第035話 束の間の休息
スカイ・ベルゼとの戦いから一夜明け、今日は月曜日。本来なら学校へ行かなければならない。
だけど――怠い。身体が物凄く重い。一晩寝ても疲れが全くと言っていいほど取れていない。それに身体全体が熱っぽい。これはケガのせいか、疲労のせいかわからないけど……
そして未だに反応がない元魔王様。今回の戦い、彼女も相当消耗していたはず。恐らく私以上に。彼女の回復は私の霊力頼みだから、私自身も不調な今、余計に時間がかかっているのかもしれない。
「学校……どうしようかなぁ……」
先日よりも体調が悪い以上、休む以外の選択肢はない。普通なら。だけどまた休むのは気が引けてしまうし、授業の遅れも気になるところ。
「一応、準備だけはしておこうかな……」
そう思い、ベッドから出て立ち上がった。ううん、立ち上がろうとした。
――ガクン。
足に力が入らない。そしてそのままベッドの脇に、転ぶように倒れ込んでしまった。
「い、いたたたた……。あ、あれ……?」
自分で思っている以上に重症、ということなんだろう。身体を起こし、ベッドに戻るのも一苦労。這うようにしてなんとか戻ったけど、この状態じゃさすがに欠席するしかなさそうだ。
祖父母にグループメッセージを送り、今日は欠席する旨を伝えた。すると。
――ドタドタドタッ。
直後、お祖母ちゃんが階段を駆け上がってきた。まだまだ元気とは言え、階段は少し気を付けてほしいかも。
「舞桜、大丈夫かい!?」
「お、お祖母ちゃん。そんなに慌てなくても……」
ここまで焦らせてしまうと罪悪感が勝る。もちろん心配してくれるのは嬉しいけどね。
「そりゃ慌てもするさ! この間倒れたばかりだっていうのに、また熱が出たなんて!」
「う、うん。だから今日は無理せずちゃんと休もうって……」
「当たり前だよ!」
「ご、ごめんなさい……!」
いつもは優しいお祖母ちゃんだけど、今日は怖い。
「ちゃんと治るまで、もう学校は行かせないからね!」
「ええっ!?」
「『ええっ!?』じゃないよ!」
「ごごごごごめんなさいぃぃぃ…………!!!!」
やばい。まずい。こんなに怒っているお祖母ちゃんは初めてだ。少なくとも私に対しては。
「いいかい? ちゃんと大人しく休んでおくんだよ?」
「は、はい……!」
もちろん私もそのつもり。でももし体調が良くなったら、お風呂で汗を流すくらいはしたかった。
だけど、お祖母ちゃんがこの様子じゃ本当に大人しく寝ているしかなさそう。汗も、濡れタオルで我慢することになりそうだ。
「それじゃあご飯、用意してくるからね。ちゃんと横になってるんだよ?」
返事を返し、布団を被る。そして震える。発熱による寒気で、じゃない。怒るお祖母ちゃんに対する恐怖で、だ。
「ど、どど、どうしよう!? まさかお祖母ちゃんがあんなに怒るなんて……!」
お祖父ちゃんが怒らせた時だって、ここまで怒っているのは見たことがない。たぶん。覚えている限りでは。
それだけ私のことを心配してくれているということなんだろうけど……。やっぱり怖い。
布団を被ってガタガタと震えていると、お祖母ちゃんではなくお祖父ちゃんが食事を運んで来てくれた。
「祖母さん……いや、わしらにはもう舞桜しかおらんからな。心配じゃから怒ってしまう。そんな祖母さんの気持ちもわかってやっとくれよ」
「う、うん……。大丈夫だよ、お祖父ちゃん。それは私もわかっているから」
「まあ怒った祖母さんはめちゃくちゃ怖いからのう……。お互い、あまり怒らせんよう気を付けような」
さすが、日常的に怒られている人が言うと説得力があるね。まあお祖父ちゃんの場合はそれも満更ではなさそうだけど。
「ふふっ、そうだね。まあお祖父ちゃんはちょっとその頻度が高いと思うけどね」
「ほっほっほっ。まあ祖母さんの怒りのツボは一通り押さえとるからのう」
なぜか誇らしげに言うお祖父ちゃん。確かに凄いことかもしれないけど、一通り押さえているなら怒らせないよう振る舞ってほしいよ……
「おっと、ついつい長話してしまうところじゃった。これじゃあまた祖母さんにどやされてしまうな」
「そうだね。私もご飯を食べて大人しくしていないとね」
食事を運んできてくれたお祖父ちゃんに改めてお礼を言い、私は食べ始めた。
今朝のご飯は小さめの土鍋で炊いたお粥とお味噌汁に、デザートのバナナ入りヨーグルト。お粥と一緒に食べるための梅干しも添えられている。体調の悪い時にピッタリのメニューだ。
「いただきます」
両手を合わせ、今日も食事を取れることに感謝。そして土鍋からお粥を装い、フーフーして冷ましながら食べる。
はふはふ。冷ましたつもりだったけど、まだちょっと熱かった。でも美味しい。そう思っていた時だった。
『あっつぁぁぁああああッッッ!!!?』
脳が揺れるかと思うほどの大声が、頭の中に響いた。
「きゃあっ!? び、びび、ビックリしたぁ……」
今までずっと静かだったルーシーさんが突然大声を上げたんだもん。驚かない方がおかしい。
『おまっ、ビックリしたのはこっちの方だ! 目が覚めたと思ったらいきなり口の中に熱い物が突っ込まれる感覚がしたのだからな!!』
「そ、そんなことを言われても……。私は普通にご飯を食べていただけですし」
『むむむ……』
少し不服そうなルーシーさん。でも今回ばかりは怒られる筋合いはないはず。
「ていうか今までずっと気を失っていたのに、どうして感覚共有なんてしているんですか?」
そもそもの話。感覚共有を切っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。
『そうは言われてもな……。ひょっとするとほぼ全ての魔力を放出したせいか? そのせいできちんと制御ができなくなっていたのかもしれんな』
なるほど。力を出し切ったが故の反動、ということなのかな?
『……まあいい。それよりも今は目の前の食事だ! 今は何を食しているのだ?』
切り替えが早い。完全に腹ペコキャラみたいだ。そもそも食事を必要としない彼女に、「腹ペコ」なんて状態があるのかはわからないけど。
「お粥とお味噌汁とバナナが入ったヨーグルトですね」
『ふむ。お粥というのは初めて見るな。白米がドロドロになっている。先程の灼熱はこいつの仕業か?』
「灼熱だなんて大袈裟な……」
でも、寝ている時にいきなり冷めていないお粥を口に入れられたら確かに辛いかもしれない。寝起きドッキリみたいなものだもんね。
『ところでこのお粥とやらはあまり味がしないな』
「中には味が付いているものもあるんですけど、これは一度炊いた白米に水を足して炊き直しただけですからね」
元々お粥を作る予定はなかったのに、私が体調を崩したから急遽作り直してくれたもの。それだけで十分すぎるほどありがたい。それに味がない分、他のおかずで補えば何も問題はないしね。
「そこで、この梅干しですよ」
『なるほどな。そう言えばこいつは小さいくせにやたら強い酸味と塩味があったな』
私的にはお粥と梅干しの組み合わせはシンプルだけど鉄板コンビ。異論があると言われたら、それはそれで認めちゃうと思うけど。
食事を終え、昨日の戦いを振り返る。スカイ・ベルゼとのあの戦いを。
「私たち、よく勝てましたよね……」
『なんだ、自信がなかったのか?』
「あ、当たり前ですよ! そもそも戦うこと自体、自信がないんですよ私は……」
つい数日前までは巫女の修行をしているだけのただの中学生だったんだもん。戦いに自信なんてあるはずがないよ……
『もっと自信を持て。お前の霊力は特筆すべきものだし、加えて魔王であるこの私が共に戦っているのだからな!』
そうは言われても難しい。元々自分に自信があるタイプの人間じゃないし。
『しかし厳しい戦いだったのも事実か。やはり漆罪魔のデビライズが相手だと一筋縄では行かんようだな……』
ルーシーさんや魔族たちの話の中に度々登場する“漆罪魔”。そう言えば具体的にどんなものなのか、詳しくは知らない。教わるにはちょうどいい機会かも。
「あの、ルーシーさん。度々会話の中に出てくる“漆罪魔”というのは一体何なんですか? 初めて戦った魔族たちがルーシーさんのことを漆罪魔と言っていましたけど……」
『む? そう言えば詳しく話していなかったか。そうだな……。よし、いい機会だ。説明しておくとするか』
そう言うとルーシーさんは語り始めた。これからも私たちが戦うことになるであろう“漆罪魔”の話を――
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