第029話 スカイ・ベルゼ
ベルゼと風茉さんのデビライズ。合体で高まった魔力の余波だけで周囲の木々がなぎ倒されていく。
「す、すごい魔力です……!」
「な、なんて奴だ。波動だけで森を切り拓くとは……!」
ベルゼの放つ魔力の強さに、私だけでなくルーシーさんまでも動揺しているようだった。
「……ふぅ。デビライズ完了っと」
合体が完了し、軽やかに着地するベルゼ。だけどその周囲には強風が吹き荒れている。
「……そいつがお前たちのデビライズ姿というわけか」
「ああ。この姿のボクのことは……そうだね、“スカイ・ベルゼ”と呼んでくれたまえ」
スカイ・ベルゼ。風茉さんの声でベルゼが話しているように聞こえる。
一方、姿は風茉さんの身体をベースにベルゼの特徴が現れていた。
ライトグリーンの綺麗な髪。センター分けして出しているおでこ。低い位置で束ねられたローポニーテール。そして頭の上には複眼を模したサングラス。
身体は白のフリルブラウスに翅のような装飾が入った黒のスラックスに包まれており、背中には蝿のような4枚の翅。
可愛らしい女性という印象だった風茉さん。それが今は美しさと禍々しさが共存した異形の存在と化していた。
「それにしても驚いたよ。ボクもデビライズは初体験だけど、まさかこれ程の力を得られるなんてね。このまま魔界に戻ってサタナスを始末するのもアリかな?」
「ふざけるな」
ルーシーさんは本気だ。顔を見なくてもわかる。段々わかってきたけど、声が低い時のルーシーさんは本気モードなんだ。
「フフッ、案外冗談通じないね。キミを放って行くはずがないじゃないか」
「何?」
「だってボクはキミを……食い殺すためにわざわざ人間界までやって来たんだからねぇ!!」
スカイ・ベルゼの顔は邪悪そのものだった。可愛らしかった風茉さんの面影はもうない。
「お前なんぞに食われてたまるか。私も……舞桜もな!」
「ルーシーさん……!」
「行くぞ舞桜! 先程は奴の力の高まりに少々驚いてしまったが、私たちならやれる! だから怯むなよ!」
「は、はいっ!!」
囚われたトモちゃんや街の人々を守るため。ベルゼの依代にされてしまった風茉さんを救うため。ルーシーさんの想いに応えるため。
まだ戦いは怖い。漆罪魔という凄い敵が相手だから尚更だ。
だけど私は戦う。戦わなくちゃいけないんだ。
「……スカイ・ベルゼ! これ以上あなたの好きにはさせません! あなたは……このクイン・ルシフェリアが倒します!!」
目の前の魔族をしっかりと見据え、宣言する。これを合図に私たちの戦いが始まる。
「ベルゼ様!」
「おっと、キミたちは手を出さないでくれよ。ルシフェリアたちはボクの獲物なんだからさぁ」
――ゾワッ。
身の毛がよだつ。スカイ・ベルゼから圧のようなものを感じる。思わず後退りしてしまいそうになるけど、負けるわけにはいかない。
どうやら圧を感じ取ったのは私だけじゃないみたい。それも当然だろう。この圧は私ではなく、彼女の部下たちに向けられたものなのだから。
部下たちは怖気付き、身動きが取れないようだった。この様子なら戦いに横槍を入れてくることはなさそうだ。
「部下たちが失礼したね」
まるで非礼を詫びる執事のような振る舞い。表情も柔らかさを取り戻していた。もっともそれも一瞬だけのものだったけど。
「フフッ、それじゃあ行くよ! ウォーミングアップで終わらないよう、精々抗ってみせなよ!!」
「フッ……。お前こそウォーミングアップで終わらぬよう、精々足掻くんだな!!」
売り言葉に買い言葉。煽りの応酬を繰り広げる二人の漆罪魔。
だけど、口撃し続けていても勝敗は付かない。やっぱり戦わなくちゃいけない。
先に動いたのはスカイ・ベルゼ。飛び上がり、背中の翅を羽ばたかせる。羽ばたきの速度がどんどん増していく。
「恐れ慄け! “狼吼の羽音”!!」
――ウォォォォッッッ!!
まるで遠吠え。狼の吠えるような音が響き渡る。その音が不安を掻き立てる。
だけど、恐怖心を煽るだけの攻撃じゃない。不安に苛まれている私の身体に、衝撃波が襲いかかる。
「きゃぁッッ!?」
『ぐっ……! な、なんという衝撃波だ……!』
「た、立っていられな……きゃあああああッッッ!!!?」
なんとか踏ん張っていたけど耐えきれず、私の身体は宙に舞った。急いで体勢を立て直そうとしたけど――間に合わない。
気付いた時にはもう遅い。スカイ・ベルゼの拳が私の腹部に叩き込まれていた。
「ぐふっ!!」
『た、耐えろ舞桜。耐えて体勢を立て直すんだ……!』
ルーシーさんの言う通りにしようとしたけど、そう簡単にはいかない。スカイ・ベルゼは空中でさらに追撃してきた。何度も何度も叩き込まれる拳。その一撃一撃がとても重く、ダメージが積み重なっていく。
「このまま地面に叩きつけてあげるよ! “烈風の拳打”!!」
――ドゴォォォッッッ!!
彼女の拳で地面に叩きつけられる。地面が砕け、破片や砂埃が舞う。
「ボクの好きにはさせない? ボクを倒す? フフッ。先程の威勢の良さは一体何だったのかな?」
スカイ・ベルゼは木の上にふわりと着地し、私の言葉を鼻で笑い、腕組みをしている。完全に見下されている――そう感じられた。
『まだ……行けるよな?』
「は、はい……!」
霊力による防御のおかげか、思ったよりは痛くない。立ち上がることもそう難しくない。それに身体の奥底からはまだまだ力が湧いてきている。
「そうこなくちゃね。あれだけイキっていたんだ。この程度でやられるようじゃつまらない」
「その口ぶり、まだ取っておきがあるということか」
ルーシーさんの言葉に短く返事をして頷くスカイ・ベルゼ。
「……安心したぞ。この程度が切り札だったらガッカリするところだった」
「フフッ。その減らず口、いつまで叩いていられるかな?」
私は動きについていけなくて正直困っているんだけど、ルーシーさんはまだまだ余裕そうにしている。ひょっとして何か策があるのかな?
『ルーシーさん、何かいい手は……』
『思い付いていたらとっくに指示している』
『ええっ!? まさか、何の策もないのに煽り返していたんですか!?』
『ああ。舐められるわけにはいかんからな』
こんな時にそんな負けん気を見せなくてもいいから! 思わずツッコミたくなってしまうけど、今はそんな場合じゃない。早く反撃の策を考えないと。
「来ないならまたこちらから攻めさせてもらうよ! 狼吼の羽音!!」
「くっ……!」
「相変わらず喧しい羽音だな……!」
またこの不安を煽る音だ。この音を聞いていると逃げ出したくなってくる。
そしてまた衝撃波が。怖気付き、隙だらけになっていたところへクリティカルヒットする。
「がはっ……!」
そして、またも追撃の拳の連打が飛んでくる。今度は顔に、肩に、胸に、足に、連続で拳が叩き込まれていく。
「ハァ……ハァ…………」
『おい舞桜、いくらお前の霊力が人並外れているとは言え、今のままじゃ何もせずにやられてしまうぞ!?』
「そ、そんなことを言われても……」
ルーシーさんでさえいい策が浮かんでいないのに、私なんかに思い付けるわけがないよ……
「霊力は一級品。取り憑いている魔族も魔界トップクラスの実力者。だけど、キミたちには致命的な弱点がある」
「え……?」
「それは、戦闘経験のない依代の意思で戦わなければならないことさ」
――それはつまり、私がルーシーさんの思い通りにならないせい、ということ?
「ルシフェリアの意思で身体を好きに使えていたら、こんな一方的な戦いにはならなかっただろうね」
「くっ……」
「フフッ。取り憑く相手を間違えたようだね、ルシフェリア」
やっぱりそうだ。私のせいだ。私がルーシーさんの思い通りにならないせいで追い詰められているんだ。
スカイ・ベルゼの言葉で自分が足を引っ張っていることを自覚させられる。だけど――
「……黙れ」
「今、なんて?」
「黙れと言っている。まだ……このクイン・ルシフェリアは倒れておらんぞ」
ルーシーさんはまだ折れていない。私と違って。
『おい舞桜、先程の威勢はどうした? 奴らの手から友華や人間たちを守る。その意志はどこへやった?』
『で、でも……』
『お前の経験が足りないのは事実だ。それは否定できん』
やっぱりそうなんだ。やっぱり私が未熟だから……
『だが私はお前を信じ、力を託すと決めた。そして、お前もそうしようとしてくれたはずだ』
『……ッ!!』
『私たちの……私たちだけのデビライズで、あの蝿男……いや今は蝿女か。奴のあの薄ら笑い、消してやろうではないか!!』
『ルーシーさん……』
そうだ。確かに私は未熟者で、足を引っ張る存在かもしれない。
だけど、そんな私をルーシーさんは信じてくれているんだ。だったら私も、その想いに応えたい。
――ううん。応えなくちゃ、いけないんだ……!!
『ごめんなさい、ルーシーさん。私ったらまた弱気になっちゃっていました……』
『フッ……。まったく、本当に世話が焼ける奴だ』
私は弱い。本当に弱い。だけど……だからこそ、強くならなくちゃね!
『今度こそ行けるな?』
『…………はいっ!!』
もう大丈夫。今ならきっと戦える。
「……ここまではあなたの実力を測るためのほんのお遊びです。でも、ここからは本気であなたを倒しに行きます! 覚悟してください!!」
「フフッ、ルシフェリアにでもなったつもりかい? 無駄だよ。どう足掻いたってキミじゃボクのスピードについてこられないんだからね!!」
――スカイ・ベルゼは強い。だけど負けない。絶対に!!
お読みいただきありがとうございました。
続く第30話も投稿しております。よろしければお読みください。




