1945年へようこそ
海軍陸戦隊に扮したレンジャー隊員は日本兵として戦場に飛び込む訓練を開始した。教官は3人の日本兵・・・日本兵としての振舞い、軍服の着こなしから敬礼などの作法までは志村が担当した。軍人勅諭を叩き込まれた帝大出の彼なら適任という理由で。
狙撃手の山口は銃器の取り扱い・・・旧日本軍の38式歩兵銃をはじめ、手入れから照準器の癖まで持論を交えて指導している。
木島は戦場で日本兵と遭遇した時の対処法を実演指導した。
「貴様ら、どこへ行く?どこの部隊だ?」
匍匐前進する菊池の分隊に木島は背後から声をかけた。菊池は振り向きざまに答えた。
「特別作戦だ。何も話すなと命令されている、特にお前たち陸軍にはな」
「ここは陸軍の管轄だ。勝手に動き回られたら困る」
「ならば海軍参謀にそう言え!こっちは陸軍ほど暇じゃない、引っ込んでろ!」
木島は頷き、注意点を指摘した。
「顔をあまり見せるな。余計なことを言わず、会話を最小限にすることだ」
「しかし、これでは揉め事になりませんか?」
「これが陸軍と海軍の普通の会話だ。敵よりも憎しみ合っていると思え」
岩山のふもとに沿って西山と美河が歩いている。地図を手にする美河は立ち止まり、足元を示して言った。
「ここが地上への出口にあたる場所です。立坑まで少し距離はありますが・・・」
西山は周囲を眺めて首を振った。
「随分と地形が変わっている。ここで進路を決めても当てにならないだろう」
「ラングレー少佐が当時の海兵隊の記録から米軍陣地を特定しました。最短距離だと陣地の正面ですが、この迂回路が最も安全で・・・」
「安全な迂回路などない・・・敵に見つからず移動するのは至難の業だ」
「夜間の移動でも?」
「照明弾がひっきりなしに打ち上げられる。見つかれば撃ち合いだ」
50名の投入は犠牲を覚悟の上だと西山は理解していた。
「全滅して失敗するかもしれない・・・君が行かないのは幸いだ」
「私も予備部隊として地下に待機します」
「やめておけ。この戦場は君等には想像もつかないひどい所だ」
「でもあなたはそのひどい所へ戻りたがっています。本土に戻っても気は変わらないんですね」
「我々の居場所でないからだ。戻る場所はひとつ・・・皆そう思っている」
「私には分かりません。死に急ぐ人たちの気持ちが・・・女だからではありません。人間なら生きたいと思うのが当然の感情です」
「その感情よりずっと重いものが俺たちを支配している・・・あの爺さんの言った通りだ」
「私も死にたくはありません・・・でも命令されれば地上へでます。それが軍隊でしょう?」
西山はため息をついて美河の手に石を握らせた。美河恵美の名が刻まれている・・・。
「君の場合はお守りだ。持っておけば死ぬことは無い」
田口の次に彫った名が彼女だった。西山はこの石が最後の作品になると思っていた。
三日目の朝、レッドロックスには歴史的使命を帯びた隊員たち、同行する関係者が集まった。
時空路の向こうには既に地下司令室が完成し、ラングレーたち海兵隊員が待機しているはずだった。
レンジャー隊員は入口に向って岩山を登り始めた。後に続く日本兵、杉山、三村、山村教授、最後に美河が時空路の穴へ消えて言った。
光の中へ入ると誰もが一人きりになる錯覚に陥ったが、気が付くとLED灯に照らされた地下洞窟へ到達していた。
かつて西山たちが閉じ込められた洞窟は整備され、司令室にはモニターを見つめる海兵隊員数名とラングレー、吉川中隊長の姿があった。
山村、杉山、三村はラングレーから上機嫌な出迎えを受けた。
「1945年にようこそ。地上出口付近にカメラを設置した。これで安全が確認できる・・・戦場に安全な場所などないが、出るタイミングが重要なのでね」
杉山は呆れたように首を振った。
「素早いのはいいが、既に誰か地上に出た訳だ・・・その海兵隊員は無事なのか?」
「幸い、瓦礫の山がうまく出入口を隠している。その先へはまだ進んでいない・・・君たちの仕事だからな」
山村は吉川へ尋ねた。
「最も重要な2個のケースを担ぐ者は?」
「小池三曹と菊池一士、あとは自分です。進入ルートは頭に叩き込んでいますが、地形が大きく変わっているでしょう・・・あの日本兵たちに頼るしかありません」
「彼等なら大丈夫だ」
杉山は長野の戦いで西山たち日本兵の認識がすっかり変わっていた。
「しかし惜しい連中だった・・・彼らにとっては家に帰ったようなもので、我々のところには戻るまい・・・」
ラングレーはモニターに表示された現地時間の零時を示して言った。
「日本兵の事より自分たちの心配をした方がいい・・・そろそろ時間だ」
西山たち4人の日本兵は、かれらの望む居場所へ足を踏み入れた。穴からを出た途端、照明弾が上がり焼け焦げた岩山を照らし出した。
ようやく現実に戻った感覚で、今までが夢の出来事のように感じられる・・・西山は部下たちに問いただした。
「連中を目標地点に送り届けたら、本隊へ合流する・・・だが知っての通り、戦いの結末は定まっている・・・考え直す者がいるなら俺は止めない」
「あんな所はご免です」
木島が即座に答えた。
「日本人どうしで殺し合ってまで生きたいとは思いません・・・そうだろ?山口。志村はきくまでもないな」
西山は頷いた・・・そして瓦礫の山を登って越えると合図した。日本兵に扮した後続の部隊が西山たちに続く・・・暗闇の中、時折爆音が響き渡る空の下で。
司令室のモニターには隊員たちの身につけたカメラの映像が映っている。部隊は密集せず分隊ごとに分かれ、慎重に前進している。
隊員どうしの無線連絡も筒抜けだが、用心のためか誰も会話する者はいない。初めて聞こえたのは小池三曹の慌てふためいた声だった。
「何だって?」
「海軍がここに何の用だ?」
突然現れた3人の日本兵に小池がつかまっている。
「と、特別作戦だ・・・話せない」
小池のうろたえた態度に、日本兵は更に怪しんだ。
「何が作戦だ、海軍はとっくに退却したぞ・・・貴様ら脱走兵か!」
その時、後ろから菊池の分隊が追い付いた。菊池はすごい形相で怒鳴った。
「特別作戦だ!妨害するつもりか!」
菊池の分隊に銃を突き付けられ、日本兵たちはすごすごと引き下がって見えなくなった。
冷や汗をかいた小池は詫びるように菊池に言った。
「すまない。突然現れたて焦ったよ」
「俺もビビっています・・・訓練は無駄じゃなかったですな」
司令室で一部始終を見た杉山もホッと胸をなでおろした。そこへ美河が入ってきて杉山へ報告した。
「全隊員は全て外へ出ましたあと、ラングレー少佐がカメラを増設すると言って数名連れて出ました」
三村は呟くように言った。
「海兵隊たち、日本兵に出会ったら、さっきの手は使えないな・・・」
美河はモニターを食い入るように見ている。
「あれが小池三曹のカメラですね?菊池一士は・・・」
美河の質問を受け、三村はオペレーター用PCの前に座り、切替操作を試している。
杉山が怪訝な顔で覗き込んだ。
「使えるのか?壊されては困るが」
「誰に言ってるんですか?こんなものは数えきれない程操作してきました」
言葉通り、三村は造作もなく画面をコントロールしながら解説した。
「日本兵以外、全員のカメラが映せます。菊池一士にこちらが吉川中隊長・・・あれ?変だな・・・」
三村はいくら切替ても表示されない映像に気付いた。
「出口周辺の監視カメラが切れていますが」
杉山が苛立ったように答えた。
「増設の為に切ったんだろう・・・聞いてなかったのか?」
それを聞いた山村教授は、何かに取り憑かれたように立ち上がった。三村の背後に回ると手を伸ばして無線マイクのスイッチを切った。こちらの声を遮断するように・・・。
「何か始まったらしい・・・ラングレーは恐らく戻ってこない」
事態が呑み込めない杉山は問い返した。
「始まったとは一体・・・ラングレー少佐は何処へ行ったんです?」
「目標の立坑だ。最短ルートを通れば先回りできる」
三村も解せないように尋ねた。
「最短ルート上には米軍陣地があったのでは?」
「それはラングレーからの情報だ。今となっては怪しいとみるべきだろう」
杉山はまだ納得がいかない。
「ラングレーが妨害するとでも?何の為ですか?元々彼が主導してここまで来たのに、ですか?」
山村は物思いにふけるように黙りこくった。
杉山と三村は顔を見合せた・・・悪い予感を共有するかのように。
山村が言った通り、ラングレーがここへ現れることはなかった。




