50「聖剣への道」
目を開けた。
視界がぼやけている。どこかで鳥が鳴いていて、窓から差し込む日の光が床へ落ちていた。
鼻につくのは薬草の匂い。
少し離れたところから水の音と、だれかが歩きまわる足音も聞こえてくる。
(……どこだ、ここ)
どうやら、おれはベッドに寝かされているらしい。
身体を起こそうとした瞬間、全身に痛みが走った。
「いっ……!」
たまらず背中をベッドへ戻す。
腕も脚も痛いし、頭まで重い。
でも、痛いってことは生きてるってことだ。
「なんだよ、これ……」
右手は包帯でぐるぐる巻きにされていた。
指を曲げただけで、手首の奥がじくじく痛む。
なんでこんな――
そこまで考えて、思い出した。
カリオストロ。ダイアモンド。トパーズ。オリハルコン。
そして、布の上に集めた白銀の欠片。
となりの机を見る。
そこに、青いリボンが置かれていた。
(そうだ……)
「リル!」
跳ね起きて、リボンを掴む。
痛みなんて気にしてる場合じゃない。
ベッドから降りようと床へ足をつけた途端、膝から力が抜けた。
「うおっ!」
「カジバ!?」
床へ頭をぶつける寸前で、だれかに身体を支えられた。
「なにしてるの!」
「……姫様ぁ?」
イルザ姫だった。
簡素な服の上から外套を羽織っている。
髪は肩に届かないくらいまで短くなっていた。
「なんでここに姫様が……」
「なぜなら、助けに来たからです☆」
「ここ、《バルドール》?」
「ううん。《ノルンの瞳》」
姫様はそう言って笑うと、おれの腕や脚へ目をやった。
「手も足も、感覚あるよね?」
「ああ……」
「頑丈な身体。授かりものだ」
それから付き添いの兵士を呼び、おれが目を覚ましたことを医師へ伝えるよう告げる。
(そんなことより……)
「リルは!?」
「落ち着いて!」
「落ち着いてられるかよ!」
おれは支えてくれている姫様の腕を掴んだ。
「あいつ、どうなった!?」
「……まだ回復してない」
頭のなかが真っ白になった。
「……そう、なのか?」
「でも、少しずつだけど魔力は戻ってる」
「リルはどこに」
「その前に医師に――」
「会わせてくれ」
姫様はしばらくおれを見つめると、諦めたように息を吐いた。
「……カジバ、自分が何日寝てたかわかってる?」
「何日って……」
「丸三日」
「え?」
「気を失ったあなたがここに運び込まれてから、三日経ってる」
「そりゃあ……なおさら急がないと」
立ち上がろうとして、また脚がふらついた。
「それだけ消耗してたってこと。腕なんてもうボロボロなんだから」
「……ほかのみんなは?」
「み〜んな無事」
「よかった……」
胸の奥が少しだけ軽くなる。
けど、つぎの瞬間には、また同じところへ戻っていた。
「……じゃあ、リルのところへ」
姫様が呆れた顔をする。
「あ〜はいはい。私の肩を貸します。特別なんだからね」
「ありがてぇ」
「黙って掴む」
なんだか情けねぇけど、いまはどうでもいい。
姫様の肩を借りて部屋を出ると、廊下には簡易ベッドが並べられ、包帯を巻いた兵士たちが横になっていた。
壁際にはバルドールの紋章が入った荷箱がいくつも積まれている。
本当に、この三日のあいだに援軍が来たらしい。
「サイレンス三体の襲撃。……よく耐えたよ」
姫様が言った。
* * *
建物の奥へ進むと、ひとつの扉の前にエグレが座っていた。
足を組み、周囲を注意深く見張っている。
おれに気づくと、ちらりとこちらを見て腕を組んだ。
「はは。元気そうじゃん」
「元気いっぱいだぜ」
証明してやろうと片腕を上げたものの、想像の半分くらいしか上がらなかった。
「こら、安静に」
すぐ姫様に怒られる。
「……元気いっぱい?」
エグレは鼻で笑った。
扉の前まで来ると、姫様が足を止める。
「この向こう」
「そうか」
おれは扉の横にいるエグレを見る。
「お前が見張ってくれてんなら、安心だな」
「……ふん」
それだけ返して、エグレはまた周囲へ目を向けた。
姫様が扉を開ける。
「リルちゃんは最高位の魔鉱石。弱っていても魅了の誘惑は少なからずともなう。あなたは万全じゃないんだから、気をつけてよ」
「……わかった」
おれは姫様の肩から手を離した。
「ありがとう。ここからは自分で歩く」
一歩ずつ、ゆっくり進む。
最初に見えたのは、椅子に座るアダマンタイトだった。
その向こうにはハルジオンもいる。
「カジバ……起きたか」
ハルジオンが言った。
「ああ」
おれの目はすぐにふたりから離れた。
部屋の中央に置かれた机。
その上に敷かれた布。
白銀の鉱石。
「……リル」
ただ集めてあるわけじゃない。
大きなものから小さなものまで、どこの欠片だったのかたしかめるように並べられている。
おれは机へ近づいた。
「……おれだぞ」
返事はない。
「カジバだ」
わかってる。
返事なんてできる状態じゃない。
それでも言った。
白銀の鉱石は、ひとつも動かなかった。
「……魔力は?」
「戻ってきてるわ」
アダマンタイトが答えた。
「ほんとか!?」
「……三日前よりはね」
彼女は立ち上がり、白銀の鉱石へ指を置いた。
「いまは、少しずつ繋がろうとしてる」
「じゃあ、治るんだな?」
「わからない」
アダマンタイトが短く答える。
「な、なんでだよ」
「足りないからよ」
アダマンタイトが布の上を指でなぞる。
言われて、ようやくおれにもわかった。
かたちが繋がらない場所がある。
あれだけ探した。
小さな欠片まで全部拾ったつもりだった。
それでも、足りない。
「砕けたとき、細かく失われた分まで完全には回収できていないの」
「……だったら探しに戻る!」
「この三日、私たちも探したわ」
アダマンタイトが首を振る。
「だからって、諦められるわけ――」
「同じ素材なら、足りない分を補えるそうだ」
ハルジオンが口を挟んだ。
「同じ素材……」
つまり、ミスリルだ。
でも、リル以外のミスリルなんか――
「そこで、これだ」
ハルジオンがおれの前へ、鞘に収まった短剣を出した。
「あ……」
刃が抜かれる。
白銀。
「これもミスリルだ」
「お前……」
ハルジオンは短剣を見た。
親指で刃の根元を一度なぞる。それから、アダマンタイトへ差し出した。
「これを使う」
「でも、いいのかよ……」
おれが聞くと、ハルジオンは布の上の白銀の鉱石へ目を向けた。
「こいつには借りがある」
それ以上は言わなかった。
アダマンタイトが短剣を受け取る。
「ただ。素材だけあっても、この子自身の魔力が戻らないと修復は進まない」
「だったら、おれが《錬成魔術》で――」
言いかけて、止まった。
アダマンタイトがおれを見たあと、白銀の鉱石へ目線を向ける。
「武器への錬成とはわけがちがうわ」
指先で、ひとつの欠片に触れる。
「ここからは、この子自身の戦いよ」
胸の奥がざわついた。
《錬成魔術》なら、銀色の髪も、顔も、手も、脚も、同じようにかたちづくれるのかもしれない。
でも、それはリルのかたちをしたなにかだ。
妻を取り戻そうとしたカリオストロの姿が、頭をよぎった。
「おれが戻ってきてほしいのは……リルだ」
アダマンタイトが目を細める。
「なら、待ちなさい」
彼女は短剣を白銀の鉱石のそばへ置いた。
「私は、修復をはじめるための魔力を補う。足りない素材も渡す。でも――」
アダマンタイトは、鉱石を見る。
「この子が戻ってこられるかどうかまで、私には決められない」
そのときだった。
白銀の鉱石が、かすかに光った。
全身にピリッとした感覚が走る。
「リルの魔力……」
ハルジオンがつぶやいた。
「なんだ……頑張ってんじゃねぇか」
おれは言う。
笑ってやろうと思ったのに、うまく笑えない。
「お前、寝てるくせに……ちゃんと頑張ってんじゃねぇかよ」
手のなかの青いリボンを見る。
変なことを言えば、頭突きされる。
無茶をすれば、止めてくれる。
怖くても、となりを見ればあいつがいた。
それが当たり前になりすぎて、気づいてなかった。
「……ちがったんだな」
「なんだ?」
ハルジオンが聞く。
「なんでもない」
おれはリボンを握った。
ずっと、おれが守るんだと思ってた。
でも、おれだけが守ってきたわけじゃなかった。
職人殺しと戦ったときも、ここまで旅してきたときも、おれが前を向けたのは――
「……おれは、リルがいねぇとダメだ」
口にしてみると、ずいぶん情けない言葉だった。
「……そう」
アダマンタイトが短く言った。
おれは、もう一度白銀の鉱石を見る。
いつ戻るのかはわからない。本当に元通りになるのかもわからない。
それでも。
「……こいつも諦めてねぇ」
ここに来るまでは、ずっとそばにいなきゃいけないと思ってた。
だけど、いまリルがやってるのは、リル自身の戦いだ。
だったら。
おれにも、おれのやることがある。
「……ハルジオン」
「なんだ」
「試練、《虚》が残ってるよな」
その言葉に、ハルジオンがうなずく。
「だったら、行こうぜ」
「その身体でか?」
「三日も寝たんだ。十分だぜ!」
腹から声を出した途端、身体中が痛んだ。
「いっ……!」
「ほら見ろ」
「どうってことねぇ!」
おれはもう一度、白銀の鉱石を見る。
「……おれ、行ってくるからな。こいつは預かっとくぜ」
青いリボンを握って、懐へ戻した。
「だからお前も、ちゃんと戻ってこいよ」
* * *
「まだダ〜メ」
部屋を出たところで、姫様に捕まった。
「なんでだよぉ!」
「自分の身体を見て!」
「んー、見た!」
「……バカ」
扉の横からエグレがつぶやく。
「いいから横になって!」
姫様に怒鳴られた。
そのまま医師を呼ばれ、包帯を替えられ、傷を調べられた。
『あっちが腫れている』『こっちもまだ塞がっていない』と散々言われた挙げ句、『半日は大人しくしていろ』とベッドへ戻された。
(納得いかねぇ……)
でも、こっそりひとりで出歩こうとして壁にぶつかったから、今回は姫様が正しいことにしてやった。
「治療に専念して。いまの状況は私が話すから」
姫様が、ベッドのとなりの椅子に腰掛ける。
おれは姫様から、この三日間のことを聞いた。
バルドールからの援軍がノルンの瞳へ到着したのは二日前。襲撃を受けた兵士たちの治療や、足りなくなった物資の補給を手伝っているらしい。
ヒルデブラントは治療中。
命に別状はないが、しばらく戦える状態じゃない。
ヴェイグは一度、ドワーフの里へ戻った。
ヘイミルも一度ミズガルへ戻り、これからの戦いに備えるらしい。
「クラリスは?」
「地下牢。カリオストロと話してる」
みんな、もう動き始めていた。
「それと」
姫様の声が一段落ちる。
「ハルジオンから報告を受けたよ。……職人殺しを止めてくれて、ありがとう」
「ああ……いや。みんなのおかげだ。それに――」
おれは一度、口ごもる。
「……一部、取られた」
「……《沈黙の魔女》ね」
「ああ」
職人殺しは粉々になった。
もう動かない。
それは、この目で確かめた。
だけど、その一部を《沈黙の魔女》が持っていった。
* * *
夕方。
おれはふたたび姫様に肩を借り、ハルジオンと一緒にヒルデブラントの部屋へ向かった。
部屋にはオリハルコンもいた。
ヒルデブラントはベッドの上で包帯だらけになっている。
さすがに起き上がるのは禁止されているらしい。
「よう。三日寝太郎」
ヒルデブラントが顔だけこちらへ向ける。
「……あんたもベッドの上じゃねぇか」
「俺はバキバキ起きてる」
「あなたも、まともに話せるようになったのは昨日でしょう……」
姫様が呆れた。
「つぎの《聖剣の作り手》。子供なのは知っていたが、実際見ると驚きだな」
ヒルデブラントが言う。
「そりゃどうも」
「それに――」
ヒルデブラントがハルジオンを見る。
「君にも驚きだ、ハルジオン」
「……どうも」
ハルジオンが控えめに答える。
その様子を見ていたオリハルコンが、椅子から立ち上がった。
もう魔剣の姿じゃない。バルドールで会ったときと同じ、ひとの姿だ。
「あんたは身体、大丈夫なのか?」
おれが聞くと、オリハルコンはうなずいた。
オリハルコンは、おれとハルジオン、それからヒルデブラントへ順番に目を向ける。
「みなさん。本当に、ありがとうございました」
深く頭を下げた。
「それに……ご迷惑をおかけしました」
「いや、謝ることないぜ」
おれが言うと、オリハルコンが顔を上げる。
「勝手に剣にされて、勝手に使われたんだ」
「だけど、私の力で――」
「ダイアモンドたちを退けられた」
ハルジオンが遮った。
「謝るより、助かったことを喜ぶべきだ」
「んーいいこと言うなぁ、お前ら」
ヒルデブラントがベッドの上で笑う。
「魔剣にして勝手に振りまわしたやつに文句言っとけ。……トパーズは、もうおれがたたき斬っちまったが」
「……ええ」
オリハルコンはうなずいた。
「で」
ヒルデブラントの目が、オリハルコンへ向く。
「向こうでなにがあった?」
オリハルコンの表情が変わった。
「闇の王国、《ウートガルズ》。その鉱山へ連れていかれた」
「敵の本拠地じゃねぇか」
ヒルデブラントが驚く。
「ええ。そこで、《沈黙の魔女》と話した……」
「会ったのか?」
ハルジオンが聞く。
「直接姿を見せなかったけど……でも、声は聞いた」
オリハルコンは少し考えてから続ける。
「あれは、ひとの類じゃない」
「……いったいなんなんだ、そいつ」
おれはつぶやく。
「『岩石王と愛を誓った者』そう名乗っていた」
「……はぁ?」
思わず声が出た。
「彼女は岩石王の肉体を取り戻すため、その手足となって動いている。『すべては岩石王の意志のままに』と」
「岩石王と話してんのか?」
「……わからない」
オリハルコンは首を横に振る。
「少なくとも、彼女自身は岩石王の意志を知っているようだった」
「岩石王って、いまどんな状態なんだよ」
「心臓はウートガルズの鉱山最深部にあって、そこで力を蓄えている」
「まぁ、オリハルコンが取り込まれなかったのは僥倖だ」
ハルジオンが腕を組む。
「……どうやら意思を持った魔鉱石は、いまの岩石王には取り込めないようだったの。だから私は武器として利用された」
オリハルコンは目を伏せる。
「それで、トパーズに……」
「ええ」
オリハルコンがうなずく。
「現代の勇者、《ヒルデブラント》をたおし、残った最高位の魔鉱石――アダマンタイトとミスリルを回収するために」
「それに、カリオストロも手を貸した」
ハルジオンが言う。
「うん。彼の《錬成魔術》なら、私の抵抗を越えてかたちを変えられるから」
オリハルコンがそう言うと、その場が一度静かになった。
「日食までは?」
ハルジオンが聞いた。
オリハルコンは口元に手を当てる。
「……あと、一ヶ月ちょっと」
「もう、そんなしかねぇのか」
おれはつぶやく。
バルドールに着いた頃は、五ヶ月も先の話だった。
火の神殿へ行った。
エルフの森へ行った。
ミズガルで戦った。
ドワーフの里へ行った。
あっちへ行って、こっちへ行って、何度も死にかけた。
気づけば、残りは一ヶ月ちょっと。
「……だったら。なおさら寝てる場合じゃねぇな」
「い・ま・は、寝てなさい」
姫様に即答された。
「日食まで時間がないからこそ、いまはちゃんと治すの」
* * *
それから四日。
身体は、ようやくまともに動くようになった。
右手を握る。開く。
まだ少し痛む。
でも、力は入る。
「……よし」
その日の朝、オリハルコンがおれとハルジオンをノルンの瞳の修練場へ呼んだ。
「イルザ姫の許可が下りたよ」
オリハルコンの言葉に、おれとハルジオンは顔を見合わせる。
「五大属性の試練」
彼女が告げた。
火。土。気。水。
やっと、ここまで来た。
残っているのは――
「《虚》」
ハルジオンが言った。
「最後の試練、ここで受けられるのか?」
おれは修練場を見まわした。
「でも……神殿も守護霊もないけど」
「前にも伝えたけど、虚は特殊なの」
オリハルコンが修練場を歩く。
「《虚》は、火や水のように生まれながら持つ属性じゃない。勇者ハルマが四つの属性を巡り、そのあいだに見つけたもの」
「じゃあ、どうやって」
「そうね……。神殿は、いわば私の"ここ"にある」
オリハルコンは自分の頭を軽く指でつついた。
「……頭?」
「私に刻まれた、記憶のなか」
ハルジオンの表情が変わった。
「まさか……」
「だから、私を取り戻してくれて本当に助かったの。最後の試練は、私がいないとはじめられないから」
オリハルコンは真剣な眼差しでおれたちを見る。
「……覚悟はいい?」
「ああ」
おれとハルジオンは同時にうなずく。
おれも止まってられない。
リルが戻ってくる前におれも進む。
「うんうん」
オリハルコンはうなずく。
「聖剣への道。これが……最後だよ」
彼女が両手を差し出す。
おれとハルジオンは、オリハルコンの手へ触れた。
オリハルコンが目を閉じた。
その瞬間、彼女の身体が白く輝いた。
光が修練場を包み込み、視界が一気に白くなる。
足もとの感覚が消えた。
「うおっ!?」
落ちているのか、浮いているのかもわからない。
耳元で、いくつもの音が重なった。
『どこだ、ここは……』
『やぁ、はじめまして。私はノルン。神様だよ』
金属をたたく音。
剣がぶつかる音。
『待って! 俺は敵じゃない! 君は?』
『わ、私はエレオノーラ』
炎を吐く竜。
天空に浮かぶ城塞。
だれかの笑い声。
懐かしい声。
それらが一気に遠ざかっていく。
* * *
ドンッ、と尻から落ちた。
「いってぇ……」
土の感触がする。
顔を上げると、そこは荒野だった。
足もとには白い霧が立ち込め、その先には乾いた大地がどこまでも続いている。
ノルンの瞳の修練場は、影もかたちもない。
「ハルジオン?」
「ここだ」
少し離れたところで、ハルジオンが立ち上がっていた。
「ここが、オリハルコンの記憶なのか?」
「だろうな」
「……本人は?」
「ここだよ」
声のほうを見ると、オリハルコンが立っていた。
そのときだった。
カン。
「……ん?」
遠くから音がした。
少し間が空く。
カン。
聞きまちがえるはずがない。
金槌の音だ。
「……鍛冶?」
おれたちは、音のするほうへ歩いていく。
やがて、小さな炉が見えた。
簡素な金床。
燃える火。
使い込まれた道具。
その前に、ひとりの男がいる。
男は金槌を振り下ろした。
カン。
金床の上にあるのは、一本の細長い鉄だった。
剣――だと思う。
でも、おれが知っている剣とはちがう。
よくある長剣より細く、片側にしか刃がない。
それに、わずかに反っている。
「なんだ、あの剣」
となりから返事がない。
見ると、ハルジオンが男を見たまま固まっていた。
「どうした?」
「……あれは」
「知ってんのか?」
「……いや」
ハルジオンは首を振る。
「会ったことはない」
「あれだれ?」
おれはオリハルコンに聞く。
「この記憶の持ち主」
オリハルコンが答えた。
(ってことは……)
「……まさか」
男の手が止まった。
金槌を置き、ようやくこちらを振り返る。
想像していたより、ずっと普通の男だった。
煤で汚れた服。少し伸びた髪。
そのへんの工房にいたって、おかしくない。
ただ、おれたちを見る目だけは妙に楽しそうだった。
「……ああ。来たのか」
男が言う。
ハルジオンが息を止めた。
「えー」
男は少し考えるように頭を掻いた。
「おれは、源道晴馬」
そこで金床を振り返る。
「……悪いけどちょっと待ってくれ」
カン、と鉄をたたく。
「いま、いいとこなんだ」
『カジバノチカラ -鉱石少女がエクスカリバーになるまで-』
第二部
《魔剣衝突》
完
☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆
☆番外編!☆
■ハルマゲドン
『新約聖書』の「ヨハネの黙示録」に登場する言葉。
善と悪が最後の戦いを繰り広げる場所を指す「ハルマゲドン(アルマゲドン)」として知られ、現在では「世界の終末」や「最終決戦」を表す言葉として使われることもあるよ。
次回から、カジバノチカラ 第3部(最終章)開始です。




