見えざる指導者
岩山の開かれた平地「レッドロックス」は海兵隊とレンジャー隊の共同基地となった。時空路から戻った調査隊が、回収したあらゆるものを並べている。
旧日本軍の武器、弾薬、そして海軍陸戦隊の50を超える遺体・・・それらは西山たちが閉じ込められた洞窟から運び出された。
逆に洞窟に持ち込むものが準備されている。特殊スキャナーと掘削機械、司令基地を設けるための通信・モニター設備・・・大型のものは狭い通路を通れるよう分解して現地で組み立てる必要があった。
作業を見守るラングレーの背後から山村教授が声をかけた。
「放射線も酸素濃度も正常値だ。防護服はもう必要ないだろう・・・異常なのは同期していない時間の進行速度だけだ」
時空路に入った調査隊員は瞬時に戻って来たが、向こうでは何時間も費やしていた。
「ここが止まっているというあなたの説ですか?現に我々は計画通り仕事をこなし、時間は正常に経過していますが。止まっているのは杉山情報官の思考でしょう・・・彼はいつここへ?」
「その件だが、今度飛ばせる輸送機に武装した海兵隊を貸してほしい」
ラングレーは不満をあらわにして答えた。
「この重要な時期にですか?無意味なことに首を突っ込むのは反対です」
「日本兵たちを救出する為だ。こっちの計画に支障をきたすだろう?」
ラングレーは天を仰いでため息をついた。
「こうなることは予想できたはずです。何故彼らを本土へ?」
「杉山君も同じことを言ったが、計画に欠かせないステップだ。彼らが理解し、天命を受け入れる為のね」
「それだけですか?彼らが理解しても、杉山は国家の再建が天命と考えている・・・」
「杉山君もここへ戻るつもりだ・・・日本兵たちと共にね。ただ、ここの基地隊員は本土へ移す。まもなく輸送艦に乗り込む手はずになっている」
それを聞いたラングレーはあっさり譲歩した。
「約束の地が見つかって幸いです。私には興味ないが・・・計画に支障のない程度の、最低限の部下ならお貸しします」
田辺の国家再建構想は自ら設定した領域で経済活動を再開し、軌道に乗るまで外部の脅威を徹底排除することにあった。限られた資源から生存可能国民は領域内に限定されている。
境界線の外にある町や集落は生活インフラを遮断され、農家の作物や住民の備蓄食料は略奪の対象となった。彼らは田辺体制を脅かす存在とされ、生存の道を閉ざす目的で容赦なく奪い尽くした。
田辺は自ら主導する「再建会議」で直轄の警務隊長から重要な報告を受けた。
「民兵組織のリーダーに関する情報ですが、域内に潜伏して我々を探っていたようです。自衛隊に扮した女でした」
「女?そいつが何故リーダーと分かる?」
「指令を出したのを我々が傍受しました。その直後に朝日村の部隊が連絡を絶っています」
「朝日村・・・」
田辺は自ら命じた避難民抹殺命令を思い出した。
「連絡を絶ったとはどういう事だ?」
「襲撃された模様です。偵察隊を送りましたが、役場と集会所が制圧されていました・・・これは千載一遇のチャンスかもしれません」
田辺はその意味を直ぐに理解した。神出鬼没の彼らが陣を構え、自ら居場所を教えている・・・。
「しばらく泳がせておけ。密かに包囲し一挙に叩き潰す。主力部隊を目立たぬよう動員しろ」
駐屯地の普通科連隊600名に出動命令が下った。
村役場に駐留していた数十名の陸自隊員は全滅した。山下の指揮する義勇軍の奇襲攻撃は、大規模な反抗作戦の第一段階だった。
制圧した村役場に山下は作戦室を設け、杉山を招いている。
「反抗拠点というより避難所だな」
杉山が危惧したのは、ここに住民たちが続々と集まり始めたことだった。
「戦闘に巻き込むことにならないか?」
「いずれにせよ、域外住民に生存の道はありません。時が来たという事を彼らは理解しています。我が義勇軍代表の元に結集する時です」
その山下の言葉には、義勇軍リーダーへの絶対的な信頼がにじみ出ている。
「ここに代表はいないのに?まさに見えざる力だ・・・私はいつ謁見できるのかな?」
杉山の言葉には姿を見せないリーダーへの不満がにじみ出ている。
山下は唐突に過去を語り始めた。
「あの大災厄の直後に現れたのは陸自ヘリの一団でした。彼らは政府の代理人と称し、駐屯地をはじめ行政機関を掌握しました・・・主導したのが田辺です」
山下の目に、戦慄の記憶への憎悪が蘇った。
「田辺は勝手に生存圏を描き、域外の住民を効率的に抹殺しようとした・・・避難所と称して彼らが誘導された所は、おぞましい殺処分施設でした。生き延びた人々がいるのは、我が代表が殺戮を阻止したからです。」
田辺は杉山に全く逆の説明をしていた。全くの嘘だと杉山は悟り、国家再建の名のもとに田辺が行った残虐行為を目の当たりにしている。
しかし、それでも杉山には何かが引っかかった。
「確かに田辺のやった事は到底許されない。しかしどうにも割り切れない・・・大災厄が彼に野心を与え、神になったつもりでいるのか?いや、奴はなりきれない・・・器じゃないからだ。奴の事はよく知っている」
「その通りです」
あっさり同意する山下に杉山は驚いた。その理由を聞いて、もっと驚かされることになる・・・。
「裏で糸を引いた人物がいました。その者の名は山村・・・理学博士だと聞きました。我が代表はその娘です」
杉山は唖然とした。その人物こそ山村教授の父親・・・この大災厄を起こした張本人である。
であれば、義勇軍代表は失踪した山村教授の妹・・・。
「ご存じなのですか?」
杉山は我に返り、あり得ない想像を打ち消した。
「いや、山村違いだ。偶然同じ名の人と関わっていてね・・・もしそうならあり得ない高齢者だ。その娘・・・義勇軍代表の年齢は?」
「我が代表の年齢は17です。驚かれるでしょうが・・・」
山村は別の意味で愕然となった。山村教授の妹は17の時に失踪している。山村中佐と共に硫黄島の岩山で・・・しかしそれは1965年の話だ。
集会所から村役場に移った避難者たちは、僅かばかりの食糧を口にした。世話役の吉岡は、それが役場に群がる住民たちの寄贈品と知って驚いた。彼らは明かにこの狂った世を変えたい一心で集った群衆・・・義勇軍に共鳴し、市民革命に身を投じる背景には若き娘の声があった・・・。
「生きる道は戦う勇気です。座して死を待つのも、奪って生きるのも私は否定します。それを運命として強要する敵と戦うのです・・・」
防災無線スピーカーから響き渡る彼女の声は、全ての通信媒体を断たれた人々を動かした。
木島が見守る中、山口と志村は自衛隊の自動小銃で道路標識を射抜いた。試し撃ちに満足しない山口はスピーカーの声に苛立った。
「あの耳障りな拡声器を撃ちますか?」
声に聞き入っていた木島は首を振った。
「やめておけ、女傑ジャンヌ・ダルクの声だ。見ろ、連中が操られているぞ」
「誰の声ですって?」
「ジャンヌ・ダルクだ。児童書すら見ないんだな」
ふと気が付くと数人の男が集まり、射撃で的を射抜く志村が注目の的になっている・・・戦いへの恐怖心を振り払うかのように。
女の声は、間違いなく人々の士気を奮い立たせた。
作戦室隣の別室で西山と美河は杉山を待っている。美河は不満を口にした・・・目の前でのんびりと石を刻む西山に対して。
「何故話し合いに加わらないんです?」
「立場をわきまえているだけだ。責任は負えないし、命令を受ける側でもない」
「信用できないんですね・・・義勇軍の方たちを」
「士官さんは信じるのか?だから危ない目に・・・」
憤慨した美河は自分の身分証を突き付けた。
「その言い方はやめて下さい。ちゃんとした名前があります」
じっと睨まれた西山は困った顔で笑いを浮かべた。
「それは失礼した。准尉の美河恵美・・・覚えておく」
「今更ですか?」
険悪な空気の中、杉山がドアを開いた。
「山下は単なる代理人だ。作戦は既に決まっていた・・・我々を大いにあてにしている」
杉山は苦々しい顔で続けた。
「口をはさむ余地はなかった・・・悔しいが、いい作戦だ」




