第049話 加速する疑念
「ふぅ…………」
今日は朝からいろいろな出来事が目白押しだった。
突然感じた無数の気配に誘われ、街へ飛び出し、それからポルポッドちゃんの主探しであちこちを走り回り、さらには鮫の魔族・スカリオとの戦闘もあった。おかげで今日は神社に一切顔を出せなかったよ……
「ハァー…………。疲れた身体を癒すにはやはり湯浴みが一番だな」
そう語るのは“傲慢”を司るとされている元魔王様。普段は私の心の中に居候しているけど、今は共に入浴中だ。
「それには同意しますけど……。それにしてもルーシーさん、随分我が家のお風呂に馴染んできましたね」
もはやこの光景も日常と化しつつあった。和風の檜風呂に西洋の悪魔のような角を生やした女性が入っているというミスマッチ具合なのに。
「人間界の『シャンプー』や『ボディソープ』とやらにも慣れてきたしな」
なぜか少しだけ誇らしげなルーシーさん。そう言えば先日、初めて一緒にお風呂に入った時は傷口に染みて人間への恨み言を言ったりしていましたね……
「もう傷口に染みたりはしないんですか?」
「うむ。慣れもあるのだろうが、傷自体がほぼ治ってきたからな。ほれ、見てみろ」
「ちょっ!?」
同性とはいえ、裸を見せつけられるのはやっぱり恥ずかしい。ルーシーさんは隠すべき場所も隠さないから余計に、だ。
「か、隠して! 隠すべきところはちゃんと隠してください!!」
「まったく、相変わらずだなお前は」
それはこちらの台詞だ。相変わらずルーシーさんには恥じらいが足りない。ううん、足りないというか微塵もない。少しは目のやり場に困るという感覚を理解してほしいところ。
「というか私よりお前だ。お前は平気なのか?」
「えっ?」
「スカリオとの戦いで結構傷ついたろう? 滲みたりせんのか?」
言われてみれば確かに。スカリオの攻撃を何度も浴びせられた。でも、特に滲みたりはしない。
(そう言えば戦っている時も擦り傷・切り傷より打撲系の痛みの方が多かったような……)
そう思っていると、ルーシーさんが強引に私の腕やお腹を確認し始めた。
「ちょっ、ルーシーさん!? 恥ずかしいですって!」
「ふむ……。思ったより傷が少ないな。これも霊力による防御のおかげか?」
恥ずかしがる私のリアクションなど気にも留めず、思考を巡らせている様子のルーシーさん。
(でも、確かに思ったより傷が少ないような……? ルーシーさんの言う通り、霊力のおかげなのかな……)
単に内出血系のケガばかりで、今は目立っていないだけ。その可能性もあるけど……
明日以降、全身痣だらけになったりしていないことを祈りたい。
ルーシーさんとのバスタイムを終え、ベッドに座りながら今日の出来事を思い返していた。
「ルーシーさん。ポルポッドちゃんやスカリオが現れたのって“嫉妬”の漆罪魔……レヴィアでしたっけ? その人が動き出したから、なんですよね?」
『ああ。そう見て間違いないだろうな』
やっぱり。ルーシーさんや先日戦ったベルゼと同じ漆罪魔。七人しかいないとされる特別な上級魔族の一人が動き出しているんだ。
「漆罪魔ということはやっぱりレヴィアも、自分に合う依代を用意しているんでしょうか? ベルゼの時のように」
『恐らくな。レヴィアの奴は喧しいし年増だし言葉は軽いが……。頭まで軽くはない』
「と、年増って……」
前にも一番相性が悪いとは言っていたけど、やっぱりルーシーさんはレヴィアのことが嫌いみたい。でも「頭は軽くない」か……
『既に動き出しているところを見るに、恐らく依代も確保済みと見て良いだろうな』
「そんな……」
また誰かが、風茉さんのように利用されてしまうの?
『それに、私たちがベルゼを破った件は既に奴の耳にも届いているはず。となればベルゼ並か、それ以上に自身の性質に合う依代を用意しているだろうな』
「……つまり、強い嫉妬心を抱いているような人を見繕っている、ということですか?」
『うむ。その認識で間違いない』
嫉妬心。それ自体は多くの人が抱えていていると思う。隣の芝は青いという言葉もあるように、誰だって多少は自分と他人を比べて優劣を感じ、羨ましいとか妬ましいという気持ちを持つもの。
私だってあまり意識していないけど、どこかでそういう感情を抱いてしまっていると思う。例えば中学生らしい青春を謳歌している同級生とか。
でも、強い嫉妬心となると話は少し変わってくる。相手への強い執着心のようなものがないとそこまで強い想いにはならないはずだ。
――そして、私はその強い嫉妬心に、一つだけ心当たりがある。信じたくはないけれど。
「……艶美さんの絵馬。あれが本当に本人が書いたものだとしたら……」
『レヴィアに目を付けられても不思議ではないな』
艶美さんと思しき女性の絵馬に書かれていた「愛奈を蹴落とせますように」という願い。あの女性が本物の艶美さんだった場合、艶美さんはレヴィアにとって格好の標的になるだろう。だけど……
「……でも私、やっぱり信じたくはありません。艶美さんがあんな願いを書くなんて……」
『まだ艶美と確定したわけではない。だが……覚悟はしておけ』
「それって……」
ルーシーさんは艶美さんだと思っているということ? 確かに、艶美さんかもしれないと言ったのは私だけど……
『万が一艶美だった場合、お前がショックを受けるのもわかる。だがその時、あいつを止めてやれるのは恐らく私たちだけだ』
「……!!」
そうか。そうだよね。もしも艶美さんがレヴィアの手に堕ちてしまっていたとしても、私たちなら助けられる。
……ううん、私たちにしか助けられないんだ。
「……ありがとう、ルーシーさん」
『フッ……。礼ならばレヴィアの奴をぶっ飛ばした後でゆっくりと聞こう』
だから今は休め。そう言うとルーシーさんは沈黙した。きっと眠りについたんだろう。
明かりを消し、私も横になるとすぐに意識が闇へと溶けていった……
翌朝。いつものように身支度を整え、神社へとやってきた。私の正装に着替えるべく社務所に入ると――なんだか空気が重い。一体どうしたんだろう?
「えっと……何かあったんですか?」
「ああ、舞桜ちゃん。実は瞬の奴がね……」
巫女の先輩である古都音さんが事情を説明してくれた。すっかりGracie☆Stellaにハマってしまった神主の瞬さん。
どうやら彼は今日のライブのチケットを転売ヤーから購入して手に入れたらしい。でも、チケットの注意書きを読んで愕然。その理由は――
「有償・無償を問わず、譲渡されたチケットじゃ入れないなんて……! そんなの、取引の時には一言も言ってなかったのにぃッ!!」
ハマった時にはもうチケットの販売が終了していたため、止むなく転売ヤーから購入したものの、譲渡されたチケットは使えない、とのことらしい。
「そ、それは……災難でしたね……」
「いいのよ舞桜ちゃん。ミーハーで次々といろんな女の子にハマるこいつが悪いんだから」
「は、はぁ……」
確かにイメージはあまり良くない気はする。でも古都音さんの当たりも少し強いような? 私の気のせいかな……
「あの……古都音さん、瞬さんに対して少し怒っていたりします……?」
恐る恐る訊いてみると案の定。でも、その理由は意外なものだった。
「ええ。だって瞬ったら一昨日はポルポッドちゃんなんて可愛くないとか言ってたくせに、グレステの艶美って子も好きらしいって聞いたら『俺も前から可愛いと思ってた』なんて言い出すんだもの」
「えぇ……」
これはさすがに瞬さんが悪い。私でもそう思った。
『……待て。今、艶美がポルポッドを好きだと言ったか?』
『ルーシーさん? え、ええ。そう言っていましたけど……』
急にこんな雑談に反応を示すなんて、一体どうしたんだろう?
『瞬の奴に、どうやってその情報を知ったのか訊け』
『えっ!? い、いいですけど……』
ルーシーさんがここまで言うなんてきっと只事じゃない。そう思い、瞬さんに尋ねてみた。
「えっ? もしかして舞桜ちゃんも艶美ちゃんのこと……」
「そ、それより教えてください!」
私の問いに、瞬さんは1枚の画像を見せながら答えてくれた。その画像にはポルポッドちゃんを抱く艶美さんの姿が。
「いやー、まさか艶美ちゃんが、ポルポッドちゃんが流行り出す前から好きだったなんてなぁ……」
瞬さんからしたらそれはポルポッドちゃんに興味を示す一因。だから語ったに過ぎない。だけど。
『……流行り出す前から艶美はもうポルポッドの精神干渉を受けていたのかもしれん』
『えっ!? そ、そんなことって……』
じゃあやっぱり艶美さんはレヴィアに……?
艶美さんを信じたい気持ちが強く揺さぶられていく。
「あー、本当にライブ観に行きたかったなぁ! せっかく市内まで来てくれてるんだからさぁ」
「えっ……?」
Gracie☆Stella――つまり艶美さんが市内まで来ている。私の意に反して答え合わせが進んでしまう。
「か、会場って市内のどこなんですか!?」
「ど、どうしたの舞桜ちゃん? 急に……」
瞬さんにお願いし、例の転売ヤーから入手したチケットを見せてもらう。そこには当然会場名も書かれていた。
――“美多摩海浜アリーナ”と。
行くべき先が定まった私は巫女見習いの役を放り出し、会場へと走り出した――
お読みいただきありがとうございました。
続く第50話も投稿しております。よろしければお読みください。




