第073話 刺客
26/9/25 誤字を修正しました。
「その髪色――貴様が例の魔族ね」
人気のない夕暮れの白峰神社。突如現れた憧れの先輩・神代優咲。
「か、神代先輩……?」
神楽女学院の制服に身を包む先輩がルーシーさんを睨む。
「……魔族? 突然現れて、いきなり何を……」
「惚けないで。その程度の擬態で私の目を欺けるとでも?」
白を切ろうとしたルーシーさんの言葉を神代先輩が遮る。いつもの柔らかく、人当たりのいい彼女ではなかった。彼女の言葉から突き刺さるような鋭さを感じる。
――本当にこの人が神代先輩なの……?
そう疑ってしまうほど、私の憧れた彼女とはかけ離れていた。
「悪いが、こちらはお前に用はない」
「あくまで白を切るつもり? それなら……正体を暴くまでよ」
神代先輩が手をかざす。直後、ルーシーさんのいた場所が爆発した。
「ルーシーさん!?」
先輩が何をしたのか、全く見えなかった。ルーシーさんのいた辺りが煙に包まれている。
「案ずるな、舞桜」
煙の中から、余裕そうな魔王様の声が。どうやら無事みたい。
「やはりそれが真の姿のようね」
煙が晴れ、ルーシーさんが姿を現す。いつの間にか人間擬態形態は解除され、魔王の装いへと変わっていた。
「やはり?」
「惚けないで。先日Gracie☆Stellaのライブ会場に現れた数体の魔族。その内の一体が貴様……正確には貴様に魔族化させられた白峰さんだということは調べがついているの」
「えっ!?」
二人が緊迫したやり取りをしているのに、思わず声を上げてしまった。あの場にいたのが私たちだとバレている!?
「クイン・ルシフェリア。魔族・ルシフェリアが人間である白峰さんを依代として利用し、変身させた姿……でしょう?」
完全にバレている。デビライズした私たちの名前まで。
「ど、どうしてそんなことまで……?」
「その質問に答える必要はないわね」
「えっ……?」
彼女は答える「気はない」ではなく「必要はない」と言った。その言葉が意味するのは。
「魔族の方はこれから滅する。白峰さんの記憶は消させてもらう。どう? 答える必要、ないでしょう?」
淡々とした口調で語る神代先輩。
「私を滅するだと?」
「ええ。魔族は人間の敵。生かしておく理由など存在しないのだから」
先輩は冷たい口調で言い放つ。対し、ルーシーさんは……
「舐められたものだな。今は理由あってその座を離れてはいるが、仮にも私は魔王だぞ?」
「……それが?」
神代先輩は冷めた視線を向けていた。かつて魔界の頂にいたルーシーさんに。
「人間を見下すつもりはない。だが……人の身で魔王であるこの私を滅するなど、できると思うなよ」
ルーシーさんは人間に対し友好的な魔族だ。一方で自分の実力にはかなりの自信があるらしい。だけど。
「愚かね」
「何?」
先輩は一蹴した。愚かのたった一言で。
「強い霊力持ちの白峰さんに取り憑いているくせに――」
まるで手品のように、突如先輩の手の中に紙が現れた。人のような形をした紙が。
「人間には魔族を討つほどの力がないとでも思ってるの?」
紙でできた人形はどんどん数を増やし、そして宙へ浮かび上がる。
「こ、これって、まさか式神……!?」
「式神? 何だそれは?」
疑問を呈すルーシーさん。魔族の彼女には馴染みがなくても無理はない。
しかし私は彼女の問いに答えることができなかった。先輩の変化にすっかり目を奪われてしまっていたから。
無数に増えた紙人形が先輩の身体を覆っていく。そして。
――辺りは蒼白い閃光に包まれた。
「い、一体何が……?」
「わからん。だが、奴から感じる圧が、さらに強まっているぞ……!!」
「そ、そんな……」
徐々に光が晴れていく。少しずつ先輩の姿が露わになっていく。
「せ、先輩、その姿は……」
光が晴れ、姿を現したのは白と青を基調とした狩衣を身に纏う神代先輩だった。
「以前から只者ではないと思っていたが……。お前は一体何者なのだ?」
先輩の格好はライブ会場にやってきた和装の人たちとよく似ている。恐らく彼女は彼らと同じ所属。つまり陰陽師だ。
でも、そんなことはルーシーさんもわかっているはず。恐らくただの陰陽師じゃないと感じたんだろう――私と同じように。
「魔族風情に名乗る名などない、と言いたいところだけど」
青くしなやかな髪をかき上げながら、彼女は言う。
「名乗りも一つの儀式。祓うためには止むを得ない、か」
まるで風鈴の音のように透き通った声で、彼女は言う。
「陰陽寮所属・特級陰陽師――」
涼やかな声に圧を込めて、彼女は宣言する。
「神代優咲、参る――!!」
陰陽寮所属・特級陰陽師。それが神代先輩の正体だった。以前から霊力や魔力を感知したり、私の中にルーシーさんが潜伏していることに勘付いたりと、只者じゃないとは思っていた。だけどまさか陰陽師だったなんて!
その中の特級というのがどのくらいすごいのかはわからない。でも、かなりの実力者というのは間違いなさそうだ。
「……舞桜、お前は今すぐ家に帰れ」
「えっ!?」
意外だった。デビライズを求められると思っていたのに。ルーシーさんは一体何を考えているの? まさかこの期に及んで神代先輩を侮っている、なんてことはないと思うけど……
「人間同士で争わせるわけにはいかん。それに奴はお前の憧れなのだろう? ならば尚更戦わせられん」
「ルーシーさん……」
ルーシーさんがデビライズを求めてこないのは、私への配慮だった。その気持ちは素直に嬉しい。でも、今はそんなことを言っている余裕なんて……
一体どうしたらいいんだろう? 大人しくルーシーさんの言うことに従う? でもいくらルーシーさんと言えど、今の神代先輩と戦って無事で済むとは思えない。
しかし、ルーシーさんの言うように憧れの先輩と戦うことにためらいがあるのも事実。そんな私がデビライズしても上手く戦えるかわからない。
ううん。そもそも私は、私自身が先輩と戦うのも嫌だけど、ルーシーさんと先輩が戦うのも嫌なんだ。
……そうか。それならすべきことは明らかだ。
「せ、先輩! 待ってください!」
「まだ何かあるというの?」
不機嫌そうに私の方へ視線を向ける先輩。その表情に思わず怯みそうになるけど、今は堪えないといけない。
「ルーシーさんは悪い魔族じゃありません!」
「は?」
「だ、だから、戦いなんてやめてください……!」
ルーシーさんは人間との共存を目指している魔族。だから人間である神代先輩と争う必要なんてないはずだ。
――だけど、私の言葉は届かない。
「この間起きた街の人たちが攫われた事件でも、ライブ会場での事件でも、ルーシーさんは悪い魔族から人間を守るために戦ったんです! だから……」
「根拠は?」
「へっ……?」
先輩の思わぬ返しに、素っ頓狂な声が出てしまった。
「魔族同士の勢力争いの可能性は?」
「そ、そんなんじゃ……」
実際に街の人たちが助かったはずなのに、先輩は聞き入れてはくれない。
「そもそも私はこの魔族――ルシフェリアを、他の魔族以上に危険視しているわ」
「ええっ!?」
人間の味方をしてくれているのに、どうして!?
「霊力は魔族から身を守り、討つための力。そんな力を持つあなたを洗脳できる魔族なんて、他のどの魔族よりも危険でしょう?」
……そうか。先輩は私がルーシーさんに操られていると思っていたんだ。それなら!
「わ、私、操られてなんかいません! そもそも私、洗脳が効きませんし!」
「それもこの魔族にそう思わされているとしたら?」
「え……」
駄目だ。私が何を言っても、先輩は信じてくれない。魔族を敵視している彼女には私の言葉は届かない。
「……もういい、舞桜。十分だ」
「る、ルーシーさん……」
遮るように私の前に立つルーシーさん。やっぱりもう二人の戦いは避けられないの……?
「場所を変えるぞ。ついて来い」
「……そうね。神聖な神社を魔族の血で穢すのは私も避けたいわ」
霊山の方へ向かうルーシーさんと神代先輩。私には二人を止めることも、すぐに後を追うこともできなかった――
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