祖国の土
「終戦から4年後、2人の兵士が米軍に投降した。30代と20代の海軍兵で、彼らは4年間この島の地下に潜伏していた。2人は祖国への帰還を果した訳だが、20代の若者は半年と持たなかった・・・再びこの島を訪れ、この摺鉢山で自ら命を絶った」
彼らの支配されているものを示す、分かり易い一例だった。生きる事への罪悪・・・純粋な若者ほど、この呪縛から逃れるのは難しい・・・日本兵たちは山村の話に何の違和感ももたない。
「何故そんな話をする?海軍兵は最後まで皇軍の兵士だった・・・ただそれだけのことだ」
その西山の言葉に、志村がひと言付け加えた。
「投降の過ちに気付くのが遅すぎる」
山村はその行動を弁護するように言った。
「葛藤は海軍兵たちにもあった。彼らは米軍の捨てた雑誌で日本の降伏を知った。生きて虜囚の辱めを受けず・・・その戦陣訓を祖国が否定したのだから」
「心配無用だ。我々はまだ死ねない」
西山は老教授の言わんとする意味を察して言った。
「貴殿のいう『天命』を信じれば、の話だ。いつになったらその話を聞かせてもらえる?」
その声には苛立ちがにじみ出ている。山村もこれ以上待たせるつもりはなかった。
「今から話す。その為にここへ来た」
日本兵たちは緊張した面持ちで山村と向かい合った。山村は自らの計画を包み隠さず語った。
「日本はおろか、世界が滅亡の危機にあることは前に話した通りだ。しかし世界を救う可能性はまだ残されている・・・その為には君たちが通り抜けた時空路を再び通り、1945年3月の硫黄島へ戻らなくてはならない・・・我々と共にだ」
驚いた日本兵たちは顔を見合せた。木島は呟くように言った。
「浦島太郎とは違う・・・」
西山は面食らったように聞き返した。
「戻れるのか?我々のいた世界へ」
「そこに全ての淵源がある。君たちの先導でたどり着ければ、あとは我々がやる。うまくいけば世界は救われる」
田口二等兵が思い出したように口をはさんだ。
「戻っても行き止まりと思いますが・・・」
時空路で通じる洞窟は、彼らが爆撃で閉じ込められた行き場のない空間なのだ。
「無論、簡単ではないし、越えるべき難関が山ほどある。しかし4週間後に決行しなくては機会が永久に失われる」
「やりましょう!ここは我々の居場所じゃない」
志村は乗り気になって興奮している。西山は再び山村に尋ねた。
「それがうまくいったとして、後はどうする?」
「再びここへ戻る。未来が開けた世界に・・・その保証はないがね。だが君たちは選択することができる。戦場にとどまるか、我々と共に・・・」
日本兵たちの目を見て山村は言葉を止めた。共に生きるという選択を、彼らが受入れるなど考えられない・・・今の段階では。
「今決める必要はない。だがその前に現在の祖国の姿を知るべきだ」
山村は日本兵たちに驚くべき提案をした。
「自分たちの目で確かめてはどうだろう?本土行きの輸送機を飛ばすことになった。丁度良い機会だ」
一番驚いたのは杉山だった。彼は目の色を変えて反対した。
「それは危険すぎます!万が一戻ってこれなかったら、計画は成り立ちません」
「この自衛官3名が責任をもって連れて帰る」
美河には寝耳に水だ・・・彼女は2人の部下を交互に窺い、小池も菊池も初耳であることを理解した。
杉山は尚も食い下がった。
「輸送機といえばラングレー少佐のC-130しかありません。彼らも米軍機に搭乗するなど拒否するでしょう」
山村は西山の顔を覗き込んだ。
「米軍機には乗れないか?少し本土の様子を眺めてくるだけだ」
西山は迷うことなく答えた。
「構わない。ここの米軍などどうでもよい。そこの、菊池一等兵だったかな?」
菊池ははうろたえたように答えた。
「一等陸士でありますが」
「貴様の言葉を信じる。友とは呼べぬが敵ではない」
ほっとしたように小池と菊池は顔を見合せた。他の日本兵たちも拒否反応はなく、山村は了承を得たと受け止めた。
「これで明日の予定が決まった。私の用件はこれだけだ・・・島の見学を続けるといい」
山村と杉山はそそくさと立ち去った。その後ろ姿を眺めながら西山は美河に尋ねた。
「あの爺さんは人の考えが読めるのか?」
「え?どういう事ですか?」
「我々の考えを読み、反発させないよう、巧みに事を進めている」
「私は何度も反発しました。私たちには強引なお方です」
不満を打ち明けた彼女に西山は笑った。
C-130輸送機の後部貨物室扉から大量のドラム缶が運び込まれた。20トンの輸送力があるものの、搭乗員は最低限に抑えられている。コクピットに米軍パイロット2名、キャビンには杉山情報官と三村主任、自衛官は美河、小池、菊池の3名、そして日本兵の5名だけだ。
小池は日本兵たちの前に陸自の戦闘服を並べた。
「皇国の大切な軍服を脱げとは申しません。ただ、上から着用頂きたいのです。内地に降りる間は・・・」
「何故だ?」
木島はぶっきらぼうに尋ねた。
「あなた方の身分は明かせません。知られたら大騒ぎになります」
木島は西山の顔を窺った。彼が軽く頷くのをみて木島は答えた。
「面倒だが着てやる・・・これは階級章か?」
「はい、それぞれ皆さまから二階級特進させてあります。敬意をこめて・・・」
愛想よく笑った小池は、日本兵たちから恐ろしい目で睨まれた。軽口をたたいたことを後悔し、彼はすごすごと引き下がった。
杉山は三村に不満をぶちまけた。
「全く無茶苦茶だ。山村教授は何を考えている・・・自分で立てた計画をぶち壊したいのか?何故日本兵たちを信じる・・・」
「あの西山軍曹という男を信頼しているようですね。何故だかわかりませんが・・・」
「日本兵と知られたらややこしい事にならないか?」
「誰もそんなこと信じませんよ」
「取引が穏便に済めばいいが・・・」
三村は全く意に介していない。
「マフィア相手ではありません。この先も続けるつもりです・・・ストックがある限りは」
「何故航空機用の燃料を?」
「ヘリ用でしょう。域外への移動手段ですよ。救助活動には必需品です」
離陸から2時間後、三村はキャビンにいる全員に声をかけた。
「窓の外を見てください。本土の一部が見えます・・・」
輸送機は高度500mまで降下したが、海ばかりで島ひとつ見えない。
「今、何処を通っている?」
目を凝らしながら杉山は尋ねた。
「房総半島上空です。山の一部が見えると思ったのですが・・・標高400mはありますから」
三村の当ては外れ、全てが沈んだのかと思えるほど何も見えない・・・しばらく進むと三村は興奮した声で叫んだ。
「ありました・・・三時の方向です。波打っている輪が見えますか?」
輸送機は右旋回で一周した。その中心にある建造物を、日本兵たちも発見した。
「船のマストか?」
「灯台にも見える」
ささやき合う日本兵に三村は説明した。
「東京スカイツリーといって600mの電波塔です」
それは半分以上が水没し、高層ビル群は全く見当たらない。
輸送機は元の進路に戻った・・・すると小島がぽつぽつと現れはじめた。やがてそれは連なり、拡大する陸地と孤立する水たまりが広がっていく。原生林の生い茂る、未開の地のように・・・。
窓の外を眺める杉山は異様な光景に気付いた。いくつもの巨大な物体が、あちこちの水たまりを漂っている。船舶ではない・・・全て浮かぶ旅客機だ。
燃料切れで着水したのは明かだった。空港を目の前にして・・・。
「まるで飛行機の墓場だ」
「百機以上が殺到したのかもしれません・・・国内だけで一日千機は飛んでいましたから」
三村には容易に想像できた。唯一着陸可能な空港は、この先にある1本の滑走路しかない。国内線のみ、1日12便しか飛ばない二千メートルの滑走路は、硫黄島飛行場よりもずっと小さい。
「恐らく、空港は閉鎖されたでしょう。強行着陸を阻止する、バリケードの車を並べて」
想像したくないその光景に、杉山はぞっとして首を振った。
「そのとんでもない所に、我々は特別に招待された訳だ・・・」
日本兵たちは、ようやく目にした内地がとても日本とは思えなかった。唯一、田口二等兵だけが何かを確かめるように、その景色に目を奪われている。
身を乗り出す田口に気付き、山口一等兵は思い出したように言った。
「そういえば田口は長野の出身だったな?」
「はい、朝日村という田舎で・・・」
ベルト着用のランプが光り、目標に接近したことを知らせた。
三村は再び声をかけた。
「ベルトを締めてください・・・まもなく松本空港です」
山に囲まれた空港ほど着陸の難易度は高くなる。そこは着陸を誘導するILSもなければ、GPSの信号もなく、パイロットの目視に頼る他はない。
進入路を確かめるようにC-130は町の上空を旋回した。所々に火災の跡らしき黒煙がくすぶっている。
着陸態勢に入り、更に降下すると町の緊張ぶりがありありと伝わった。道路の至る所は封鎖され、自衛隊員が見張っている。銃を持っているだけでその異常ぶりが理解できる。
C-130は安定した態勢を保ち、練度の高いパイロットはこの大型輸送機を難なく着陸させた。
滑走路周辺には多種多様の航空機がぎっしりと並んでいる。少なくとも限界まで緊急着陸を受け入れたことがうかがえる。
日本兵たちは手持ちの銃器をソフトケースに包んだ。それが地上に降りる条件だったからだ。
しかし空港を見張る陸自隊員をはじめ、ほとんど全員が武装している・・・。
待機していた作業車両が集まり、ドラム缶の荷降ろしが始まった。杉山をはじめ搭乗員全員が後部貨物扉から降りた。
護衛の自衛官に付き添われたスーツ姿の男が彼らを迎えた。
「杉山君じゃないか!生きていたのか」
この対面には杉山も驚いた。
「田辺統括官・・・一体何故・・・」
「首相官邸に緊急招集されて以来だな、三村君も。2人が生きていたとは心強い」
握手をした三村も、彼がここにいることを知らなかった。
「あなたがいらっしゃるとは聞いていませんでした」
三村は窓口として何度もやり取りをしたが、相手は市職員か自衛隊員だった。
「あまり表に出ないようにしていてね・・・」
田辺の意味深な言い方に、杉山は何か悪い予感がした。
「君がいるという事は、他にも政府関係者が?ここの責任者は誰だ?」
「私が責任者だ。詳しいことは後で話す・・・2人とも来てくれ」
「ちょっと待て。この自衛官たちは基地司令官から命令を受けていてね・・・視察目的で連れて来たのだが」
杉山の後ろに8名の自衛隊員が立っている。その内5人が旧日本陸軍の兵士なのだが、田辺は関心を示さず首を振るだけだった。
「外を歩き回るのは危険だ。命の保証はできない」
「危険?一体何が?」
「長い話になる・・・」
杉山は厳しい口調で迫った。
「それは困る。積荷は基地のもので、司令官は取引相手の現状を知りたがっている。今後の為だ、少し見回るぐらい構わないだろう?」
田辺はため息をつき、隣に立っている護衛の自衛官に指示した。
「安全区域を案内してやれ」
日本兵たちはかつて別れを告げた、祖国の土を踏んでいた。遥か未来の地を・・・。




