第048話 冷酷な愉悦
美多摩市のとあるホテルの一室。今をときめくアイドル・志藤艶美――の姿をした“嫉妬”の漆罪魔・レヴィア。彼女は例によって季節外れの水風呂を楽しんでいた。
「あー、怠かったぁ。艶美ちゃんのフリも楽じゃないわねぇ、まったく」
明日に迫ったGracie☆Stellaのライブツアー初日公演。今日は一日中そのリハーサルだった。
レヴィアはこのリハーサルに、自身が依代としている艶美のフリをして参加していたのだ。
レヴィアはルシフェリアとは異なり、人間との共存など望んでいない立場。本来なら一切必要のない行為。
しかし、彼女にはここまでする理由があった。それは――
「最高のステージでルシフェリアのガキンチョをブチのめすためとは言え、やっぱりかったるいわぁ……」
そう。彼女の目的はルシフェリアを始末すること。それも、できるだけド派手に。その舞台に人気アイドルユニット・Gracie☆Stellaのライブステージという大舞台を選んだ。だからこそ、その準備にも手を抜くわけにはいかなかったのだ。
そこまでする必要性を疑問視する者もいるだろう。事実、彼女の部下の中にもそう思う者も少なくなかった。もっとも、そういう連中は大抵もうこの世にはいないのだが。
何故レヴィアがここまで力を入れるのか。それは人間の味方をする愚かな元魔王を、大勢の人間たちの見守る中叩き潰すため。そして妬ましい小娘と人間たちの希望、その両方を同時に打ち砕くためだ。
――コンコンコン。
彼女がキンキンに冷えた浴槽で寛いでいると、浴室の扉をノックする音が。
「……ハァ。どうせまたポルヴォでしょー? 今度は何よぉ?」
「レヴィア様、失礼いたします。スカリオが只今戻りました」
浴室の扉を挟んで話しかけてきたのは彼女の予想通りポルヴォ。タコのような姿の魔族で、彼女の側近を務めている。もっとも、今は紳士風の男性にソウルダイブしているのだが。
「ふーん……」
大して興味がない。そんな調子で返すレヴィア。しかし行動は違っていた。冷たい湯船から上がり、身体についた水滴を氷の魔法で一気に散らす。――これも彼女のお決まりの仕草だ。
艶美の身体には似つかわしくない、生地面積の少ないバスローブを羽織り、ポルヴォ、そしてスカリオと対面する。異性だというのに、全く恥じる素振りもなく。
「……でー?」
備え付けの化粧台の上に腰掛け、部下たちを見下す。今の姿を万が一誰かに見られたら間違いなく艶美のスキャンダルになってしまう。それくらい行儀が悪かった。
「サメちゃんてば、随分とボロボロじゃなぁい? キャハハ♪」
「……チッ」
主に対し、舌打ちで返すスカリオ。部下とは思えぬ無礼な態度。もっとも、レヴィアの方も彼に対し忠誠心など期待していないのだが。
「それでー? ポルポッド消失の件、原因はわかったのかしらぁ?」
「…………」
――ギリギリギリ。
軽い調子のレヴィアが癪に障るのか。それとも何も返せない己の不甲斐なさのせいか。静寂の中にスカリオの歯軋りの音だけが響く。
「答えられないかぁ……。ま、そっちは全然期待してなかったからぁ、そう気を落とさなくていいよ、サメちゃん♪」
端からお前には期待していない。そう意味する主人の言葉に、ついに部下の鮫男の怒りが沸点を超えたようだ。
「てめぇッ!! 馬鹿にすんのもいい加減にしやがれッ!!」
今にもレヴィアに殴りかかりそうな勢いのスカリオ。だが、レヴィアは一切動じない。眉一つさえ動かしたりはしない。
「馬鹿にされたくなきゃルシフェリアの首の一つでも持ってくりゃいいだけじゃーん? でもぉ、それもできなかったんでしょー? キャハハハッ♪」
「てめぇ、知って……!」
スカリオの失態を、レヴィアは既にしっかりと把握済みであった。彼の外傷を見ればおおよそのことは察せるだろう。しかしレヴィアは確度の高い憶測ではなく、事実として知っていた。
「アンタやルシフェリアみたいな脳筋ちゃんはバトルに夢中で気付かなかったっぽいけどー、こっちはちゃんと監視もしてたってコト♪」
消失した個体群とは別のポルポッドたちを現場へ向かわせ、そこから情報を得ていた。そう語るレヴィア。
「じゃあてめぇ、なんで俺を向かわせた?」
「アハハハッ♪ そんなの簡単よん♪」
憎たらしいほどの笑みを浮かべながら、レヴィアは語る。
「このアタシ直々にブチ殺すだけの価値が、今のじゃりン子にあんのかチェックしとこうと思って」
「……端から俺を、ルシフェリアの力を測るためのバロメーターにしてやがってたのかよ……!!」
拳を握り、鋭い牙をギリギリと軋ませるスカリオ。そんな彼の言葉を、相変わらずの軽い声色で肯定する“嫉妬”の漆罪魔。
「ついでにポルポッドの件もわかれば一石二鳥くらいに考えてたけどぉ……。ま、アンタみたいなお馬鹿にはやっぱ無理だったみたい。キャハハ♪」
「……ぶっ殺すッ!!」
スカリオはレヴィアに明確な殺意を向け、飛びかかった。
――はずだった。
だが、スカリオの暴君の牙も、鰭の斬撃も、届くことはなかった。
ほんの一瞬だけ。艶美の姿に重なるように、人魚のような姿をした女性の姿が浮かび上がる。次の瞬間に部屋に広がっていたのはキラキラと輝く粒子たち。それはまるで風に流れるダイヤモンドダストのようだった。
「うっさいのよ糞ザメ。……ま、これで静かになるだろうけど」
キラキラと輝くダイヤモンドダスト。その正体は一瞬のうちに凍結粉砕されたスカリオだったもの。――そう、彼は粛清された。
「うぇー、くっさぁ……。部屋が魚臭くなっちゃったわぁ。アイツ、ちゃんとお風呂入ってたのかってーの」
部下を一人殺めたというのに、一切の罪悪感を抱かない冷酷な主。その関心も早くも彼の命ではなく、“傲慢”を司る漆罪魔へと移る。
「アンタのことはあっさりとは殺してあげないんだから。ねぇっ、ルシフェリアちゃん♪」
“嫉妬”の漆罪魔の愉悦に満ちた声が、美多摩市の夜に溶けていく――
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