本土決戦
その後3日間は何事も起こらなかった。田辺は義勇軍の終結地点を把握していたが、確実に包囲殲滅する準備を進めていた。
退路を塞ぐ部隊配置は完了し、主力部隊の装甲車が続々と村役場へ進み始めた。
空港には機関銃を装備した15機の陸自ヘリUH60JAが待機している。彼らは空挺部隊で田辺とともにこの地を制圧した精鋭揃いだ。
空挺部隊は空港で指揮する田辺の命令を待っている。
「新国家の命運はこの総攻撃にかかっている。弾薬を惜しまず、一人も生かしてはならない」
無線マイクから田辺は命じた。
「全機出撃!」
次々と飛び立つヘリ部隊・・・この晴れ晴れしい光景に、警務隊長は浮かぬ顔をしている。
「何だ?全軍の投入に不満か?」
「いえ、確かにこれは千載一遇のチャンスです。だから引っかかるのです」
「罠とでもいうのか?万策尽きた敵は域外の住民を盾にしようとしている。我々は無駄に弾薬を消費したくはない・・・それが敵の狙いだ」
警務隊長は頷いた。
「その通りです。我々を消耗させるのが彼らの作戦だとしたら・・・」
「これは敵の最後の賭けだ。だから我々も全力で叩く。最後の決戦だ・・・勝利せずして新国家の未来はない」
警務隊長は部隊が疲弊していくのを恐れた。
「長引けばここの守りが気掛かりです・・・硫黄島基地の隊員はいつここへ?」
「間もなくやって来る。食わせてやる代わりに目一杯働かせるつもりだ。戦いが終わったら前線部隊を休ませる」
警務隊長はほっと胸をなでおろした。
「感謝します。このところの掃討作戦で・・・士気の低下を危惧したものですから」
82式指揮通信車と軽装甲機動車は村役場の200メートル手前まで迫った。空挺団のヘリ部隊が上空に現れたと同時に一斉攻撃が始まった。
12.7mm機関銃弾は役場の窓ガラスを全て吹き飛ばした。陸自ヘリUH60Jが追い打ちをかけるように降下し、重機関銃の掃射を始めている。
建築面積2500平米の木造建屋は穴だらけになり、中からの反撃は全くない。
部隊はいったん射撃を停止し、じわじわと進み始めた。前面道路にさしかかった時、2台の軽装甲機動車が突如として吹き飛んだ。
「小銃擲弾だ!周囲に敵が潜んでいる!」
地上部隊が混乱する中、ヘリは上空から疑わしい箇所を射撃している・・・。
今度はヘリ1機が火を吹いた。制御を失ったヘリは回転したままアスファルトの敷地に激突した。
対空火器の存在が明らかになり、ヘリは退避せざるを得ない・・・するとガラスの無くなった窓部分から反撃の銃弾が飛びだした。
義勇軍は建物の中と外、そして敷地外の至る所から反撃している・・・。
「火炎放射器だ!焼き払え!」
木造建屋には効果的だが装備している携行式のものは射程距離が短い。一斉援護射撃の間、火炎放射器を装備した分隊が突入を試みる・・・しかし70メートルまで接近した途端、彼ら自身が火だるまになった。
「分隊全滅!狙撃された!」
「先遣部隊は後退!狙い撃ちされるぞ!」
戦況報告を受けた田辺は無線で発破をかけた。
「敵は死に物狂いという事だ。連中には略奪した武器と僅かな弾薬しかない・・・じきに音を上げる」
この時点では田辺も落ち着いている。彼の言う通り、戦力で圧倒していることに変わりない・・・義勇軍に寝返った自衛官もいるが10名たらずだ。
「しかし、凄腕のスナイパーがいるようです。裏切者リストにはそんな人物はいませんが・・・」
警務隊長の記憶では敵どころか味方にもそんな該当者はいない。
「気になりますな・・・少し慎重になった方が・・・」
「凄腕だろうが所詮ひとりだ。その内死体で見つかるだけだ」
「ひとりの有能な狙撃手が戦況を変え得ることを自分は知っています」
警務隊長は義勇軍の立てこもりが周到に準備されたものと疑い始めた。
「敵は我々に重火器が不足している事を知っています。唯一残っていた迫撃砲も掃討作戦で使い尽くされました・・・我々が建物の破壊にこだわるほど狙撃手の餌食になります」
警務隊長は言いようのない不安に駆られている。
「空挺部隊を呼び戻してはいかがでしょう?ここには数十名の隊員しかいません」
「戦力を割いてどうする?決戦だと言ったはずだ。第一、ここを何から守るというんだ」
その時、空港では既に緊急事態が起きていた。緊迫した声が無線スピーカーから響いた。
「貨物ゲートより侵入者!警備隊員が射殺されています!」
空港本部に数名の隊員が駆け込み、警務隊長へ報告した。
「襲撃です!既に3名死亡・・・」
田辺が横から口をはさんだ。
「何者だ?兵力は?」
「正体不明ですが、数名程度と思われます」
田辺は苛立ったように命じた。
「数名だと!直ちに撃退しろ!」
その時、空港上空にヘリの一団が現れた。本部の窓越しに見た田辺は警務隊長に問い詰めた。
「空挺部隊を呼び戻したのか?」
「違います。あれは・・・」
ヘリは次々と着陸し、中から現れたのは自衛隊員だった。陸自と違いグレー系の迷彩服で小銃を手にしている・・・。
「あれは空自隊員です。まさか硫黄島基地の・・・」
硫黄島からヘリでは遠すぎる・・・しかし輸送艦「くにさき」を経由したことは十分考えられる。
空自隊員は滑走路の確保を狙うように散らばり始めた。
次に現れたのはC-130輸送機だった・・・。
「あっけにとられる田辺は滑走路で銃撃戦が始まっていることに気付いた。空港警備隊と撃ち合っているのは武装した空自隊員・・・彼らが空港の制圧を目論んでいるのは明かだった。
ようやく事態をのみこんだ田辺は警務隊長に命じた。
「空挺部隊を呼び戻せ!奴らにここを奪われてたまるか!」
C-130の着陸を阻止しようと3台の高機動車が滑走路中央に陣取った。車を降りた陸自隊員は侵入する大型輸送機へ銃を向けた。
C-130は低空で旋回を始め、左舷前方に据え付けた20mmガトリング砲で高機動車を引き裂いた。銃撃したのは海兵隊員で機内から三村と山村教授が見守っている。
ガトリング砲は空港で応戦する警備隊に向けられた・・・一連射で警備隊を撃退すると、C-130は滑走路に着陸した。
空港本部では形勢不利とみた警務隊長が田辺に進言した。
「ここは守り切れません。脱出すべきです」
「馬鹿な!空挺部隊が来るまで持ちこたえるんだ!」
だが既に遅かった。投げ込まれた手榴弾が炸裂し、空港本部にいた者は吹き飛ばされた・・・。
田辺が意識を取り戻した時、目の前に杉山が立ち、その背後に山下がいた。
不利な状況であると田辺は悟ったが、相変わらず支配者の目をしている・・・杉山は冷たく言い放った。
「君の指揮権を剝奪した。普通科連隊の攻撃は中止され、空挺部隊を含め我々の指揮下になった。分かるか?君は全てを失った」
体を起こす田辺は杉山を睨みつけた。
「君は私の差し伸べた手に銃で応えた。そして新国家の行く手を阻んだ。反逆は許されないが、待遇の不満が動機なら考えてやってもいい」
杉山は無表情に首を振った。
「君はここで裁かれる最初の罪人だ。力で支配し、勝手に命を選別して何万人もの市民を虐殺した」
「私を殺すか?君に裁く権利はない」
「その通りだ。私にはない・・・しかし君にも初めからなかった。何が君を動かした?正義感か?野心か?それを君に与えた第三者か?もしそいつがいるなら、今どこにいる」
強気だった田辺の目は、その言葉でうつろになった。
「第三者などいない・・・全て私の判断だ。死刑にしたいのならすればいい」
この戦闘で日本兵たちは別行動をとった。山口と志村は村役場の守備に加わり、ただ一人の狙撃手である山口は初めて自衛隊の銃を撃った。
西山と木島は空港の奇襲作戦に加わった。無論、彼らの本当の正体は隠されたままで。
美河たち陸自隊員は役場の守備、杉山と山下は空港奇襲作戦を後方から指揮した。
安息の地には硫黄島基地隊員が加わり、新国家建設に向けて再出発することになる。義勇軍代表は姿を消し、暫定的に杉山と山下が再建を主導することになった。しかし杉山にはやるべきことが残っていた・・・硫黄島で。
杉山は山村教授の待つC-130へ乗り込んだ。日本兵と美河たち陸自隊員と共に・・・そして山村に尋ねた。
「義勇軍代表は17才の少女でした。父は理学博士の山村だと聞いています・・・これは偶然ですか?」
山村は表情ひとつ変えなかった。
「2人に会ったかね?」
「いえ、最後まで姿を見なかったもので・・・」
「では確認のしようがない」
以後、山村はこの話題に触れることはなかったが、杉山は決して偶然とは思わなかった。
山村の目を見てそう確信した・・・。




