追い続けた幻
西山は米軍の気配を感じ取り、山口に斥候を命じた。ほどなく帰って来た山口は怒りをあらわにした。
「安全な進路ですって・・・でたらめも甚だしいです。ほぼ1個中隊が陣取っていますな・・・300人以上はいます」
西山は美河と進入路について綿密に話したことを思い出した。その根拠が米軍の記録である事も。
「初めからおかしいと思っていた。何かの罠としか思えない・・・」
西山は日本兵たちを集めて言った。
「右へ回るしかないが、あの丘を越えなくてはならない。問題は後ろの連中だ・・・敵が見逃すとは思えない」
「撃たれるでしょうな・・・きっと」
口をはさんだ木島は、作戦の実行性に疑問を抱き始めた。
「案内役はここまでです。連中の好きにさせましょう・・・我々の手には負えません」
「連中を無駄死にさせるつもりか?貴様が面倒を見てきた奴らだぞ・・・俺たちがやってきたことも無駄になる」
そこで志村が身を乗り出した。
「あの敵を引受けますか?討ち死には無駄死にではありません!」
山口は血気にはやる志村をたしなめた。
「300対4で?敵を引きつけなければ囮役にもなれない」
「では連中も含めて二手に分かれるしかあるまい」
口をはさむ木島は西山に向き直った。
「全く世話の焼ける連中です・・・軍曹は連中を目標まで送り届けて下さい。我々に30人ほど付けて頂けたら、あの敵を引受けます」
後続の部隊が追い付き、西山は決断を迫られた・・・。
「私が海兵隊を追います」
美河はいてもたってもいられない気持ちだった。
「動けるのは私しかいません。彼らが何をしようとしているのか、確かめます」
「君一人で海兵隊を相手に?馬鹿を言うんじゃない」
杉山は即座に否定した。
「まずは部隊に危険を知らせるべきだ・・・」
「無線でかね?海兵隊にも筒抜けだ・・・危険度が増すと考えた方がいい」
もっともらしく言う山村に杉山は詰め寄った。
「ではどうしろと?このままでは部隊が立坑にたどり着けないかもしれない・・・」
「日本兵が付いている。彼らを信頼していたのは君だ。海兵隊の件だが・・・」
山村は美河の申し出を受け入れた。
「君に行ってもらうしかない。但し、探るだけだ・・・そして吉川中隊長へ知らせるんだ。難しいができるかね?」
「分かりました、では行ってきます」
杉山は再び彼女を遮った。
「危険すぎる・・・君一人に行かせる訳には」
「あなたが方に銃は撃てますか?」
彼女の真剣な顔に、杉山は説得を諦めた。
追いついてきた吉川中隊長に、西山は伝えた。
「あまりよくない状況だ。部隊を二手に分けるしかないが、囮役はただじゃ済まないだろう・・・そちらの人選は任せる」
状況を理解した吉川に選択の余地はなかった。指揮官である吉川と、爆発物ケースを運ぶ小池と菊池の分隊は目標に向かうしかない。あとの3分隊は囮として留まることになった・・・木島、志村、山口の3名の日本兵と共に。
西山は最後になるかもしれない言葉を部下たちにかけた。
「木島、志村、山口・・・田口は先に逝ってしまったが、貴様たちと戦場で出会い、この奇妙な運命を共にできて幸いだった・・・今度こそ靖国でまた会おう」
敬礼で応えた3人は、30名のレンジャー隊員と共に米軍陣地へ向かった。
西山と吉川、そして小池と菊池の両分隊は丘の手前で合図を待った。やがてその合図の銃声が鳴り響いた。
照明弾が空中に入り乱れ、日米の銃撃戦が始まっている。
「今だ!」
西山と吉川を先頭に部隊は丘を駆け上った。しかし狂ったように飛び交う照明弾は彼らの姿をくっきりと照らし出した。
一部の米軍が気付き、西山たちに銃弾の雨が注ぎ始めた・・・一人、また一人と脱落していく・・・。
木島たちの部隊はもっと散々な目にあっている。海軍陸戦隊に扮したレンジャー隊員たちはM4シャーマン戦車の砲火に吹き飛ばされ、志村も爆風で重傷を負った。
木島はまだ生き残っている3名のレンジャー隊員に命じた。
「囮の役はここまでだ。お前たちは退却しろ!」
しかし彼らは退くこともできず、敵弾に倒れた。
血まみれの志村は木島と山口に両脇を抱えられている。彼は血を吐きながら叫んだ。
「畜生!負け戦で死ぬなど御免だ!」
山口はそんな志村に淡々と言った。
「ろくでもない戦争だろ?俺の言った通りだ」
木島もまた冷静に応じた。
「日本の将来こそ、ろくでもなかった・・・浦島太郎と違って貴様らと戻れたのはなによりだ・・・あの時の手榴弾を残しているか?」
彼らは自決し損ねた時の手榴弾を大事に持っていた。
そして敵陣に向って消えていった・・・。
西山が丘を越えて安全圏に入った時、彼は重傷を負った吉川を担ぎ上げていた。小池と菊池は無事にたどり着いたが、それぞれ半数近い隊員を失っている。
二人は瀕死の吉川をみて愕然とした。右肩から腕を失った吉川はもう片方の手で西山に自分の無線機を押し付けた。
「あとは任せる」
吉川もまた硫黄島の戦死者に仲間入りした。
美河は暗視ゴーグルを頼りに暗闇を駆け抜けた。やがて一筋の光が岩山のふもとから突き出すのを彼女は認めた。
ゴーグルを外し、慎重に接近する美河は全ての発端となる立坑の全貌を目にした。
融解弾を撃ち込む巨大な砲台・・・その砲身は地底に向けられていた。それは戦艦の36センチ砲の流用品で、火薬と砲弾がむき出しに積み上げられている。
その周囲を取り囲むように立つ海兵隊員、そしてラングレー少佐ともうひとり・・・帝国軍人の将校らしき人物が立っていた。
吉川の死、そして四十名の隊員が失われたことを杉山たちはモニター越しに目撃した。
「山村教授、このまま続行しますか?目標にたどり着いても、ラングレーたちが待ち受けているでしょう・・・」
杉山は山村の反応をうかがうように尋ねた。
「奴らが何をするつもりか分かりませんが、レンジャー隊員を歓迎するとは思えません」
「では話し合ってみるか・・・」
山村はおもむろにマイクのスイッチを入れた。
「ラングレー少佐、聞こえているだろう。君はそこで何をしている?君のおかげでレンジャー部隊は壊滅状態だ」
直ぐに応答があった。
「山村教授、これまでのことは感謝します。あとは我々に任せてここを去ってください。さもなければ身の安全は保証できません」
「ということはあの人物もそこにいるのか?」
「誰の事です?」
「山村中佐しかいないだろう」
杉山と三村は呆気にとられている。ラングレーも驚いた様子で尋ねた。
「何故そう思うんです?」
「我々が本土に行った頃から君は変わった。彼と接触があった可能性が高いと思ってね」
「面白い。もしそうなら感動的な親子の対面ですな・・・失礼だがあなたより遥かに若いお方だ」
このやり取りは無線機を持つ全員が聞いていた。美河も、小池も菊池も、そして吉川から無線機を受取った西山も・・・。
そして誰もが初めて聞く・・・山村中佐の声を耳にした。
「龍一か?随分と長生きしているな・・・父は嬉しいと言いたいところだが、私は面倒を見てやった子供から見放されたようだ。息子といい娘といい・・・」
「気安く息子呼ばわりされても困る。血の繋がりはないし、妹も同じだ」
珍しく感情的になった山村教授は、自分を落ち着かせる為に咳払いをした。
「どうやってラングレーを丸め込んだのか知らないが、アメリカ人はあなたにとって永遠の敵のはずだ」
「アメリカ人の中でも賢明な相手とは取引できる。彼はそういう男だ。お前が企てた私の大事業の破壊を、こうして食い止めてくれた」
「大事業?ノアの大洪水と称して神を気取る、いかれた科学者の所業だ。それも大日本帝国の復活という目的の手段にすぎないとは・・・そんなものにとらわれるあなたの考えなど誰が理解できる?」
「お前が何と言おうと、世界がどう変わろうと、お前の寿命はここで尽きる・・・老いには勝てぬ故、誰もが後世に名を残したがる・・・人類とは、何とも哀れな生物だ。しかし時間と空間を支配する時、それは一変する。私はラングレーにその一翼を担ってもらうことにした」
「時空路を使ってか?」
「それともうひとつ、核だ・・・こいつは兵器としてよりも遥かに価値がある。これで時空路をコントロールする私の望みは完全に達成された。」
「なるほど、歴史の支配権をラングレーに与えた訳だ・・・」
この異様なやり取りを、美河は山村中佐の実体を目にしながら聞いている・・・大災厄の生みの親と、それに加担するラングレーという新たな双璧の構図を・・・。
「紛らわしい、親子の取り込み中のところを邪魔するが・・・」
杉山が苛立ったように口をはさんだ。
「ラングレー少佐、君は米軍の情報を偽り、レンジャー隊員と日本兵を死に追いやった。これは我々だけでなく、人類への裏切り行為だ・・・教授の言葉をそのまま借りるが、いかれた科学者と君の利害が一致するなどあり得ない」
ラングレーは何の迷いもなく答えた。
「私は山村中佐という幻を追い続けた。官邸に君を訪ねるずっと前からだ。裏切った?私が忠誠を尽くすのは合衆国だけだ。山村中佐が大日本帝国の復活を望むなら、それを受け入れよう・・・我々は我々の歴史を、望む姿に作りあげる。利害の一致?新たな日米同盟の幕開けだ。利害は完全に一致する・・・」
そこでラングレーの言葉が止まった。突然目の前に現れた美河に銃を突き付けられ・・・。
「動かないで!」
意表を突かれた海兵隊員たちも、凍り付いたように動きが止まった。




