートの大部分は撤去された。強力な照明がその中心部分の何かを浮かび上がらせている。

 最後の瓦礫が取り除かれると、黒ずんだ鋼鉄の塊りがスポットライトを浴びた。直径およそ9メートル・・・外周に吊り掛け用のワイヤクリップが固定されている。

 暗闇の中で待機していた大型クレーン車が始動すると、油圧ショベルの群が四散して道を開けた。施設隊員がワイヤーロープを据付ける間、海兵隊員は蓋を固定する鉄筋をガスバーナーで切断している。

 施設隊長は埃にまみれ、最後の作業を見守っている。彼を煽り続けたラングレーは、初めてねぎらいの言葉をかけた。

「時間通りだ。君たちにしてはよくやった。あの20トンの蓋を吊り上げる時は全員退避させてほしい。どうしても近くで見たいなら防護服と酸素マスクを・・・」

「それは遠慮しときます。クレーンは遠隔操作できますから・・・しかし、こんなに急いだ理由が知りたいですな」

 ラングレーは説明困難な未知の領域に触れなくてはならなかった。

「未明までに時間変異は収束し、この封印を解放すると4元ベクトルへのルートがあの頂上に通じるらしい。何のことだか分からないだろう?要するに・・・」

 ラングレーは岩山を見上げ、人影の集団が登っていくのを認めた。

「急いだ理由は、あの上で始まる世紀のイベントに間に合わせる為だ」

 ぽかんとする施設隊員への説明を諦め、ラングレーは無線機を手に取った。相手は岩山中腹にいる山村教授だ。

「1時間後にショーの開演です。レッドロックスに観衆は集まりましたか?」

「50人ほどいる。陸自レンジャー隊員だ・・・杉山君と三村君はどうにか起きている」

「2人は理解しましたか?4元ベクトルの分岐点が1965年で・・・」

「基点は1945年だ。現在は止まった状態になる。2人には話したが、理解する事と信じる事は別だろう?君も現実を目にしなければ信じまい」

「信じますよ。私はあなたが思う以上に融通の利く軍人でね・・・何が起きるにせよ1時間後に決行です」

「1時間後だな」

 交信を終えた山村は無線機を美河へ手渡した。大勢の視線を集めている老教授は彼らの疑問に答えなくてはならなかった。

 待っていたのは巨石神殿の前に整列するレンジャー隊員たちだ。仮設の照明を浴びる彼らの表情には緊張と不安が入り混じっている。先頭に立つ吉川中隊長は日章旗を手にしていた。

 山村は隊員たちの前へ、訓示するように立った。

「これから起こることを、君らは事実として受け入れられないかもしれない。我々はこの未曾有の大災厄の原因を突き止めようとここまでやってきた。しかし、この先は人類の知識の壁を超えなくてはならない・・・目の前で何が起きようとも、冷静に対処してほしい」


 1965年に封印されて以来、ついに解き放たれる日を迎えた。遠隔操作の大型クレーンはじりじりと鋼鉄の塊りを引き上げている。

 地盤との境目に、青白いリングが光を放った。散りばめられた無数の粒子が渦を巻くように上空へと舞い上がっていく・・・。

 ラングレーは無線連絡で山村に経過を伝えている。

「まもなく全開です。この竜巻のような光は一体・・・」

「磁気嵐を伴っている。交信が途絶えるかもしれないが何があっても必ず・・・」

 そこで通信は途切れた。完全に穴が露出した瞬間、凄まじい地響きとともに一面の閃光で隊員たちは目を覆った・・・。


 光の雨が降りしきる中、「レッドロックス」ではレンジャー隊員が微動だにせず整列している。まるで儀式が始まるかのように吉川中隊長は日章旗を掲げた。

 数名の隊員がラッパを吹き始める。旧日本軍から現在の自衛隊まで継承された信号ラッパ「集まれ」「点呼」、そして軍歌に分類されるものの感傷的メロディーの「戦友」・・・。

 誘い出されるように、頂上にうごめく人影が現れた。ゆっくりと「天界からの階段」を降りてくる人影が5人・・・朝日に照らされて彼らの姿が浮かび上がる。

 何れも旧日本軍の軍服を身に着け、銃を持っている。彼らは驚きと警戒心の入り混じった複雑な表情で周囲を見渡している。

 彼らが「巨石神殿」の前に立つと陸自隊員たちは一斉に敬礼した。反射的に5人の日本兵も横に並び敬礼で応えた。

 西山軍曹、木島上等兵、志村一等兵、山口一等兵、田口二等兵・・・皇軍の兵士たちは時空路を超えたことにまだ気が付いていない。

 しかしそれは劇的な、夜明けの出来事であることに間違いなかった・・・。


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