第050話 迫る開演
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
私は走っていた。美多摩の街を、駅へと向かって。目的は一つ、美多摩海浜アリーナへ向かう電車に乗るため。
白峰神社は駅や線路から結構離れた場所にある。普段は静かでいいけど、こういう時は最寄り駅までの距離が遠くて大変だ。
『急げ舞桜! ライブとやらは大勢の人間が集まるのだろう? 間に合わなければ……』
「ハァ……ハァ……。わ、わかっています……!」
私たちの想像通り、艶美さんがレヴィアに取り憑かれているとしたら。万が一ライブ中にデビライズでもされてしまったら。ベルゼの時以上に多くの人が危険に晒されてしまうだろう。そんなことは絶対に阻止しなくちゃいけない。
とは言え初夏の陽気の中、全力疾走というのはやっぱりキツい。どんどん汗が流れてくる。
(でも今はそんなこと、気にしていられないよね……!)
すれ違う人たちの視線も無視し、駅への道をひた走る。
「ハァ……ハァ……。み、見えてきました……」
『あれが駅というやつか』
数キロメートル走り、ようやく最寄り駅の“神楽町駅”に辿り着いた。ハンカチで汗を軽く拭い、駅舎内に入る。
「え、えーっと、海浜アリーナは……あ」
海浜アリーナ行きの路線を確認し、改札を通ろうとしたところで……ふとある考えが浮かんだ。
『どうした?』
「ルーシーさんと二人での移動ですし、この場合運賃も二人分支払うべきなんでしょうか……?」
ルーシーさんと二人で移動と言っても彼女は今私の心の中にいる状態。他の人からは見えない。普通に考えたら一人分でいい。むしろ二人分支払うのは不可解な行動と思われるかもしれない。
『おい、こんなところで悩んでいる場合か?』
「…………」
確かにルーシーさんの言う通りだ。今はこんなところで悩んでいる場合じゃない。
――チャリンチャリン。……ピッ。
どうするのが正しいのかわからない。だから自分が一番納得できそうな選択をした。
ルーシーさんの分の切符を買い、財布の中へ。そして改札へ向かい、スマホの交通系ICアプリで入場した。
『まったく、律儀な奴め』
「い、いいんです、これで」
『フッ……。まあ私も、お前のそういうところは嫌いではないぞ』
二人分の運賃を支払い、電車へと乗り込む。日曜日の昼間ということもあり、私服の人が多く、車内も席は埋まっていたけど満員というほどじゃなかった。
『初めての電車……レヴィアの奴が絡んでいなければじっくり堪能したかったのだがな』
『それはまた今度、ですね』
今はレヴィアを止め、艶美さんを助ける。それが何よりも重要だ。
スマホの時刻表示を見つめる。現在の時刻は10時40分。開場は12時、公演開始は13時。
(大丈夫、十分間に合うはず)
そう信じ、電車に揺られながら会場を目指す。窓から見える景色も田舎町の静かな雰囲気から高層のビル群に変わってきた。もう少しで海や目的地の美多摩海浜アリーナも見えてくるはずだ。
(艶美さん……)
Gracie☆Stellaの三人が映るスマホを握りしめながら、最寄り駅の到着を今か今かと待った……
『おぉ……。同じ街でもこんなに雰囲気が変わるものなのだな』
感嘆の声が頭の中に響く。確かに同じ美多摩市内なのに、この“美多摩海浜駅”周辺は私が住んでいるエリアとは雰囲気がまるで違う。この辺りの景色を見るとやっぱり美多摩市は地方都市と呼ぶに相応しい感じがする。
でも今は感心している場合じゃない。会場となる海浜アリーナへ急がなくちゃ。
『しかし人間が多いな……。間を縫って走るのも骨が折れそうだ』
『それでも急がないと!』
『わかっている』
人混みを掻き分け……というほどではないけど、全力疾走は難しい。それくらいの人通りはあった。
「ぽぽ〜♪」
「きゃー、かわいい〜!」
走る私の耳に聞き覚えのある軽快な声とそれに反応する女性の声が。そちらへ視線を向けると……いた。見知ったタコ型の可愛らしいマスコットが。
「ポルポッドちゃん!? こんなところにも……」
『むしろ近くにレヴィアがいる裏付けかもしれんぞ。見ろ』
ルーシーさんに促され、視線を周囲へ向けると色とりどりのポルポッドちゃんが。宙を舞ったり、女の子たちに撫でられたり、物陰からひょこっと覗いたり。
「わぁっ!? ポルポッドちゃんがいっぱい……!」
『…………』
私が驚いて声を上げているのとは対照的に、ルーシーさんは黙り込んでしまった。何かを考え込むように。
『ルーシーさん?』
『いや……。もうここまで来た以上、考えても仕方がないことだった。行くぞ、舞桜』
『……?』
少し気になるけど……。急がないといけないことに変わりはない。私は再び会場へ向け走り出した。
「す、すごい……!」
ライブ会場前までやってきた私たち。時刻は11時半過ぎ。どうやら開場時間には間に合ったみたい。そして今、私たちの視界には大勢のGracie⭐︎Stellaファンの姿が。
『これが全て艶美たちのファンか。一体どれだけいるのやら……』
千や二千じゃきかないくらいの人数が会場前で列を作り、開場の時を今か今かと待っているみたい。中にはスマホの画面を確認したり、チケットをじっと見つめている人も。
……チケット?
「る、ルーシーさん、大変です!」
『なんだ? どうした?』
「私たち、チケットなんて持っていませんよ!」
完全に見落としていた。私たちは別にライブを観に来たわけじゃない。レヴィアの心配がなければぜひ観てみたかったけど、残念ながら今日の目的は違う。
でも、会場に入るにはチケットが必要になるのでは? たとえライブを観るつもりじゃなかったとしても。
『ならば強行突破する他あるまい』
「そ、それはさすがにまずいんじゃ……」
『緊急事態だ。止むを得んだろう』
確かに緊急事態だ。万が一レヴィアが艶美さんとデビライズしてしまったら。依代の艶美さんはもちろん、傍にいる愛奈さんや立花さん、観客のみんなも命の危機に晒される。あーだこーだと言っている場合じゃないのかもしれない。
「で、でも強行突破って……。具体的にはどうすれば……?」
『デビライズして行けば良かろう』
「ええっ!?」
ルーシーさんとデビライズしたクイン・ルシフェリア。あの姿なら確かに強行突破できると思う。たとえ警備員さんが立ちはだかろうとも。
だけどあの露出度MAXのビキニアーマー姿に、こんな大勢の前で変身して侵入というのは避けたい。切に。
「……や、やっぱり強行突破は良くないと思います! 何か方法を、もしくはどこか入れる場所がないか探しましょう!」
『この期に及んでまだそんな悠長なことを……』
「ほ、ほら、ここで変身してレヴィアにバレてもまずいですし……」
もっともらしい言い訳をしてデビライズを回避していく。あくまでもデビライズは最終手段。少なくとも私の中での位置付けは。
『……仕方がない奴だ。ならばさっさと他の手段を探すぞ』
少し不服そうな魔王様と共にファンたちの方へ視線を向けると、何やら列が2種類に分かれているようだった。そしてそれぞれの列の最後尾にプラカードを持ったスタッフさんの姿が。
『「物販列」、それと「入場列」と書かれているな』
それぞれの列の先頭へ視線を向けると、どうやらどちらの列もアリーナ会場の中には入れるみたいだった。ただし入口は違うみたいだけど。
「入場列はチケットをお持ちの方のみお並びいただけまーす! 物販列はチケットのない方でもお並びいただけまーす! 開演前にグッズをご覧になりたい方はまずは物販列へお並びくださーい!!」
誘導係のスタッフさんの叫ぶ声が聞こえてきた。どうやらチケットがない私でも物販コーナーになら入れるみたい。
『どうする? とりあえず物販列でも中には入れるようだが……』
物販列に並んで中に入ったところで結局中でチケットの確認はされるだろう。そこでチケットの確認ができなければ艶美さんのいる会場へは辿り着けない。
でも、距離は確実に近づくはずだ。近くまで行けばなんとかなるわけでもないと思うけど、それでも外からクイン・ルシフェリア姿で強行突破するよりは打つ手がありそう。そんな気がする。
「……行きましょう。細かいことは中に入ってから考えます」
『そうと決まれば並ぶぞ』
「……はい!」
焦る気持ちを抑えながら、物販列の最後尾へ。
――ライブ開始まであと1時間。
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