第074話 陰陽師 神代優咲
突如私と舞桜の前に現れた少女・神代優咲。彼女はこの私を滅するべくやってきた特級陰陽師と名乗った。
特級陰陽師とやらがどれほどのものかはわからない。だが、向かい合っているだけでも息苦しさを感じる。それだけの圧が彼女にはあった。
もしかしたら漆罪魔にも匹敵するかもしれない。本当なら舞桜とデビライズして戦うべきほどの猛者かもしれない。
――だが、舞桜と優咲は戦わせられない。
優咲は舞桜の憧れの存在らしい。そんな相手と心優しい舞桜が全力で戦えるとは思えない。だが何より、人間同士での争いを舞桜にはさせたくなかった。
だから私は、一人で優咲と戦うことを選んだ。
大丈夫。本気で叩き潰す必要はない。ただ私には敵わない。そう思わせるだけで十分だ。
「場所を変えるぞ。ついて来い」
「……そうね。神聖な神社を魔族の血で穢すのは私も避けたいわ」
風の力を身に纏う。私の薄紫色の髪、漆黒のマントが揺れる。
――ボッ!!
次の瞬間、空気が爆発するような音が辺りに響き、私の周囲の景色が神社の境内から緑の木々に変わった。空気を一気に噴射して霊山まで飛んだのだ。
「いちいち荒々しいのね。移動くらい、もう少しスマートにできないのかしら?」
軽やかに風に舞うように。優咲は私についてきていた。
「生憎地味な魔法は趣味ではないのでな」
「やはり下劣な魔族か。“霊術”のような繊細さとは無縁のようね」
「霊術?」
初めて聞く言葉だ。だが話の流れから察するに、恐らく“人間側の魔法”と言ったところか。
「魔族風情の魔法と一緒にするな、と言いたいところだけど……」
「?」
「皮肉なもので、その体系は魔族の扱う魔法と共通点が多いのよね」
なるほど。やはり人間側の魔法という認識で問題ないようだ。
優咲曰く、五行思想とやらから起こった霊術――元々魔族を討つためのものではあった。それが時代の流れでより魔族への対抗力を強めるため、我々の魔法体系に似通ってきた、とのことらしい。
「しかし何故わざわざ明かした? 黙って攻撃すれば一方的に蹂躙できたかもしれんぞ?」
「共通点がはっきりしていた方が、相違点が際立つからよ」
「何?」
答えるとほぼ同時、彼女の手が淡く光る。そして1枚の紙が現れた。今度の紙は人型ではない。神社で見たことがあるものと似ている。確か舞桜が御札と呼んでいたか。
2本の指で御札を挟み、構える優咲。
「魔を滅す、聖なる炎よ――」
彼女の手の中の御札が蒼い炎に包まれる。そして――
「燃やし尽くせ! “浄魔焼滅却”!!」
優咲の手から離れた御札からさらに炎が噴き上がる。蒼き炎が。その炎が放射状に広がり私の方へ向かってくる。
「霊術と魔法は体系が似ていると言っていたな?」
「?」
「ならば属性相性も共通しているのではないか?」
炎には水。両手を突き出し、魔力を練る。渦を巻く水流をイメージしながら。
「スパイラルストリーム!!」
螺旋を描く水流で蒼い炎を受け止める。
――ボッ!
スパイラルストリームが一瞬のうちに蒸発し、水蒸気へと変わる。湯気が私たちの視界を遮る。
(このまま湯気に紛れ、奴の不意を突くか?)
そう思っていたが、私が動くより先に、優咲が動いた。
――ブォン!!
蒼白く光る剣が湯気の煙幕を裂いた。
「チッ……!」
「貴様から臭う魔族の気配が、勝手に居場所を教えてくれる」
知ってはいたが、やはり優咲の感知能力は人並み外れていた。魔法や霊術が飛び交う戦場の中でもしっかりと私の魔力の気配を感じ取っているようだった。煙幕の中でも的確に私を狙ってきた。
「……?」
頬を伝う生暖かい感覚。直後頬に鋭い痛みが走った。不意だったとは言え、躱しきれたと思っていた斬撃は私の頬を掠めていたようだ。頬から鮮血が流れ出る。
「魔族でも血は赤いのね。一応人型だからかしら?」
蒼白く光る剣を構えながら優咲は言う。
「……剣術の心得もあるのか」
「ええ。それも、“霊力の剣”だから手足のように扱えるわ」
やはり霊術は魔法とよく似ているらしい。物質化までできるとは。
「そちらが剣を使うのなら、こちらも使わせてもらうぞ」
鞘から剣を抜くように、一気に右腕を振り抜く。私の右腕に赤黒い刀身の魔王剣が現出する。
「魔王剣・ブラディウス。こいつをその辺の鈍ら刀と同じと思うなよ?」
――ガキィィィン!! ガキィィィン!!
魔王の剣と霊力の剣の打ち合い。その度に轟音が響き、周囲の空気を震わせる。
「ぐ……ぐぐ…………」
数度打ち合った後、鍔迫り合う。剣は私の方が大きいのに、優咲は軽く受け止めている。彼女の表情からそう読み取れた。
「軽いわね」
「な……に……?」
直後、ブラディウスが弾かれ、懐に大きな隙ができる。そして。
――ザシュッ!!
「ガッ……!?」
私の腹部に、鋭い痛みが走った。
咄嗟に背後へ飛び、優咲と距離を取る。しかし、すぐに彼女の顔が眼前に現れる。
「は、速……」
「魔を憎む者たちの怨み――抱いて眠れ」
顔に、肩に、胸に、腕に、足に。全身に痛みが連続で走る。身体のあちこちから鮮血が流れる。口の中に鉄臭い味が広がっていく。
「“呪霊裂破刄”。貴様ら魔族に殺された人間たちの怨みの剣閃よ」
「が……は……」
圧倒的だった。人間相手に本気を出せていないとか、そういう次元ではなかった。
――私と優咲の間には明確な実力差があった。
「く……。こ、これが……人間の……陰陽師の力……」
「違うわ」
絞り出した私の言葉を、優咲は即座に否定した。
「この程度、全力の半分にも満たない」
「なっ……!?」
血の気が引いていくのを感じる。出血のせいだけではない。それは。
――本能的に敗北を、死を予感していることを意味していた。
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