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カジバノチカラ - 鉱石少女がエクスカリバーになるまで -  作者: 上田文字禍
第2部 「魔剣衝突」
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50「聖剣への道」 

 目を開けた。

 視界がぼやけている。どこかで鳥が鳴いていて、窓から差し込む日の光が床へ落ちていた。


 鼻につくのは薬草の匂い。

 少し離れたところから水の音と、だれかが歩きまわる足音も聞こえてくる。


(……どこだ、ここ)


 どうやら、おれはベッドに寝かされているらしい。


 身体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走った。


「いっ……!」

 たまらず背中をベッドへ戻す。

 腕も脚も痛いし、頭まで重い。

 でも、痛いってことは生きてるってことだ。


「なんだよ、これ……」

 右手は包帯(ほうたい)でぐるぐる巻きにされていた。

 指を曲げただけで、手首の奥がじくじく痛む。


 なんでこんな――


 そこまで考えて、思い出した。

 カリオストロ。ダイアモンド。トパーズ。オリハルコン。


 そして、布の上に集めた白銀の欠片。


 となりの机を見る。

 そこに、青いリボンが置かれていた。


(そうだ……)


「リル!」

 跳ね起きて、リボンを掴(つか)む。

 痛みなんて気にしてる場合じゃない。

 ベッドから降りようと床へ足をつけた途端、膝から力が抜けた。


「うおっ!」


「カジバ!?」

 床へ頭をぶつける寸前(すんぜん)で、だれかに身体を支えられた。


「なにしてるの!」

「……姫様ぁ?」

 イルザ姫だった。


 簡素な服の上から外套(がいとう)を羽織(はお)っている。

 髪は肩に届かないくらいまで短くなっていた。


「なんでここに姫様が……」

「なぜなら、助けに来たからです☆」

「ここ、《バルドール》?」

「ううん。《ノルンの瞳(ひとみ)》」


 姫様はそう言って笑うと、おれの腕や脚へ目をやった。

「手も足も、感覚あるよね?」

「ああ……」

「頑丈(がんじょう)な身体。授かりものだ」


 それから付き添いの兵士を呼び、おれが目を覚ましたことを医師へ伝えるよう告げる。


(そんなことより……)


「リルは!?」


「落ち着いて!」


「落ち着いてられるかよ!」

 おれは支えてくれている姫様の腕を掴んだ。


「あいつ、どうなった!?」

「……まだ回復してない」


 頭のなかが真っ白になった。


「……そう、なのか?」

「でも、少しずつだけど魔力は戻ってる」


「リルはどこに」

「その前に医師に――」

「会わせてくれ」


 姫様はしばらくおれを見つめると、諦めたように息を吐いた。

「……カジバ、自分が何日寝てたかわかってる?」

「何日って……」

「丸三日」

「え?」


「気を失ったあなたがここに運び込まれてから、三日経ってる」

「そりゃあ……なおさら急がないと」

 立ち上がろうとして、また脚がふらついた。

「それだけ消耗してたってこと。腕なんてもうボロボロなんだから」


「……ほかのみんなは?」

「み〜んな無事」

「よかった……」

 胸の奥が少しだけ軽くなる。

 けど、つぎの瞬間には、また同じところへ戻っていた。


「……じゃあ、リルのところへ」


 姫様が呆れた顔をする。

「あ〜はいはい。私の肩を貸します。特別なんだからね」

「ありがてぇ」

「黙って掴(つか)む」


 なんだか情けねぇけど、いまはどうでもいい。



 姫様の肩を借りて部屋を出ると、廊下には簡易ベッドが並べられ、包帯を巻いた兵士たちが横になっていた。

 壁際にはバルドールの紋章が入った荷箱がいくつも積まれている。


 本当に、この三日のあいだに援軍(えんぐん)が来たらしい。


「サイレンス三体の襲撃。……よく耐えたよ」

 姫様が言った。



*   *   *



 建物の奥へ進むと、ひとつの扉の前にエグレが座っていた。

 足を組み、周囲を注意深く見張っている。

 おれに気づくと、ちらりとこちらを見て腕を組んだ。


「はは。元気そうじゃん」


「元気いっぱいだぜ」

 証明してやろうと片腕を上げたものの、想像の半分くらいしか上がらなかった。


「こら、安静に」

 すぐ姫様に怒られる。


「……元気いっぱい?」

 エグレは鼻で笑った。



 扉の前まで来ると、姫様が足を止める。

「この向こう」


「そうか」

 おれは扉の横にいるエグレを見る。

「お前が見張ってくれてんなら、安心だな」


「……ふん」

 それだけ返して、エグレはまた周囲へ目を向けた。


 姫様が扉を開ける。

「リルちゃんは最高位の魔鉱石。弱っていても魅了(チャーム)の誘惑(ゆうわく)は少なからずともなう。あなたは万全じゃないんだから、気をつけてよ」


「……わかった」

 おれは姫様の肩から手を離した。

「ありがとう。ここからは自分で歩く」


 一歩ずつ、ゆっくり進む。

 最初に見えたのは、椅子に座るアダマンタイトだった。

 その向こうにはハルジオンもいる。


「カジバ……起きたか」

 ハルジオンが言った。


「ああ」

 おれの目はすぐにふたりから離れた。


 部屋の中央に置かれた机。

 その上に敷(し)かれた布。

 白銀の鉱石。


「……リル」

 ただ集めてあるわけじゃない。

 大きなものから小さなものまで、どこの欠片だったのかたしかめるように並べられている。


 おれは机へ近づいた。

「……おれだぞ」

 返事はない。

「カジバだ」


 わかってる。

 返事なんてできる状態じゃない。


 それでも言った。

 白銀の鉱石は、ひとつも動かなかった。


「……魔力は?」

「戻ってきてるわ」

 アダマンタイトが答えた。


「ほんとか!?」

「……三日前よりはね」

 彼女は立ち上がり、白銀の鉱石へ指を置いた。


「いまは、少しずつ繋がろうとしてる」

「じゃあ、治るんだな?」

「わからない」

 アダマンタイトが短く答える。


「な、なんでだよ」

「足りないからよ」

 アダマンタイトが布の上を指でなぞる。


 言われて、ようやくおれにもわかった。

 かたちが繋がらない場所がある。


 あれだけ探した。

 小さな欠片まで全部拾ったつもりだった。

 それでも、足りない。


「砕けたとき、細かく失われた分まで完全には回収できていないの」

「……だったら探しに戻る!」

「この三日、私たちも探したわ」

 アダマンタイトが首を振る。


「だからって、諦められるわけ――」


「同じ素材なら、足りない分を補えるそうだ」

 ハルジオンが口を挟んだ。


「同じ素材……」

 つまり、ミスリルだ。

 でも、リル以外のミスリルなんか――


「そこで、これだ」

 ハルジオンがおれの前へ、鞘(さや)に収まった短剣(ショートソード)を出した。


「あ……」


 刃が抜かれる。

 白銀。


「これもミスリルだ」

「お前……」


 ハルジオンは短剣を見た。

 親指で刃の根元を一度なぞる。それから、アダマンタイトへ差し出した。

「これを使う」


「でも、いいのかよ……」

 おれが聞くと、ハルジオンは布の上の白銀の鉱石へ目を向けた。

「こいつには借りがある」


 それ以上は言わなかった。


 アダマンタイトが短剣を受け取る。

「ただ。素材だけあっても、この子自身の魔力が戻らないと修復は進まない」


「だったら、おれが《錬成魔術(モーフィング)》で――」

 言いかけて、止まった。


 アダマンタイトがおれを見たあと、白銀の鉱石へ目線を向ける。


「武器への錬成とはわけがちがうわ」

 指先で、ひとつの欠片に触れる。

「ここからは、この子自身の戦いよ」


 胸の奥がざわついた。

 《錬成魔術》なら、銀色の髪も、顔も、手も、脚も、同じようにかたちづくれるのかもしれない。

 でも、それはリルのかたちをしたなにかだ。


 妻を取り戻そうとしたカリオストロの姿が、頭をよぎった。


「おれが戻ってきてほしいのは……リルだ」


 アダマンタイトが目を細める。

「なら、待ちなさい」


 彼女は短剣を白銀の鉱石のそばへ置いた。

「私は、修復をはじめるための魔力を補(おぎな)う。足りない素材も渡す。でも――」

 アダマンタイトは、鉱石を見る。

「この子が戻ってこられるかどうかまで、私には決められない」


 そのときだった。

 白銀の鉱石が、かすかに光った。


 全身にピリッとした感覚が走る。


「リルの魔力……」

 ハルジオンがつぶやいた。


「なんだ……頑張ってんじゃねぇか」

 おれは言う。

 笑ってやろうと思ったのに、うまく笑えない。

「お前、寝てるくせに……ちゃんと頑張ってんじゃねぇかよ」


 手のなかの青いリボンを見る。


 変なことを言えば、頭突きされる。

 無茶をすれば、止めてくれる。

 怖くても、となりを見ればあいつがいた。

 それが当たり前になりすぎて、気づいてなかった。


「……ちがったんだな」


「なんだ?」

 ハルジオンが聞く。


「なんでもない」

 おれはリボンを握った。


 ずっと、おれが守るんだと思ってた。

 でも、おれだけが守ってきたわけじゃなかった。

 職人殺しと戦ったときも、ここまで旅してきたときも、おれが前を向けたのは――


「……おれは、リルがいねぇとダメだ」

 口にしてみると、ずいぶん情けない言葉だった。


「……そう」

 アダマンタイトが短く言った。


 おれは、もう一度白銀の鉱石を見る。


 いつ戻るのかはわからない。本当に元通りになるのかもわからない。


 それでも。


「……こいつも諦めてねぇ」


 ここに来るまでは、ずっとそばにいなきゃいけないと思ってた。

 だけど、いまリルがやってるのは、リル自身の戦いだ。


 だったら。


 おれにも、おれのやることがある。


「……ハルジオン」

「なんだ」

「試練、《虚(ヴォイド)》が残ってるよな」


 その言葉に、ハルジオンがうなずく。


「だったら、行こうぜ」

「その身体でか?」

「三日も寝たんだ。十分だぜ!」

 腹から声を出した途端、身体中が痛んだ。

「いっ……!」


「ほら見ろ」

「どうってことねぇ!」


 おれはもう一度、白銀の鉱石を見る。

「……おれ、行ってくるからな。こいつは預かっとくぜ」

 青いリボンを握って、懐(ふところ)へ戻した。


「だからお前も、ちゃんと戻ってこいよ」



*   *   *



「まだダ〜メ」

 部屋を出たところで、姫様に捕まった。


「なんでだよぉ!」

「自分の身体を見て!」

「んー、見た!」


「……バカ」

 扉の横からエグレがつぶやく。


「いいから横になって!」

 姫様に怒鳴られた。


 そのまま医師を呼ばれ、包帯を替えられ、傷を調べられた。

『あっちが腫れている』『こっちもまだ塞がっていない』と散々言われた挙げ句、『半日は大人しくしていろ』とベッドへ戻された。


(納得いかねぇ……)


 でも、こっそりひとりで出歩こうとして壁にぶつかったから、今回は姫様が正しいことにしてやった。


「治療に専念して。いまの状況は私が話すから」

 姫様が、ベッドのとなりの椅子に腰掛ける。


 おれは姫様から、この三日間のことを聞いた。


 バルドールからの援軍がノルンの瞳へ到着したのは二日前。襲撃を受けた兵士たちの治療や、足りなくなった物資の補給を手伝っているらしい。


 ヒルデブラントは治療中。

 命に別状はないが、しばらく戦える状態じゃない。


 ヴェイグは一度、ドワーフの里へ戻った。

 ヘイミルも一度ミズガルへ戻り、これからの戦いに備えるらしい。


「クラリスは?」

「地下牢。カリオストロと話してる」


 みんな、もう動き始めていた。


「それと」

 姫様の声が一段落ちる。

「ハルジオンから報告を受けたよ。……職人殺しを止めてくれて、ありがとう」


「ああ……いや。みんなのおかげだ。それに――」

 おれは一度、口ごもる。

「……一部、取られた」


「……《沈黙の魔女》ね」

「ああ」


 職人殺しは粉々になった。

 もう動かない。

 それは、この目で確かめた。

 だけど、その一部を《沈黙の魔女》が持っていった。



*   *   *



 夕方。

 おれはふたたび姫様に肩を借り、ハルジオンと一緒にヒルデブラントの部屋へ向かった。


 部屋にはオリハルコンもいた。


 ヒルデブラントはベッドの上で包帯だらけになっている。

 さすがに起き上がるのは禁止されているらしい。


「よう。三日寝太郎」

 ヒルデブラントが顔だけこちらへ向ける。


「……あんたもベッドの上じゃねぇか」

「俺はバキバキ起きてる」


「あなたも、まともに話せるようになったのは昨日でしょう……」

 姫様が呆れた。


「つぎの《聖剣の作り手》。子供なのは知っていたが、実際見ると驚きだな」

 ヒルデブラントが言う。


「そりゃどうも」


「それに――」

 ヒルデブラントがハルジオンを見る。

「君にも驚きだ、ハルジオン」


「……どうも」

 ハルジオンが控えめに答える。



 その様子を見ていたオリハルコンが、椅子から立ち上がった。

 もう魔剣の姿じゃない。バルドールで会ったときと同じ、ひとの姿だ。


「あんたは身体、大丈夫なのか?」

 おれが聞くと、オリハルコンはうなずいた。


 オリハルコンは、おれとハルジオン、それからヒルデブラントへ順番に目を向ける。

「みなさん。本当に、ありがとうございました」

 深く頭を下げた。

「それに……ご迷惑をおかけしました」


「いや、謝ることないぜ」

 おれが言うと、オリハルコンが顔を上げる。

「勝手に剣にされて、勝手に使われたんだ」


「だけど、私の力で――」


「ダイアモンドたちを退けられた」

 ハルジオンが遮った。

「謝るより、助かったことを喜ぶべきだ」


「んーいいこと言うなぁ、お前ら」

 ヒルデブラントがベッドの上で笑う。

「魔剣にして勝手に振りまわしたやつに文句言っとけ。……トパーズは、もうおれがたたき斬っちまったが」


「……ええ」

 オリハルコンはうなずいた。


「で」

 ヒルデブラントの目が、オリハルコンへ向く。

「向こうでなにがあった?」


 オリハルコンの表情が変わった。


「闇の王国、《ウートガルズ》。その鉱山へ連れていかれた」


「敵の本拠地じゃねぇか」

 ヒルデブラントが驚く。


「ええ。そこで、《沈黙の魔女》と話した……」


「会ったのか?」

 ハルジオンが聞く。


「直接姿を見せなかったけど……でも、声は聞いた」

 オリハルコンは少し考えてから続ける。

「あれは、ひとの類(たぐい)じゃない」


「……いったいなんなんだ、そいつ」

 おれはつぶやく。


「『岩石王と愛を誓った者』そう名乗っていた」


「……はぁ?」

 思わず声が出た。


「彼女は岩石王の肉体を取り戻すため、その手足となって動いている。『すべては岩石王の意志のままに』と」


「岩石王と話してんのか?」

「……わからない」

 オリハルコンは首を横に振る。

「少なくとも、彼女自身は岩石王の意志を知っているようだった」


「岩石王って、いまどんな状態なんだよ」

「心臓はウートガルズの鉱山最深部にあって、そこで力を蓄(たくわ)えている」


「まぁ、オリハルコンが取り込まれなかったのは僥倖(ぎょうこう)だ」

 ハルジオンが腕を組む。


「……どうやら意思を持った魔鉱石は、いまの岩石王には取り込めないようだったの。だから私は武器として利用された」

 オリハルコンは目を伏せる。


「それで、トパーズに……」


「ええ」

 オリハルコンがうなずく。

「現代の勇者、《ヒルデブラント》をたおし、残った最高位の魔鉱石――アダマンタイトとミスリルを回収するために」


「それに、カリオストロも手を貸した」

 ハルジオンが言う。


「うん。彼の《錬成魔術》なら、私の抵抗を越えてかたちを変えられるから」


 オリハルコンがそう言うと、その場が一度静かになった。



「日食までは?」

 ハルジオンが聞いた。


 オリハルコンは口元に手を当てる。

「……あと、一ヶ月ちょっと」


「もう、そんなしかねぇのか」

 おれはつぶやく。


 バルドールに着いた頃は、五ヶ月も先の話だった。


 火の神殿へ行った。

 エルフの森へ行った。

 ミズガルで戦った。

 ドワーフの里へ行った。


 あっちへ行って、こっちへ行って、何度も死にかけた。

 気づけば、残りは一ヶ月ちょっと。


「……だったら。なおさら寝てる場合じゃねぇな」


「い・ま・は、寝てなさい」

 姫様に即答された。

「日食まで時間がないからこそ、いまはちゃんと治すの」



*   *   *



 それから四日。

 身体は、ようやくまともに動くようになった。


 右手を握る。開く。

 まだ少し痛む。

 でも、力は入る。


「……よし」



 その日の朝、オリハルコンがおれとハルジオンをノルンの瞳の修練場へ呼んだ。


「イルザ姫の許可が下りたよ」

 オリハルコンの言葉に、おれとハルジオンは顔を見合わせる。


「五大属性の試練」

 彼女が告げた。


 火。土。気。水。

 やっと、ここまで来た。


 残っているのは――


「《虚(ヴォイド)》」

 ハルジオンが言った。


「最後の試練、ここで受けられるのか?」

 おれは修練場を見まわした。

「でも……神殿も守護霊もないけど」


「前にも伝えたけど、虚は特殊なの」

 オリハルコンが修練場を歩く。

「《虚》は、火や水のように生まれながら持つ属性じゃない。勇者ハルマが四つの属性を巡り、そのあいだに見つけたもの」


「じゃあ、どうやって」


「そうね……。神殿は、いわば私の"ここ"にある」

 オリハルコンは自分の頭を軽く指でつついた。


「……頭?」


「私に刻まれた、記憶のなか」


 ハルジオンの表情が変わった。

「まさか……」


「だから、私を取り戻してくれて本当に助かったの。最後の試練は、私がいないとはじめられないから」

 オリハルコンは真剣な眼差しでおれたちを見る。

「……覚悟はいい?」


「ああ」

 おれとハルジオンは同時にうなずく。


 おれも止まってられない。

 リルが戻ってくる前におれも進む。


「うんうん」

 オリハルコンはうなずく。

「聖剣への道。これが……最後だよ」


 彼女が両手を差し出す。


 おれとハルジオンは、オリハルコンの手へ触れた。

 オリハルコンが目を閉じた。


 その瞬間、彼女の身体が白く輝いた。

 光が修練場を包み込み、視界が一気に白くなる。


 足もとの感覚が消えた。


「うおっ!?」


 落ちているのか、浮いているのかもわからない。


 耳元で、いくつもの音が重なった。


『どこだ、ここは……』

『やぁ、はじめまして。私はノルン。神様だよ』


 金属をたたく音。

 剣がぶつかる音。


『待って! 俺は敵じゃない! 君は?』

『わ、私はエレオノーラ』


 炎を吐く竜。

 天空に浮かぶ城塞。


 だれかの笑い声。

 懐かしい声。


 それらが一気に遠ざかっていく。



*   *   *



 ドンッ、と尻から落ちた。


「いってぇ……」

 土の感触がする。


 顔を上げると、そこは荒野(こうや)だった。


 足もとには白い霧が立ち込め、その先には乾いた大地がどこまでも続いている。

 ノルンの瞳の修練場は、影もかたちもない。


「ハルジオン?」


「ここだ」

 少し離れたところで、ハルジオンが立ち上がっていた。


「ここが、オリハルコンの記憶なのか?」

「だろうな」


「……本人は?」


「ここだよ」

 声のほうを見ると、オリハルコンが立っていた。



 そのときだった。


 カン。


「……ん?」

 遠くから音がした。


 少し間が空く。


 カン。


 聞きまちがえるはずがない。

 金槌(ハンマー)の音だ。


「……鍛冶?」


 おれたちは、音のするほうへ歩いていく。

 やがて、小さな炉が見えた。


 簡素な金床。

 燃える火。

 使い込まれた道具。


 その前に、ひとりの男がいる。


 男は金槌を振り下ろした。


 カン。


 金床の上にあるのは、一本の細長い鉄だった。


 剣――だと思う。

 でも、おれが知っている剣とはちがう。


 よくある長剣(ロングソード)より細く、片側にしか刃がない。

 それに、わずかに反っている。


「なんだ、あの剣」


 となりから返事がない。

 見ると、ハルジオンが男を見たまま固まっていた。


「どうした?」

「……あれは」

「知ってんのか?」

「……いや」

 ハルジオンは首を振る。

「会ったことはない」


「あれだれ?」

 おれはオリハルコンに聞く。


「この記憶の持ち主」

 オリハルコンが答えた。


(ってことは……)


「……まさか」



 男の手が止まった。

 金槌を置き、ようやくこちらを振り返る。


 想像していたより、ずっと普通の男だった。

 煤で汚れた服。少し伸びた髪。


 そのへんの工房にいたって、おかしくない。


 ただ、おれたちを見る目だけは妙に楽しそうだった。


「……ああ。来たのか」

 男が言う。


 ハルジオンが息を止めた。


「えー」

 男は少し考えるように頭を掻いた。


「おれは、源道(ゲンドウ)晴馬(ハルマ)」

 そこで金床を振り返る。

「……悪いけどちょっと待ってくれ」


 カン、と鉄をたたく。


「いま、いいとこなんだ」





『カジバノチカラ -鉱石少女がエクスカリバーになるまで-』


第二部

《魔剣衝突》


完


☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆


☆番外編!☆


■ハルマゲドン

『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」に登場する言葉。

善と悪が最後の戦いを繰り広げる場所を指す「ハルマゲドン(アルマゲドン)」として知られ、現在では「世界の終末」や「最終決戦」を表す言葉として使われることもあるよ。



次回から、カジバノチカラ 第3部(最終章)開始です。

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