第062話 確信
26/9/25 誤字を修正しました。
今日はGracie☆Stellaのライブツアー初日。彼女たちにハマるのが一歩遅かったアタシは、残念ながら直接観ることはできない。せっかくこの美多摩市でやるっていうのに……
でも、スマホの画面をテレビに映し出して観ることはできる。そのために彼女たちのファンクラブの有料会員になったわけだし。
本当はあの子と一緒に観たかった。アタシの趣味に、珍しく興味を示してくれていたし。
だけど、それは叶わなかった。いつものように断られてしまった。「神社の手伝いがあるから」、と。
一人前の巫女になることは彼女の夢だ。もちろんアタシも応援している。
不器用で、ちょっと抜けているところはあるけど、他人のために親身になって考え、行動する彼女なら立派な巫女になれると信じている。
――でも、最近の彼女はおかしい。
彼女は元々、自分から悩みを打ち明けるタイプじゃない。無理をして抱え込みがちだ。
今回もそれは同じ。いつも通りだ。だけど、アタシに対してこんなに余所余所しく接してくるのは初めてだ。少なくとも、彼女と打ち解けてからは。
「やっぱあの時から、だよね。マオが変わったのは……」
霊山に黒い雷が落ちたあの日、あの出来事の後からだ。彼女が遠ざかっていくような感覚を覚えたのは。
絶対に何かがあった。あの時、彼女の身に何かが起きた。それは間違いないはず。
アタシはエスパーでも何でもない、ただの女子中学生。当然内容まで読み取ることはできない。だけど、彼女の異変くらいはわかる。幼馴染で――親友なんだから。
「親友……か。はは……。アタシがそう思ってるだけだったりしてね」
自分で言うのもなんだけど、アタシと彼女は真逆のタイプだと思う。事実、趣味も見た目も全然違うし。
派手に見られがちなアタシとは対照的に、彼女はオシャレにはとにかく無頓着。「シンプルイズザベスト」と言わんばかりの地味さ。素材の良さは抜群なだけに、もったいないと感じることもしばしば。
周りの派手めの友達からもよく訊かれる。どうしてマオに構うのかって。地味なあの子とじゃ釣り合わないだろうって。でも、そんな時は決まってこう返す。
――「アタシが気に入ってんだから、別にいいっしょ?」って。
これは偽らざる本音。だけど、今はこうも思う。
気に入っているのはアタシだけ。ひょっとしたらマオはアタシのこと、疎ましいお節介な奴だって思っているんじゃないかって。だから余所余所しい態度を取って、避けているんじゃないかって。
『ワァァァァァッッッ!!!!』
テレビから聴こえるライブ音声。会場にいるファンたちの歓声が、思考の沼に沈みそうなアタシを引きずり上げてくれた。
「……ま、今はライブを楽しまなきゃ損、か」
ネガティブになりつつあった気持ちを切り替える。今日の映像が別の形で配信されたり、ディスク化されたりしたら一緒に観よう。あの子との絆がまだ、確かなものだと信じて。
「は…………?」
思考が追いつかず、思わず情けない声が出た。1曲目を終えた後のMC中。その時間に異変は起きた。
突然変わる艶美のキャラ。彼女の周囲で渦巻く水。そして愛奈へ向けられる、嫉妬の詰まった言葉たち。どう考えても演出とは思えない内容だった。
――そして、艶美の姿が異形へと変わった。
「な、何これ!? つ、艶美が、化け物に……!?」
耳が鰭のようになり、アイドル衣装が龍の鱗を重ねたものへと変貌していた。人型なのに人間じゃない姿。
その姿を目の当たりにした瞬間、記憶がフラッシュバックする。先日、蠅人間のような化け物に攫われた時のあの記憶が。
「や、やっぱアレ……夢とかじゃ、なかったんだ……」
蠅人間に狙われたマオを庇い、空へと連れ去られた記憶。奴らの親玉らしき女性と魔王のような姿をした少女が戦っていた記憶。
薄っすらとしか残っていなかった記憶が、夢だと勘違いするような淡い記憶が、思い起こされる。
「…………」
女性や少女の顔までは記憶にない。でも、少女の声には聞き覚えがあった。
「似てたよね、マオの声に……」
だけど、声が似ている人間なんていくらでもいる。それに、マオはただの女子中学生。それも、かなりの恥ずかしがり屋だ。
そんな彼女が、魔王のコスプレみたいな格好をして、蠅人間と戦うなんて有り得ない。
心にそう言い聞かせ、湧いてくる疑念を無理矢理払う。
――だけど、会場への乱入者が、アタシの疑念を確信へと変えた。
薄紫の髪をかき分けるように生えた二本の角。燃える炎のような真っ赤な瞳。引きずりそうなほど大きなマントに、露出度高めのビキニアーマー。
そんな格好、アタシの親友がするはずないのに。髪型と瞳が、普段の彼女を想起させる。たとえ色が変わっていても、見間違えたりはしない。――マオだ。
化け物へと変わり、暴走する艶美。そんな彼女を止めようとする“親友”。二人の戦いが映し出される画面を観ていたアタシは、いつの間にか心と顔がぐしゃぐしゃにされていた――
「…………」
拭っても拭っても滲む視界。それでも画面を観ずにはいられなかった。
まるで映画のようだった。でも、戦っているのはアタシの親友。そしてフィクションなんかじゃなく、現実に起きている出来事。目を離すこと……いや、目を背けることなんてできなかった。
――だけど、現実はさらに非情だった。
突然、映像も音声も乱れ、画面がブラックアウトしてしまった。
マオも、愛奈たちや観客たちも、大量の水に呑み込まれそうな緊迫したシーン。そこで中継は終わってしまった。配信元が枠を閉じたのか、会場の機材が壊れてしまったのかはわからないけど……
「マオ……? マオ……? マオ!?」
突然のことで、一瞬理解が追いつかなかった。だけどすぐに我に返り、気づけば親友の名前を連呼していた。本人に届くはずもないのに。
「……そ、そうだ、電話……」
履歴からマオの番号を呼び出し、発信をタップ。――繋がらない。応答できない旨を伝える自動音声が淡々と流れる。
同様にメッセージアプリの通話機能も試してみたけど、こちらも不通。呼び出し音が鳴り続けるだけ。
――当然だ。化け物と戦っている最中に電話に応じるなんて、できるわけがない。
彼女の安否を確かめたい一心での行動だったけど、さすがに無理があった。
(いや、一心じゃない、か……)
画面の中で戦っていた彼女がマオだというのはアタシの勘違い。その可能性に賭けたい気持ちもあった。だけどその可能性も、脆くも崩れ去ってしまった。
「……いや、神社の手伝い中かもしんないし……」
崩れ去ってしまったはずなのに、まだ縋りついてしまう。見苦しくも抗おうとしてしまう。
マオの家電。神社の問い合わせ番号。それらに電話しても、魔王姿の少女がマオである可能性を否定してはくれなかった。
それどころか、ライブ会場が市内だと知った途端、巫女見習いの仕事も放り出して出かけてしまったという。残念ながら、答え合わせの方が進んでしまった。
「あとはもう、直接行って確かめるしか……」
そう考え、支度をしようとしたところで我に返る。
(行ってどうすんの? 戦うのやめてって? あんなの、どう見たってやめられる状況じゃないじゃん……)
どうしてマオにあんな力があるのかはわからない。だけど、実際に戦い、みんなを守っていた。
(そんなマオのところに行って、アタシはなんて言うつもり? 「こんな危ないこと、辞めな」って? そんなこと、できるわけないっしょ……)
マオのことは心配だ。だけど、今マオのところに行く選択は、きっと彼女の邪魔になるだけ。彼女の性格を考えたら、それがわかってしまった。――親友なんだから。
今のアタシにできることは、彼女が無事に帰ってくることを信じるだけ。危険な真似をしないよう止めるのは、彼女が無事に戻ってからでも遅くはないんだから。
張り裂けそうになる胸を押さえ、アタシは湧いてくる衝動を押し殺した。
――全ては大切なあの子を、守るために。
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