第069話 邂逅
26/9/25 誤字を修正しました。
今日は6月4日。ルーシーさんの誕生日。厳密に言うと魔界の6月4日だから違うらしいけど、細かいことは言いっこなしだ。お祝い事は多いに越したことはないしね。
昨日約束した通り、今日は四人でお出かけ。主な目的はルーシーさんの私服の調達とスマホの契約だ。
「本当に今、ルーシーちゃんも一緒にいるのかい?」
お祖母ちゃんが訊いてきた。無理もない。今彼女の目の前にいるのは私とお祖父ちゃんだけなんだから。
「うん、ちゃんといるよ」
『……おい。何故ソウルダイブで移動なのだ?』
不満そうな声が脳内に響く。その声に、私も脳内会話で応じる。
『服を買うまでは我慢していてください』
『別に私はこの格好でも構わんぞ?』
『私が構うんです! ミニスカ巫女の格好のままお買い物なんて、目立ちすぎますから!』
魔族に見つからなくても、大勢の注目を浴びることにはなるだろう。そんな事態は避けたい。
『ならばさっさと衣服を調達するぞ!』
『わかりましたから。とりあえずお店に着くまで大人しくしていてください』
放っておくと実体化して一人で先走りそうな魔王様をなんとか宥める。
「それじゃあ向かうとしようかね」
『うむ!』
私より先に、ルーシーさんが威勢良く応えた。私にしか聞こえなくてもお構いなしに。
「は、はは……。ルーシーさんも待ちきれないみたい」
それを聞いた祖父母も微笑んでいた。まるで、もう一人孫ができたような優しい顔だ。
支度が済み、軽自動車へ乗り込む。運転席に座ったのは――お祖母ちゃんだった。お祖父ちゃんもまだ現役ドライバーだけど、お出かけの時は大抵お祖母ちゃんが運転している。やっぱり若い頃は結構乗り回していたのかもしれない。
私たちが今日向かうのは“美多摩ショッピングモール”。美多摩市で一番栄えた中央エリアにあり、買い物も食事も遊びもここに行けばほぼ困らない。それくらい充実した商業施設だ。
(まあ私は遊び目的で行ったことはほとんどないんだけどね……)
人混みはあまり好きじゃないし、遊びに行くような友達もトモちゃんくらいしかいない。だから仕方がないんだけど、青春真っ只中のはずの中学2年生としてはやっぱり少し寂しい。
「意外と車が走ってるのう」
「自転車の若い子も多いねぇ」
確かに二人の言うように、外出を控えるようお達しがあった割には人出が多い気がする。特に学生たちは予定外の休みを楽しんでいるように見えた。
「昔から台風でお休みになった日に遊び歩く子もおったから、そういう感覚なのかもしれんのう」
その感覚は少しわかるかもしれない。臨時休校になったものの、午後から天気が回復したら私も神社に顔を出したくなると思う。さすがに遊び歩いたりはしないけど。
「この様子だと、モールも結構混んでいるかもしれないねぇ」
魔族への対抗手段がある私たちはともかく、他の人達は少し危機感が足りない気がする。
でも、それだけ“魔族”という存在にピンときていない人が多い証拠かもしれない。私たちの戦う姿や破壊されたライブ会場を見ても、あくまで画面の向こうの話。まさか自分たちが被害に遭うとは思っていないんだろう。
(まあいきなり魔族とか言われても、現場で体感した人たち以外は実感が湧かないよね……)
彼らにとっては日常の中のほんの少しの非日常。それを味わっている感覚に過ぎないのかもしれない――
「思った通り、凄い人じゃのう……」
人、人、人……
普段の休日以上に、モールは人で溢れかえっていた。
「これは買い物だけにして、お昼は別で済ませた方が良さそうじゃのう……」
これには私も賛成だ。これだけ混んでいると落ち着いて食べられないだろうし。
私がお祖父ちゃんの意見に賛成しようとした時、私よりも先に反応する声があった。
『ここでは食わんのか? ならば私は、以前より気になっていたラーメンとやらを食してみたいぞ!』
そう言えば前に寄り道した際、ルーシーさんはラーメンに興味津々だった。しかも、よりによってガッツリ系の。
『確か……大次郎といったか? あそこに行ってみたいぞ!』
『えぇ……』
私は脂っこいものが苦手だ。ガッツリ系のラーメンなんて食べ切れる気がしないし、気分も乗らない。
『せ、せめてあっさり系にしませんか?』
『断る! 私は風茉を見かけたあの時からずっと気になっていたのだ!』
駄目だ。この魔王様は聞く耳を持たない。
「どうしたんだい? 随分と顔が引き攣っているようだけど……」
思わず顔に出てしまっていたみたい。お祖母ちゃんが心配そうに声をかけてくれた。
「えっと……ルーシーさんがラーメンを食べたいって。しかも大次郎っていう、量も脂もすごそうなお店の……」
祖父母も私と食の好みは似ているし、年齢的にも量も脂も辛いはず。だから二人に話せばなんとかなるかと思ったんだけど……
「そうじゃのう……。でも今日はルーシーちゃんの誕生日じゃし、ルーシーちゃんの食べたいものを食べさせてあげたいのう」
「うっ……」
そう言われてしまったらもう拒むことはできない。
『ハッハッハ! 観念するんだな、舞桜!』
「くぅ……!」
脳裏に腰に手を当て、ドヤ顔をしているルーシーさんの姿が浮かぶ。オマケで「本日の主役」というタスキまで。
「……ハァ。小盛りとかあるかなぁ……」
――どうか私でも食べ切れるメニューがありますように。
『なんと言うか……地味じゃないか?』
ルーシーさんが実体化して歩けるよう、まずは衣服を探しにきたんだけど……
『そんなことを言われても、オシャレな下着とかわかりませんし……』
オシャレに疎い私は当然下着にもあまりこだわりはない。無頓着すぎてトモちゃんにダメ出しされたこともあるくらい。
『人間界には“勝負下着”というものがあるのだろう? 私たちは戦いに身を置いているんだ。その勝負下着とやらを身に着けるべきではないか?』
『いや、勝負下着ってそういうものじゃなくて……』
と言いつつ、実は私もあまりよくわかっていない。そもそも下着一つで気持ちが変わるというのがイマイチピンとこないし……
『やはりお前のセンスは私には合わんな』
『むぅ……』
露出度MAXのビキニアーマーをカッコいいと思っている人には言われたくない。頬を膨らませて抗議するも、心の中にいる魔王様には通じない。
『よし、ならば私自ら選ぶとするか』
『えっ?』
……何だろう、嫌な予感がする。
『店内を回ってみせろ。良さそうなものがあれば伝える。そしたらお前はそいつを手に取れ』
『わ、私が手に取るんですか!?』
『私が実体化してはマズいのだろう? ならばお前に任せる他ないだろうが』
『それはそうですけど……!』
ルーシーさんのセンスを考えると、脳裏に不安が過ぎる。どうか恥ずかしいデザインのものを選びませんように。
――だけど、私の願いはすぐに叶わぬものとなった。
『それだ。そいつが良い』
ルーシーさんが選んだ下着。それは――
黒のレース――しかも布面積控えめ、だった。
『こ、こここ、こんなのを手に取るなんて無理です! 恥ずかしすぎます!』
『何を恥ずかしがっている? 別にお前が身に着けるわけでもないのに』
手に取るだけでも十分恥ずかしい。明らかに大人の女性が身に着けるもの。中学生のガキンチョが手に持っていていいものじゃない。外見だけは大人の女性なルーシーさんには確かに似合うかもしれないけど……
『そ、そもそも、どうしてこんな布面積が少ないものを選ぶんですかぁ!?』
『そりゃお前……その方が動きやすそうだからだが?』
『…………』
……理由はいかにもルーシーさんだった。
『……ちなみにどうして黒なんですか?』
『魔王らしくてカッコいいからだ! 何か文句でもあるのか?』
『…………』
……やっぱりルーシーさんだった。こんな時でもいつものルーシーさんで少しだけホッとした。
『いいから早く手に取れ。この後上に着る衣服も選ばねばならんし、その後はスマホとやらも見るのだろう?』
『う、うぅ……』
急かすルーシーさん。どうやら覚悟を決めるしかないみたい。
周囲をキョロキョロと見回し、あまり見られていないことを確認。そして、手を震わせながら下着を手に取る。傍から見たらかなり怪しかったかもしれないけど、今回ばかりは許してほしい。
目的の物はなんとか手に取った。あとはこれを持って試着室へ駆け込むだけ――そのはずだった。だけど。
「アンタ、何やってんの?」
「――ッ!?」
背後から突然声をかけられ、心臓が跳ね上がった。
「ご、ごごごご、ごめんなさい! 身の丈に合わないものを手に取ろうとしてごめんなさいぃぃぃッ!!」
「コラコラ、落ち着けっての」
――ビシッ。
あたふたする私のおでこに軽い一撃。痛くはなかったけど、意識はそちらに引っ張られた。
「と、トモちゃん!? どうしてここに!?」
「アタシとしてはアンタがこんなとこにいる方が不思議なんだけど……。ま、普通に買い物っしょ」
幼馴染の突然の登場に、まだ理解が追いついていない。心臓がバクバクしている。
「そ、そうなんだ。トモちゃんも……」
「それよりアンタが持ってるそれ。まさか買う気じゃないよね?」
「へ……?」
眉をひそめ、私……の手に握られたものを見つめるトモちゃん。正直視線が痛い。
……ん? 私の手に握られたもの?
私も自分の両手へと視線を向ける。そう。布面積控えめの、大人な下着を握る手に。
「わぁぁぁぁぁッッッ!? ま、まま、待って! ち、違うの! これは違うの!!」
「お、落ち着け! とりあえず落ち着きなって!」
動揺してわたわたする私の両肩を掴み、抑え込もうとするトモちゃん。必死に私を落ち着かせようとしてくれていた。
「いい加減落ち着けってーの!」
彼女の両手で頬をムギュッと押さえつけられ、ようやく気持ちが落ち着いてきた。
「ひゃ、ひゃい……」
「ちっとは落ち着いた?」
彼女の問いにコクリと頷く。
「まったく、慌てすぎだっての」
「ご、ごめん……」
醜態を晒し、思わず萎縮してしまう。
「けど、なんでまたそんな下着を見てたわけ? デザインもだけど、サイズも明らかに合ってないっしょ」
「え、えっと、その、これは……」
どうしよう? この状況で自然な返しなんて全然思いつかないよ……
トモちゃんへの返答に困っていると、助け舟が。
「おや、友華ちゃんじゃないか」
「あっ、マオの祖母ちゃん。こんにちは」
「はい、こんにちは」
ペコリと頭を下げ、挨拶するトモちゃん。お祖母ちゃんもそれに応じる。
そのまま雑談をする二人を眺めていると、お祖母ちゃんが目配せしてきた。私の手に握られた下着、そして試着室の順に視線だけを向けるお祖母ちゃん。
(今のうちにルーシーさんに試着させろってことだよね……?)
こっそりとこの場を離れ、試着室へ。カーテンを開け、中へ。当然だけど、中は一人が着替えるのがやっとというスペースしかない。
そんな小さなスペースで、ルーシーさんが実体を現した。
――当然、窮屈である。
(おい、いくらなんでも狭すぎるぞ)
(すぐに出ますから、暴れないでくださ……きゃっ!?)
無理に動こうとするルーシーさんに押し出される形で、試着室から飛び出してしまった。
「あ……」
トモちゃんとバッチリ目が合ってしまった。私の背後に、実体化した魔王様がいる状態で。
「……誰?」
眉をひそめ、訝しむように見つめてくるトモちゃん。
ついに出会ってしまった。幼馴染と私のもとに居候中の魔王様が。
――最悪の形で。
お読みいただきありがとうございました。
続く第70話も投稿しております。よろしければお読みください。




