第070話 追及
ランジェリーショップの試着室という狭い空間。この場所と売場を隔てるのは1枚のカーテンのみ。そして今、そのカーテンがレールから外れ、私の身体は空間の外へと放り出された。
――故に、試着室の中身は売場から丸見えである。
その中身は黒く、布面積控えめな下着を手にした元魔王様。そんな彼女を見つめる視線は私の幼馴染のもの。
そう。ついに出会ってしまった。ルーシーさんとトモちゃんが。
「……誰?」
トモちゃんの訝しむような視線が痛い。でも幸いルーシーさんは魔力極小モード。外見に魔王らしい特徴はない。外国人の大人の女性にしか見えないだろう。
……衣服はミニスカ巫女装束だけど。
「私か? 私は――」
こんな状況だというのに、ルーシーさんは腰に手を当て、いつも通り堂々と名乗ろうとしていた。
だけど、ここで魔王だなんて言われたらまずい。言わせるわけにはいかない。
「わーっ! ルーシーさん、ストップ! ストーップ!」
「むぐっ!?」
慌ててルーシーさんの口をブロック。そのまま抗う隙も与えず、垂れ下がったカーテンで彼女の身体を覆い隠す。
(な、なんだ?)
(今、「私は魔王・ルシフェリアだ!」とか言おうとしていませんでしたか?)
(いや、してないぞ。私も馬鹿じゃない。お前が友華相手に隠そうとしていることくらいわかっている)
(本当ですか〜?)
ヒソヒソと小声で話す私たち。それが余計にトモちゃんの疑念を膨らませてしまったかもしれない。
「……何やってんのアンタら?」
「えっ!? え、えーっと……」
まずい。何か話して誤魔化さないと。
だけど、そう考えるほど頭の中は真っ白に。思いつくものも思いつかなくなってしまう。
「ルーシーちゃんだよ」
「「「えっ?」」」
三人の視線が、一斉にお祖母ちゃんへと向けられる。
「ルーシーちゃん。外国から日本文化を学びに来ていて、今はうちにホームステイしてるんだよ」
その一言で“謎の外国人留学生・ルーシー”が誕生した――
「この人が外国人留学生で、マオの家にホームステイしてるってのはわかりました」
お祖母ちゃんの言葉で一応納得してくれたみたい。でも、トモちゃんの言葉はここで止まらない。
「でも、なんで巫女装束? それもミニスカ巫女って……」
トモちゃんの次の疑問はルーシーさんの格好。いくら日本文化を学びに来たとはいえ、ミニスカ巫女装束で街を出歩くのはおかしいもんね……
「ルーシーちゃんったら着替えをあまり持って来なかったみたいでね。仕方なくこの服を着せてあげたんだけど、どうやらいたく気に入ってしまったみたいなんだよ」
「は、はぁ……」
「とは言えずっとこの格好をさせるわけにもいかないだろう? だから今日買いに来たんだよ。下着もね」
さすがお祖母ちゃん。トモちゃんが納得してくれそうな説明をしている。
「……まあ、祖母ちゃんがそう言うなら」
まだ少し不服そうだけど、一応は納得してくれた……のかな。トモちゃんの追及が続くことはなかった。
「それで、この後はどうする気?」
「下着も買ったし、服を買いに行く予定だけど……」
「いや、そうなんだろうけど、そうじゃなくて……」
トモちゃんにしてはなんだか煮え切らない態度。どうしたんだろう?
「めっちゃ注目集めてんだけど、まさかそのカッコで歩き回るつもり?」
「へ……?」
トモちゃんに促されて辺りに視線を向けると、いつの間にか人集りが。
「わぁー、外国人の巫女さんだ!」
「巫女と言ってもあれはミニスカ巫女。完全にコスプレですな」
「綺麗だけど、なんでこんな所に?」
ざわつく人々の声が聞こえる。こちらへ向けられる好奇の視線。意識した途端、恥ずかしさが込み上げてきた。
「……しゃーない。アタシとマオで適当に見繕ってくるか」
「えっ?」
「こんな状況で連れ歩けないっしょ」
「た、確かに……」
流れでトモちゃんも買い物に付き合ってくれることになった。彼女はオシャレだし、服を買うという目的ならこれ以上ない助っ人。
だけど、当初の予定のソウルダイブさせての移動ができないのは難点だった。
(ルーシーさんの正体をバラすわけにもいかないし、仕方がないよね……)
少しだけ考え、結局トモちゃんの案に乗ることに。
ルーシーさんを祖父母に任せ、洋服店を巡る。
「アタシのセンスで選ぶけど、問題ない?」
「うん。私じゃ似合う服とかよくわからないし……」
自分の服さえまともに選べない私には、他の人の服なんてとてもじゃないけど選べない。
「ルーシーさん……だっけ? 美人だし、スタイル良いからなんでも着こなしそうだよなー」
「そ、そうだね」
よくわかっていないのに頷いてしまった。魔王の装いとミニスカ巫女姿くらいしか見たことがないから、いろいろな服を着こなす姿はイマイチピンときてない。
「とは言え可愛い系よりは綺麗系とかカッコいい系の方が似合いそうかな」
「???」
頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。もうすでについていけない私。我ながら情けない……
「例えばマオは今みたいにブラウスとスカートみたいな組み合わせが多いけど、あの人にはあんま似合わなそうっしょ?」
「う、うん……?」
脳内で私の服を着るルーシーさんを思い浮かべる。
『おい、なんだこの服は。丈が足りんぞ! それに胸の辺りも腰回りも窮屈だ』
――ビリッ。
……引きちぎられる私の服たちが見えた。
「サイズが合わなくて破れちゃった……」
「いや、なんでアンタのサイズのまま想像してんの? ……ハァ。こりゃ駄目だな」
深くため息をつくトモちゃん。顔も心なしか引き攣っているように見えた。
「……ま、要するにスカートよりパンツとかの方が似合うよねって話」
「あっ、そういうこと! やっとわかったよ、トモちゃん」
ようやくトモちゃんの言わんとしていることがわかった。でもせっかく理解できたのに、トモちゃんの顔には疲れの色が見えた気がした。
「てことで……まずはあそこに行くか」
歩き出したトモちゃんの後を追う。彼女はモールにある洋服店は全て頭に入っているらしく、目的のお店まで一直線。
「ホントはいろいろ見て回りたいんだけど、そうも言ってらんないしね」
「えっ、どうして?」
「ルーシーさんと祖母ちゃんたちをずっとあのままにはしとけないっしょ?」
トモちゃんの言う通りだ。いろんなお店を見て回り、何を買うか迷っている場合じゃない。
「……ごめんね、トモちゃん。成り行きで付き合わせちゃったよね?」
「別にいいって。他の人のコーデ考えるのもいい勉強になるし。ま、Win-Winってことで」
私の方へ振り向きウインクするトモちゃん。気にするなということなんだろうけど、やっぱり気にしちゃうよ……
思わず俯く私を気にも留めない様子でお店に入っていくトモちゃん。置いていかれないよう、少し早足で後を追う。
「うわぁ……。私には縁のなさそうな服がいっぱい……!」
トモちゃんに連れられてやってきた服屋さん。商品を目にした素直な感想がこれだった。
「第一声がそれかい」
「だ、だって、あんな風に肩を出すような服とか、私には着れないし……」
「確かにアンタにオフショルのイメージはないわなー」
「おふしょる??」
またまた聞き馴染みのない言葉が。
「ごめん、全部説明してたら日が暮れるから、また後でね」
「えっ?」
あれ? ひょっとして私、ついにトモちゃんに諦められた……?
肩を落とす私。そんな私を気にも留めていない様子のトモちゃん。次々といろいろな服を手に取って見ていっている。
もはや私にはトモちゃんの邪魔をしないよう黙って後をついていくことしかできなかった。
「ま、トップスはこの辺でいいかな」
ようやく私に声をかけてくれたトモちゃん。その手には数点の服が。心なしか黒系が多い気がする。それにしても――
「え、えっと、そんなに買うの……?」
「だって毎日同じ服着るわけにはいかないっしょ?」
「それはそうだけど……」
それにしても1着や2着じゃきかない数の服が。しかもこれはまだトップスだけ。
「これからの時期、寒暖差も激しいし、同じような服ばっかってわけにもいかないし」
「た、確かに……」
もうすぐ梅雨入り。晴れて暖かい日と雨でジメジメした日に同じ服というのも気持ち悪い。それは魔族のルーシーさんもきっと同じ。
納得した私はレジへ。そしてお会計の金額を見た私は思わず呟く。
「……女の子の服って高いんだね」
「いやいや、アンタも女の子っしょ」
――ビシッ。間髪入れずにトモちゃんのツッコミが入った。
お祖父ちゃんにお願いし、決済アプリに送金をしてもらったおかげでお会計はなんとかなった。
次はボトムスを買うために別の店へ行き、デニムパンツ等数点を購入。
「さすがにちょっと張り切りすぎたかな? 後で祖父ちゃん祖母ちゃんに謝った方がいいかー?」
トモちゃんは洋服選びに夢中になり、予算を意識していなかったみたい。一通り買い揃えた後で気にしだしていた。
「だ、大丈夫。ルーシーさんが喜んでくれたらお祖父ちゃんたちも出費なんて気にしないと思うし……」
フォローでもあるけど事実でもあると思う。ルーシーさんの誕生日を知った祖父母の様子を見る限り、彼らは本当に気にしない気がする。
「なら良かった。それにしても……」
安堵したのか、トモちゃんの表情が緩む。だけど、すぐに目元だけが引き締まる。
「意外だったよ。マオん家でホームステイを受け入れるなんてさ」
「えっ? そ、そうかな?」
口元は柔らかいのに、視線が刺さる。
「ま、アンタん家広いし、神社やってるから日本に興味ある外国人を受け入れるにはちょうどいいんだろうけど」
「う、うん。そうだね……」
探りを入れられている。鈍感な私でもそう気付いてしまうほど、彼女の視線は痛かった。
いくらトモちゃん相手でも、ルーシーさんが魔族であることをバラすわけにはいかない。ボロが出ないよう、必死に言葉を選んで答えていく。
「……いつから?」
「へ?」
「いつからホームステイしてんの?」
ホームステイという形なら一昨日から。だけど、私の中に潜伏していたのはちょうど2週間前――霊山に落雷があった日だ。
だけど、正直に2週間前と答えていいの? 悩んでいると、私の返答を待たずにトモちゃんが次の質問を口にした。
「2週間前――あの日なんじゃないの?」
「えっ!?」
トモちゃんの鋭い視線が、私の胸を貫く――
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