第071話 馴染む魔王
「2週間前――あの日なんじゃないの?」
「えっ!?」
トモちゃんの問いに、思わず声を上げてしまった。胸の鼓動がうるさいくらいに強まる。早まる。
「ど、どうして?」
「それは――」
トモちゃんが言いかけたところで彼女のスマホが震えた。気にせず話を続けようとしていたけど、バイブレーションは鳴り止む気配がない。
「こんな時に一体誰……げっ!」
「と、トモちゃん?」
画面に表示された名前を見たトモちゃんの表情には動揺の色が。掛かってきては困る相手からの着信だったみたい。
「……ごめん、出るわ」
「う、うん……」
応答するトモちゃんの顔にはじんわりと汗が滲んでいた。
一方で私の方は内心ホッとしていた。一時しのぎにしかならないとは言え、トモちゃんからの追及が止まったのだから。
「うん……うん……ちょっとモールに……。いや、それはわかってるけど……」
何やら雲行きが怪しい。トモちゃんの声が僅かに聞こえるだけだけど、劣勢に見える。
「うん……すぐ帰るから。じゃあ……」
通話を終えたトモちゃんの顔にはさらに汗が滲んでいた。
「やっべー、まさか連絡なしにパパが帰ってくるなんて……」
「電話、お父さんだったの?」
私の問いに、静かに頷くトモちゃん。
「滅多に帰ってこないのに、なんで今日に限って……」
トモちゃんのお父さんはアパレル業界で働いている。ファッションに疎い私は詳しくないけど、確か有名なブランドを手掛けるやり手の社長さんだ。
何度か会った限りでは怖いイメージはないけど、トモちゃんにとっては違うのかな? かなり焦っているみたいだし。
「しゃーない。今日のところはここまでか」
「帰るの?」
「うん。うちのパパ、普段はそうでもないけど、怒るとめっちゃ怖いんだよねぇ……」
「そ、そうなんだ……」
どうやら外出自粛期間中なのに家にいなかったのがまずかったみたい。かなり心配していて、それで怒っているらしい。
「悪い舞桜、服選びの途中だったのに」
「ううん、十分だよ。私一人じゃスムーズに決められなかったし」
申し訳なさそうにするトモちゃんに対し、私はお礼を伝え、別れた。
足早に去る彼女を見送り、ホッと胸を撫で下ろす。
トモちゃんのお父さんに感謝しないといけないかもしれない。電話のおかげで追及から逃れることができたんだから。
だけど、私の胸中は複雑だった。また彼女に対する嘘や隠し事が増えてしまったのだから。
(いつまでもこのままじゃいけないのはわかっている。わかっているけど……)
真実を知ればきっとトモちゃんは今以上に私の心配をするだろう。それにルーシーさんの正体を知れば、彼女に対して敵意を抱く可能性だってある。
――それは嫌だ。二人とも私の大切な存在なんだから。
「待ちくたびれたぞ」
ルーシーさん用の衣服を調達し、戻ってくる頃には人集りはすっかり掃けていた。とは言えこちらも大変だったんだろう。少し恨めしそうに見つめてくるルーシーさん。
「ご、ごめんなさい。お待たせしました」
衣服の入った紙袋を両手で差し出す。彼女も同様に両手を出し受け取る。
「なんだか随分と重量があるな……」
「え? ああ、1着だけじゃありませんからね。着回せるように何着か買ってきました」
「そういうことか。ならばこの重量にも納得だ」
そう言うとルーシーさんは袋の中身を取り出し、ミニスカ巫女装束を脱ぎ――
……脱ぎ?
「わーっ! どこで着替えようとしているんですかぁ!!」
「いかんか?」
「また人集りを作りたいんですか!?」
この魔王様にはもう少し羞恥心を持ってもらわないとこちらの身が持たない。本当に。
「仕方がない。面倒ではあるが、あまり人目につかん場所で着替えるとするか」
「ええ! 是非そうしてください!!」
少々不服そうなルーシーさんを連れ、化粧室へ。ルーシーさんを個室へ押し込み、中で着替えてもらう。
(本当は試着室の方がいいんだけど、他のお店で買ったものを持ち込むのは気が引けるし、仕方がない……よね?)
誰にしているのかわからない言い訳を心の中でしながら、ルーシーさんの着替えを待つ。
――ガチャ。
「ふむ……思ったよりは軽やかだな。悪くない」
個室の戸を開け、現れたルーシーさん。上は両肩を出した薄手のニット……確かトモちゃんはオフショルダーと言っていた気がする。そして下はデニムパンツ、足下はミュールサンダル。
私には全然似合わなそうな、大人の女性らしいファッションに見える。しかし外見年齢が20代前半のルーシーさんにはよく似合っている……気がする。オシャレに自信がない私が言っても、説得力に欠けるけど。
化粧室から出て祖父母と合流すると、二人もルーシーさんの服装にコメントをくれた。
「さすが友華ちゃんだねぇ。ルーシーちゃんによく似合ってると思うよ」
「そうじゃのう。わしとしては巫女装束も捨て難いんじゃが、これはこれでよく似合っとるよ」
「そうか。人間界の基準だとこういった衣装が私に似合う装いなのか」
どうやら祖父母たちも似合っていると感じているみたい。
「ところで友華ちゃんはどうしたんじゃ?」
「そうだよ。きちんとお礼を言わないとねぇ」
「それが……」
お父さんから連絡が来て急いで帰った旨を伝えた。
「そうかい。それは大変じゃのう」
「友華ちゃんはしっかりした子だけど、親御さんからしたら心配だろうからねぇ。このご時世だし」
確かにその通りだ。私たちは魔族への対抗手段があるけど、他の人たちはそうじゃない。今無闇に出歩くのは危険なんだ。
特にトモちゃんのご両親は普段美多摩市の外にいる。余計に心配になっていても不思議じゃないかも。
「友華ちゃんへのお礼はまた今度するとして、この後はどうするんじゃ?」
「そろそろお昼でもいい頃だけど……」
「ルーシーちゃんは大次郎のラーメンが食べたいんじゃろう?」
「うむ!」
腕を組み、元気のいい返事をするルーシーさん。どうやらラーメン以外の選択肢はないらしい。となると次の目的地は――
「じゃあ次はケータイショップだね」
今日のもう一つのミッション――ルーシーさんのスマホの契約。私たち四人はモール内にあるケータイショップへと向かった。
「ほう、これが舞桜がよくいじっているスマホか。いろいろできるとのことだが、具体的には何ができる?」
「設定次第ですけど、本当にいろいろなことができますよ。それこそラーメン屋さんについて調べるとか」
「おおっ!」
ラーメン屋について調べられると聞き、子供のように目を輝かせる魔王様。まるで初めて出会った時の無邪気さを感じる。
「でも、無事に契約できてよかったです。ルーシーさんの身分証の提示を求められた時はどうなるかと……」
「魔界では魔力の強さと波長だけで私という証明になったんだがな。人間界も案外不便なものだ……」
人間界でそんなものが身分の証明になったらたまらない。結果的に今回はお祖父ちゃんが契約して支払いもするからルーシーさんの身分証は不要となり事なきを得た。
だけど、今後もこの生活を続けていくなら身分証がないのはまずいかも? 本物の外国人だって在留カードとか持っているわけだし。もっとも、ルーシーさんが申請したところで通るとも思えないけど……
「さて、それじゃあそろそろ大次郎に向かうとしようかね」
「うむ!」
ついに初ラーメンが食べられるからだろう。勢いよく頷くルーシーさん。
「え、えーっと、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも本気……? 大次郎のラーメンって相当脂っこくて、量も多いって話だけど……」
風茉さんは小柄な女性ながらぺろりと平らげていたみたいだけど、彼女は大食い系配信者。私たちも同様にぺろりと平らげられると思ってはいけない。
「まあまあ。なんとかなるじゃろう。それに……」
「それに?」
それに、一体なんだと言うんだろう?
「あんなにはしゃいでおるルーシーちゃんに、今さら無理だなんて言えないじゃろう?」
「た、確かに……」
104歳なのに4歳みたいな目の輝きをしている彼女の顔を曇らせたくない。それは私も祖父母も同じ。――ここは腹を決めるしかないみたい。
「フフフ、では行くぞ! 私はこの『特盛り・ゼンブマシマシ』とやらに決めた!」
買ったばかりのスマホで検索した大次郎のメニュー表。そして、彼女が私たちに見せてきたのは――初心者が絶対に手を出してはいけないとされる、魔のメニューだった……
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