第075話 憧れと決別
「ルーシーさん……」
ルーシーさんを滅するためにやってきたという憧れの先輩・神代優咲。ルーシーさんは私と先輩を戦わせられないと言い、一人で先輩と戦うために霊山へ向かってしまった。
「本当にこれで良かったの……?」
私だって神代先輩と戦いたくはない。だけど、ルーシーさんが先輩と戦うのだって嫌だ。それなのに私は二人を見送ってしまった。
元魔王と人間の中学生。普通に考えれば戦いにすらならない組み合わせ。だけど、先輩はただの中学生じゃない。特級陰陽師と名乗っていた。ただの陰陽師ではなく、特級と。
背筋を嫌な汗が伝う。不安が胸を押し潰そうとしてくる。
『私は私の夢を諦めるつもりはない。たとえお前に否定されようとも、お前の前で誓った夢は叶えてみせる』
脳裏に浮かぶ、ルーシーさんの言葉。
『初めてお前の心にソウルダイブした時に感じた温もり。そして優しさ……。あの時感じたあの感覚は尊く、素晴らしいもの。私はそう信じている。そして――他の魔族だってそんな感覚を抱いていい。抱いてほしい。そう思っているんだ』
夢を語る、彼女の言葉。
今だって彼女の夢が正しいかはわからない。だけど。
――その夢を応援したいという気持ちは本物だ。
「……そうだ。そうだよ」
ルーシーさんが私と人間を戦わせられないと言ったように。
「私だって……ルーシーさんと人間を……戦わせたくない……!!」
そうと決まれば、向かうべき場所は我が家じゃない。ルーシーさんのいる、白峰霊山だ。
「ルーシーさん、待っていてください……!」
私は全力で駆け出した。独り戦う彼女のもとへ向けて。
――バサバサバサ……
山の中から度々聞こえる轟音。その度に鳥たちが一斉に羽ばたく音も聞こえてくる。どうやら二人の力が激しくぶつかり合っているみたい。
先輩の霊力はわからないけど、ルーシーさんの魔力の気配はわかる。その反応を頼りに、霊山の奥へと進んでいく。
「どうしてだろう? 二人に近づいているはずなのに、ルーシーさんの気配が強くならない。むしろ弱まっていっているような……」
反応の対象に近づくほど、気配を強く感じるはずなのに。
答えは至って簡単だ。だけど、私はすぐにはその答えに至らなかった。きっと私がそれを信じたくなかったから……かもしれない。
「……まさか、ルーシーさんが本当に追い詰められている……!?」
嫌な予感が加速する。運動の汗とは別の汗が肌を伝う。
「ルーシーさん……ルーシーさん……!!」
彼女の名前を呼びながら、山の中へ分け入っていく。そして。
「ルーシーさ……」
ついに見つけたルーシーさんと神代先輩。だけど、ルーシーさんは既に血塗れで横たわっていた――
「ルーシー……さん……?」
血溜まりの上に力なく横たわるルーシーさん。そして蒼白く光る剣を、ルーシーさんの頭に突きつけている神代先輩。対照的な二人の姿が一気に視界へ飛び込んできた。
「結局一人では勝てないと踏んで呼び寄せたか」
軽蔑するような冷たい口調で言い放つ先輩。
「先……輩……? ルーシーさんは……?」
「さすがにしぶといわ。全身を斬りつけたのに、まだ生きている」
まだ生きている。その言葉を聞いても、安堵なんてできなかった。
「安心しなさい」
「え……?」
「すぐにとどめを刺して、あなたをこの魔族から解放してあげるから」
――ゾクッ。
思わず身震いした。先輩の言葉は私を想って発したもののはずなのに。背筋に悪寒が走った。
先輩は本気で「私のため」にルーシーさんを手に掛けようとしている。それが正しい行いだと信じて疑っていない。彼女の声色からはそれがはっきりと伝わってきた。
「やめて……ください……」
だからこそ、言わなくちゃいけない。
「ルーシーさんは……」
だからこそ、伝えなくちゃいけない。
「ルーシーさんは、悪い魔族じゃありません……!」
私の声は震えていたと思う。だけど言った。言い切った。
――しかし先輩には微塵も響かなかったみたい。
「ここまで追い詰められてもなお洗脳を解かないか」
「ッ……!」
駄目だ。何を言っても先輩は信じてくれない。
「やはり殺す以外に白峰さんを解放する手段はなさそうね」
「だ、駄目……やめて……ください…………!」
どれだけ懇願しても、届かない。先輩は刃を納めてはくれない。
――こうなった以上、ルーシーさんを守る方法は……一つしか、ない。
一歩、また一歩。ルーシーさんのもとへと歩みを進めていく。
「白峰さん……?」
ルーシーさんの傍に立ち、先輩の前に立ちはだかる。
「これ以上……ルーシーさんは傷付けさせません……!!」
先輩の瞳を見つめながら、はっきりと示す。
――私の覚悟を。
「……ルーシーさん!! デビライズを!!」
「くっ、まだ白峰さんを操り、利用するつもりね……!!」
私たちのデビライズを阻止するためだろう。先輩は蒼白い剣で斬りかかってきた。だけど。
――キィィィィィンッッッ!!
私の身体から放たれる光が、溢れる力の衝撃波が、彼女の斬撃を弾き返した。
「白峰さんが魔族化した……。魔族め、よくも……!」
まだ私が操られていると信じて疑っていないらしい。私たちがデビライズしたことで、先輩の魔族への敵意が更に増したみたいだ。
「神代先輩、あなたは私の憧れです。……いいえ、憧れでした」
「…………」
神代優咲。学院みんなの憧れの存在。いつも優しく生徒たちに寄り添ってくれる、頼りになる生徒会長。いつも自信に満ち溢れた、凛々しい先輩。
そんな彼女に、自分に自信のない私は漠然と憧れていたんだ。だけど。
「でも、あなたがまだルーシーさんを傷つけるつもりなら……」
――私は憧れと決別する。
「私は……あなたと戦います!!」
「ッ……!!」
先輩は強い。先輩は怖い。それでも、ここで退くわけにはいかない。絶対に――!!
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