無法地帯
空港ターミナルには利用客などいない。田辺はここを接収し、自衛隊の拠点のひとつにしている。杉山と三村はVIPルームの個室のひとつに案内された。
「あの大水害は全てを飲み込んだ。あまりに早く・・・三村君の話を誰も信じなかったが、私は高台の避難候補地としてここを視察に訪れていた。君たちは知るまい・・・ここで何が起こったかを・・・」
田辺は忌まわしい記憶をたどり、時折身震いしながら話した。
「大勢の避難者を受け入れたが、すぐに限界に達した。旅客機の乗客だけで1万人はいた・・・空港は封鎖せざるを得なくなった。ある時、陸自ヘリの一団がやってきて強行着陸した。彼らは陸自駐屯地の弾薬庫を占拠し、無敵になった・・・それが悲劇の始まりだ」
ここの自衛隊員が何故武装しているのか、杉山と三村にはその理由が見えて来た・・・。
「まさか反乱が?自衛隊員の・・・」
「武器を手にした者が支配する・・・そんな世界に逆戻りだ。奴らは市長に副市長、行政の主だった幹部を射殺し、支配者になろうとした。彼らに対抗できるのもまた自衛隊だ。この争いは一般市民を巻き込み、治安は最悪になった。大勢が死んだ・・・」
驚くべき事態だ・・・この日本が内戦状態にあるとは思いもよらなかった。杉山は人口の割に生存者が少ない理由を理解した。
「戦闘は収まっているようだが・・・状況は落ち着いたのか?」
「小康状態といったところだ。反乱分子はバリケードの外に潜伏し、集落からの略奪で食いつないでいる」
三村は運んできた燃料の使い道を悟った。少なくとも救助活動の為ではない・・・。
「燃料はまだ必要になりそうですね。ヘリによる掃討作戦の為に」
三村の指摘を田辺は否定しなかった。
「そうだ。だから君たちと取引きを続けたい・・・」
田辺は物々交換よりもっと重要な交渉を持ち掛けた。
「硫黄島基地の500人をここへ移住させてもいい。但し我々と共に戦うなら」
予想外の展開に2人は声も出ない。
「制圧地域を広げ、反乱分子を完全に排除しなくてはならない。その為にはもっと兵員が必要だ」
「松本駐屯地の陸上自衛隊一士、平田です」
案内役の現地隊員は自己紹介をして歩き始めた。異様に周囲を警戒し、少しの物音にも怯えている。
美河たち3人の陸自隊員、そして5人の日本兵が後に続いた。
車道を歩いているが車通りはなく、人の気配が全くない。
上空を武装ヘリが飛び去って行く・・・日本兵たちにとってもはや目新しい驚きはなくなっている。搭乗したジェット輸送機も、広大な舗装道路も、モダンな家屋も・・・。
「洗濯乾燥機ほどの感動はありませんな」
木島は祖国の地を踏んでいるという実感がわかない。
「ここは日本でしょうか?」
西山には答えようがない。ただ通りかかった家屋をじっと見つめている。外壁に弾痕があるのを彼は見つけた。
西山はその家に近付き、塀の上から庭を覗き込んだ。空っぽの犬小屋、子供用のブランコ・・・そして腐敗した母子の死体がある。
「何かいましたか?」
「初めての民間人だ」
木島が覗き込もうとするのを西山は制止した。
「やめておけ。貴様の顔を見ると逃げ出す」
先頭の平田は立ち止まった。
「この先は危険です。引き返しましょう」
車が道路を塞ぎ、見張りの自衛隊員が立っている。
美河は小池にささやいた。
「何か変よ・・・誰もいないなんて」
小池は美河に促され、平田を呼び止めた。
「これじゃあ視察にならない・・・空港に民間人はいなかった。皆どこへ行った?」
日本兵の間でも問題が起きていた。
「田口がいません」
山口の報告に西山は顔色を変えた。
「最後に見た者は?」
日本兵たちは顔を見合せた。誰にも気づかれず、田口は消えている。
山口が思い出したように言った。
「田口は長野出身です。朝日村と言っていました。ひょっとしたら・・・」
西山は小池と平田の押問答の間に割り込んだ。
「朝日村はどこだ?」
平田は陸尉の階級章をみて西山に敬礼した。
「空港から南西へ5キロです」
「直ぐに案内しろ!」
平田の運転する高機動車で彼らは朝日村へ向かった。幸い、朝日村は彼らの勢力圏内で検問に妨げられることもなかった。
「朝日村といっても広いんで・・・どこを探せばいいんです?」
ハンドルを握る平田は尋ねた。美河はタブレットを手に取って指示した。
「道なりに3キロ進んで・・・その先を右折して」
西山は美河のタブレットを覗き込んだ。マップ上にマークされた地点に接近するのが分かる・・・。
「何だ?それは」
「これで居場所が分かります。皆さんが着ている制服に発信機を縫い付けていますから」
木島は戦闘服を配った小池を睨みつけた。小池は慌てて釈明した。
「我々全員に付けられています。自分にも・・・安全の為です」
一軒の民家の前で車は止まった。田口の居場所を示すマークへは、この家の裏から山へ続くあぜ道の向こうにあった。
彼らは車を降りると、その家の玄関前で立ち止まった。開かれたドアの向こうに倒れこむ人影・・・異臭からそれが死体であると分かる。
平田はまるで予期していたかのように、神妙な顔で手を合わせていた。それを見た西山は平田の襟をつかみ、家の中へ引き入れた。
あらゆるものが散乱し、略奪の目に遭ったことがうかがえる。
刺殺された遺体は50代くらいの女性だ・・・死後数週間は経っている。
奥の部屋にもう一人の遺体があった。学生服をはぎ取られた少女・・・暴行を受けたものと容易に想像できた。
日本兵たちと違い、小池と菊池は口を覆って今にも吐き出しそうだ・・・。
西山は震える平田を問い詰めた。
「死体を見るのは二度目だ。一度目はお前の案内した町の通りで見つけた。もっと若い親子だった・・・一体誰が殺した?」
恐怖に怯える平田は涙ぐんで告白した。
「掃討作戦の部隊です・・・自分はこのようなことは反対です・・・しかし従わねば殺されるのです。国家の再建のため・・・」
美河は思わず平田を怒鳴りつけた。
「何を言ってるの!これは自衛隊員の仕業!?」
平田は抜け殻のように遺体を呆然と見つめるだけだ・・・日本兵たちは望んで本土に来たことを後悔し始めた。
木島はため息をついて言った。
「ここが祖国か?あの爺さんの話よりひどいな」
彼は山口と志村の前で自分の階級章に手を当てた。
「こいつらと同じ軍服はご免だ。二階級特進だろうと」
「全くです。士気は最低だ」
志村は吐き捨てるように言った。
西山は美河の前で手を差出した。
「そいつをよこせ。田口を連れ戻す。3人は車で待っていろ」
「私も行きます」
西山は座り込んでいる小池と菊池を指さした。
「こいつらの顔色が悪い。面倒見てやれ」
タブレットを受取った西山は平田の手を引っ張った。
「お前は一緒に来い。逃げ出されては困る」
タブレット上から田口は100m以内に居ることが分かる。山道を上り、10分も歩くと見晴らしの良い広場で行き止まりになった。
その一角が墓地になっている・・・少し離れた所に田口は倒れていた。
体の一部が吹き飛んでいる・・・手榴弾による自決だった。その理由を、木島は墓石のひとつに見つけた。
「陸軍上等兵、田口・・・そうか、奴は二等兵から二階級特進した訳だ」
遺骨なき戦死者の墓など珍しくはない。田口は自分の墓の前で命を絶ったことになる。
「いつもこうですな・・・若い奴から死んでいく」
嘆く木島に西山は言った。
「田口は故郷に帰ることができた。ここを死に場所と決めたのなら、意志を尊重しよう」
西山はここに田口を埋葬することにした。平田も作業に加わったが、状況を全く飲み込めないでいる。
「何故ここに埋めるんです?」
「本人の墓があるから仕方ないだろ」
山口に冷たくあしらわれ、平田はそれ以上詮索しなかった。
盛り上がった土の中に田口は消えた。鉄兜が添えられ、全員が敬礼した・・・。
4人に減った日本兵たち、そして平田は元の民家に戻った。しかし美河たちの姿はない・・・高機動車が無人のまま止まっているだけだった。
異変に気付いた日本兵たちは痕跡を探した。
「別の車輪の跡があります。靴跡は6人です」
山口の報告に続いて志村が付け加えた。
「2人を引きずった跡も・・・連れ去られたようです」
平田は青ざめ、頭を抱えた。
「反乱軍と疑われたのかもしれません。きっと殺されています」
「殺されたら死体があるはずだ。反乱軍とは何だ?」
西山の殺気立った目に怯え、平田は包み隠さず答えた。
「ここの所、勢力を伸ばしている民兵組織があります。そちらへ寝返る自衛隊員が増えているのです。その裏切者を容赦するなと、上は躍起になっています」
タイヤ痕を追う日本兵たちを西山は呼び止めた。
「今はこんな便利なものがある」
タブレットの画面は3人の居場所を示していた。西山に命じられた平田は渋々キーを回してエンジンをかけた。
高機動車に乗った日本兵たちは、ここで初めてガンケースを開けた。
「変わった銃ですね・・・」
「黙って運転しろ。車を隠す場所を探せ・・・気付かれると困る」
高機動車は脇道へそれ、雑木林へ向かって姿を消した・・・。
警察官の居なくなった駐在所・・・「鎮圧部隊」なる10名の陸自隊員がここを占拠している。2台の自衛隊車両が駐車する隣のスペースに、人間が吊るされている。
「反乱分子」の札を首にかけた、5人の住民は既に息絶えている・・・カラスにまとわりつかれながら。
駐在所の中から叩きつける鈍い音が聞こえる。顔の腫れあがった小池と菊池は、縛られたまま殴打されている。
美河は仮眠室のベッドで服を脱がされ、縛り付けられている。ベッドのきしむ音と共に、欲望にまみれた全裸の男2人に「性的」拷問を受けながら。
奥の留置場に囚われた自衛隊員がいる。海自隊員の服装をしたその顔は傷だらけだ。
囚われの海自隊員は、音もなく忍び寄る人影に気付いた。鋭い銃剣の先端が現れ、彼の目の前を通り過ぎていく・・・二つの影と共に。
その瞬間、小池たちに警棒を振るう3人は声も出せなかった。目を貫いた銃剣は頭蓋骨を砕いた。もうひとりは喉から首を引き裂かれた。
表に立つ見張りは頭を撃ち抜かれ、開いたドア越しに100式機関銃の一斉射が4人の隊員に無駄なく撃ち込まれた。
武装する最後のひとりは心臓に銃剣が刺さったまま、窓を突き破って弾き飛ばされた。8人が殺された3~4秒の間に、2人の隊員が窓の外へ飛び出した。全裸のまま、狂ったように叫びながら・・・。
狙撃銃で山口は狙いを定めたものの、引き金を引かなかった。弾を無駄にするな・・・西山の指示を思い出したように。
折角逃げ延びた2人には別の運命が待っていた。田んぼを駆け抜けた彼らは、いつの間にか住民に取り囲まれている。鉈、鍬、鎌・・・あらゆる農具が凶器となり、なぶり殺しにされた。
余程の恨みを買っていたのか、力を失った者の末路を山口は憐れんだ。
日本兵たちは淡々と殺害相手の息を確かめている。遅れて入った平田は小池と菊池の縄をほどいた。
西山は目を背けるように縛り付けられた美河のロープを切った。制服を手渡すと美河はひったくる様に取り、奥へ消えた。
平田はもう一人、牢に閉じ込められた海自隊員を解放した。彼の視線の先は窓の外にあった・・・吊り上げられた遺体を住民たちが降ろしている。
「次は私の番でした・・・」
西山は尋問口調で尋ねた。
「貴様は誰だ?何故捕まっていた?」
「海上自衛隊・・・護衛艦『あきづき』所属の一等海曹、吉岡です。避難民受入れの交渉に来たのですが、相手を間違えました・・・もう一人の部下は死にました」




