第044話 主を探せ!
街に現れた無数の魔力の反応。人間界の危機かもしれない。その可能性が私を焦らせる。焦りが私の心臓を騒がせる。
「ハァ……ハァ…………!」
街の様子を確認するために家を飛び出した私は走っていた。脇目も振らず、全力で駆けていた。だけど……
『……待て。妙だ』
「えっ?」
――ズサァァァ。
足で急ブレーキをかけ、ダッシュを中止。ルーシーさんの言葉に耳を傾ける。
『反応を感じた方向に向かってきたつもりだが、反応の強さが一向に変わらん。距離は近付いているはずなんだが……』
反応の主との距離が近付いているのに、反応の強さが変わらないというのはどういうことなんだろう? どんな可能性が考えられるのかな?
『まさか、ないと思っていたが、微弱な魔力しか持たない魔族が大量に人間界にやって来ているのか……?』
あれ? あまり強い力を持っていない魔族たちなら、そこまで恐れる必要はないのかな?
そう思ったけど、その考えはすぐに否定された。
『微弱な力と言っても、それはあくまで私たちのような戦える者基準だ。普通の人間にとっては十分脅威になり得るぞ』
「そ、そんな……!」
『私たちがなんとかせねばな。一体どれだけの数を相手にしなければならんのか、想像もつかんがな……』
反応の数は百や二百じゃきかないと言っていた。それだけの数の魔族を私たちだけで撃退する。そんなことができるのかな……
焦りより不安が勝ってきた。思わず俯いてしまう。しかし――
「ぽぽ〜♪」
突如、私の耳に届く声。緊張の糸が切られそうになる、軽快で可愛らしい声だった。
顔を上げ、声の主へ視線を向けると、そこには宙に浮かぶ丸みを帯びた物体が。
「ぽぽぽ〜♪」
「え……?」
茶色い壺型の容器からひょこっと丸い顔を出したタコのような生き物。そう、謎のマスコットキャラクター・ポルポッドちゃんだ。
「ぽ、ポルポッドちゃん!? どうしてこんなところに……」
『……舞桜、周囲を見てみろ』
「周囲……? ああっ!?」
ルーシーさんに促され辺りを見回すと、そこには無数のポルポッドちゃんたちの姿が。
ある個体は忙しなく空を飛び、またある個体は木陰から覗き見するように顔を出している。他にも側溝に隠れたり、中には人の胸に抱かれている個体も。
「ど、どうなっているの……?」
『そうか! 反応の主はこいつらだ!』
「ええっ!?」
急にバズり始めた謎のマスコット。その正体は魔族!?
「えっ、じゃあポルポッドちゃんは魔族なんですか? あんなに可愛らしい見た目で?」
『いいや、違う。私としたことが、もう一つの可能性を見落としていた』
ルーシーさんの語るもう一つの可能性。それは――
『“使い魔”――魔族の能力で作り出した存在だ』
「使い魔……?」
また新たな言葉が。ルーシーさん曰く、使い魔は魔族のサポートを担う存在。
魔族なら誰でも作り出せるわけではなく、専門の知識が要るみたい。また、今回のように数百じゃきかないほどの数を一度に使役するには相当な魔力や経験も必要とのこと。
「ちなみにルーシーさんは……」
『生憎だが専門外だ。使い魔にはあまり興味が湧かなくてな……』
意外だ。好奇心旺盛なルーシーさんがあまり興味を抱かないなんて。
「あと気になったんですけど、ポルポッドちゃんたちが誰かの使い魔だとして、どうして街のみんなは平然と受け入れているんでしょう?」
じっとしているならともかく、こんなに動き回っていたら絶対に違和感を覚えるはずだ。
『ひょっとしたら精神に干渉する魔法が施されているのかもな。例えば奴らを愛玩動物と感じるように、とかな』
魔族の魔法はそんなこともできちゃうんだね。便利なような、怖いような……
『別に不思議なことではないはずだ。お前はもう知っているだろう? 魔族には人間を洗脳する力があると』
「そ、そうでした!」
魔族には人の心や身体を操る力がある。私には効かないみたいだからつい忘れがちだけど。
悪の心に付け込んだり、欲望を暴走させたり。今回のケースから察するに、どうやら使い魔をマスコットだと認識させることもできるみたい。
「それにしても、これだけの数の使い魔を放つなんて、一体何が目的なんでしょう?」
『それはまだわからんが……。こいつらから感じる魔力の質はあまり心地の良い感じはしないな。どうせ碌でもないことを企んでいるのだろう』
ポルポッドちゃんがどんな使い魔なのかもわからない今、この子たちの主がどんな魔族で、何を企んでいるかなんて見当もつかない。
「これからどう動きます?」
『このポルポッドとやらを片っ端から片付けていくのがいいだろう。たくさん片付ければ主が次の動きを見せるかもしれんしな』
片付ける。それはつまりポルポッドちゃんたちを退治するということ。
「うぅ、ちょっとやり辛いですね……」
『何故だ? お前は霊力のおかげで影響を受けていないだろうに』
「だって見た目は可愛いじゃないですか! こんな子たちをやっつけるのは気が引けますよ」
私は干渉を受けていないはず。それでも小さくて、ぽよぽよしていて、ぬいぐるみみたいに可愛らしいこの子たちを退治するのは躊躇してしまう。
『見た目に惑わされるな。こいつらは人間に危害を加えるかもしれんのだぞ?』
「ッ……!!」
人々を守るためには心を鬼にしないといけない。だけど私はそう簡単には非情になんてなれないよ……
「な、なんとかして……」
『?』
「なんとかして目的とか、誰が操っているのかとか突き止めましょう! もしかしたら退治せずに済むかもしれませんし!」
私の言葉が予想外だったのか、それとも怒らせてしまったのか、ルーシーさんは黙り込んでしまった。
「る、ルーシーさん?」
『…………ハァ。まったく、甘い奴だなお前は』
呆れたような声。だけどどこか優しさも感じる、そんな声。
『わかったよ。こいつらを片付けるのはひとまず後回しだ』
「い、いいんですか?」
『ああ。お前を説得するよりも、そちらの方がよっぽど簡単そうだからな。裏で手を引いている奴を探そうではないか』
斯くして私たちはポルポッドちゃんたちの主を探すことになった。
『……なぁ。やはり退治した方が早くないか?』
「駄目です!」
前言撤回が早すぎる。探し始めてまだ二十分も経過していない。
「あんなに可愛い子たちを手にかけるなんて、私は嫌です! それに……」
『それに?』
「みんなが可愛がっている前で退治なんてできますか?」
『…………』
魔族の力のおかげだけど、ポルポッドちゃんたちは既に多くの人間たちに受け入れられている。ううん、受け入れられているどころじゃない。完全に愛玩動物のように可愛がられている。
そんな彼らを、人々の目の前で退治するなんてハードルが高すぎる。生憎そんな度胸は持ち合わせていない。
『しかしだな、何の手がかりもなく探すというのは……』
突然、ルーシーさんが言葉を詰まらせた。別に発すべき言葉が浮かばなかったわけじゃないはず。じゃあなぜか。それは――
『ッ……! ポルポッドの反応が消えた? それも一つや二つではない。ある一帯にいた個体がまとめて、だ』
「え……?」
『撤退し始めたのか? それとも誰かが始末して……?』
ポルポッドちゃんは魔力で作り出された存在。戦う力はないかもしれないけど、普通の人間の手で退治できるものなのかな?
『人間が武器や兵器を利用すれば可能かもしれんが……。人間は街中で武器をぶっ放したりするものか?』
「いえ……。少なくとも今の日本ではそんなことはないと思います」
『そうだよな? しかしポルポッド以外の魔力も感じなかった。ということは他の魔族にやられたわけでもなさそうだが、これは一体……?』
ということはただ撤退しただけ。そう考えるのが自然なはずだ。しかし私たちはそう結論付けはしなかった。
『一部の地域だけ撤退というのは妙だ』
「それじゃあ……」
『ああ。実際にその現場へ向かってみるぞ!』
ルーシーさんの指示に従い、反応が急に消えた辺りへやって来た。塀に囲まれた、和風の大きな屋敷が近くに見える。
「この辺りみたいですけど、大きなお屋敷があるだけで特に変わったところはなさそうですね」
『戦いの痕跡もないな。やはり撤退しただけか?』
せっかくやって来たけど、ポルポッドちゃんが退治された痕跡は見つからない。完全に無駄足だったのかな?
『……む?』
「ルーシーさん?」
『舞桜、隠れろ』
「えっ? えっ?」
突然隠れろだなんて、一体どうしたんだろう? 疑問に思いながらも急いで物陰に隠れる。
『どうやら無駄足ではなかったようだ』
「え……?」
『神経を研ぎ澄ませてみろ』
目を閉じ、意識を集中する。すると遠くから猛スピードで何かが向かって来るのを感じた。
「つ、強い魔力の反応が、こっちに向かって来ています……!」
『ポルポッドたちの反応が消えたから、奴らの主が様子を見に来たのかもな』
急接近する魔族の反応。緊張が走る。嫌な汗が頬や背中を伝うのを感じる。自然と握り拳に力が入る。
反応がどんどん近付いてくる。向かって来る方角の空を見上げると、一つの黒い影が。
「あ、あれは……鮫? 鮫が空を飛んでいる!?」
『鮫……それにタコか。なるほどな』
「ルーシーさん?」
魔族の姿を見て、ルーシーさんは何かに気付いた様子。そしてついに向かって来ていた魔族が私たちの近くに。
水のバリアーを纏って空を飛んでいた鮫のような姿の魔族。屋敷の近くで停止すると、水のバリアーを解いた。
「チッ、“ポルヴォ”の奴に言われて来てみたが、何もいやしねぇじゃねぇか」
鮫のような鰭や牙を持ちながらも、人のような二本の腕と足を持つ魔族。目つきも鋭く、口調も荒々しい。外見通り、鮫のような凶暴性を感じる。見た目から感じる圧で足が震えてしまう。
「鮫とタコ、どちらも海の生き物ですけど……。それが何か関係が?」
『ああ、その共通点で気付いた。恐らく奴は“嫉妬”を司る漆罪魔――レヴィアの手の者だ』
お読みいただきありがとうございました。
続く第45話も投稿しております。よろしければお読みください。




