第047話 覚悟の一撃
鰭の斬撃による猛攻に怯んだ私に襲いかかったスカリオの追撃。腹部に鈍い痛みが響く。
だけど、それ以降の追撃はなかった。恐る恐る目を開け、腹部の辺りに視線を向ける。普段なら腹部は露出し、おへそがバッチリ見えてしまうけど、今は見えない。
下半身が斬り裂かれた――なんてショッキングな映像が飛び込んできたりはしない。ある意味ショッキングな映像には違いなかったけれど、私の腹部も、下半身もまだ無事だ。
私の腹部が見えなかった理由。それはスカリオの頭部があったから。スカリオは大きな顎で私の腹部に噛み付いていたのだ。鈍い痛みは噛み付かれた時の衝撃によるものだったみたい。
「俺の“暴君の牙”が通らねぇ、だと……?」
私の腹部、正確には腹部を守る霊力の膜のようなものに牙を立てたまま、スカリオは呟いた。
――ガシッ! ガシッ!
「クソッ! クソッ! なんで俺の牙が通らねぇ!? こいつも霊力の仕業か!?」
スカリオは何度も顎を開閉して私の腹部に牙を立ててくる。その度に鈍い痛みが走る。
でも、痛いだけだ。この様子なら牙が腹部に突き刺さったり、顎で噛み砕かれる心配はなさそう。
だけど鮫が腹部に噛み付いているこの絵面を見続ける、というのは精神的にキツい。
じたばたして抜け出そうと試みるも、上手くいかない。牙は通らずとも、強い顎の力で固定はされてしまっている。すると脳内に魔王様の声が。
『舞桜、ベルゼと戦った時のことを覚えているか?』
『べ、ベルゼ……?』
こんな状況で急に何を? そう思いつつも彼女の言葉に意識を向ける。
『パラライズボディだ。相手と密着しているこの状況にうってつけの技じゃないか?』
『そ、そうか! そうですね!』
パラライズボディ。身体中に電気を帯びて相手を痺れさせる電撃攻撃だ。エネルギーを全身に行き渡らせ、一気に放電する。見るからに水属性のスカリオには効果覿面だろう。
思案を巡らせている間、私を咥えたスカリオはさらにダメージを増すため、彼の頭を左右に激しく振り回していた。ワニが獲物の肉を噛み千切るために行うデスロール。あれに近い攻撃かもしれない。
ブンブンと振り回され、目が回りそうになる。腹部への鈍い痛みもある。
でも――それだけだ。スカリオの牙が私の腹部を貫くことはない。その間に私たちの準備が完了する。
『……ルーシーさん、充電完了です!』
『よしっ、行けぇ舞桜ッ!!』
ルーシーさんの合図で全身から強力な電流を放出。密着していたスカリオの身体に流れていく。
「ぐぉぉぉぉぁぁぁぁぁッッッ!!!?」
スカリオの苦痛に悶える叫びが轟く。弱点属性の魔法をゼロ距離で受けたんだから無理もない。
「お、おのれぇ……。こ、こんな……攻撃で……!!」
スカリオは私をロックしていた顎を外し、私から距離を取った。一度体勢を立て直すためだろう。
私の方も体勢を立て直し、身構える。
それにしても、先ほどの一撃で彼はかなりのダメージを負ったはず。だけど私を睨む目は未だ鋭い。まだ闘志が燃え盛っている、そんな目だ。どうやらまだまだ戦う気らしい。
「漆罪魔だろうがなんだろうが、俺は負けねぇ!!」
三度光るスカリオの鰭。次にどんな攻撃が来るのか、もうわかる。だからこそ身震いしてしまう。
「ま、またあの攻撃…………」
『臆するな舞桜。私たちがその気になれば恐れるような攻撃ではないはずだ』
そうは言っても未だ攻略できていない攻撃。先ほど痛めつけられた技。怖くなっても仕方がないと思う。
『仕方がない。ならば衝撃波には衝撃波だ』
『衝撃波?』
『エアーバレット。あの要領で今度は空気の弾丸ではなく衝撃波を打ち出せ!』
弾丸じゃなくて衝撃波? イマイチピンときていないけど、やるしかない。
スカリオの放つ衝撃波を真似するイメージで、両拳を交互に突き出し、魔力を放つ。放たれた魔力は風属性の衝撃波となり、スカリオの鰭の斬撃と激突する。
――ボッ! ボッ!
衝撃波同士がぶつかり合い、爆発音が響く。直後、威力の衰えた衝撃波が私を襲った。
「くっ……!」
『チッ、完全に相殺は無理か……!』
風属性の衝撃波である程度緩和できたけど、完全に打ち消すことはできなかった。衝撃波が身体を覆う鎧を揺さぶる。
当たっても大したダメージにはならなくなった。でも、私たちの霊力や魔力も無限じゃない。このままじゃジリ貧だ。
そして長期戦になるほど、スカリオが憑依している人間の生命力も失われていく。
「ど、どうしたら……」
『今は奴の方が優勢かもしれん。だが攻めあぐねているのは奴も同じはずだ』
確かに、鰭の斬撃も先ほどより効果が出ていない。スカリオもこのまま続けていてもジリ貧だと感じていても不思議じゃない。
『逆に隙を見せて誘うんだ。例えばこちらが痺れを切らして突っ込んだように見せかけて、な』
「ええっ!?」
今は風の衝撃波で鰭の斬撃の威力を緩和しているから耐えられているけど、本来の鰭の斬撃は強力だ。そんな攻撃が何発も飛んでくる状況でスカリオの方へ向かえと言うの!?
『そ、そんな! 無茶ですって!』
『だからこそ意味があるんだろう?』
『…………』
正直怖い。一発一発がアスファルトさえ抉る一撃。そんな攻撃が何発も迫る中、逆に突っ込んで行くなんて正気とは思えない。でも……
『やるしか……ないんですよね?』
『ああ。依代の人間を死なせたくなければな』
そう言われてしまったらもうやるしかない。そしてやるからには絶対に決めなければ。
スカリオに向かってダッシュするとして、問題はその後だ。どうすれば……
『スカリオの属性は水……。弱点は雷……』
あとは雷の一撃をどうぶつけるか。パラライズボディは効いてはいたけど、決定打にはならなかった。ならばもっと強い電撃を浴びせる必要がある。
『……ルーシーさん』
『どうした?』
『ほぼ同時に、複数の属性の魔法を使うこともできたりしますか?』
ただ電撃を放っても当たらないかもしれない。それなら複数の属性を組み合わせて電撃を叩き込む隙が作れれば、と思ったんだけど……
『フッ、前にも言ったはずだ』
ニヤリ、と。頭の中に、魔王様の笑みが浮かぶ。
『イメージさえすればあとは私が形にしてやる、とな』
その返事を聞いた私は安堵した。それならきっとできる。きっと上手くいく。そう感じたから。
――トントンッ。
私はつま先で地面を軽く叩き、覚悟を決めてスカリオの方へ向かって走り出した――
鰭の斬撃が向かってくる中、私は走り出した。むしろ攻撃の、スカリオのいる方向へと。
(イメージするんだ、身体中から迸る稲妻を!)
走りながら、私は雷のエネルギーを蓄え始めた。身体の周りをバチバチと青白い電撃が迸る。
「馬鹿が! 自分から鰭の斬撃の餌食になりに来やがったか!」
当然スカリオは鰭の斬撃を放ってくる。私を跳んで火に入る夏の虫かと嘲笑いながら。
(……来た! 今だッ!!)
スカリオの鰭の斬撃を回避するため、私は風の魔法で足元の空気を爆発。その勢いで宙へと飛び上がった。
「何ッ!? ……なんてなぁ!」
しかしスカリオは驚いてはいないみたいだった。どうやら私の行動は読まれていたみたい。だけど、今さら止まれない。
「読めてんだよ! そうやって攻略しようとしてきた奴を、こっちは何人もぶっ殺してんだからなぁ!!」
宙を舞う私を目掛けて、スカリオは鰭の斬撃を放ってきた。
「私だって……読めてます!!」
もう一度足先で空気を爆発させ、今度は急降下。そしてスカリオの鰭の斬撃を回避する。
「へっ、そっちに向かったらもう俺には届かねぇ!!」
スカリオの言う通り、私は鰭の斬撃を回避するための動きでダッシュ前の位置まで戻ってきてしまった。
――でも、それでいいんだ。
走り出す前につま先で地面を叩いたのは別に私の癖でも、靴のフィット感を整えたわけでもない。
――ゴゴゴッ!
アスファルトが隆起し、岩でできた巨人の手が現れる。フライやベルゼに叩き込んだあの攻撃だ。その巨人の手の一撃を振るう。
――私自身に向かって。
自分自身に巨人の手の一撃をぶつけ、その勢いでスカリオの方へと向かう。正直スカリオの暴君の牙よりも効いた。霊力の膜による防御があるとは言え痛い。でも、ここで怯むわけにはいかない。
巨人の手に薙ぎ払われた勢いのまま、私はスカリオに突っ込んだ。電撃を纏ったまま。
「こ、こいつ、正気か……!?」
スカリオも私の狙いに気付いたみたい。でももう遅い。スカリオが次の鰭の斬撃を出す前に、雷を纏った私のタックルが炸裂した。
「グッ、ガァァァッッッ!!」
スカリオの全身に電撃が駆け巡る。彼の絶叫が辺りに響く。
――ズサァァァ。
電撃タックルでスカリオを抱えたまま、ヘッドスライディングのような体勢に。
「い、いだだだだ……」
『……どんなイメージも形にしてやるとは言ったが、これは……』
――サァァァ……
ルーシーさんがドン引きしている音が聞こえた気がした。
「ちょっ!? ひ、引かないでくださいよ!」
『……お前、本当に虫も殺さなそうな顔なのに、意外とヤンチャだよな?』
「よ、幼少期からヤンチャだったルーシーさんにだけは言われたくありませんよ!」
私たちが言い争いをしていると、スカリオの身体が光り出し、依代となっていた男性の姿に。
「ち、チクショウ……! こんな攻撃で……!」
デビライズが解け、本来の姿を露わにするスカリオ。全身に傷や電撃で焼けたような跡が。足元もフラフラで、立っているのもやっとのようだ。
「癪だが、今回は俺の負けだ……。だが、次に会う時は……もっと俺に適した依代を用意して……必ずてめぇらを……ぶっ殺してやるぜぇ……!!」
今はもう戦う意思はないみたい。でも、その瞳にはまだ殺意がこもっているように感じられた。
「フン、何度来ても同じだ。何度だって返り討ちにしてやる!」
「ちょっ、ルーシーさん! またそうやって煽るようなことを……」
今回だってやっと勝てたんだ。さらに適した依代を用意してのリベンジなんて遠慮したい。全力で。
水のオーラを纏い、飛び去っていくスカリオ。今回もなんとか魔族の脅威を退けることができた……のかな?
――パァァァ……
身体が光に包まれ、ボロボロの魔王の装いがピンクのブラウスや紺のスカートに変わっていく。
『しかし、レヴィアが動いているのはわかったが、結局ポルポッド消失の理由はわからなかったな』
「あっ……」
そう言えば元々はポルポッドちゃんの集団が消えた理由を調べに来たんだった。
でも今日はもうくたくただ。スカリオの攻撃や岩の手のせいで身体のあちこちも痛むし。
“嫉妬”を司る漆罪魔・レヴィア。新たな漆罪魔が人間界に来て、動き出している。
(やっぱり、また戦うことになるんだよね……?)
不安の消えない日々は続く――
お読みいただきありがとうございました。
続く第48話も投稿しております。よろしければお読みください。




