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カジバノチカラ - 鉱石少女がエクスカリバーになるまで -  作者: 上田文字禍
第2部 「魔剣衝突」
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48/54

47「白銀の翼」

 白い宝石の魔物、《ダイアモンド》

 人間より二回りは大きい。

 肩幅は広く、腕も脚も太い。

 宝石の仮面は白く透き通っていて、あちこちから細かな虹色が跳ね返っていた。


(きれいだ)

 こんな状況で、そんなことを思った自分に驚いた。


(……対魔力が弱っているのかもしれねぇ)


 ハルジオンの父ちゃんと母ちゃんを殺したサイレンス。


 さっきまで震えていたハルジオンの拳は、いつのまにか止まっていた。

 覚悟の表情だ。


 ハルジオンはダイアモンドの身体を順番に見ていた。


「……皆、距離をとって」

 ハルジオンが言った。

「ヴェイグが正面。ヘイミルは右。アダマンタイトは左から。簡単に仕留められる相手じゃない」


「……承知した」

 ヴェイグが戦鎚(ウォーハンマー)を担ぎ直す。


「……俺が指示を出します」

 ハルジオンの言葉に、三人はうなずく。


 おれも立ち上がろうとして、膝へ力を入れた。

「ぐっ……!」


「無理しないで」

 リルがおれの肩を押さえる。

「でも――」


「……足手まといだよ」

 エグレがおれの手首を掴(つか)む。

「回復に専念したほうがいい」


「……くそっ」

 言い返せねぇ。


 少し離れた場所では、カリオストロがクラリスに傷の手当てをしてもらっている。


「鍛冶組は休んでなさい」

 アダマンタイトはそう言うと、今度はリルを見る。

「あなたも残って」


「わ、私も?」

「……私たちがやられたら、そのときはお願い」


 リルはなにか言いかけたが、結局その言葉を飲み込み、うなずいた。


 前へ出たのは四人。

 ハルジオン。ヴェイグ。ヘイミル。アダマンタイト。


 対するダイアモンドは、沈黙を続けている。

 職人殺しとはまるでちがった。

 あいつは喋った。おれを怒らせようとしたし、個人的な目的もあった。

 でも、こいつにはそういうものを一切感じない。



 先に動いたのは、ダイアモンドだ。

 ねらいはハルジオン。


 ハルジオンは短く息を吐き、ヴェイグに視線を送ると、うしろへ下がった。

 入れ替わるようにヴェイグが前に出る。

「うぉぉぉっ!」

 巨大な戦鎚を頭上から振り下ろす。

 まともに当たれば、動く石像くらいなら一発で砕ける一撃。


 だが、ダイアモンドは避けなかった。


 ガァン!!!


「なっ!?」

 戦鎚が止まった。

 傷ひとつついていない。


「もどって!」

 ハルジオンの指示が飛ぶ。


 ヴェイグが戦鎚を引くのと同時に、左からアダマンタイトが走った。

 彼女は右腕を上げる。

「《擬態(トランス)》!」

 彼女の腕から、巨大な刃があらわれた。

 大鎌だ。

 腕の形状を一部分だけ変え、武器にしている。


 ダイアモンドは半歩だけ身体をずらし、大鎌の一撃を避けた。

 そこへ、ヘイミルが入った。

 大剣(グレートソード)が首をねらう。

 ダイアモンドはそれを、右手で弾く。


 ハルジオンが最後に飛び込んだ。

 短剣(ショートソード)の切っ先が、ダイアモンドの喉へ伸びる。


 キィン!


「……ダメか!」

 短剣は刺さらない。

 ハルジオンはすぐにうしろへ飛ぶ。

 

「理論武装――二式、《ゲイボルク》」

 そこから、ハルジオンの動きが変わった。


 攻めているのに無理には近づかない。

 ダイアモンドが一歩入れば、同じだけ下がる。

 止まれば、少し詰める。

 拳が届く場所には絶対に立たない。


 ダイアモンドの右拳が伸びた。ハルジオンは半歩下がる。

 左拳。今度は身体を横へ流す。

 その拳を通り抜けながら短剣を突き出す。


 ハルジオンが間合いを支配している。


 脇の下。膝。喉。目。

 ハルジオンの突きは全部、正確だった。

 それでも、刃は一本も通らない。


「ねらいは悪くないはず」

 ハルジオンがつぶやく。

「問題は――純粋な硬さ!」


 ダイアモンドが踏み込んだ。動きがさっきまでより速い。

 ハルジオンが寸前で避ける。

 ダイアモンドの拳が頬(ほお)をかすめ、血が飛んだ。


 息をする間もなく、つぎの拳が来た。

「理論武装――四式、《ムラサメ》!」

 直撃する寸前、ハルジオンは半身になって拳をかわした。

 そのまま相手の腕に沿って懐(ふところ)へ滑り込む。

 ダイアモンドの拳が伸びきる。

 その勢いを殺さず、受け流す。


 拳は空を切った。

 だが、勢いは止まらない。


 拳に乗せた体重ごと、ダイアモンドの身体が前へ流れる――ハルジオンが誘導した方向へ。


「ヴェイグ!」


「まかせろ!」

 戦鎚がダイアモンドの脇腹へたたき込まれる。


 白い巨体(きょたい)が横へ吹き飛んだ。

 木を一本へし折り、そのまま地面を転がる。


「手応えありだ!」

 ヴェイグがニヤリとする。


 しかし、ダイアモンドは起き上がった。


 ハルジオンが《ムラサメ》の構えを取った。


 ふたたび拳が来る。

 ハルジオンは、半身になって受け流そうとする。

 だが、触れる寸前――拳が引かれた。


「……っ!」

 拳じゃない。

 引いた腕が折りたたまれ、そのまま肘が突き出される。

 ハルジオンが反応するより早く、鋭い一撃が胸へ突き刺さった。


「がっ!」

 衝撃で身体が浮く。

 ハルジオンはそのまま弾き飛ばされ、地面へたたきつけられた。


「ハルジオン!」

 ヘイミルが大剣を振り、ダイアモンドとハルジオンのあいだへ入る。


 ハルジオンはすぐ身体を起こした。

 口元からは血が流れている。

「……ったく。一回で合わせてきやがった」


「ただ硬いだけではないのね」

 アダマンタイトが言う。


 ハルジオンの《天眼》がさらに強く光る。

「……学習される前に仕留めるしかない」


 ハルジオンが三人を見る。

「もう一度、俺に合わせてください!」


 ヴェイグ、ヘイミル、アダマンタイトの三人が、同時にうなずいた。


「理論武装――六式」

 ハルジオンの構えが変わる。

 低く、浅く、つぎの一歩のためだけの構え。

「《ダインスレイヴ》!」


 ハルジオンが飛び出し、ほかの三人も続く。


「アダマンタイト!」

「ええ!」

 アダマンタイトの大鎌が、ダイアモンドの脇腹を薙(な)ぐ。

 ダイアモンドが半歩引いて避けた。

 そのすきまへ、もうハルジオンが割り込んでいた。

 短剣がダイアモンドの手首をねらう。

 かわすか、受けるか、選ばせる間もなく刃が入る。


 キィン!


 刃は通らない。

 それでも、ダイアモンドの拳が握り直される、その一瞬を奪った。


「右、ヴェイグ!」

 反撃のかたちをつくり直す暇を与えない。


 戦鎚が右から迫る。

 ダイアモンドは腕で受ける。

 受けた腕へ、すかさずハルジオンの刃が這(は)った。

 反撃の起点になるはずの腕を、先に潰す。


「そのまま、ヘイミル!」

 ヘイミルの大剣が追う。

 ダイアモンドが身をひねって流そうとする。


 流れる先に、またハルジオンがいた。

 短剣で軌道を軽く弾き、ひねった体勢のまま、つぎの一手を出させない。

 防ぐ。かわす。反撃する。

 そのどれかを選ぶための一拍を、ハルジオンが刈り取っていく。


「もう一度、アダマンタイト!」

 大鎌が、ダイアモンドの肩へ入る。

 傷はつかない。

 それでも、ダイアモンドの足が一歩だけうしろへ下がった。


「押してる……!」

 リルが声を上げる。


 猛攻。

 途切れない連携攻撃。


 アダマンタイトが崩し、ヴェイグが押し、ヘイミルが刈る。

 そのすべての合間に、ハルジオンの刃が絶えず入り続ける。


「すげぇ……」

 おれは思わず声が漏れた。

 ハルジオンの判断に迷いはない。


 どこを崩すか。どこへ刃を差し込むか。全部、先にわかっているみたいだった。

 だからこそ、つぎに起きたことが信じられなかった。


 ヴェイグが踏み込もうとした瞬間、ほんの少しだけ足が遅れた。

「っ!」

 職人殺しの戦いで傷めた脚だ。


 その一瞬をダイアモンドは見逃さなかった。

 右手が伸び、戦鎚の頭を掴む。

 そのまま握り潰した。


「なっ――!」


 さらに、ダイアモンドの拳がヴェイグの胸へ入る。

「がはっ!」

 ヴェイグが木々の向こうまで吹き飛んだ。


 背後をとったアダマンタイトが、大鎌を振るう。

 その刃も、ダイアモンドに掴まれた。

「背中に目でもあるの!」

 ダイアモンドは大鎌になった腕ごとアダマンタイトを持ち上げ、そのまま地面へたたきつけた。


 大鎌が崩れ、人間の腕へ戻る。

 アダマンタイトは気を失った。


 残ったのは、ハルジオンとヘイミルだけだった。


「……まだ走れますか」

 ハルジオンがヘイミルに問う。

「聞くまでもない」

「なら、もう少し付き合ってください」



 ダイアモンドが動く。

 白い身体が沈んだと思った瞬間、もうハルジオンの目の前まで来ていた。


「右!」

 ハルジオンが咄嗟(とっさ)に身を沈める。

 唸(うな)りを上げた拳が、その頭上を通り過ぎた。


 その隙に、ヘイミルが背後を取る。

 振りかぶった大剣を、ダイアモンドの背中へたたきつけた。

 だが、刃は通らない。


 ダイアモンドの意識がヘイミルへ向いた瞬間、ハルジオンがすかさず動く。

 ねらうは顔面。

 短剣をまっすぐに突き出す。


 刃が届く寸前――ダイアモンドの全身から魔力が爆発した。


 「っ!」

 凄まじい圧が周囲へ弾け、ハルジオンとヘイミルをまとめて吹き飛ばす。

 ふたりが離れたすきに、ダイアモンドは態勢を立て直す。


 そのときだった。

 黒い雲に覆(おお)われた空に、わずかな切れ間が生まれる。

 そこから、一筋の赤い光が差し込んだ。


「……そうか」

 ヘイミルが空を見上げる。

 その口元に、かすかな笑みが浮かんだ。

「粘った甲斐があった」


 ヘイミルは大剣を地面へ突き立てる。

 そして、両手を兜へ伸ばした。


「ヘイミル?」

 ハルジオンが声をかける。


「ハルジオン、よくここまで時間を稼いでくれた」

 兜が外れる。

 夜風がヘイミルの髪を揺らす。

 木々の向こうから差し込む赤い光が、その横顔を照らした。


 月だ。


「――ここからは、僕の時間だ」


 最初に変わったのは腕だった。

 鎧のすきまからのぞいていた筋肉が膨れ、その表面を濃い毛が覆っていく。

 指先から鋭い爪が伸び、顔つきまで少しずつ人間のものから離れていった。


 骨が鳴る。

 背が伸び、肩幅が広がる。

 口元が大きく前へせり出し、その奥から鋭い牙がのぞいた。


 ヘイミルは、巨大な狼人間(ウェアウルフ)へと変化した。


「ヘイミル……」

 ハルジオンが思わず名前を呼ぶ。


「大丈夫だ。意識は保っている」

 獣の喉から、低い声が響いた。

「ここからだ」

 ヘイミルが牙をむき出して笑う。


 つぎの瞬間、その姿が消えた。


 ドゴン!!!


 衝撃音が遅れて響く。

 気づいたときには、ヘイミルの蹴りがダイアモンドの脇腹にめり込んでいた。


 白い巨体が真横へ吹き飛ぶ。

 地面を削りながら滑り、何本もの木をへし折って、ようやく止まった。


 ダイアモンドに起き上がる暇はない、すでにヘイミルが目の前にいる。


「ウォォォ!!!」


 振り下ろされた爪を、ダイアモンドが腕で受け止める。

 ヘイミルは構わず、その腕ごと力任せに押し込んだ。

 地面が沈む。


 さらに反対の爪が閃く。

 今度は防御が間に合わない。

 まともに一撃を受けたダイアモンドの巨体が、ふたたび後方へ弾き飛ばされた。


 ヘイミルが地面を蹴る。

 ダイアモンドも真っ向から前へ出た。

 ふたつの巨体が激突する。


 ヘイミルの巨体がぐらりと揺れる。

 それでもたおれない。

 地面を踏みしめ、力ずくで踏ん張った。

「グゥラァァァ!!!」

 雄叫びを上げ、ふたたび踏み込む。


 だが、その瞬間――ダイアモンドが大きく後方へ跳んだ。


「あいつ、なにかする!」

 ハルジオンが叫ぶ。


 ヘイミルは追わない。

 低く唸りながら腰を落とし、ダイアモンドのつぎの動きに備えた。


 ダイアモンドの身体が大きく膨らみ始めた。

 肩が広がり、両腕が長く伸びていく。

 人型だった輪郭(りんかく)が崩れ、その身体が別の生き物へと組み替わっていく。


「擬態……!」

 ハルジオンが目を見張る。


 伸びた両腕が翼へ変わる。

 鋭い嘴(くちばし)があらわれる。

 両脚からは、巨大な鉤爪(かぎづめ)が伸びた。


 ダイアモンドは巨大な白い大鷲になった。


 大鷲が翼を広げ、羽ばたく。

 猛烈な風が森をかけ抜けた。


「うぁっ!?」

 おれたちは身体を低くして耐える。

 土と枯れ葉が巻き上がり、一瞬、視界が塞がれた。

「ヘイミル!」


 風が収まり、目を開ける。


 いない。

 大鷲も、ヘイミルも。


「どこだ!?」


「上だ!」

 ハルジオンが空を指す。


「なっ……」


 白い大鷲はすでに、木々をはるかに越える高さまで上昇していた。

 そして、その巨大な鉤爪には――ヘイミルが掴まれている。


「グァァァ!」

 ヘイミルが爪を振るい、ダイアモンドの脚へ何度もたたきつける。

 だが、傷ひとつつかない。


 大鷲がさらに羽ばたいた。一気に高度が上がる。


「くそっ!」

 ハルジオンが空を見上げる。


 そのとき、大鷲が鉤爪を開いた。

 ヘイミルの身体が宙に放り出される。

 そのまま、真っ逆さまに落ちていく。

 掴めるものなんて、どこにもない。


「ヘイミル!」


 凄まじい音とともに地面が揺れた。

 土と石が高く跳ね上がり、ヘイミルの落ちた場所を覆い隠す。


 やがて土煙が晴れていく。

 地面には、大きな穴ができていた。

 その中心に、狼の姿のままヘイミルがたおれている。


「……ヘイミル!」

 おれは立ち上がろうとした。

 けれど、やっぱり脚に力が入らない。


「チッ! あたしがいく!」

 エグレがかけ出した。


 そのあいだにも、白い大鷲はゆっくり高度を下げていた。

 地面へ降り立つと、その身体がふたたび人型へ戻る。

 

 ダイアモンドが顔を向ける。

 残っているのは――ハルジオン、ひとり。


「……」

 ハルジオンは地面に落ちた短剣を拾い上げる。

「いまの俺じゃ……届かない」


 ダイアモンドが歩き出す。

 一歩、また一歩と距離を詰めてくる。


 ハルジオンは退かない。

 《天眼》で、じっと相手を見続けている。


「それでも、まだ終わってない」

 ハルジオンが短剣を握り直した。


 《天眼》の光は、もう弱くなり始めている。

 だが、その目は死んでいなかった。


「俺にはまだ――見えている!」

 

 ハルジオンとダイアモンド。

 両者が同時に踏み込んだ。


 拳と短剣がぶつかり合う。


 一撃、二撃――止まらない。


 ダイアモンドが拳を繰り出すたび、ハルジオンの短剣がその軌道を逸(そ)らす。

 目で追うのも難しい連撃を、ハルジオンはことごとく捌いていく。


「ウルカヌスはもっと速かった!」

 ダイアモンドの攻撃は当たらない。

 だが、それはハルジオンも同じだった。

 拳を捌くので精一杯で、短剣を届かせる隙がない。


「ハルジオン!」

 声が響いた。


 クラリスだ。

 銃を構え、まっすぐダイアモンドをねらっている。


 ハルジオンは視線を逸らさない。

 ダイアモンドを見据えたまま、小さくうなずいた。


 バァン!

 銃声。


 弾丸がダイアモンドの顔面を捉えた。

 傷はつかない。


 だが、ダイアモンドの意識が一瞬だけクラリスへ向く。


 ハルジオンは、その一瞬を見逃さなかった。


「《夜狩》(ナイトハンター)!」

 光をまとった短剣が閃く。

 刃がダイアモンドの顔面を捉え、その白い宝石を深く抉った。


 ダイアモンドが――欠けた。


 だが、その瞬間。

 ダイアモンドの身体が光った。


「なんだ!?」


 その光は強さを増し、森の暗がりを白く染め上げていく。


「まずい、直視しないで!」

 アダマンタイトが叫んだ。


 でも、遅かった。

 光が視界を覆う。


「ぐっ……!」


 まぶしい。

 けど、それだけじゃない。

 頭の奥に、ぼんやりと霧がかかっていく。


 さっきまで、あれほど怖かったはずなのに。

 ダイアモンドが、恐ろしいと思えなくなっていく。


 むしろ――近づいてもいいような気がしてきた。


 触れてもいい。

 あいつは敵じゃない。


 そんな考えが、まるで自分のものみたいに頭のなかへ入り込んでくる。


(……これは)


 気づけば、おれは地面に手をついていた。


 立ち上がろうとしている。

 ダイアモンドのほうへ行くために。


「カジバ!」

 腕を強く掴まれた。


「……リル?」

「ど、どこ行くの!?」

「どこって……」


「そっち見ちゃダメ!」

 リルが両手でおれの顔を挟み、無理やり自分のほうへ向ける。

 目の前いっぱいに、リルの顔が映った。


 ダイアモンドの光が視界から消える。

 それとともに、頭にかかっていた霧も少しずつ薄れていった。


「いまのは……《魅了(チャーム)》か」

「カジバ……よ、よかった」


「ハルジオンは……」

 おれはハルジオンを見る。


 片膝をついていた。

 短剣を地面に突き立て、それを支えにどうにか身体を起こしている。

 天眼の光も、いまにも消えてしまいそうなほど弱い。


 それでも、ハルジオンは顔を上げた。

「効くかよ、お前の《魅了》なんか」


 その手は、自分の傷口を強く握りしめていた。

 指のあいだから、血が滴っている。


 ……痛みで意識を繋ぎ止めたのか。


 ダイアモンドが、ふたたびかたちを変えはじめる。


「また擬態するぞ!」


 白い身体が膨れ上がっていく。

 巨大な翼が広がり、周囲の枝を押し退ける。

 太い枝さえ、触れただけでへし折れていった。


 現れたのは、先ほどよりもさらに巨大な白い大鷲。

 翼を広げただけで風が巻き起こり、周囲の木々が大きく揺れる。


 まずい。

 戦えるやつは、もういねぇ。


「……くそぉ」

 声が勝手に漏れた。

 身体が言うことをきかねぇ。


「……まだ」

 となりで声がした。

 リルが立ち上がっている。


「……おい」


「ま、まだ……私がいる」

 リルがダイアモンドへ向かって歩き出した。


「待てリル!」

 必死に腕を伸ばす。

 けど、届かない。

「行くな!」


「カジバ」

 リルが足を止め、振り返る。

「私、すーっごい怖い!」


「なら――」


「心臓やばいけど」

 リルが小さな拳をぎゅっと握る。

「でも――怖いままでも、動ける!」


 白い大鷲が目線を下げた。


 ねらっている。

 リルを。


 リルの身体から、銀色の魔力が溢れ出す。

 魔力が風を巻き起こし、リルの髪と服を激しく揺らした。


「今度は逃げない!」

 白銀の光が、一気に膨れ上がる。

 ダイアモンドの放つ白い輝きと正面からぶつかり、ふたつの光が森のなかで押し合った。


 ダイアモンドは巨大な翼を広げた。


「……来るぞ!」

 ハルジオンが叫んだ。


 ダイアモンドが地面を蹴る。

 巨大な翼が一度羽ばたく。

 周囲の枝を巻き込みながら、白い巨体が上昇した。


 それでも、リルは動かなかった。


 ふと、アダマンタイトへ目を向ける。

 さっきの戦い。

 アダマンタイトは右腕だけを大鎌へ変えていた。


 身体全部じゃない。

 必要なところだけを、必要なかたちに変えていた。


「……そっか」

 リルがつぶやく。

「全部、変えなくてもいいんだ」


 魔力が、背中へ集まり始める。


「リルお前……」

 おれは驚く。


「私、ずっと見たものに変わってた」

 リルは上空の大鷲を目で追う。

「鳥なら鳥に、剣なら剣に」

 大きく息を吸う。

「そうだよ。――届かないなら、届くかたちをつくればいい!」


 その言葉に、おれの胸が高鳴った。

 それは、武器をつくるときと同じだ。


「《擬態(トランス)》!!!」


 リルの背中から、魔力が噴き出した。


 光が左右へ伸びていく。

 枝分かれし、重なり合い、一本一本が羽のかたちをつくっていく。


「……翼?」

 思わず声が漏れた。


 鳥になったわけじゃない。

 リルは、リルのままだ。


 ひとの姿のまま、その背中に白銀の翼が広がっていた。


「……」

 少し離れたところで、ハルジオンが息を呑んだ。


 見ているのは、ダイアモンドじゃない。

 リルだ。

 その目は、彼女の背中に広がる翼へ釘づけになっていた。


「……翼だ」

 ぽつりとつぶやく。


「それ飛べんのか!?」

 おれが叫ぶ。

 

 リルが振り返る。

「飛べる! 絶対!」



 リルは翼を広げた。

 一度、大きく羽ばたく。

 その身体が地面を離れ、一気に夜空へ舞い上がった。


 銀色の軌跡を残しながら、ぐんぐん高度を上げていく。


 その姿を見た瞬間――ハルジオンの天眼が、もう一度強く光った。


「……いけ!」

 空を見上げたまま、ハルジオンが小さく笑う。


 ダイアモンドがリルのほうへ向く。


「リル!」

 ハルジオンが叫ぶ。

「やつの右側をねらえ!」


「右?」


「おれたちの攻撃が蓄積してる! 右からの攻撃だけ、反応が遅い!」


 リルが空中で身体をひねる。

「わかった!」


「正面からぶつかるな! ぎりぎりまで引きつけろ!」


 ダイアモンドが加速した。

 白い巨体が、一直線にリルへ迫る。


 リルも翼を大きく広げた。


「行くよ!」

 白銀の翼が羽ばたく。

 リルの身体も一気に加速した。


 白と銀。

 ふたつの光が、正面から凄まじい勢いで近づいていく。


「まだだ!」

 ハルジオンが叫ぶ。

 距離が縮まる。

「まだ!」


 巨大な嘴が目前まで迫る。


「いまだ! 右!」


 リルが翼を畳んだ。

 身体がくるりと右へ流れ、ダイアモンドの嘴がすぐ横を通り過ぎる。


「そこだ!」

 ハルジオンが指を突きつける。


 リルが翼を開いた。


 白銀の羽が一気に広がる。

 空気をたたくように、強く羽ばたいた。


「いっけぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

 一気に加速する。

 そのまま――ダイアモンドの右胸へ突っ込んだ。


 ドォォォン!!!


 凄まじい衝撃が、森全体を震わせた。



 空を見る。

 小さな影が落ちてくる。


 白銀の翼が大きく開いた。

 地面へたたきつけられる寸前、翼が強く羽ばたく。

 落下の勢いがわずかに緩む。


 リルはどうにか身体を持ち上げ、そのまま地面を滑るように着地した。


「平気か!」

 おれは立ち上がろうとする。


「待て!」

 ハルジオンに止められた。

「空を見ろ!」


 顔を上げる。

 ダイアモンドは、まだ飛んでいる。


「効いてない……?」


「ちがう」

 ハルジオンが空を指差した。


 白い大鷲の右胸。

 リルがぶつかった場所に、小さな亀裂が走っている。


 ピシッ――


 そこから、ひび割れが少しずつ広がっていく。


「や、やった……!」

 リルが顔を上げる。

「カジバ!」


「お、おう!」


「ハルジオン!」

 リルは続いてハルジオンを見る。


 ハルジオンは、空を見上げていた。

 リルが届いた場所を、じっと見つめている。

 やがて、その口元がほんの少しだけ緩んだ。


「……やるじゃないか」


 ハルジオンは一度だけ目を閉じた。

 そしてふたたび目を開き、ダイアモンドを見据える。


 そのとき、ダイアモンドがゆっくりと身体の向きを変えた。


「……?」

 おれとハルジオンは、その先へ目を向ける。


 城塞だ。


「……あいつ、ほかのサイレンスと合流する気か」


 ダイアモンドが大きく翼を羽ばたかせた。

 白い巨体がさらに高度を上げていく。


 追える者はいない。


 やがてその姿は、城塞の方角へと遠ざかっていった。


「……行ったの?」

 エグレが小さな声で聞く。

 

 アダマンタイトは遠ざかる影を見つめたまま、息を吐いた。

「まずいわね。ヒルデブラントのほうへ向かった」


「……追わねぇと」

 そう言ったおれに、エグレがため息をつく。

「追える状況?」


 言い返せなかった。


 ヘイミルはひとの姿に戻って、エグレの手当てを受けている。

 ヴェイグも無事だ。

 クラリスも、カリオストロも生きている。


 けど、みんな傷だらけだ。

 いますぐ戦える状態じゃない。


 ハルジオンは、まだダイアモンドが消えた夜空を見つめていた。

「……あいつに、傷はつけられることはわかったな」

 おれは、その背中に声をかける。


「……ああ」

 ハルジオンが振り返った。

「まずは応急処置だ。一刻も早く態勢を立て直そう」



 白銀の翼を背中に残したまま、リルは自分でも信じられないものを見るように、何度も自分の背後を振り返っていた。

「……ねえ、カジバ。見た?」

「見た」

「わ、私……飛んだよ!」

 リルが笑う。

 その笑顔が、ほんの一瞬だけ歪んだ。


「……っ」


「リル? どうした?」

「……なんでもないよ」


 そう言って、リルはまた笑った。


 白銀の翼が、光の粒へ変わりはじめる。

 翼の先からほどけた銀色の光が夜風にさらわれ、ひとつずつ消えていった。

 

 リルがこっちを向く。

「みんな、生きててよかった」


 おれもまわりを見る。


 ヘイミル。ヴェイグ。アダマンタイト。ハルジオン。クラリス。エグレ。カリオストロ。

 みんなボロボロだけど、生きている。


「……ああ」

 ようやく、少しだけ安心できた。


「よかったぁ……」

 リルが大きく息を吐く。

「みんな無事――」


 その言葉は、最後まで続かなかった。

 伸ばしたリルの手が、きらめいた。


「……え?」


 白銀の光が走る。

 つぎの瞬間。

 リルの指先が、砕けた。


「……は?」


 キラキラと輝く欠片が宙を舞う。


 手から腕へ、腕から肩へ。

 白銀の亀裂が一瞬で全身をかけ抜け――


 リルが、砕けた。



 ガラ、ガラン。

 無数の欠片が地面へ落ちる。


「……リ、リル?」

 目の前に、リルはいない。

 足もとには、白銀に輝く鉱石の欠片が散らばっている。


「……おい」

 かけ寄り、その場にしゃがみ込む。

「なにやってんだよ」


 返事はない。


「急に擬態すんなよ……」


 待つ。

 いつものように、もとに戻るのを。

 けれど、なにも起こらない。


「なぁ……リル」


 恐る恐る手を伸ばす。

 指先が、ひとつの欠片に触れた。


 冷たい。

 目の前にあるのは、砕け散ったミスリルの欠片だけだった。


「リル、戻れよ……」


 いつもみたいに、おれを見て笑ってくれよ。


「……リル」



☆本作に登場する武器と種族のかんたん解説!☆


■ゲイボルク

ケルト神話に登場する英雄クー・フーリンが使ったとされる魔槍。

本作では《理論武装》二式、《支配の型》として登場。

相手の攻撃が届かず、自分の攻撃だけが届く間合いを徹底して維持。敵の攻撃をいなしながら戦いの主導権を握り、急所をねらった致命的な突きで仕留める、対武人に特化した型だよ。


■ムラサメ / 村雨

江戸時代の読本『南総里見八犬伝』に登場する宝刀。

刀身から水気が湧き出して血を洗い流すという不思議な性質を持ち、作中を代表する名刀として知られているよ。

本作では《理論武装》四式、《反撃の型》として登場。

相手が放った攻撃の勢いと力を利用して反撃へ転じるカウンター主体の型。敵の攻撃が強ければ強いほど、その力を逆に利用できるのが特徴だよ。


■ダインスレイヴ

北欧の伝承に登場する魔剣。

一度抜けばひとの命を奪うまで鞘へ戻らず、その刃が与えた傷は決して癒えないとされる、恐ろしい剣として知られているよ。

本作では《理論武装》六式、《追撃の型》として登場。

攻撃・防御・移動を偏りなく組み合わせ、状況に応じてフォームを次々と切り替えながら攻撃を繋げていく型。一度つかんだ流れを手放さず、波状攻撃によって相手に立て直す隙を与えない、途切れることのない追撃を得意とするよ。

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