もうひとつの天命
拳銃に手をかけたラングレーを山村中佐は手を挙げて制した。そしてどことなく見覚えのある美河の目を見て言った。
「誰だ?君は・・・名前は?」
美河は山村中佐の額に狙いを定めた。
「名前は関係ありません。私は死ぬ前にあなたを撃ちます」
憎悪に満ちたその目は、銃口よりも遥かに重大な何かを突き付けている・・・山村中佐はその正体を理解せずとも、脅威であることを感じ取った。
「教えてやるんだ、君の名を」
山村教授が無線で促した。美河は銃の引き金に手をかけたまま答えた。
「私の名前は美河恵美・・・それが何だと言うんです」
目を見開いた山村中佐は、無線で息子に問いただした。
「龍一、お前は知っていたのか?この女のことを・・・」
「知らないはずがない。だから気付いた・・・この世界が止まっていることを」
「必然だというつもりか?お前の妹もこのことを知って・・・」
「だから妹はあなたを苦しめることを出来た。未来が見える妹には勝てない。本当の父にあなたは殺される・・・妹はそう告げたはずだ」
山村中佐は全てを理解したように頷いた。脅威の正体が分かったことで、むしろ彼は安心した。
「この父を越えられるか?我々は止まった世界、確定していない未来のはざまにいる。お前の妹が暗示した未来も確定していない。ただ言えることは・・・お前たちの望む未来のハードルは限りなく高い。私の融解弾は地殻を溶かし、新たな核で時空路を生成し続ける・・・それを阻むお前の企てはここで阻止されるからだ。しかし、もっと確実な方法をお前は教えてくれた・・・」
山村中佐はそっと目でラングレーに合図した。
「妹の出現を阻むには、この女を殺すしかない」
その瞬間、美河は銃弾を胸に受けて倒れこんだ。
拳銃を撃ったラングレーは、動かなくなった美河を横目に山村中佐へ尋ねた。
「この女が何だというんです?」
山村中佐は首を振って言った。
「随分あっけなかった・・・息子よ、聞いているか?美河恵美は死んだ」
マイクを握る山村教授は、後ろで呆然とする杉山と三村に言った。
「退却の準備だ」
「このまま逃げるつもりですか!」
杉山が噛みつくように言った。
「まだ何人か隊員が生き残っている。彼らだけでも連れて帰ろう」
三村はがっくりと膝を落とした。
「これで全て終わりですか?今まで何の為に・・・」
「まだ終わってはいない。何人帰還するか分からないが、負傷しているだろう・・・君たちが迎え入れるんだ」
そして山村教授は再びマイクを握った。
「残念だがお別れだ。あなたからは失ったものが多いが、得たものも多くあった。その点は感謝している」
「投了ということだな。お前がその気なら、私の世界を見せてやろう。残り人生でその景色を眺めるのも悪くない・・・ラングレーも以前のように温かく迎えるだろう」
「投了とは?残念と言ったのは、たとえ義理の父でもその死を憐れと思ったからだ」
山村中佐とラングレーは顔を見合せた。余裕の笑みがみるみる青ざめていく・・・。
「あの女、何故我々に気付かれずに現れた?」
「この立坑の光のせいです・・・」
その瞬間、光の壁から曳光弾が彼らに降り注いだ。
「敵襲!」
海兵隊員が応戦するも、次々と倒れていく・・・。
「こちらへ、早く!」
退避するラングレーを、待ち伏せていた一人の日本兵が射殺した。
光に照らされたその日本兵の顔を、山村中佐ははっきりと認めた。
「お前は・・・」
それが彼の最後の言葉だった。銃弾を浴びた山村中佐は倒れこんだ・・・自動小銃をもった西山軍曹を見上げながら、息絶えた。
銃撃戦が終わると、無線連絡が杉山たちに届いた。
「こちら小池、立坑を制圧しました」
興奮した杉山の声が返ってきた。
「よくやった!何人残っている!?」
「菊池と西山軍曹・・・我々3人だけです」
「ケースは大丈夫か?」
「二つとも無事です。これよりタイマーをセットし、立坑へ投入します」
「待て」
山村が小池を呼び止めた。
「タイマーは予定深度で起爆するのに数分しかない。爆発すると数十分で時空路は消滅する。それでは君たちが戻れなくなってしまう」
小池と菊池は顔を見合せた。
「しかし他に方法が・・・」
「幸い、西山軍曹がいる。彼がここに留まるなら、投入を任せた方がいい」
二人は西山の顔を窺った。西山は倒れている美河をじっと見つめている・・・我に返った西山は答えた。
「投げ込むだけならやってやる。二人は行くがいい」
小池は操作方法を伝え、30分後に投入することを申し合わせた。
別れの時、二人は直立して敬礼した。小池は涙ぐんで言った。
「一緒に戦えて光栄でした」
菊池も最後の言葉をかけた。
「ご武運をお祈りします」
西山は敬礼して答えた。
「ここで死んだ仲間たちのことを忘れるな」
二人を見送ると、西山の無線機に山村の声が聞こえた。
「まだ時間がある。少し話そうじゃないか」
「こっちも聞いておきたい。俺たちは天命を果せたと思うか?」
「君たち5人の皇軍兵士は天命を全うできたと思う・・・代表して礼を言う」
「そう言ってもらえると彼らも浮かばれよう・・・そちらの兵士も大勢が戦死した。彼らも天命を果したと信じる・・・自分が最後の一人になって彼らの後を追う、これもまた天命だ」
「君にはもうひとつ、別の天命が残っている」
「こいつの投げ方は心得ている」
予定の時間になり西山はタイマーをセットした二つのケースを立坑へ放り込んだ。
「終わったぞ、これで何が変わるのかは知らないが・・・ではこれでお別れだ」
「まだ終わっていない・・・そこに倒れている美河准尉を見てやってほしい」
西山は仰向けに倒れている美河の前に座り込んだ。
「銃で撃たれている・・・ここに来るなと言ったんだが」
傷口を呆然と眺める西山は、見慣れた石の欠片が目に入った。
「これは・・・」
西山は美河の胸ポケットから粉々になった石片を探り出した。美河恵美の名を彫って彼女に与えたものに間違いなかった。
「銃弾が石に当たっている、弾かれたんだ・・・傷は浅い、生きてるぞ!」
西山は美河の体を担ぎ上げた。その時凄まじい地響きで体がよろめいた。立坑が放つ光がみるみる弱まっていく・・・。
「そっちへ連れていくから待っていろ!」
山村は予期していたかのように答えた。
「是非そうしてほしい。だがその時、時空路は消滅して誰もいない。ここに米軍と我々が残した物資や設備がある・・・医薬品も食料も終戦まで生き延びるには十分だ。そして彼女が生きていく為には君が必要だ。これが私の言ったもうひとつの天命だ」
「馬鹿なことを言わず待ってろ!今そっちへ走っている」
「彼女は君から受け取った石に命を救われた。私はそれを知っていた・・・必然だからだ」
山村はポケットから丸い石を手に取っている。百年近い年月を感じさせる風化した文字は「西山龍一」と彫られていた。
「私も持っている・・・幼い頃、父からもらった・・・実の父親だ」
司令室に駆けこんだ三村が急き立てるように言った。
「小池と菊池が戻りました、行きましょう!」
三村は山村が手にしている石の文字を目にした。そして思い出した・・・彼は1965年以降に名字を変えていることを。
小池と菊池は通路を駆け抜け、杉山は司令室入口で立ち止まった。
「早く!時空路が塞がってしまう」
山村はマイクに向かって最後の言葉をかけた。
「では故郷で待っている」
時空路の光の中を歩く5人にお互いの姿は見えない。だが声が通じ合うことは分かっていた・・・あの時、西山たち日本兵がラッパ音に導かれたように。
「山村教授、あなたの元の名字を見てしまいました・・・今でも秘密ですか?」
「西山龍一が私の本名だ」
「では・・・始めから知っていたのですか?西山軍曹のことを」
「父親の顔を忘れる訳がない」
「教授の妹さん・・・未来が見えると言われましたね?その意味が分からないのですが」
「異次元の父と母の間に生まれたとしたら?物理学で説明は困難だが、普通でないことは確かだ」
「今、どこで何をしてるんでしょう?教授もお会いしたかったのでは?」
「ひと目会いたかったのが本音だ。だが彼女は私よりも母に会いたかったのだと思う。それが叶ったのかどうかは分からないが」
「今日は珍しく何でも話してくれますね?」
「今度会った時、君たちは何も覚えてはいまい・・・私もだ」
硫黄島上空を双発ジェット機が南西に向っている。海保機ボンバルディア式DHC-8-315は低空飛行で海水面を撮影した。
「こちらJA720A、熱水噴出活動に変化なし・・・穏やかなものです。これより基地に戻ります」
硫黄島では日米合同の戦没者追悼式が行われていた。例年と違って今年は高校生の一団が見学の為に参加している。
「昭和二十年二月十九日、艦艇五百、航空機千余の援護の下、米軍は遂に硫黄島に上陸・・・」
高校生の前で陸自隊員の二人がこの石碑の意味を説明している・・・小池三曹と菊池一士はまるで硫黄島の戦闘に参加していたかのように熱心に語った。
飛行場隣の空き地に民間人が大勢集まっている。晴れ渡った空から日差しが照りつけ、参列者向けにテントが用意されていた。
「高齢者にこの日差しは負担ですな」
三村は独り言のように言った。参加者の老人から妙な視線を感じ、三村はごまかすように苦笑した。
「あなたのことではありません・・・大学教授だとか?私は地質調査に来た気象庁の者でして・・・」
「君の言うとおり高齢者だよ」
そこへ杉山情報官が一人の女子高生を連れて来た。
「山村教授ですか?あなたに会いたいと言う高校生がいまして・・・遠い親戚だそうです」
その女子高生は山村の前でまじまじと顔を眺めた。
「妹の顔をお忘れですか?今日は母の話をしにまいりました」
杉山と三村は不思議な感覚で顔を見合せた。山村は懐かしそうな笑みを浮かべた。
「ああ、覚えているとも・・・忘れる訳がない」
1945年8月15日、太平洋戦争は終結した。空襲で主要な都市は壊滅し、百万人近くが犠牲となった。家を失い、食糧難で生活は困難を極めたが、人々は終戦に安堵した。
空襲は止み、若者を戦場へ送り出すこともなくなった。これから復興への長い道のりが始まろうとしていた。
五歳になった、西山龍一はひとりで川遊びに出かけていた。父の石集めがきっかけで、珍しい形の石を探し集めるようになった。この日も、父の彫る石飾りにふさわしい形の石をみつけた。
龍一はうっかりその石を落としてしまった。目の前に突然、大人の男女が現れ、驚いたために・・・しかし龍一は大人の顔を見るなり、嬉しそうに笑った。そして父親の西山啓介に抱き抱えられた。
その傍らには、美河恵美が笑顔で立っていた。




