第066話 “嫉妬”の爪痕
ルーシーさんの部屋着がミニスカ巫女に決定した後、私たちは部屋へ戻ってきていた。
私のベッドに腰掛け、どっしりと構える魔王様。
和室にミニスカ巫女はまだわかる。ギリギリだけど。
でも、そこに魔王が加わると途端にミスマッチ感が倍増する。違和感しかない。
「……やっぱり、私のジャージじゃ駄目ですか?」
「お前の服では私には小さすぎるだろうが」
「それはそうなんですけど……」
魔王の装束よりはマシだけど、やっぱり落ち着かない。だからジャージか体操着に着替えてほしいところ。
でもルーシーさんの言う通り、私のものでは彼女の身体には小さすぎる。丈が短いだけでなく、恐らくファスナーも閉まらない。
「外出自粛とやらが落ち着いたら買いに行こうと婆さんも言ってただろう? それまでは我慢しろ」
「うぅ……」
「というかこの場合、普通は私が我慢する側ではないか? 何故お前が我慢する側になっているのだ?」
ごもっともな指摘だ。実際に着るのはルーシーさんなんだから。でも、自室に変な格好の人がずっといるというのはどうも落ち着かない。
「外出自粛、早く解けないかなぁ……」
思わず呟いた。窓の外を見つめながら。
「レヴィアとの戦いがかなり激しかったからな。人間界の判断基準は知らんが、すぐに解除されるものなのか?」
「うーん……。どうなんでしょう?」
今まで14年間生きてきたけど、こんな経験は初めて。わかるはずもない。大人しく解除か、せめて緩和を待つしかないと思う。
「それにしても、レヴィアの執念……というよりも執着? とにかく凄かったですね……」
「ああ。本当に喧しく……しつこい女だったな」
確かに、彼女のキャハハと笑う大きな声が耳の奥にこびりついて離れない。そんな感覚が未だにある。その辺りもレヴィアらしいかも。
「でも、あんなに執着してくるなんて、レヴィアに対して一体何をしたんですか?」
「ん? そうだな……」
顎に手を当て、唸るルーシーさん。何も思い当たる節はないのかな? レヴィアの逆恨みなのかな?
「…………わからん。心当たりが多すぎて、一体どれが原因か……」
「ええっ!?」
一体魔界でどんなことをしていたの? ルーシーさん…………
「単に私の魔法の才への嫉妬か? いや、それとも海の魔族を何体か部下に加えたことか? でもあれはなぁ……」
「ルーシーさん……?」
ブツブツと呟くルーシーさん。思い当たるエピソードが彼女の口から次々と飛び出してくる。
「……もしやあれか? あいつ、年齢にはやたらと拘っていたしな……」
「年齢……ですか?」
大人の女性に対する年齢の話題はタブー視されがちだし、あり得るかもしれない。レヴィアはやたらと私たちのことを「じゃりン子」とか「ガキンチョ」と罵ってきたし。
「あれは確か、80年ほど前――奴の200歳の誕生日のことだ」
「に、200歳……」
相変わらず魔族のスケールは大きい。80年前とか、200歳とか、イマイチピンとこない。
「その時が初対面だったんだが、つい200歳を300歳と間違えてしまってな。顔を真っ赤にしてブチギレていた」
「…………」
「思えば事あるごとに突っかかってくるようになったのはその時からだった気が……」
「それですよ!! 初対面で何をいきなり失礼をかましているんですかぁ!!」
思わず感情が溢れてしまった。そのせいであの死闘を繰り広げる羽目になったかと思うと、抑えきれなかった。
「そう声を荒らげるな。若気の至りというやつだ。私もまだ20代だったしな」
「その結果、80年も粘着されて、こっちはそのとばっちりで大変な目に遭っているんですからね!? 少しは反省してください!!」
「お、おう……。すまん…………」
まったく! ルーシーさんはまったく!
「……お前、霊力の回復が早まっただけでなく、なんだか逞しくなっていないか?」
「誰のせいですか! もう……」
弱々しいとか、頼りないなんて言われるよりはマシ。でも、鍛えられ方が無理矢理すぎて、素直には喜べないよ……
「本当に済まなかった。だがそう膨れるな」
「むー……」
「私は素直に嬉しいぞ。お前が強く、逞しくなってくれるのはな」
もう……。ルーシーさんはキリッとした良い顔で、恥ずかしいことを言うんだから……
「……もういいです。今回は許します。強行突破を避けようとした私のワガママ、ギリギリまで聞いてくれましたし」
ルーシーさんから少しだけ視線を逸らしながら右手を差し出す。その手を彼女は強く握った。
――これでもう、この件はお互い言いっこなしだ。
「そう言えばあの後、Gracie☆Stellaの三人はどうなったんでしょう?」
もしかしたらすでにニュースで報じられているかもしれないけど……
「私は観ていないな。スマホとやらで調べられないのか?」
「あっ! そ、それもそうですね」
まさか人間界のツールに詳しくないルーシーさんに教えられるとは。少しだけ顔が火照る。
昨日の昼頃から電源を切ったままのスマホを取り出し、電源を入れる。メーカーのロゴが表示され、問題なく起動した。
「……そう言えば気にしていませんでしたけど、私が水に浸かったり雷に打たれたりしても壊れないんですね」
「本来は壊れるものなのか? 変身している間はお前の衣服同様、どこかへ消えて影響を受けないのかもな」
どこかって一体どこ!? 今まで気付いていなかったデビライズの新たな謎を発見してしまったかもしれない。
「それより艶美たちのことを調べるんだろう?」
「そうでした!」
ルーシーさんに促され、スマホを操作しようとしたところで気付く。トモちゃんからの着信の履歴に。
通常の電話。メッセージアプリの通話機能。時間は今朝。私が起きてすぐくらい。恐らく休校の連絡を私が見ていないと思ってのことだと思う。
そしてメッセージアプリの画面をスクロールしていくと案の定メッセージでも休校の話題が届いていた。
――でも、一番古い未読メッセージだけは違っていた。
『ごめん、さっきの電話は間違えただけ。気にしないで!』
これが届いた時刻は昨日の昼過ぎ。ちょうど私がライブ会場でマリン・レヴィアと戦っていた頃。
そして、彼女のメッセージが示す通り、すぐ上には不在着信を示すマークが。
「どうしてライブ中に……?」
「お前を誘ったくらいだ。ライブ配信を観ていたんだろう」
「それで、映像の中でレヴィアが暴れ始めたから、私にも共有しようとしてくれた……?」
トモちゃんのことだからあり得る話だ。私が艶美さんを気に入っていたことも知っていたわけだし。
(でも、本当にそれだけなのかな……?)
本人に直接訊けば済む話だけど、今の私はトモちゃんに隠し事をしている。自分から連絡する勇気はなかった。
「おい。それより艶美――」
「は、はい! そうでした!」
私がトモちゃんへの連絡を躊躇い、考え込んでいると、再度急かされた。ブラウザアプリを開き、Gracie☆Stellaについて検索する。
やっぱりかなりの人が話題にしているらしく、検索結果はSNSの投稿へ飛ぶものが目立つ。
「当てにならなそうなものが多いな。もっと信憑性の高い情報は見られないのか?」
「そ、そうですね……」
キーワードを追加し、再度検索すると、ようやくGracie☆Stellaの事務所からの声明文が見つかった。
「Gracie☆Stella活動休止について、か。まああれだけの騒ぎになったんだ。すぐに活動はできんだろうな」
艶美さんたちなら大丈夫だと信じていたけど、現実はそう甘くはないみたい。そして。
「『志藤艶美との契約については、現時点ではコメントを差し控えさせていただきます』……だそうだ」
詳しく読み進めていくと、警察の捜査の結果次第では解雇もあり得る。そう受け取れる内容だった。
「そんな……。確かに艶美さんは愛奈さんに対して嫉妬していましたけど、あれはレヴィアが……!」
艶美さんを唆し、“嫉妬”が強く、深くなるよう導いたのはレヴィアだ。悪いのはレヴィアのはずだ。
それなのに、艶美さんの努力の行き着く先が解雇や逮捕だなんて、そんなの……!
「……舞桜、お前は……」
憤る私の耳に届いた声。その声は静かだけど、ナイフのように鋭かった。胸に突き刺さるような鋭い声は、私の心の熱を一気に治めた。
魔王様は問う。
「私の理想を……私の夢を……お前は愚かだと思うか?」
真剣な眼差しで、彼女は問う。
「魔界を平和にし、魔界と人間界の架け橋になるという私の夢は――」
かつて、夢を叶えた後に再会すると約束を交わした、この私に。
「間違っていると、お前は思うか?」
私たち二人の間に、かつてない沈黙が流れる――
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