第064話 魔王様、ホームステイ
『……舞桜』
声が聞こえる。
ついこの間も聞いた声。
低いけど、優しい声だ。
『舞桜』
また声が聞こえた。
この声も最近聞いた。
柔らかく、優しい声だ。
「お父さん……お母さん……!」
姿ははっきりとは見えない。だけど、声だけでわかった。それが両親のものだと。
『舞桜。いいかい? 何があっても、ルーシーのことを信じるんだ』
ルーシーさんを信じる? 今度もお父さんは何を言って……?
『舞桜。どんなに辛くても、諦めないで』
お母さん? お母さんまで、何を……
『舞……ルー……クイン…………リア………………』
ま、待ってよお父さん! お母さん! ちゃんと教え――
「お母さん!!」
――チュン、チュン、チュン……
小鳥の囀りが聴こえる。おはよう。
「ま、また、お父さんとお母さんの夢……」
つい先日も似たような夢を見た。あの時は人間界に脅威が迫っていると言っていたけど、今回はルーシーさんを信じろ? 辛くても諦めるな? ……よくわからないよ。
「……とりあえず起きよう。学校に行く準備もしないといけないし」
昨日はGracie☆Stellaのライブ会場へ乗り込み、マリン・レヴィアと激闘を繰り広げた。
その後、フラフラの状態でなんとか家までは辿り着いた。そこまでは覚えている。でも、それからどうしたんだっけ……?
ベッドで寝ていたということは自力で辿り着いたか、お祖父ちゃん辺りが運んでくれたんだと思うけど……
どちらにせよ、祖父母には多大な心配をかけてしまった可能性大だ。身支度を整えたら、きちんと謝ろう。
「ん……?」
そう言えば心の中の魔王様がやけに静かだ。彼女も私と同様に激しく消耗していただろうし、まだ眠っているのかな?
――だけど、少し引っかかる。
「なんだか……今朝はやけに身体が軽いような……?」
昨日の激闘を考えると、また熱を出して起き上がれなくても不思議じゃない。スカイ・ベルゼと戦った後のように。
にも関わらず、今は身体が軽い。巫女装束からジャージに着替えた時以上に。体調が良いに越したことはないけど、少し気にはなる。
「ルーシーさん。ルーシーさん」
起こすのは悪いと思いつつも、心の中に呼びかける。だけど、やっぱり反応はない。
ルーシーさんの反応なし。そして異常なくらいの身体の軽さ。この二つから導き出される答えは――
「ルーシーさんが、私の中にいない……?」
まずい。それは非常にまずい。ルーシーさんが私の外に出ると、露出度MAXビキニアーマーの魔王様が人様の目に触れるから、というのもある。
だけど、それ以上にまずい理由がある。彼女のエネルギー源は私の霊力だ。そして、補給のためには私の中にソウルダイブしていないといけない。
しかし、今はいない。つまり彼女は今、エネルギー供給がない状態。
まずい理由は他にもある。魔族はソウルダイブしていないと他の魔族たちに居場所を探知されやすくなる。
追われる身のルーシーさんが探知されやすい状態になっているのは非常にまずいはず。
――私は着の身着のまま部屋を飛び出した。
(でも、一体どこに? それにどうして? まさか、頼りない私に愛想を尽かせて出て行っちゃった? ……もしそうだとしても、黙って出て行かなくたって……!)
振り回されっぱなしではあるけど、少しずつ彼女との奇妙な共生生活に馴染み始めていたのに。
不格好でも一緒に戦ってきた仲なのに。
(黙っていなくならないでくださいよ、ルーシーさん……!!)
一抹の寂しさを覚え、私の瞳は少しだけ揺れていたかもしれない。視界も少しだけ滲んでいる気がする。
階段を駆け降り、お茶の間の襖を開け、祖父母に挨拶をして、ルーシーさんを探しに――
「よう、舞桜。遅かったではないか」
――ズコー。
廊下で盛大に転んでしまった。……結構痛い。
「おいおい。朝早くからそんなに慌てて、一体どうしたんだ?」
「『どうしたんだ?』じゃありませんよ! 突然いなくなったと思って、心配したんですからね!? ていうかなにちゃっかり我が家で食卓を囲んで――」
……あれ? そう言えばルーシーさんが実体化して朝食を食べているということは……?
「こら舞桜。階段を駆け降りたり、廊下を走ったりしてはいけませんよ?」
「ほっほっほ。それだけルーシーちゃんのことが心配じゃった、ということじゃろ」
お祖母ちゃん、ごめんなさい!
…………じゃなくて!
受け入れている。二本の角が生えた魔王様を。露出度MAXビキニアーマー姿の女性を。何の違和感もなく。
「えっ? ええっ!? ちょっ、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、どうして平然とルーシーさんのこと、受け入れちゃっているの!?」
女の人に甘いお祖父ちゃんはともかく、お祖母ちゃんまで受け入れていることに驚きを隠せなかった。
「……ま、自己紹介はもう済んでいる、ということだ。お前が眠っている間にな」
「ああ。これまでの経緯は粗方聞いたんじゃよ」
粗方聞いたって、一体どこまで? 10年前の出会いから? 先日の落雷の日からの話? まさか、ソウルダイブやデビライズ、魔族たちとの戦いのことまで話しているの……?
「とにかく、わしらはルーシーちゃんを迎え入れることにしたんじゃ」
「居候ではあるがな。まあ厄介になる場所がお前の心の中か家の中かの差だ。大差ないだろう」
「いやいやいや……。大差大有りだと思うんですけど!?」
ルーシーさんは他の魔族たちのように人間に危害を加える存在じゃない。とは言え簡単に受け入れすぎていて心配になってくる。
「それよりも、こちらの方が大変そうだけどねぇ」
「こちら……?」
お祖母ちゃんの視線を追うと、その先にはテレビが。どうやら記者会見の映像みたいだけど、一体何の話だろう? なんだか物々しい雰囲気だけど……
『……それでは、日本政府は美多摩海浜アリーナで起きた超常現象を“魔族”によるものと断定した、と?』
『断定ではありません。あくまでまだ可能性の段階です』
「!?!?!?!?!?」
記者の口から飛び出した言葉に耳を疑った。
“魔族”――私たちの住む世界とは異なる世界からやってきた存在。悪の心を持つ人間に取り憑き、洗脳したり、エネルギー源とする存在。
そんな非現実的な存在が、ニュース番組で普通に言及されている……?
(いや、非現実的も何も、今私の目の前で朝ご飯を楽しんでいるんだけどね!)
思わず心の中でセルフツッコミをしてしまった。
(それにしても、私が眠っている間に状況が変わりすぎだよ……)
あまりの変化に、本当に一晩寝ただけなのか心配になってきた。
「え、えーっと、私が眠っていたのって一晩……だよね? 数ヶ月とかじゃないんだよね……?」
「当たり前じゃろ。もしそんなに眠っていたのに急に起きてきたら、今頃もっと大騒ぎしとるわい」
「そ、そっか。そうだよね……」
どうやら一晩しか経っていないのは間違いないみたい。
ただ、そうなるとやっぱり不自然な気が。どう考えても、祖父母の適応が早すぎる。
「でも、お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、さすがにすんなり受け入れすぎじゃない? その、いろいろと……」
「そう言われてものう……。魔族のことは昨夜のうちにニュースで知っとったし、その直後にルーシーちゃんとばったり出会ってもう十分ビックリした後じゃし……」
「…………」
私だけがワンテンポ遅い。そう言われている感覚だ。
「そんなことより、お前も早く朝食をとると良い。婆さんの作る食事は、やはり美味いぞ!」
「ていうかそれ! それもですよ! どうして普通に朝ご飯を食べているんですかぁ!」
和室で魔王様が食卓を囲んでいるというミスマッチ。なのに、なぜかすでにこれが日常と言わんばかりに馴染んでいた。
「どうしてって……。せっかく婆さんが用意してくれたのだぞ? 食わない理由があるか?」
そう言われてしまってはもう何も言い返せない。
お祖母ちゃんがルーシーさんの分の朝食を用意した。それは、お祖母ちゃんがルーシーさんを受け入れると決めた証に他ならないんだから。
「はぁ…………。なんだか釈然としませんけど、もういいです。頑張って受け入れますよ、私も……」
「うむ!」
「ほっほっほ。やっぱり仲が良いのが一番じゃからのー」
本当にこれでいいのかはわからない。でも、お祖父ちゃんたちがルーシーさんを受け入れてくれたのなら、隠し事が一つ減ったということ。そう考えると少し胸が軽くなった気がする。
「あっ、もうこんな時間! 昨夜お風呂に入れなかったから、せめてシャワーくらいは浴びないといけないのに……」
いつもならもう家を出る準備ができている時間。思いがけない出来事の連続で、すっかり時間を忘れてしまっていた。
――だけど、問題はなかった。
「なんじゃ、やっぱり見とらんのか」
「え?」
「さっき友華ちゃんから電話があってのう。言伝を頼まれたんじゃよ。恐らくメッセージを見ていないから、とな」
トモちゃんからメッセージ? そう言えば昨日――ライブ会場に乗り込む前からスマホの電源は切ったままだった。
「昨日の一件で、美多摩市全域に極力外出を控えるようお達しがあってのう。学校も臨時休校だそうじゃ」
「じゃあ急いで準備をする必要は……」
「ないようだな。慌てていたのに残念だったな」
ほっ、良かった。正直遅刻を覚悟していたから。
……でも、慌てていたのはあなたのせいですよ、ルーシーさん。
「そ、それじゃあ、ゆっくりお風呂に入っても?」
「大丈夫だよ。ゆっくり浸かりなさい」
さらに安堵。やっぱりちゃんとお風呂に入らないとスッキリしないもんね。
「おっ、湯浴みか? ならば付き合うぞ!」
「ま、まあ、いいですけど……」
お風呂に入ると聞き、小躍りしそうなほどウッキウキの魔王様。私より喜んでいる気がする。
「ルーシーちゃんは本当にお風呂が好きなんだねぇ。私たちと出会ったのも、ルーシーちゃんがお風呂に入ろうとしていた時だったし」
「……え?」
まさかルーシーさん、私が眠っている間に勝手に……?
「あの……もしかしてルーシーさんが見つかったのって……」
「うむ! 我慢しきれず、夜中にこっそり入ろうとしたら見つかってしまったのだ!」
「何をやっているんですかぁ!!」
本当に何をやっているんだろう、この魔王様は。居候の自覚の前に、元魔王の自覚を持ってほしいよ……
「とにかく、お前の朝食が終わり次第行くぞ!」
「わ、わかりましたから! もう、相変わらず強引なんですから……」
私の心の中から白峰家へと居候先を移したルーシーさん。私の日常がさらにドタバタする。そんな予感がした――
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続く第65話も投稿しております。よろしければお読みください。




