第056話 二つの星たち
会場中に広がる透き通った歌声。私も魅了された、艶美さんのもの。
そう感じたけど――違う。艶美さんの身体を我が物としている漆罪魔・レヴィア。彼女が艶美さんの声で歌っていた。
「アハハハッ♪ よくもやってくれたわねぇ、ルシフェリア!! まさかこの技まで出す羽目になるなんてねぇ!!」
狂気すら感じる笑み。笑い声には喜びも怒りも込められているように感じられた。
『“海獣の歌声”か……』
「ルーシーさん、何か知っているんですか?」
海獣の歌声――ルーシーさん曰く、レヴィアの奥の手。海を荒れさせると同時にその綺麗な歌声で人々を魅了し、逃げることさえ忘れさせ、強力な水流で全てを飲み込んでしまう技。
「ああ、艶美ちゃん。なんて素敵な歌声なんだ……」
「本当……。ずっと聴いていたいわ……」
艶美さんのファンかどうかは関係ない。観客たちはみんな、マリン・レヴィアの歌声に心を奪われ、瞳が虚ろになっていた。
……ううん、観客だけじゃない。
「つーちゃん……すごい」
「艶美の歌声、ウチめっちゃ好きやで……」
愛奈さんや立花さんも観客たちと同じ。瞳が虚ろになり、魅了されてしまっていた。どうやら今この場で正気を保てているのは、歌っているマリン・レヴィア本人と私たちだけらしい。
「そ、そんな! 愛奈さん! 立花さん! 目を覚ましてください!」
『愛奈たちを気にしている暇などないぞ! レヴィアを見ろ!』
ルーシーさんに促され、マリン・レヴィアへと視線を移す。
「ああっ!」
『くっ……渦巻く潮流の比ではない水の力が集中している……!!』
マリン・レヴィアを中心に大量の水が集まっている。このままではまずい。この場にいる全員が無防備な状態で大量の水に飲み込まれてしまう。そうなったらもう助からないかもしれない。それだけは何としても阻止しなくちゃいけない。
『ルーシーさん、何か方法は……』
『わからん。だが歌声を止めればあるいは……』
歌声を止める? 彼女の歌う余裕がなくなるよう、攻撃して妨害すればいいのかな……
わからないけど、一か八か賭けるしかない。もう迷っている時間はないんだから。
――バチバチィッ!
両手・両足に力を込め、電気を帯びさせる。そして先ほどのように連続でマリン・レヴィアを攻撃する。拳を、蹴りを連続で繰り出していく。
当たらなくてもいい。ただ、彼女の歌さえ中断できればそれでいいんだ。
「くっ! 歌いながら避ける余裕はなさそうね……!」
読み通りマリン・レヴィアの歌は止まった。すると観客や愛奈さんたちの声が耳に届いた。
「お、俺たち一体何を……?」
「そうだ、確か避難しようとしていて……」
良かった。彼らの声を聞く限り、正気を取り戻したようだった。
「もう面倒ね! どの道今からじゃ逃げられない! アンタたち全員、この激流に飲み込まれちゃいなさーいッ!!」
海獣の歌声。この技の持つ相手を魅了する効果は防ぐことができた。
だけど、集められた水の力は消えていない。マリン・レヴィアの望んだ量の水は集まっていないかもしれないけど、それでも十分すぎるほどの脅威だ。
『くそっ、一か八かだ。こちらも水の力で受け止めるぞ!』
「水? は、はい!」
流れる水をイメージしながら魔力を両手に集中。すると両腕を覆う鎧を包むように水が渦を巻き始めた。
『“スパイラルストリーム”!! 私の扱える最高の水魔法だ! 死ぬ気で撃てッ!!』
「はい……!!」
渦巻く水流を一気に解き放つ。放たれた水流は螺旋を描き、勢いを増しながら突き進んでいく。
――ゴゴゴゴゴォォォッ!!
マリン・レヴィアの放った水流と私たちのスパイラルストリームが空中で激突し、地鳴りのような低音が会場の空気を揺らす。
「本ッ当に生意気なじゃりン子! 水でアタシに勝てると思ってるわけー?」
マリン・レヴィアは水属性の使い手。スカイ・ベルゼの時にも相手の属性に合わせて技を使ったからよくわかる。相手の方が有利だと。
「ぐっ、ぅぅぅ……ッ!!」
『堪えろ……堪えるんだ、舞桜……!!』
相手の方が有利。それでも負けられない。ここで私たちが押し負けたら、ここにいる何千人もの人たちがこの水流に飲み込まれてしまうんだから。
「さっさと諦めろってーの。ウザったいわねぇ」
マリン・レヴィア側の水流の威力が増した。現実は無慈悲だ。私たちは徐々に押され始めていた。このままじゃ本当にみんなが……
「ま、愛奈……さん。立花……さん。い、今の内に……に、逃げ……て…………」
今の私に絞り出せる精一杯の言葉。幸いこの言葉は届いてくれたらしい。視界の端に愛奈さんと立花さんが走り出す姿が見える。あとは観客のみんなだけど、こちらは……
「み、みんなー! お、落ち着いて! 落ち着いて、あたしたちの話を聞いてー!」
――愛奈さんたちが動き出したのは、彼女たちが逃げるためじゃなかった。
「なんやえらいことが起きとるけど、心配あらへん! だ、だからみんな、落ち着いて、ウチらの言う通り避難してやー」
避難指示。彼女たちだって本当は怖くて逃げ出したいはず。その証拠に声が震えている。それでも彼女たちは自分たちの避難よりファンたちの避難を優先していた。
「アンタがどこの誰かもわからへん。けど、艶美やウチらのために命張ってくれてるっちゅうことはわかったつもりや」
「だからあたしたちも、できることをしないといけないって思って」
私たちの行動が、想いが、愛奈さんたちを動かした……?
「ほんまにおおきにな、小さい魔王様」
「ありがとう。つーちゃんを……あたしたちの仲間を、お願いします……!」
立花さんと愛奈さんはペコリとお辞儀をし、避難する観客たちの後を追うように駆け出した。
私には二人の言葉に反応を返すだけの余裕はなかった。だけど、二人の想いは受け取ることができたと思う。
「ぐ……ぐぐ…………だぁぁぁッ!!」
渾身の力でマリン・レヴィアの攻撃を逸らし、直撃は免れた。
だけど会場内はお互いの水の魔法のぶつかり合いのせいで水浸しに。気付けばアリーナは深さ数メートルのプールのようになっていた。
「ハァ……ハァ……。な、なんとか……みんなを避難……させられました…………」
かなり消耗してしまったけど、大勢の人々の危機は去った。それだけで心が軽くなった気がした。
だけどすぐに、重苦しい感覚が私の胸を襲った。
「よくも……よくも愛奈たちを逃がしてくれたわねぇ……!!」
感情を露わにするマリン・レヴィア。その想いに呼応するかのように、彼女の魔力も増幅していく。
変化は魔力の強さだけに留まらない。彼女の声が、綺麗な歌声の時とはまるで別人のようにドス黒くなっていく。
無数の鱗でできたアイドル衣装も、鱗が剥がれ落ちたのか、水着並みの面積になり、肌が露わに。
でも、一番注目すべきは彼女の下半身だった。鱗で覆われ、先端に人間のような足はなく、代わりに尾ヒレ状のものが。――まさに人魚のようだった。
「ようやくらしい姿になったようだな、レヴィア」
「そ、それじゃあこの姿が本来の……?」
人魚のような姿。これがレヴィアの真の姿ということみたい。
「“海獣の様相”。アイドルライブには衣装チェンジも付き物……でしょー? キャハハ♪」
ついに正体を現したマリン・レヴィアとの戦いが幕を開ける――
お読みいただきありがとうございました。
続く第57話も投稿しております。よろしければお読みください。




