第036話 漆罪魔
『まず漆罪魔が何かと言うと、魔界に住む上級魔族――その中でも特別な存在のことだ』
上級魔族というだけでも十分特別そうだけど、その中でも特別な存在――それが漆罪魔。それがルーシーさん……?
「ルーシーさんもその漆罪魔の一人……なんですよね?」
『ああ。魔族たちが話しているのを何度か聞いたと思うが、私は“傲慢”を司る漆罪魔だ』
“傲慢”を司る漆罪魔。それがルーシーさんの正体。でも“傲慢”を司るとは一体……?
「“傲慢”を司るというのはどういうことですか?」
『人間の心の中にあるプライドを刺激し増長させ、“傲慢”な人間へと変貌させる力を持っている……らしいな』
らしい? 自分のことなのにあまりよくわかっていないのかな……
「自分の能力ですよね? それなのに『らしい』って……」
『う、煩い! お前だって自分の霊力のこと、全然知らなかっただろうが!』
「た、確かに……」
痛いところを突かれてしまった。確かに私も自分のことがよくわかっていない。ルーシーさんのことをとやかく言える立場じゃなかったかも。
『それに私は人間との「共存」を目指している。だから人心に干渉するような能力、試してみる気もないのだ』
「…………」
そうか。だから「らしい」なんだね。でも、それならどうして“傲慢”を司るとわかっているんだろう? 一度も試したことがないのに、わかるものなのかな?
『まあ私も、育ての親から漆罪魔とはそういうもの、と教わっただけなんだが』
なるほど……。ルーシーさん本人もそれで納得しているのなら、私もそう思うことにしよう。
『私についてはこれくらいにして、他の漆罪魔について説明するぞ』
「は、はい……」
『私以外に六人の漆罪魔が存在するんだが、まずは昨日戦ったベルゼ。奴は“暴食”を司る漆罪魔だ』
“暴食”を司る漆罪魔。確かにベルゼは大勢の人間を食糧として集め、食べようとしていた。そんな彼に操られていた風茉さんも、異常な食欲に支配されたような言動をしていた気がする。
「ほ、他には?」
ルーシーさんとベルゼ以外の五人の漆罪魔。彼らについて語り始めるルーシーさん。
『“色欲”を司る“アスモ”。普段からわけのわからんことを言っている女だ』
「わけがわからないこと?」
『ああ。私の格好が情欲を掻き立てるとかなんとか……』
それは露出が多いから言われているんじゃ……
そう思ったけど、本人は本気でカッコいいと思っているみたいだし、ここではツッコまないでおこう。
『“強欲”を司る“マモン”。こいつはただの欲張りなおっさんだな』
「よ、欲張りなおじさん……」
『おじさんではない。おっさんだ』
「えぇ……」
「おじさん」じゃなくて「おっさん」。わざわざ訂正する辺り、彼女にとっては嫌いな相手なのかもしれない。
『“嫉妬”を司る“レヴィア”。事あるごとに私に突っかかってくる喧しい女だ』
「そんなに突っかかってくるんですか?」
『ああ。この私を小娘だのクソガキだの、好き放題罵ってくれる。漆罪魔の中で一番馬が合わんかもしれん』
見た目は大人っぽいルーシーさんだけど、話していると子供っぽい部分も結構ある。そういうところがレヴィアが気に食わない部分なのかもしれないね。
『“怠惰”を司る“ベルフェ”。唯一顔を合わせたことがない漆罪魔だ』
「え? 会ったことがないんですか? 一度も?」
『ああ。こいつはとにかく面倒臭がりでな。自分の領地から一切出ようとしないんだ』
さすが、“怠惰”を司ると言われている漆罪魔。“怠惰”の度合いも並じゃないんだね。
そして――
『最後の一人――“憤怒”を司るサタナス。私を裏切り、魔界から追放した漆罪魔だ』
サタナス。度々ルーシーさんの話の中に出てきていた漆罪魔。昨日はその側近のバエリアという女性も現れた。あの人の主ということは、サタナス本人も相当な実力者だろう。
「これからもあんなに強い魔族たちと戦うことになるんでしょうか?」
『恐らくな。もっとも、魔王の座や人間界の侵略に大して興味がない者もいる。残る五人全員と戦うことになるとは限らん』
それを聞いて少し胸が軽くなった。魔族だからといって全員が人間を敵視しているわけじゃない。もしかしたらルーシーさんのように人間の味方になってくれる漆罪魔もいるかもしれない。
『ま、普通に全員と戦う可能性もあるがな』
「えぇ……」
結局全員と戦う羽目になりそう。なんだかそんな予感がした。
『話したら少し疲れたな……』
「そうですね……。私も少し休もうと思います」
『待て』
「何ですか?」
気になっていたことは大体聞けたし、今は二人ともゆっくり身体を休めるのが何よりも大事なはずだけど……
『湯浴みだ! 湯浴みをするぞ!』
「ええっ!?」
『疲れている時は湯浴みに限るだろう』
「確かに一理ありますけど、熱がある時は良くないんですよ」
ルーシーさんは平気かもしれないけど、私は無理。悪化する未来が見える。
正直に言うと、熱のせいでかなりの汗をかいているから一度洗い流したい気持ちはある。だけど今はその誘惑に負けちゃいけないんだ。
『ならば氷の魔法で一気に熱を下げて……』
「また入院させる気ですか……」
相変わらず極端な魔王様。全てに付き合っていたら身が持たない。本当に。
『では私一人で湯浴みしてこよう』
「だ、駄目です! お祖母ちゃんたちに見つかったらどう説明するつもりですか?」
『むぅ……』
彼女は中々折れない。このままでは埒が明かないので、妥協してくれそうな案を提示してみる。
「はぁ……。わかりましたよ。一度寝て、熱が下がっていたらちゃんと付き合いますから」
『!! ほ、本当か?』
瞳にキラキラが浮かんでいそうなほど嬉しそうな声を上げるルーシーさん。本当にお風呂が好きなんだなぁ、この人は。
「私だって本当はお風呂に入りたいんです。でも、今入ったら不調が長引くだけだから我慢しているんですよ」
『そうか……。ならば仕方がないな。お前の我慢に付き合おうではないか!』
熱が下がっていたら一緒にお風呂に入る。そう約束し、私たち二人は再び眠りについた――
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次回、第37話は5/11(月)投稿予定です。よろしければまたお読みください。




