渦巻く約束の地
話し合いは3時間に及んだ。田辺はこの松本の地を国家再建の拠点にすべきと力説している。
ともあれ、硫黄島基地隊員受入れの申し出は杉山にとって渡りに船である。500名の生き延びる唯一の道だ・・・田辺もそれを見透かしたように言った。
「基地の物資をここで共有しようじゃないか。隊員と共にありったけ運んでほしい」
しかし杉山はその条件に納得がいかない。
「我々を殺し合いに加担させるつもりか?」
「君等は安全地帯にいて何もわかっていない。これは生きるか死ぬかの戦いで道理は我々の側にある。文明社会の秩序を取り戻す戦いだ」
田辺は厳しい口調で言い放った。
「ここで生きる以上、私の方針に従ってもらう」
杉山はため息をついて首を振った。官邸で共に働いた同僚とはまるで別人だ。
「君は変わった・・・新国家を支配する野心からか?」
「既に国家は滅んでいる。あらゆる組織は消滅し、政治も治安も全く機能していない。誰が国家を引き継ぐ?序列から言えば君か私だ。君との違いは、私が賊軍と戦う官軍を掌握していることだ。君は賊軍に等しい武装勢力を支配者として認めるか?無法者から国を守るのが我々の立場でなかったか?」
「正当な国家あっての我々だ。いかれた支配者ではない・・・君には無理だ」
「それは最後通告か?」
その田辺の冷徹な目をみて、杉山はこれ以上の反論は無駄だと悟った。彼が実権を握っている以上、争うより事態の鎮静化に向けて協力するのが得策だ・・・平和的に。
少なくとも国家再建という目的は同じなのだから。
「いいだろう、君の道理を信じて任せる。基地隊員はここへ移し、国家再建に協力させてもらう」
杉山と田辺はようやく握手を交わした。
C-130輸送機は荷役作業を終えて待機していた。
ターミナルの出口まで田辺は二人を見送った。
「分かってるな?1週間以内だ」
「基地の隊員を先に送る。私は硫黄島の仕事がまだ残っているんでね」
「平穏な島は居心地もよかろう。相変わらず学者先生と米軍少佐に振り回されているのか?」
「まあそんなところだ・・・ではまた」
田辺は思い出したように引き留めた。
「二隻の艦船はどうする?」
杉山と三村は顔を見合せた。どうするといっても、ここには港がなく海から遠く離れている。
杉山はそっけなく問い返した。
「新国家に必要か?」
「今は必要ないが、唯一の海上兵力だ。いずれ役に立つ・・・ではまた会おう」
滑走路を歩く二人は、振り向きもせずささやき合った。
「奴の天下とは・・・お笑い草だ」
「田辺統括官は何故我々の事を知っているのでしょう?」
「何のことだ?」
「二隻の艦船・・・『あきづき』と『くにさき』のことも、硫黄島が安全地帯であることも、自分は何も伝えていません」
「さあ・・・基地にスパイでもいるのかな。それより視察団の連中は戻ったのか?いなけりゃ大ごとだ」
三村は輸送機の傍に高機動車がとまっているのを認めた。運転手の平田と小池三曹の姿が見える・・・。
「心配いりません。我々を待っていたようです」
近付くにつれ、小池の変わりように杉山は気付いた。
「どうした、その顔は?熊にでも襲われたか?」
三村はもっと深刻な事態を予感した。
「あとの七人は?」
顔中傷だらけの小池は、周囲を気にして言った。
「自分は大丈夫です・・・それより重大な報告があります」
空港ターミナルから田辺と武装した自衛官が、杉山たちの様子を遠巻きに眺めている。
「連中、何をもたついている」
「何かあったのでしょうか・・・いや、離陸するようです」
C-130は高機動車が立ち去ると滑走路へ向きを変えた。大型輸送機は轟音とともに滑走し、問題なく離陸した。
田辺はほっとしたように呟いた。
「やっと行ってくれた・・・余計な事を知られては面倒だ」
自衛官は田辺の顔を窺うように報告した。
「朝日村集会所に収容した避難民の件ですが・・・」
「海自が連れて来た厄介者のことか?今何人残っている?」
「500人程です。放っておけば全員死ぬでしょう」
「それで?助けろと私に言っているのか?」
田辺の目を見て自衛官はうろたえた。
「いえ、違います。彼らに与える物は何もありません」
頷いた田辺は、ついでのように付け加えた。
「ならば早く楽にしてやれ。民兵組織に取り込まれては面倒だ。言っている意味は分かるな?」
自衛官は何も言わず敬礼した。
駐在所に集まった30名程の住民は仲間たちの遺体を運び、日本兵に殺された自衛隊員・・・仲間を処刑した張本人の埋葬に協力した。
住民たちは没収された米の返還を懇願し、菊池一士は敷地内の倉庫に大量の略奪品を発見した。平田が白状した通り、組織的弾圧の実行部隊は凶暴な犯罪集団と化していた。
志村と山口は殺した相手の武器弾薬をかき集め、状態を確かめている・・・戦場で身につけた習慣に過ぎないが。
西山は薄暗くなった外のポーチに座り込み、ひっそりと円形の小石に文字を刻んでいる・・・覗き込んだ木島はしみじみと言った。
「今度は田口の名ですか・・・あいつ、故郷に帰って自決するとは」
「貴様なら自分の墓を見てどうする?」
「蹴とばしてやります。自分は生きてるぞ!ってね」
「それは貴様が純粋さを失ったからだ・・・俺もかな」
立ち上がった西山は、縁石にぽつんと座る美河が目に入った。
「大丈夫か?落ちついたか?」
西山の問いに美河は何も答えず、赤く染まった山肌を眺めるだけだ。
「士官だろう?しっかりしろ」
美河は西山を睨みつけて言った。
「あなたの思うような士官じゃありません!」
自分を落ち着けるように、彼女は深くため息をついた。
「すみません、大丈夫です。ただ・・・許せないだけです」
荒地に並べられた数十の遺体・・・そのひとつに向って吉岡一等海曹が手を合わせている。その遺体は海自隊員の制服を着ていた。
決心した吉岡は、銃を手に西山の前に立った。
「西山三尉、自分は一人でも行きます」
階級章を見て陸尉と思い込んだ吉岡は、西山に行動の許可を求めた。
「避難民を助けようと必死に抵抗し、殺されたこいつの無念を晴らす為です。自分にはその責任があります」
玉砕の許可を求めるような言い分に、西山は諭すように言った。
「軍隊は上官の命令で動くものだ。貴様の上官がそう命じたか?」
「避難民を無事に送り届けるよう艦長から命令を受けました。その避難民は捕らわれの身です・・・助けなければ皆殺しにされてしまう」
「艦長の命令?」
首を傾げる西山に、木島が耳打ちした。
「こいつは海軍兵士でしょう。水兵の服じゃないんで、海軍陸戦隊ですよ」
海軍嫌いの木島は、吉岡の顔をまじまじ眺めて言った。
「海軍野郎、威勢はよいがやめておけ。無駄死にするだけだ」
いかつい顔で凄む木島に、吉岡は猛然と反論した。
「これは陸自の反逆だ!無抵抗の民間人を殺し、奪い尽くす畜生どもを見ただろう?我々海自は命がけで民間人を助ける。どっちが正しいか!」
面食らった木島は、やんわりと正論で対抗した。
「ああ、海軍殿が正しいとしよう・・・で、勇ましく突撃して死ぬか?信念や理想が何であれ、それが無駄死にだと言ってるんだ。貴様ひとりでは何もできない」
「その時は奴ら10人殺して死ぬ。あなたの指図は受けない」
木島はとうとう背を向けた。
「じゃあ勝手にしろ!」
説得を諦めた木島に、西山は冷たく言った。
「海軍に負けたのか?」
「そのようです。では、こいつの死に様を見届けてやりますか?」
夕暮れの薄明かりを背に、大型輸送機は着陸態勢に入った。硫黄島飛行場に明かりが灯り、施設隊の車両が待機する間をC-130は着陸した。
後部貨物扉から搬出される交換物資は10トンに満たず、大部分は食料だった。
乗員を迎える為に山村教授、基地司令官と吉川中隊長が待っていたが、パイロット以外でキャビンから現れたのは三村ひとりだった。
あっけにとられる3人の前で三村は決まり悪そうに報告した。
「問題が起こりました。日本兵ひとりが死亡・・・陸自隊員含め現地の戦闘に巻き込まれた模様で・・・杉山情報官は彼らと合流する為に残りました。私に伝言を託されまして・・・」
基地司令官は顔を真っ青にして問いただした。
「何を言っている?問題があったなら何故連絡を入れない!」
「相手に気付かれると困るからです。幸い、連中は我々全員が硫黄島へ戻ったと思っています」
苛立った吉川が口をはさんだ。
「さっぱり分からない。連中とは何者だ?戦闘とは一体・・・」
山村はそっと二人を制止した。
「ともかく、杉山君は彼らを連れ帰る為にとどまった訳だ。その伝言だが、我々にどうしろと言っている?」
「山村教授、あなたの計画を実行する前に予防的措置を講じる必要があります。この絶望的な世界の中でも残った人々は生き延びる道を探さなくてはなりません。残念ながら、約束の地は虐殺者に支配されています」
杉山の託した伝言・・・彼は田辺との約束通り硫黄島基地隊員を移住させるつもりだった。
但し、危険な賭けを伴うやり方で・・・。




