深まる疑惑の中で
硫黄島基地は既に閑散としている。500名の隊員の殆どが本土へ帰還し、ここにはレンジャー部隊を中心とする調査隊しか残っていない。
ここ1週間で本土は一変し、新世界の希望が見えかけて来た。これからの道のりは決して平坦ではない。
田辺の生き残り「選別」政策に終止符が打たれたのはよいとして、主に食糧生産の拡大が実現しない限り、飢餓は再び争いの種となる。
暫定作戦室にひとり閉じこもる杉山は硫黄島の計画に専念しようとするものの、本土の不安定な状況が頭から離れない。
悩んだあげく杉山はある事をふと思い出し、三村を呼びつけた。
「お呼びですか?杉山さん」
煮え切らない杉山は、迷いを振り払うように打明けた。
「実は大変な事実を知ってしまってね・・・義勇軍代表は誰だと思う?17才の少女だ・・・それも山村という名字で」
それだけなら偶然として受け取られてても仕方がないが、次の事実には三村も当然驚いた。
「その父親は理学博士で、田辺を裏で操っていた」
三村は目を丸くしたまま声もでない・・・杉山は続けた。
「この内戦には親と子の戦いが背景にあった訳だ・・・それはともかく、山村教授の妹は17才の時この硫黄島で失踪した。父親の中佐であり理学博士の山村と共に・・・」
三村はようやく口を開いた。
「山村教授はこのことをご存じで?」
「尋ねてみたが、否定も肯定もしなかった・・・驚きもしない。まるで予想していたかのような落ち着きぶりで・・・会った訳ではないが、松本の地で戦い合った理学博士の父と娘・・・この親子と山村教授は無関係でないと断言できる」
「それが事実なら、教授の妹と山村中佐はあの時空路を通って・・・今の世界に現れたということが考えられますが」
「それなんだが・・・そんなことが起こり得ると思うか?」
「我々は既に時空路の存在を知っていますが、それはコンクリートと鋼鉄の封印を解いて開かれた穴です。もし1965年に同じことが起こったとすれば・・・」
三村はしばらく考え込んで続けた。
「時空路との繋がりは分かりませんが、山村中佐の目的は大日本帝国の勝利であり、それが敗北に終った10年後の1965年に・・・ここで失踪したのはやはり目的があってのことではないでしょうか?」
「その目的とは?」
「例えば、大日本帝国の復活です。旧日本軍は長野県松代へ大本営を築くつもりでした。山村中佐が復活の拠点として長野県を訪れたのでは・・・」
三村は自分の推測を述べながらも、ある事実に背筋がゾッとするのを覚えた。
「待ってください・・・山村中佐は今もどこかで存在していることになります。田辺統括官を利用し、目的を遂げようとしたのであれば、杉山さんがそれを打ち砕いたことになるのでは?」
「私というより教授の妹の方だ。いずれにせよ、推論は大筋通っているな」
「しかし謎が多すぎますね・・・時空路を通って何処に現れ、どうやって田辺統括と接触したのか、これは操られた本人から聞き出すしかありません・・・硫黄島の情報が彼に筒抜けだったことも気になります」
「田辺から情報は得られない・・・彼は死んだ」
「死んだ?捕らえたのでは・・・」
「義勇軍の山下からたった今連絡があった。田辺が自殺したとね」
杉山は怒りで震えているかのようだった。かつての同僚の死に同情の余地はなかったが、何も語らず死を選んだことが許せなかった。
「ともかくこの件はここだけの話にしてほしい。教授のあの様子では当分話してくれそうもない・・・それで君の見解を聞こうと思ってね」
レッドロックスなる日米拠点にやって来た美河と日本兵の4人は不思議な光景を目にした。
数十もあるカーキ色の軍服がロープに吊るされながら風になびいている。
吉川中隊長がレンジャー部隊を引き連れて来た。小池と菊池も堂々と隊列の先頭に立っている。
実戦を経験した彼らは分隊長として吉川の右腕となっている。
吉川は西山の前に立って敬礼した。西山は機先を制するように言った。
「命令は受けないが、士官なら士官らしく話せばいい」
吉川は頷いて答えた。
「では、対等に話させてもらう」
西山は干された軍服を指さした。
「海軍陸戦隊のものだな?」
「そうだ。遺体は丁重に埋葬した」
「で、あれをどうする?」
「我がレンジャー隊員がこれを着る。あなたがたの戦場へ飛び込むためだ・・・装備も弾薬も集めた」
吉川は時空路から回収した武器弾薬の山を指さして言った。
「あなた方の弾薬も確保した。洞窟陣地にあったものだ・・・確認頂きたいが」
山口と志村が真っ先に駆け寄り、目当ての弾薬を引っ張り出した。それを見た西山は感心したように言った。
「全部運び出したのか?海軍の洞窟から・・・」
「そうだ、君らが飲み干した酒瓶の空も。運んだのは彼らだ」
吉川が示した先に、仮設テントを出入りする海兵隊員の姿があった。
「まさか連中も同行するのか?敵と間違えられて撃たれるぞ」
「実行部隊は我々レンジャー隊員だ。あの海兵隊は我々を支援する役割で地上への穴掘りも彼らがやる」
「穴掘り?我々はシャベルの先が無くなるまで掘った・・・アメ公にできるのか?」
「シャベルなど使わない。特殊な工法で・・・溶かして開けるようなものだ」
その穴から地上に出る・・・そこは西山たちが戦った戦場になる。彼らが理解する作戦ではレンジャー部隊は日本兵の案内で目標地点へ向かう・・・山村中佐が融解弾を撃ち込んだ立坑へ。
「帝国陸軍兵にお願いがある」
吉川は風になびく軍服と、レンジャー隊員たちを見比べて言った。
「軍服を着たところで日本兵にはなりきれない・・・年代物の銃の使い方を含めて訓練が必要だ」
西山は理解したように頷いた。
「木島、志村、山口」
3人を呼んだ西山は命じた。
「連中を皇軍兵士に仕立て上げろ。但し見かけだけでいい」
硫黄島基地には海兵隊が占有するエリアがあり、その一室で山村教授とラングレー少佐が向き合っている。
融解弾を無力化する化学物質・・・山村はその抽出と生成に3週間を費やし、その生成物が目の前にある10kgの液体容器に収められている。
そのすぐ横にラングレーは自ら持ち込んだ20kgのケースを慎重に置いた。
「出力は1キロトン・・・ヒロシマ型の15分の1です」
「ならばこの10kgの物質と合わせて十分効果がある。拡散させるには戦術核に頼らざるを得ない」
「しかし・・・」
ラングレーは納得がいかないように言った。
「山村教授、私は非常に驚いています。これは最高機密扱いで、存在は限られた者しか知りません」
「だが君は初めから持ち込むつもりでいた・・・1965年の打開策として核が使用されたのなら、当然同じことを考えたはずだ」
「小型戦術核の存在まで知っていたのですか?」
「私は必要なものを要求し、君はそれを持っていた・・・それだけの事だ」
「偶然にしては出来過ぎですな・・・私もあなたと同じで運命論者ではありません。何かあると疑わざるを得ないでしょう」
「不満かね?お互いにとって好ましい状況といえないか?」
「私にとってですか?何か誤解があるようだ・・・」
山村は物珍しそうに最高機密の携行爆弾を眺めているだけだ・・・ラングレーの警戒心など気にも留めないように・・・。
作戦決行まであと3日に迫っていた・・・。




