反体制分子
暗闇を走り抜け、高機動車は駐在所の前で停車しヘッドライトを消した。車から降りた小池と平田、そして杉山情報官・・・出迎えた美河は驚いた。
「杉山情報官・・・何故ここへ」
「それはこっちが聞きたい。他の者は中にいるのか?」
「今外出中です・・・詳しいことは中で。お話することがあります」
「大体の事はこの二人から聞いている。おかげで私が責任を取る羽目になった」
中に入った杉山は、弾痕、そして流血の跡に直ぐ気付いた。死体が無くなっていても、殺戮の現場だと容易に想像できる。
窓の外に目をやると、埋葬された土の山がいくつも外灯に照らされている。杉山は呆然として座り込んだが、その椅子にも血が付いている。
「全く理解しがたい。我々は安全地帯に居過ぎた・・・田辺はそう言った。だが決して奴を認めない」
「私の責任です」
美河は自責の念にかられている。
「自分が至らない為に、日本兵の方を巻き込んでしまいました・・・山村教授の計画を台無しにするかもしれません」
「そもそも連れてくるべきではなかった。山村教授にもっと強く反対すべきだった・・・私の責任だ」
杉山は怒りを押し殺すよう、ため息をついた。
「ともかく、ここに来て現実を知った以上、この状況を放置するわけにはいかない。圧政者の田辺には退いてもらう」
「お言葉ですがどうやって・・・」
「奴は変わった。しかし考えは想像がつく・・・奴とは同期の仲でね。組織の統制力はあっても、戦略家にはなれない男だ。そこが奴の弱点で・・・」
外に異変を感じた杉山は言葉を止めた。平田一士が慌てたように駆け込んだ。
「大変です!この建物は包囲されています!」
それは窓越しに十分見て取れる・・・銃を手にした集団に、完全に取り囲まれている。
杉山は疑いの目で平田を睨んだ。そもそも彼は田辺の配下である現地自衛隊員だ。
「つけられたのか?まさかお前が・・・」
糸を引いたといわんばかりの口調に平田は憤慨した。
「違います!自分は本隊との関係を断ちました。もう戻れません!」
窓の外を窺う小池は構えていた銃を降ろした。
「違う連中のようです」
集団から白旗を掲げたひとりが前に出て、話し合いの意思表示をしている。
よく見ると彼らは武装しているものの、どう見ても民間人だ。何人か自衛隊員も混じっているが、ヘルメットの代わりに集団お揃いのサファリハットを被っている。
杉山は彼らの正体を悟った。田辺の敵視する反体制分子・・・。
「賊軍とご対面か」
外灯の消えた暗闇の中、吉岡と菊池は乗り捨てられた車の陰に潜んでいた。集会所から漏れる窓の光を慎重に窺っている。
落ち着かない様子の吉岡に、菊池はささやいた。
「ここで待ちましょう。命令ですから」
「三尉たちは何処まで行った・・・何も見えないが、あの4人は暗視スコープを持っているのか?」
「持っていませんが、暗闇でも見えるのでしょう」
「何者だ?さっきは8人を一瞬で片づけた・・・それにあんな武器は見たことがない。何か特別な部隊か?」
菊池は返答に困った。旧日本陸軍兵士などと言っても信じる訳がない。
「自分には言えません。国家機密でして・・・ただ実戦経験は豊富で、過去最強の現役と言えるかもしれません。過去最強の米海兵隊を苦しめた程の・・・」
意味は分からなかったが、国家機密と聞いて吉岡はそれ以上詮索しなかった。
その時、突然現れた人影に二人は思わず息をのんだ。気配を殺した4人は、吉岡と菊池の背後に集り囁き合っている。
「歩哨は2人、中に8人います」
山口一等兵の声だった。続いて志村一等兵が報告した。
「8人は分散し、上から捕虜を見張っています」
「つまり・・・」
木島上等兵がまとめるように言った。
「さっきの連中よりまともな兵隊のようですな。仮にやっつけたとしても、援軍が来るかもしれません」
西山は頷き、吉岡に言った。
「貴様、10人殺して死ぬと言ったな?」
奇しくも、それはかつて硫黄島守備隊に配布された、戦闘心得の一文にあった。その意味は一人でも多く殺して死ね・・・それが皇国を勝利へ導くのだと。
「それが勝利か無駄死にかどうでもよい。貴様が覚悟を口にした以上、介錯する為に見届けるまでだ・・・だが思い留まるのもよい。俺たちも余計な手間をかけずに済む」
吉岡は口元を引き締め、意志を貫く覚悟を決めた。
「では自分は行きます」
たまりかねた木島が吉岡の襟をつかんだ。
「馬鹿野郎!諦めろという意味だ」
その時、集会所からの物音に全員身を伏せた。
「見張りが外へ出ています」
山口が狙撃銃の照準器で認めた。
「出入口を塞いで・・・油のような物をまいています。捕虜を焼き殺すつもりでしょう」
止める間もなく、吉岡は飛び出していた。
「吉岡一曹!」
菊池は青ざめた顔で叫び、意を決したように銃を手に取った。
「自分も行きます!止めないでください!」
しかし振り向いた菊池は唖然とした。日本兵たちの姿は消えている・・・。
吉岡は猛然と走り、自衛隊車両の脇で銃を構え、発砲した。
ガソリン缶を手にした2人の陸自隊員が倒れた。吉岡は8人の隊員から一斉射撃を浴びる・・・。
車両に身を隠した吉岡は、じわじわと距離を詰める8人に聞こえるよう叫んだ。
「降伏しろ!さもないとお前たち皆殺しだ!」
陸自隊員のひとりが叫び返した。
「お前こそ出てこい!民兵のクソ野郎が!」
吉岡は吐き捨てるように言った。
「下衆の馬鹿揃いだな!俺は海上自衛隊員だ!」
そして呟くように言った。
「勝利も、無駄死にも関係あるか・・・」
吉岡は最期の時を感じ取った。刺し違える覚悟で車両から飛び出した時、異様な光景に唖然としたまま硬直した。
8人の陸自隊員は両手を頭の後ろに組み、両膝を地についている。その背後から西山たち4人が銃を突き付けていた。
菊池が駆け寄り、陸自隊員の両手を縛り上げている。拍子抜けしたように、吉岡はその場に座り込んだ。
吉岡は複雑な顔で西山に尋ねた。
「俺は囮でしたか?」
「よく叫ぶ十分な囮だ。おかげで弾を無駄にせず済んだ」
憮然とする吉岡に木島は首を振った。
「不服か?中の捕虜たちに挨拶でもしろ」
はっとした吉岡は集会所へ走った。出入り口に積み上げたバリケードを必死に取り払っている・・・。
菊池は縛り上げた陸自隊員のひとりに銃を突き付けた。
「本当に火をつけるつもりだったのか?全員を焼き殺すつもりで」
顔を背けながら陸自隊員は答えた。
「命令に従ったまでだ」
「命令なら身内も殺すか?無防備の民間人を平気で殺すか!」
菊池は自分の顔についた傷を見せつけた。
「お前たちに殴られた痕だ。お返しに住民たちに差出してやろうか?お前ら皆、なぶり殺しだ」
山口は捕虜から取り上げたピストルを志村に手渡した。
「戦利品だ。俺は1丁持ってる。ここの拳銃は使える」
受け取った志村は自分の96式軽機関銃の弾倉を示して言った。
「あとこれだけだ。残りは硫黄島に取っておきたい」
「ならば奴らから分捕った自動小銃を使うといい」
見た目より軽い20式小銃を手にした志村は、迷いを振り払うように突き返した。
「2丁持たせる気か?貴様は何故使わない?」
「俺と97式は一心同体だ。こんな短い銃身では当たる気がしない」
西山は開け放たれた集会所の中へ足を踏み入れた。そこは収容所に変貌し、500人の疲れ切った人々が絶望のどん底にいた・・・吉岡と再会するまでは。
親子と抱き合って喜び合う吉岡の後ろ姿・・・安息の地を求め、苦難を共にした人々は誰もが痩せこけているが、望みを託すように吉岡を取り囲んでいる。
高尾山に上陸した避難民の生き残りが彼等だった。西山たちは知る由もないが、300kmに及ぶ「死の行進」の末、たどり着いたのがこの地だった・・・。
外を見張っていた山口一等兵が西山に近付き、そっと耳打ちした。
「何者かが大勢でこっちへ向かって来ます」
飛び出した西山は、捕虜を見張っている菊池に命じた。
「そいつらを目立つように並ばせろ」
日本兵たちは散開して暗闇に隠れた。菊池は8人の陸自隊員に銃を突きつけ、正面入口の前に立たせた。西山は自衛隊車両の陰に身を潜めている。
敷地の外でうごめく人影・・・それが集会所を取り囲むように広がっていく。やがて一人の男が敷地内に入り、正面入口に向って歩き始めた・・・白旗を掲げて。
「そこで止まれ」
西山の声で、男は車両の前に立ち尽くした。銃を男の顔に向け、西山は尋ねた。
「貴様、誰だ」
「中部義勇軍、副代表の山下だ。元は自衛官だった」
「白旗など持って何の用だ」
「あなたに会いたがっている人を連れて来た、西山三尉」
面食らった顔の西山に、山下は続けた。
「何故あなたを知っているか・・・お仲間と同盟を結んだからです」
見慣れた高機動車が進入し、彼らの前に停車した。中から現れたのも見慣れた顔ぶれだった。
美河准尉、小池三曹、平田一士、そして杉山情報官・・・。
「すまない・・・硫黄島へ戻る前にやる事がある」
杉山は国家再建の第一歩として、「約束の地」を田辺から取り上げる決断をした。




