第027話 狩りの始まり
フライとの戦闘から一夜明け、今日は日曜日。学校も神社の手伝いもお休みだ。残念ながら特に予定もないので、今日は勉強や家の手伝いでもして過ごそうかな……
――ピン・ポン・パン・ポーン……
なんて思っていたら、防災無線のチャイムが。日曜日の朝から一体なんだろう?
『昨夜未明、美多摩市内で食料品を狙った強盗事件が多発しており、地域住民の皆様は――』
食料品を狙った強盗事件? しかも多発だなんて、すごく物騒な話だ。
『……こういう事件はよくあるのか?』
「いえ、滅多にありませんよ。普段は平和な街ですから」
『そうか……』
声色から察するに、ルーシーさんは落ち着いた様子だ。でも、私の返答に納得がいってないように感じられる。彼女の中で何か引っかかることでもあるのかな?
『もう一つ訊くが、この街に限定せず、人間界という括りだと食糧を狙った事件というのは多いものなのか?』
「うーん、どうでしょう? 国によってはそういうところもあるかもしれませんが……」
他の国の詳しい事情まではわからない。だけど、日本では少ないと思う。少なくとも多発と言われるほど同時に起きたという話は聞かない。食糧難と言われていた時代のことまではわからないけど……
私がその旨を伝えると、ルーシーさんは黙り込んでしまった。何やら考え込んでいるみたい。
『食糧を狙った事件、しかも今まで例がないとなると――奴が動き出した可能性が高いな』
「奴……?」
私が疑問に思っていると、ルーシーさんはすぐに答えをくれた。
『ベルゼ。昨日戦った、フライとかいう奴の親玉だ』
「あ、あの人のボス?」
『うむ』
昨日戦った魔族・フライ。ルーシーさん曰く、そのボスが動き出した、とのことらしい。
「昨日の今日でこれって、ひょっとしてルーシーさんが挑発したからなんじゃ……」
『何?』
「その可能性は考えていなかったんですか……」
この人、昨日自分が挑発していたこと自体忘れていそうだ。
『言われてみれば確かに。その線が濃厚か』
「ですです!」
『しかし直接私を狙うのではなく、人間の方に被害を齎さんとするとは……。まったく、卑怯な奴だ』
同じ魔族同士だ。正面から挑んで戦うより、ルーシーさんが守ろうとしている人間を狙う方が安全かつ効果的。敵はそう考えているのかもしれない。
『仕方がない。こうなった責任は私にありそうだし、何より私ではなく人間の方を狙うというやり方が気に食わん。止めに行くぞ』
「それってつまり……」
『また戦うことになるだろうな』
「ですよねー。…………ハァ」
また魔族と戦わなければならないみたい。しかも今回は昨日戦った魔族の親玉と。正直怖いけど、このまま食糧を奪われ続けるわけにはいかないもんね……
私は私服へと着替え、ルーシーさんと共に街の様子を確認しに向かった――
「な、何これ……」
近くの商店街までやって来た私は思わず言葉を失ってしまっていた。
破壊されたシャッターの残骸やガラスの破片が道に散らばっている。これはもう強盗なんて規模じゃない。まるで災害の後だ。
荒れていたのは道だけじゃない。店の中も荒らされ、食料品が根こそぎ奪われてしまっているみたいだ。
「こ、これが全部、魔族の仕業……?」
『ああ。間違いないだろう』
一夜のうちに見慣れたはずの商店街は見る影もなくなっていた。
「こんなの、酷すぎます……!」
罪もない人々の平和な日常が跡形もなく破壊された。敵の非道な行いに、握られた拳に自然と力が入る。
『それにしても、不気味な程に静かだな』
「そ、そう言えば人気が全くありませんね……」
先ほど防災無線が流れていたし、みんな避難した後なのかもしれない。だけど私の考えは甘い――そう思い知らせる言葉がルーシーさんの口から発せられた。
『……街から奪われたのは、人間たちの食糧だけではないのかもしれんな』
「えっ……? それってどういう……」
『ベルゼにとっては人間も同様に食糧、ということだ』
――サァーッ……
顔から血の気が一気に引いていくのがわかった。ベルゼという魔族は人間のこともただの食糧としか見ていない。その事実に悪寒が走る。
「ま、待ってください! それじゃあ商店街の人たちは……!」
『既に食われたか、もしくは食すためにどこかに集められたか……』
「そ、そんな……!」
昔から住んでいて、よく通っている商店街だ。顔見知りもたくさんいる。その人たちがみんな襲われ、魔族に食べられてしまったなんて話、信じられない。信じたくない。
『まああくまで最悪のケースだ。避難している可能性もある。楽観視はできんが、希望を捨て切るにもまだ早い』
「…………」
希望は捨てるな。だけど楽観視もしすぎるな。そういうことみたい。
そう……だよね。みんなの無事を信じるのは大切なことだけど、最悪の事態も覚悟はしておかないといけないよね……
涙で視界が滲む。だけど前を向かなくちゃ。そう思い、顔を上げる。今は魔族を見つけ出して止めなくちゃいけないんだ。
――ブー! ブー! ブー!
覚悟を決めたところで突然、スマホが震えた。
(こんな時に、一体誰からだろう?)
ポケットから取り出し、画面を見るとそこには幼馴染の名前が。
「もしもし、トモちゃん?」
『マオ、ヤバい! マジヤバいんだけど!』
何があったのかわからないけど、トモちゃんの語彙力が失われてしまっている。頭が良いはずのトモちゃんがこんな状態になるなんて、きっと只事じゃない。一体何が……!?
「お、落ち着いてトモちゃん! 一体どうしたの!?」
『ば、化け物が……! 虫と人が合体したみたいな化け物が、空を飛んでて……!』
虫と人が合体した化け物――そう言われて真っ先に思い浮かべるのは当然昨日戦ったフライという魔族。
「ルーシーさん、これって昨日のフライって人じゃありませんか?」
だけど、ルーシーさんは否定した。
『いや、フライの奴は昨日コテンパンにのしてやったからな』
「ということは……」
『ベルゼ本人か、もしくはその部下の誰かだろう。奴の部下は皆、虫と人間が合体したような姿をしているんだ』
みんなフライのような見た目をしている。虫を人間サイズにした訳ではないけど、積極的に思い浮かべたい姿じゃないね……
『……ねぇマオ、アンタさっきから何言ってんの? ひょっとして誰かと一緒にいる?』
しまった! つい普通に声に出してルーシーさんと会話してしまっていた。
「えっ!? え、えーっと、私の近くにもその化け物を見た人がいて、騒いでいるみたいだったから思わずツッコんじゃった……かなぁ……?」
『……アンタが? ふーん……』
絶対に怪しんでいるよ! そうだよね。こんな誤魔化しが通用するはずないよね……
『アンタ、やっぱなんか隠し……きゃあっ!?』
「と、トモちゃん!?」
電話口からトモちゃんの悲鳴が。トモちゃんの身に何かあったのかもしれない。
「トモちゃん!? 今どこにいるの? ねぇ、トモちゃん!!」
『落ち着け舞桜。もし友華が魔族に襲われたのなら、襲った魔族の反応を辿ればいい』
「ッ!! そ、そうでした! 急ぎましょう!」
スマホを強く握りしめ、私は駆け出した。トモちゃんの無事を信じて。
魔力の反応を探知し、トモちゃんのもとへ向かう。だけど、その途中で私は足を止めた。
「は、反応が……一つじゃない!?」
『……ああ。こいつは思っていたよりも深刻だ。ベルゼの部下が総出で友華を……いや、人間たちを襲っているのかもしれん』
「そんな!?」
ルーシーさんの言う通りならとてつもない被害が出る。トモちゃんはもちろん、他の人たちのことも放って置くわけにはいかない。
「マオー!」
決意を固め、魔族の反応の多い場所へ向かおうとしていた私。そんな私の耳に幼馴染の声が。
「と、トモちゃん! 無事だったんだね!!」
「い、一応ね。バッグは犠牲になっちゃったけどさ……」
トモちゃんが見せてくれたお気に入りのバッグ。刃物のように鋭い物で切り裂かれていた。これがトモちゃん自身に当たっていたかもしれないと考えると気が気じゃなくなる。
「キャー!」
「た、助けてくれぇぇぇ!!」
あちこちから人々の悲鳴が聞こえてくる。まさに阿鼻叫喚だ。
空を舞うデビライズした魔族たち。その魔族たちに人間たちは次々に捕えられ、空へと連れ去られていく。思わず目を背けたくなるような悲惨な現実が広がっている。
だけど、目を背けるわけにはいかない。
恐怖心がないわけじゃない。すでに2回、魔族との戦いの経験はあるけど、まだ慣れたわけじゃない。怖いものは怖い。だけど。
――ここで立ち上がらずに大切な人を失う方がもっと怖い。
「ま、マオ、隠れよう! どこかの建物に……」
トモちゃんが言いかけた時、建物の中から引きずり出され、連れ去られる人の姿が。もはや屋外はもちろん、屋内にも安全な場所なんてなかった。
「まだこんなところに小娘が二匹もいたか。へへっ、活きが良さそうだし、ベルゼ様に内緒で食っちまうか」
「やめておきなさい“フリーゲ”。万が一ベルゼ様に知られたらフライの二の舞になるわよ」
「げっ、そりゃマズいな……。しゃーない、連れて行くか」
フライの二の舞という言葉が少し引っかかったけど、今はそれどころじゃない。目の前の二人の魔族は明らかに私とトモちゃんを狙っている。
『ルーシーさん、デビライズを!』
『いや待て。こいつらの話を聞く限り、今お前たちを殺す気はないようだ。それどころかベルゼのもとへ案内してくれるようだぞ』
『まさかこの二人に案内させる気ですか? そんなことせずとも魔族たちの反応を辿ればいいだけじゃ……』
この緊急事態にどうしてこんな悠長なことを言っているんだろう? そう思ったけど、ルーシーさんは冷静に判断しているだけだった。
『部下たちは方方に散っている。だから適当に反応を探っていてもベルゼのもとへは辿り着けん』
『そんな……』
『そこでこいつらを利用するんだ。お前たちを捕えた後、ベルゼのもとへ連れて行く可能性が高い』
確かにどの魔族がベルゼのもとへ向かうのかがわからない状態で反応を辿るのは厳しい。それならここでわざと捕まってベルゼのもとへ案内させるというのは名案なのかもしれない。
『じゃあ私が囮になってトモちゃんを逃が……』
「危ない、マオ!!」
ドン! と私の身体は突き飛ばされた。そして。
「キャァァァ―――ーッッッ!!!!」
トモちゃんの悲鳴が空に木霊する。その声が私から遠ざかっていく。すぐに起き上がり、手を伸ばした……けど届かない。
「トモちゃーんッ!!!!」
私の叫びも虚しく、トモちゃんの姿は空の彼方へと消えていった――
お読みいただきありがとうございました。
続く第28話も投稿しております。よろしければお読みください。




