第076話 渾身の光
「あなたがまだルーシーさんを傷つけるつもりなら、私は……あなたと戦います!!」
ルーシーさんを守るため、私は憧れていた神代先輩と戦う覚悟を決めた。そしてデビライズし、ルーシーさんにとどめを刺さんとする先輩の攻撃を防いだ。
『ルーシーさん! 大丈夫ですか!?』
『まったく、無茶をする……そして無茶をさせる奴だ……』
血塗れで倒れていたルーシーさん。先輩の言葉、そしてルーシーさんの魔力の気配から、彼女が生きている確信はあった。とは言え以前霊山で再会した時と同じか、それ以上に重傷の彼女とのデビライズは無茶な試みだったかも。
『ごめんなさい。でも、ルーシーさんを助けるためにはこうする以外思い付かなかったんです』
ルーシーさんを回復させる目的ならソウルダイブだけでも良かった。
だけど、ソウルダイブじゃ神代先輩の力に対抗できない。対抗できなければすぐにルーシーさんを追い出されておしまい。そう思ったんだ。
『……構わん。助かったのは事実だしな。むしろすまない。大見得を切っておきながら不様を晒してしまった』
『そんなこと、気にしないでください』
先輩の実力は私たちの想像以上だったんだから仕方がないもん。
『しかし……本当に良いのか? 奴はお前の……』
『いいんです。むしろ……』
私を気遣う言葉を遮り、私の意志を示す。
『憧れていたからこそ、ルーシーさん一人に背負わせるわけにはいきません。私も……戦います!』
『舞桜……』
ルーシーさんが先輩を傷付けるのも、先輩がルーシーさんを傷付けるのも、見たくなんてない。
だけど、どうしても二人の戦いが避けられないのなら、蚊帳の外にいる方が嫌だ。それならルーシーさんと一緒に戦って、一緒に傷付いた方がよっぽどマシだ。
「……魔族化を解くためには限界まで追い詰めて、その身体から魔族を追い出さなければならない」
依代となっている人間が操られているなら、確かにその通りだ。実際に私たちもそのやり方で風茉さんや艶美さんを解放してきた。
「白峰さん。少し痛いかもしれないけど、我慢してちょうだい。すぐに魔族の魔の手から、あなたを助け出してみせるから」
あくまで私はルーシーさんに操られ、利用されている被害者。先輩の中での認識は変わらないみたい。だけど。
私たちは――違う!
「私は白峰舞桜……そして、クイン・ルシフェリア!!」
先輩の目をしっかりと見据えながら、宣言する。
「魔族は憎むべき敵だけではないと、証明してみせます!!」
私たちの、覚悟の言葉を。
「……まだ言うの?」
「?」
「どこまで白峰さんの尊厳を踏み躙れば気が済むの?」
今まで先輩が私に向ける視線にはどこか優しさがあった。でも今はルーシーさん一人へ向けていた時以上の憎悪が滲んでいるように見えた。
「いい加減にしなさい。これ以上、白峰さんの身体で……白峰さんの声で……」
「ッ……!」
冷静だった先輩の顔に怒りが滲む。それに呼応するかのように、彼女から放たれる圧が強まり、私の身体に重く伸し掛かってくる。
「戯言を吐くな、穢らわしい魔族が」
先輩の両手から蒼い炎が噴き上がる。
「今すぐ浄化してやるわ。浄魔焼滅却!!」
清らかな蒼き炎が放射状に広がり、私の身体を焼き尽くさんと向かってくる。
『私に放った時より威力が増しているな。だが、パワーが増しているのはこちらも同じだ。舞桜!!』
『はい! 炎には水、ですよね?』
渦巻く水流をイメージすると、手首から先に少しひんやりとした感覚が。そして手から水が溢れ出て手元でぐるぐると渦を巻き始めた。
「スパイラルストリーム!!」
「またその技を使うの? 学習しないわね」
恐らくルーシーさんも同じ対処をしたんだろう。同じ手を使う私に、先輩は嘆息した。
螺旋状に突き進む水流と放射状に広がる炎がぶつかり、一気に蒸発。辺りが湯気の煙幕に包まれた。
『先ほどはこの煙幕を利用し、霊力の剣で斬りかかってきた。ブラディウスで応戦したが奴には通用しなかった。どうする気だ?』
『それなら、この煙幕を晴らします!』
冷気をイメージすると、手元の温度が更に下がった。手元に集めた冷気の力を一気に放出し、周囲の湯気の水分を一気に氷結させる。
『……レヴィアの技か』
『はい。まあ私は傷口を氷漬けにしてわざと止血して相手をいたぶったりはしませんけどね』
辺りに広がる湯気の水分を一気に凍らせ、無数の氷の弾丸を形成する。湯気が晴れたことで姿が露わになった先輩に向け、その弾丸を放つ。
対し先輩は……避ける気配はない。弾丸を撃ち落とす気配もない。一体どうして?
――その疑問はすぐに答え合わせが済んだ。
『弾丸が、先輩に触れる直前に全部砕けた!?』
『霊力の膜か。奴はお前と同等かそれ以上の霊力の持ち主。霊力由来の防御力も当然備えている、ということか』
魔族との戦いでいつも助けられている霊力由来の防御力。相手にするとこんなに厄介なんだ……
「氷を使うという情報はなかったのだけど、やはり複数属性を操るのね」
(情報?)
先輩は私たちの戦いについて、事前にどこからか情報を得ているの?
『奴が私たちの戦いに関する情報を握っていたとしても、気にする必要はない』
『えっ?』
『結局どこまで把握されているかはわからないんだ。ならばいちいち気にしていても仕方あるまい?』
確かにそうだ。むしろ過去の戦闘パターンとの被りを気にして思うように戦えない方がまずい。今はこの戦いだけに集中するんだ……!
「弱点となる属性が読めないのは少々面倒だけど……それだけね」
「えっ?」
私の髪が、背を覆う暗色のマントが、ふわりと風に靡いた。直後。
『ッ! マズい! 舞桜、避け――』
「え…………?」
もう遅い。私の真下から巨大な竜巻が巻き起こり、私の身体は上空へと巻き上げられた。
「きゃあああーーーーッッッ!?」
暴風に巻き込まれ、思うように身動きが取れない。私の身体は空中に投げ出され、完全に無防備になっていた。
なんとかして体勢を立て直さないと。そう思ったけど、既に先輩の追撃はすぐ傍まで迫っていた。
「き、木の枝が伸びて――!?」
通常ではあり得ない早さで、不自然な急成長した木の枝が私の四肢を、胴体を捕らえる。
「切り裂かれなさい……“樹霊縛裂破”!!」
「!?」
風に乗って届いた先輩の冷たい声。直後、私の身体は木の枝々に切り裂かれた。
「うぁぁぁあああッッッ!!」
皮膚が裂け、血が流れ出る。傷口を木の皮の粗い目がヤスリのように擦り上げる。苦痛に勝手に声を上げてしまう。
痛みで全身から力が抜け、そのまま地面へと落下してしまった。衝撃で砂埃が舞う。
「炎、風、森……やはりこれらも弱点とまではいかないか。事前情報によると水、雷、風、地を使っていたようだし、まあ当然かしらね」
先輩は予め知っていた情報を自分の手で確認しているみたいだった。
『……どうする? 恐らく今まで使用した技はほとんど知られているぞ』
今までの魔族たちとの戦いの中で使ってきた様々な属性と攻撃。そのほとんどが神代先輩には把握されている。
……ううん、先輩が挙げた属性は一つだけ足りない。
『……ルーシーさん。一つだけ……ありますよ』
『何?』
『ルミナスパニッシャー。光属性のあの技なら、通じるかもしれません……!!』
『!!』
ルーシーさんが驚くのも無理はない。あれは私たち二人のありったけの力を込めて放つ、言わば奥の手だ。使えば二人とも力尽きるかもしれない危険な技。
だけど、それくらいしないと先輩には通用しない。そう思った。
『……本気か?』
『はい……やるしかありません。先輩が知らなそうな技はもう、これくらいしか思い当たりません』
『……良いだろう。お前の覚悟に私も付き合おうではないか』
聖なるエネルギーの塊をイメージし、作り上げる。全身の霊力を両の手に集中する。
それだけじゃない。ルーシーさんの魔力。私の霊力に似た、それでいて荒々しさもあるあの力も、両手に集めて凝縮する。
「白峰さんの霊力とルシフェリアの魔力。両方の反応が急激に増大していく……」
私たちの力の集束に、神代先輩も反応を示した。さすがにこのエネルギーは彼女と言えど無視はできないみたい。
「いっけぇ、ルミナスパニッシャァァァーーーッッッ!!!!」
両手から解き放たれる、私たちのありったけの力を込めたエネルギー砲・ルミナスパニッシャー。この技ならきっと、神代先輩に届く。そう信じて疑わなかった。だけど。
「……そう。呪霊裂破刄がやけに効いたのは、ルシフェリア単体が弱かったというだけではなかったのね」
「えっ……?」
私たちのルミナスパニッシャーを見ても、先輩は動じていないみたいだった。冷静に何かを分析しているようだった。
「魔族の分際で光属性だったとは、つくづく癪に触るわね」
ルーシーさんを追い詰めていた霊力の剣。あの剣を再び作り上げ、構える。そして。
――彼女の一振りが、ルミナスパニッシャーを真っ二つに斬り裂いた。
斬り裂かれた光線は先輩の背後で着弾し、爆発。
私たちの渾身の一撃は先輩に傷一つ付けることなく、ただ爆風と砂煙を巻き起こすだけだった。
「あ……え…………?」
あまりにも想定からかけ離れた事態に、私は呆然と立ち尽くすことしかできなかった――
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